第306話 変わりゆく世界

 大会を終えて数日が過ぎ、世界議会が開催された。大会に関する収支報告が行われ、当初に想定していた以上の成功に、議員達は満足気な表情を浮かべていた。

 ただし、大会による市場の活発化は、あくまでも期間内の一時的な効果である。目的の一つである経済の発展については、長期的な視野を持って臨まなくてはならない。それでも、今大会に関連して様々な産業が誕生し、継続した経済の活性化を予感させた。

 

 大会関連でグッズ制作を行った企業は、その技術を駆使して新たな商品化を行う。更には、大会の支援をした幾つかの資産家達が、イベント関連会社を立ち上げた。

 また、映像通信に可能性を見出した各地の資産家や旧貴族が、資本を投入し通信インフラ業や映像制作関連の事業を立ち上げる。

 大会を終えても、タールカール大陸に観光客は絶えない。大会で作られた施設は、イベント関連会社や映像制作関連と手を組み、運用の企画が持ち上がる。既にサッカーの大会が実現に向けて、動き出していた。


 今大会で特に顕著な影響を受けたのは、食に関する産業であろう。先行してブームとなったラーメン。そのラーメンが火種となり大爆発をする様に、屋台で提供された料理の数々が世界中でブームとなる。

 タールカールで味わった料理を再現する為に、各地の料理店が凌ぎを削る。料理店だけではなく、各家庭でも作る料理に変化が訪れる。それに伴い、栽培する農作物の種類に変化が起こる。需要が高まるにつれ、調味料開発も盛んとなり、幾つもの調味料製造施設も作られようとしていた。


 産業の発展と投資の増加、そして経済が回り始める。先の動乱で、各大陸は完全に荒廃したと言ってもおかしくはない。たった二年の間で都市を復興させ、経済を上昇させたのであれば、上々の成果であろう。地上に住む者達の、不断の努力は確かにあった。だが、神々と手を取り合ったからこそ、成し得た事であろう。


 一番の目的であった、神の不足に関する対処は、未だ解決を見せていない。ただ、一部の眷属候補が正式に神の眷属となり、これから少しずつでも、大地母神に圧し掛かる負担は減っていくだろう。


 ドラグスメリア大陸では、ズマがミュールの眷属になった。それに伴いズマは退位し、新たな国王として、かつて巨人をまとめていたテュホンが次の王に選ばれた。

 ベヒモス、フェンリル、ヒュドラ、グリフォンの四大魔獣や、巨人の中でもスルト、アトラス、アルゴスの様に眷属候補として選ばれていた者達は、テュホンを支える為の要職に就くと共に、眷属候補として各神の下で修練を続ける事になった。


「テュホン、後はよろしく頼みます。聡明な貴方の事、必ずやり遂げると信じています」

「我が王、いやズマ様。私の出来る事は、然程多くはありません。今は未だ四大魔獣や、スルト達が我が国に携わってくれています。ズマ様が築いて下さった礎をより強固し、彼らに代わる者を育成し引き継ぐ事が、私の役割です」

「テュホン、よくお聞き。私ら神は、国の統治機関には直接関与はしないよ。だけど、間接的な手助けなら、出来るつもりさ。眷属候補になった連中やベオログ達も含めて、私はあんた等を支持するよ」

「ミュール様。ありがたいお言葉です」

「馬鹿言ってんじゃないよ! あくまでも、あんた等側ってだけさ。今、世界を動かしているのは、世界議会だよ。私はその一員として、神として必要な事をする! それだけの事さ」


 変わらない女神ミュールの態度に、ベオログを始めとした神々から笑いが起きる。ズマを祖にして興った国は、その後千年に渡り繁栄を続ける事になる。


 また、ラフィスフィア大陸では、モーリスやケーリア、サムウェルが各神の眷属となった。ラフィスフィア大陸の東方三国では、各将軍の辞職と共に警備隊の組織変更が行われた。


「忙しくて堪らねぇよ、レオーネ」

「サムウェル、馴れ馴れしいですよ! それに引継ぎ位で、音を上げないで下さい」

「お前のぐうたらが、招いた種だ。しっかりと働くんだな」

「ケーリア。そう言うお前の所は、大丈夫なのかよ!」

「俺は、お前と違うからな。事前に引き継ぎはしておいた」

「か~っ。優秀なケーリア様は、違うよな~! 所で、モーリスの奴は何してやがるんだ?」

「奴は、レグリュード殿の下で、神格の形成に躍起だ。余程、冬也殿に負けたのが悔しいらしい。俺もこれから、サイローグ殿に教示頂いて、神格の形成に取り組む。もたもたしてると、置いていくぞ!」

「ったく、どいつもこいつも。優秀で羨ましいぜ。そう思わねぇか、レオーネ」

「はぁ。あなたが言うと、嫌味に聞こえますね。御託を並べてないで、早く仕事を済ませて下さい、サムウェル」

「所でよ、あんたは運命を司る神なんだろ? 俺も運命とやらを司るのか?」

「何を司るのかは、神としてあなたが何を成さんとするかで決まります。先ずあなたは、あなたの進むべき道を探しなさい。私はその助力を惜しみません」

「なら、俺は昼寝の神になるぜ!」

「馬鹿な事を言っていたら、お仕置きしますよサムウェル」

 

 東方三国で組織変更が行われる一方、エルラフィアでは大きな変化はなかった。大会に参加したトールとゼルは、己の未熟さを知った。女神フィアーナは、二人の眷属候補を継続する旨を示し、それに応える為に二人は現職を全うしながら、眷属への道を邁進する事になる。

 

 変化を遂げる各大陸でも、特に大きな動きが有ったのは、アンドロケイン大陸であろう。

 かの大乱で国家間の争いが激化し、国としての体裁を保てない程に、各国は酷く疲弊していた。その状況にいち早く動いたのは、エレナである。

 エレナはミューモやペスカの助力を受けて、各国をまとめる中央統治機関を作り上げた。亜人連合と呼ばれるその機関は、種族の垣根を超えて、各国から様々な有識者が集められた。

 亜人連合は、各国の統治機関を補佐すると共に、世界議会からトップダウンした法令等を伝える。各国で起きた諸問題を吸い上げ解決策を模索し、場合によっては世界議会へボトムアップする役目を果たしていた。


 エレナの眷属化に伴い、大会でも活躍したドワーフのガロスとグラウが亜人連合の中心となる。また、各国の同意を得て、将来的に国境を無くす事を目標に掲げた。

 レイピアとソニアの姉妹は、エレナの弟子としてアンドロケイン大陸を支える為に、東奔西走する事になる。


「まだまだ問題は山積みニャ。今は疲弊した大陸を何とかしようと、頑張っているから一つになってる様に見えるだけニャ」

「それは仕方ないわよ。直ぐに一致団結出来るなら、とっくの昔に戦争は無くなってるはずだもの」

「ラアルフィーネ様、それは種族毎に固まるからじゃないのかニャ?」

「そうでもあるし、それだけじゃないしって所ね」

「よくわかんないニャ」

「あのねエレナちゃん。同じ種族であれば、多少思想や倫理観が違っても、教育なんかで何とでも変えられるのよ。ゴブリンを指導したエレナちゃんなら、理解出来るでしょ?」

「確かに、わからない事もないニャ」

「でもね、種族に基づく根本的な生活様式は、何ともならないのよ。もし馬と狼が暮らしても、所詮は被食者と捕食者で有る事は変えられずに、馬は食べられるだけ。当時ライカンスロープの国が、隣国とトラブルを起こしていたのは、それが理由ね」

「それがわかってて、なんでラアルフィーネ様は色んな種族を作ったニャ?」

「大きな壁を超えて愛が生まれたら、とても素敵な事じゃない?」

「はぁ。ラアルフィーネ様の頭は、お花畑ニャ」

「頼りにしてるわよ、エレナちゃん」

「大変な事に関わっちゃったニャ。レイピアを早く一人前に育てなきゃ駄目ニャ」


 強烈なリーダーシップと力を示し、一つにまとまった魔獣達とは違い、亜人連合は話し合いを基盤とし、まとまっていく事になる。そこには、エレナを始めレイピアやガロス達の弛まぬ努力と、それを信じて前に進もうとする亜人達の諦めない挑戦があった。

 

 日々、世界は変化を遂げる。忙しなく移り行く中でも、留まる事なく活性化させ様とする風潮が高まる。それは地上に生きる者達と神々が力を合わせて、自らの生きる世界を、自らの手で勝ち取ったからであろう。

 絶対的な指導者にけん引される社会は、その者が消えればいずれ破綻する。いつの世も、コミュニティを動かすのはその総意であり、文化を生み出すのはコミュニティをけん引する少数ではなく、それを支える多数の者達である。


 世界中に潜在化する問題は未だに多い。直ぐに取り組むべき、健在化した事案もある。それでも、暮らしの中に笑顔が有る。それは何にも代え難い尊いものではないだろうか。

 ペスカの目指した世界は、確実に芽吹き始めていた。


 ☆ ☆ ☆


 大会が終わり暫くの時が流れ、日常が戻って来る。忙しい日々を過ごしていたペスカと冬也にも、ようやく休みが訪れる。

 この日、久しぶりにスールとミューモにブルが、ペスカ邸を訪れていた。遅くなった大会の打ち上げを含めて、遼太郎を日本へ帰す為の打ち合わせに、女神フィアーナの姿もあった。


「みんな聞いてくれ。俺とペスカは日本へ行こうと思う」

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