第293話 ロイスマリア武闘会 ~意地~

「盛り上がったか~い! 楽しかったか~い! 明日はお待ちかねのエレナが登場するよ~! 楽しみにしててね~!」


 興奮が冷めやらぬ観客席。ペスカのアナウンスで、大会一日目が終了する。ペスカと冬也は自宅に戻らず、運営スタッフと共に会場設備や通信施設の点検を行う。宿舎に戻った選手達は、それぞれの思いを抱えて夜を過ごす事になる。

 既に日は傾き、オレンジの光がタールカールの地を染める。雑踏とした会場周辺では、屋台の混雑はピークを迎えていた。夜が更けても消えない灯りと賑やかな声は、祭りの初日を華やかに彩り、喧騒を湛えたまま次の朝を迎えた。


 早朝にも関わらず、入り口には入場を待つ観客達が列を成す。誰もが期待に満ちた表情を浮かべる。その傍らには、酔いつぶれた者達の姿もあった。屋台には朝食に有りつこうとする者達が集まり、既に祭りの二日目は始まっている様に見えた。

 初日とは違う観客達、だが盛り上がりは初日に決して劣らない。入場と共に応援合戦が始まり、垂れ幕すら設置されていた。


「さぁ~、今日も始まったぞ! 大会二日目だぁ~! 見ろ~、あの垂れ幕を~! 人気爆発のあの子が、今日は登場するぞ~! 最終試合は、うちのパパリンが登場だぁ~! 張り切って応援よろしくね~!」


 ペスカのアナウンスで、観客達は爆発したかのような歓声を上げる。映像中継された各地でも、モニター前には多くの者が集まり、騒ぎ立てていた。


「本日の初戦は、優勝候補の登場だぁ~! 熱い戦いを期待してよ~!」


 ペスカの掛け声に合わせて、二日目の初戦を戦う二人が控室から姿を現す。共に自身の体より大きな武器を携え、ゆっくりと会場中央に歩みを進めた。

 大剣を背負うケーリアと大戦斧を抱えるドワーフの将軍グラウ、二人はよく似ていた。巨大な得物を手にする風貌に似合わず、理知的な所。己に厳しく生真面目な性格。向かい合う二人が目を合わせた時、まるで打ち合わせをしたかの様に、意思が通い合う。その光景を見越した様に、冬也の口から試合開始の合図が告げられた。


 同時に得物を振りかぶる二人、そして重い金属が激しい音を立ててぶつかり合う。得物に籠められたマナが衝突し、火花を散らす様に光が飛び散る。激しい衝突による振動が、そのまま両者の身体に返って来る。振動は両者の身体を伝わり、三半規管を揺らす。目が眩む様な衝撃に耐えながら、両者は再び得物を大きく振りかぶった。力任せに振りかぶり、振り下ろすだけの単純な攻撃。互いに攻撃を避ける訳でもなく、ただただ得物をぶつけ合う。


 それを技とは呼べまい。


 己の勝つ為ならば、最善を尽くすのが道理だろう。隙を狙い動き回るのが、常套手段だと言えよう。だが、両者は開始位置から一歩も動かずに、得物を振り続ける。恐らく両者は選択していたのだろう、力尽くで押し通ると。だから相手を下す為に、全力で得物を振るった。


 戦いは腕力が全てか? 否である。

 では、技を極めれば勝利を掴めるか? それも否である。

 決して引かない、決して折れない、決して負けない覚悟。

 もし、それを意地と呼ぶのなら、意地を張り通した者が勝利を掴む。


 知恵の無い戦いである。武器を使った原始的な殴り合いである。ぶつけ合うのは、互いの意地と信念、そして闘志。そんな殴り合いに籠められた意思は、観客席に伝播し熱気を生む。ぶつかり合う度に、互いの得物は悲鳴を上げ、観客席からは歓声が上がる。

 両者の身体には衝撃が走り、脳が揺れる、腹から胃液が込み上げる、骨が軋む、筋肉が弾け飛びそうになる。身体がバラバラになる感覚に耐え、それでも互いに一歩も引かず、ひたすらに殴り合う。激しく光る魂の輝きを乗せ、重い一撃を放つ。


 モーリスの持つ剣は、それほど大きくない西洋刀に近い形であり、斬撃と刺突に優れている。サムウェルが使う槍は、刺突を極めた形であろう。対して、ケーリアの持つ大剣は、その大きさから打撃によって威力を発揮する。同じくグラウの持つ大戦斧も、打ち付けて破壊する事に威力を発揮する。

 

 もしかするとこの二人の戦い方は、得物の威力を存分に発揮する最良の方法なのかもしれない。そんな事を本気で思わせる程に、迫力のある戦いが繰り広げられていた。

 それでも、時の経過と共に両者の身体は壊れていく。手が痺れて、得物は両手で握れなくなる。鍛え上げられた肉体であっても、強靭な意志に着いていけなくなる。

 しかし、両者は一歩も引かなかった。

 

 十分以上に渡る打ち合いの果てに、皮膚が裂け血管が切れる。全身のいたる箇所から血が噴き出す。そんな状態で、立っていられる胆力が凄いのだろう。限界を超えているのは、身体だけではなかった。互いの得物にはひびが入り、いつ砕けてもおかしくなかった。そして、両者の手から滑り落ちる様に、得物が放れる。地に着くすれすれで得物を掴むも、もう振り上げる力は残っていなかった。


「どうやら限界の様だ、ケーリア殿」

「それは俺もだ。グラウ殿」

「それにしても、悔しいな。貴殿とはもっと打ち合いたかった」

「あぁ。だが、楽しい時間というのは、一瞬で過ぎ去るものだろう?」

「それもそうだ。さて、休憩はそろそろ終わりにするか」

「そうだな、グラウ殿」


 互いに笑みを浮かべると、最後の気力を振り絞り、両手で強く得物を握る。骨は砕けている、筋肉の損傷も酷い、目は霞み相手の姿さえも朧にしか映らない。夥しい血が、今も噴き出し続けている。しかし、両者の瞳は死んでいない、それどころか燃え盛る闘志は激しさを増していた。

 

 なぜ得物を振り上げられるのか、そんな力がどこにあるのか、両者の身体を支えていたのはマナの力と意思の強さ。そして、最後の時は訪れる。

 試合開始から一番大きな音を立てて、得物がぶつかり合う。得物は衝撃に耐えきれずに爆散し、両者は同時に意識を失う。

 倒れ伏す両者に、控えていたクロノスが素早く駆け寄り治療を施した。


「愚か者! 何の為に貴様がいると思っている、東郷冬也! こんな馬鹿気た戦いをさせない為であろう!」


 クロノスは治療を施しながら、声を荒げた。それも当然である、命を賭して戦う事が目的ではないのだから。しかし冬也は、頑強な様子で言い返す。


「馬鹿は、お前だクロノス。こいつらの戦いを見てたなら、わかんだろうが! こいつらの、すげぇ戦いをよ! こんなすげぇ意地の張り合いをよ! 止められる訳ねぇだろ!」

「だからと言って、こんなボロボロになってまで、やるべき事なのか? 違うだろう!」

「違わねぇよ! こんな真っ直ぐな馬鹿野郎だから、心が動かされるんだ! 見ろよ、あの観客達をよ!」


 冬也は観客席を指さした。観客席には、熱狂的な歓声と割れんばかりの拍手が鳴り響いていた。それを見れば、どれだけ観客達がこの試合に魅入られていたかわかるだろう。

 クロノスは眉をひそめて言い放つ。


「次は無いぞ、東郷冬也。こんな事を認めたら、必ず死者が出る。それは貴様の翻意では有るまい。それに今日は、あの姉妹の姉が出るのだぞ!」

「大丈夫だ、そんな事はさせねぇよ。それに万が一の場合は、お前が居るだろクロノス」


 クロノスは面白くないとばかりに、冬也の言葉を無視して治療に没頭し始める。

 

「だけど冬也君、勝敗はどうするの?」

「ケーリアは良くやった、ドワーフの小僧もな。だが、勝敗は付けなきゃならねぇぞ」


 興奮が止まずに、騒然とする会場内。冬也の口からは、まだ勝者が告げられていない。その状況に気が急き、冬也に声をかけたのは、女神ラアルフィーネと神サイローグであった。

 二柱の神は、互いが選んだ眷属候補の健闘を認めていた。それ故に、冬也には引き分けなど無難な答えを出して欲しくなかった。


「勝敗はついてる、よく見ろこの二人を!」


 冬也がケーリアとグラウを指さす。よくよく見れば、両者には僅かに異なる点が有った。両者の得物は爆散して消え失せた、だがそれは刀となる部分だけである。

 気を失っても尚ケーリアは束を握り絞め、グラウは束を手放していた。


「勝者、ケーリア!」


 冬也から告げられた言葉を受け、観客席は更なる興奮に包まれた。壮絶な魂のぶつかり合いは、観客はもとより試合を待つ選手達の心も熱くする。


「こんな勝負を見せられては、情けない結果は出せないな。そうだろ、エレナ殿」

「言うまでも無いニャ! 絶対に負けないニャ!」


 言葉を交わすヒュドラとエレナ。その瞳には伝播した激しい闘志が宿っていた。

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