第307話 故郷へ

 屋敷の応接間に集まる一同。そして冬也はスール達に、遼太郎を紹介する。遼太郎が元々ロイスマリアの神であった事は、スールとミューモを驚かせた。何せ、長い時を過ごして来たスールとミューモである。面識が無くても、格闘の神ミスラやエンシェントドラゴンの存在を、互いが知らないはずがない。

 一応の説明を終えスール達が納得した事実は、冬也の強さに関する根源であろう。遼太郎の口から聞かされた冬也の幼い時分の話は、流石のドラゴンでさえ同情させた。


「まぁな。ガキの頃から本気で殴る蹴るされてたから、いま俺が生きてられるってのも有るけどな」

「なんだ冬也、その言い方は! 感謝してんのか、してねぇのか、どっちなんだ!」

「うるせぇよ馬鹿親父。フォローしてんやってだから、台無しにすんな! そもそも今の日本じゃ虐待だぞ!」

「にしても、よくパパリンは逮捕されなかったよね。児童虐待以外にも、暴行や障害で逮捕の要件は整ってただろうにさ」

「あのなぁ、ペスカ。俺を誰だと思ってやがる。何度も握りつぶしたに決まってんだろ!」

「うわぁ~。役人の闇だね」

「冬也は苦労したんだな。冬也が無事に育って良かったんだな」

「ブルの言う通りじゃな。子供にする仕打ちではないのぅ。主に神格が有ったからこそ、無事に育ったって所じゃろ」

「スール、相手は傍若無人のミスラ様だぞ。例え神気を封じて転生しても、その性格までは変わるまい」

「おいてめぇら! 良い度胸してんじゃねぇか! いくら孫同然だって、それなりの教育をしてやんぞ!」

「うっさい、パパリン! みんな、これからパパリンの事は、じいじって呼ぶと良いよ」

「遼太郎さん。別れ際に、冬也君を鍛えて欲しいとお願いはしました。でも流石にやり過ぎです! やっとわかりましたよ、冬也君が何でこんなお馬鹿に育ったのか!」

「フィアーナ。お前は俺の見方じゃねぇ~のか?」

「俺はミスラに、同意してやる! ミスラがしばき倒したせいで、冬也がつえ~んなら、それ以上はねぇ!」

「アルキエル。あなたは、口を挟まないで頂戴! これは夫婦の問題なのよ!」

「夫婦の問題じゃねぇよ、お袋。それに俺は馬鹿じゃねぇ!」

「もう、冬也君ったら!」


 そこには、料理を囲みガヤガヤと賑やかに談笑する、家族団欒の姿があった。血の繋がりが無い兄妹、神気で繋がる眷属、実の親子、血の繋がらない親子。色々な形が有っても、ここに集っていたのは、まごうこと無く家族であった。


 大会を終えて暫くの間、ペスカと冬也はそれぞれに忙しい日々を送っていた。それは大地母神である女神フィアーナも同様である。

 大陸の守護を任されたスールとミューモは、平時と変わらぬ時を過ごす。だが、彼らが影から大陸を見守っていたから、何事も無く大会が開催出来たのだろう。

 影の功労者と言えば、ブルも同様である。大会中の食材提供から、需要の変化による生産する農作物の変更。忙しなく迫られる要求に対応出来たのは、ブルが率先して行動したからである。


 誰もが忙しさの余り、遼太郎を日本に帰還させる事は後回しとなっていた。逗留を余儀なくされた遼太郎は、長い空白を埋める様に、アルキエルと拳を交えていた。小忙しい冬也からすれば、力を持て余しているアルキエルの相手を、遼太郎が引き受けてくれた事に助かっていた。

 ただ、いつまでも遼太郎を、ロイスマリアに居させる訳にはいかない。遼太郎には日本での職務が有り、理由も無くロイスマリアに訪れた訳ではないのだから。


 ☆ ☆ ☆


 邪神ロメリアが東京に逃げた時の事である。マナが薄い地球では、治癒もままならない。ただし、そこは邪神である。簡単に悪意を集める方法として、数多くの居能力者を誕生させ、意図的に問題を起こさせた。

 邪神ロメリアが再びロイスマリアに戻る際、その影響は消えると踏んでいた。確かに、異能力を発現した人間の約六割が昏睡状態に陥り、その後は異能力が消え去った。ただ残りの四割程、異能力が発現した人間が残っていた。

 

 奇妙な能力に怯えて、隠れるならまだいいだろう。だが身勝手に暴れまわる者は後を絶たなかった。連日過激なマスコミの報道が行われ、異能力者達は叩かれ続けた。民衆の多くが敵に回る状況に、隠れていた異能力者の中にも、耐えきれずに反発する能力者も現れた。それでも単独で暴れるなら、まだましなのである。


 大きな力を利用しようとする組織は、反社会的勢力以外にも国内外に多くある。例えば異能力の中には、スパイ行為に特化した能力がある。もしそれ以外に、通信回線を利用できる能力が有ったとしたら、洗脳に特化した能力が有ったとしたら。能力に注目する組織は、数えきれないだろう。

 国家間に諸問題を抱えた某国、国際的に影響力が有る資産家等、もしそんな輩に異能力者が利用されれば、日本という国自体を危うくする可能性すらある。


 ならば対象となる能力者を全員、保護を目的とした監禁をすれば解決するのか?

 それは、仮に監禁が出来たとしたらだ。


 情報の統制自体が完全なものではない。もし監禁をすれば、人権を問う声がどこからか上がるだろう。それが例え某国の陰謀だったとしてもだ。やがてその声は、社会を揺るがす大きな渦となる。


 そもそも物理的に、異能力者を監禁する事は難しいのである。スパイに特化した能力が有るとすれば、監禁場所から逃げ出すのも造作ないのだ。全てがそうだとは言い切れない。だが、逃れる術が有るならば、それを生業とする異能力者や、利用する者が現れるのは自然な事だろう。


 物理的な拘束が成し得ない事よりも、悪い事実が有る。物理的な拘束が効果無い異能力者には、物理的な攻撃も通用しない。所謂、一部の異能力者に対しては、異能力者でしか対応出来ないのである。

 政府は対応に追われ、事態は悪化の一途を辿る。ただ、日本政府内にも超常現象に対応する組織は有る。それが、遼太郎の属する宮内庁特別怨霊対策局、略して特霊局であった。


 遼太郎は特霊局の一員として、異能力者への対応方法を探るべく、ロイスマリアを訪れていた。かつて神であった記憶を取り戻した遼太郎は、いつまでもロイスマリアに居続ける理由が無い。


 ☆ ☆ ☆

 

「まぁ、ざっと説明するとそんな感じだ。で、ここからが本題なんだが、みんな聞いてくれ。俺とペスカは日本へ行こうと思う」

「行くってどの位の間なんだな?」

「わかんねぇ、少なくとも異能力者の件が解決するまでは、戻れない」


 別れを感じ、ブルは悲しそうな表情を浮かべる。ブルの頭を優しく撫でると、スールは口を開いた。


「主。我々にお手伝い出来る事は有りますか?」

「いや、お前らはここに残ってくれ」


 留守を頼む。冬也の意志を感じ取り、スールは大きく頷いた。

 

「必ず、戻って来て欲しいんだな。じゃないと、こっちから会いに行くんだな」

「大丈夫だブル、安心して待ってろ」


 不安なのは、一緒に居られない事。一緒に居る事が出来れば、冬也の盾にだってなれる。その想いがわかっているからこそ、冬也は同行を許さなかった。

 ブルやスールにミューモへ、冬也は精一杯の笑顔を見せる。それは、自分とペスカが留守にしている間、この世界を頼むという意思の現われでもあった。

 

「俺としちゃあ、ペスカが手伝ってくれるなら助かるぜ。流石のフィアーナでも、この状況は予測出来なかったろうしな」

「ごめんなさい遼太郎さん。もう少し慎重になるべきだったわね。マナの薄い地球で、ロメリアの影響が残るとは思わなかったのよ」

「仕方ねぇよ」


 やや俯きがちに話す女神フィアーナの肩を、遼太郎は優しく抱いた。先程と打って変わって厳しい表情を浮かべる遼太郎に、スール達は事の深刻さを感じていた。


「ミスラ。ロメリアの野郎が、何をしたのかは大体検討がついたぜ。だけどよ、マナが少ない世界で問題になるのは、人間同士のトラブルだろ? 最悪なのは、アルドメラクみてぇな糞野郎が現れて世界を破壊する事だ。いくらマナが少なくても、基準を超えれば悪意の種は育って世界に影響を与えるぜ。そっちの世界の人間達は、それを理解してねぇのか?」

「理解してねぇし、地球の神々に至っては動くつもりすらねぇよ」

「そっかよ、面白れぇな。冬也、俺も連れてけ!」


 アルキエルが口角を吊り上げ、ニヤリと笑った時の事だった。女神フィアーナはアルキエルに向かい、声を荒げた。

 

「馬鹿なの? アルキエル、あなたも知っているでしょ! 神が世界を渡る場合には、他の世界に影響を与えない事が必須なのよ!」

「神気を封じろって言うんだろ? そっちの方が面白くなりそうだ!」

「勝手になさい!」


 増長する様に笑みを深めるアルキエルに対し、女神フィアーナは深い溜息をついた。冬也という枷が無くなった時に、何をしでかすかわからない。女神フィアーナが同行を許したのは、拭いきれないアルキエルに対する不安が有ったせいでもある。

 

「取り合えずさ、整理するけど。スール、ミューモ、ブルはお留守番。アルキエルは着いて来る。後の事は全部フィアーナ様にお任せって事で良いね」

「ペスカちゃん。全部って・・・」

「アルキエルを引き受けるから、良いじゃない。お兄ちゃんもそれで良いよね」

「あぁ、アルキエルに関しては、元々連れて行くつもりだったからな」


 少し羨ましそうな表情を浮かべていたブルを除き、スールとミューモは頷く。

 

「遼太郎さんが帰る分には、何も問題はないわ。明日にでもゲートは開けてあげる。でも冬也君達は、神気を封じる必要があるわよ。私が封印してあげるけど、冬也君。間違っても封印をこじ開けて、神気を使おうとしないでね」

「親父は問題ねぇのか?」

「パパリンの場合、地球に影響を及ぼす程の神気は残ってないからね」

「フィアーナ、よろしく頼むぜ」


 遼太郎を始め、ペスカと冬也が女神フィアーナに頭を下げる。暫しの別れを惜しむ様に、アルキエルを除く眷属達は冬也から離れようとしなかった。

 夜が明け一同が朝食をとると、女神フィアーナはペスカ達の神気を封じ、日本へのゲートを開いた。

 次々に眷属達が声を掛ける、それに応える様に冬也とペスカは笑みを浮かべた。その笑顔には、必ず戻るという意思が籠められていた。


「主、ペスカ様。ご無事のお帰りをお待ちしております」

「冬也様、ペスカ様。留守はお任せ下さい」

「冬也、ペスカ。早く帰ってきて欲しいんだな」

「お前らも無事でな。留守はまかせるぜ」

「みんな、フィアーナ様を助けてあげてね。フィアーナ様、後はよろしくね」

「任せて頂戴。気を付けていってらっしゃい」

「フィアーナ。またな」


 遼太郎とアルキエルは、振り返る事なくゲートを潜る。冬也とペスカは、手を振りながらゲートを潜る。

 これから更なる試練が訪れる。全ての決着をつける為に、ペスカと冬也は懐かしい故郷へ。

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