第281話 ロイスマリア武闘会 ~開催へ向けて その1~

 現在の旧メルドマリューネの首都は、世界議会や司法局を始め、それに関連した施設が立ち並ぶ、言わば世界の中心になっている。

 道は綺麗に舗装され、立ち並ぶ建物はおよそ十階以上の高さが有る。滑らかな石を削りだした様な外壁と、透き通ったガラス板が並ぶ意匠は、この世界の主流である木造や煉瓦造り、若しくは石造りの建物とは、明らかに見た目が異なる事から、新たな技術で造られたものと容易にうかがえた。


 また、高層建築物群の近くには、広大な飛空艇の発着場が造られており、離着陸を繰り返している。

 様々な種族と神が行き交う都市を守る様に、大型のトロールやウルガルム等の魔獣が警備の為にあちらこちらに配置され、目を光らせている。

 かつてこの地で地獄絵図が展開されていたとは、想像出来ない程の国際都市となっていた。


 ある日の夕食時にアルキエルが提案した企画。その企画を実現させる為に、ペスカと冬也それにアルキエルは、旧メルドマリューネの首都を訪れていた。目的地は、世界議会が執り行われる議事堂。そしてペスカ達は、呑気に街並みを眺めながら歩いていた。

 

「こんなの見ると、地球に戻った気分になるな。まぁ、歩いてる奴らを除けばだけどな」


 荒れ果てた旧メルドマリューネの首都の姿を知る冬也は、零す様に呟く。そこには、平和になった世界の姿よりも極端な変化に驚き、キョロキョロと辺りを見回す冬也の姿が有った。


「冬也ぁ。地球ってのは、お前の故郷か? こんな奇妙な建物が並んでるんだな」

「あぁ。中世から現代にタイムスリップした気分になるぜ」


 戦い以外はさして興味が無いアルキエルでさえも、少し不思議そうな面持ちで辺りを眺めている。そんな冬也達を見やり、ペスカは鼻を膨らませていた。


「凄いでしょ! SRC造を再現したの! まぁ、実際に建てたのは、ドワーフ達だけどね」

「まぁ技術力は、人間よりもドワーフの方が高いからな。後は発想の問題か。にしてもよ、歴史をすっ飛ばしちゃいねぇか?」

「そんな事ないよ、お兄ちゃん。原初の神様達が、文明の進化を意図的に止めていなければ、有り得た光景だよ。特にこの世界には、知能の高いエルフが居るんだし。SFチックな近未来都市が出来上がっていても、不思議じゃないよ」


 確かに可能性はゼロでは無い、有り得た光景なのかもしれない。ペスカの言い分には一理有る。しかし冬也は首を傾げた。


「そんなもんか?」

「ちげぇだろうな。いくらエルフ共でも、この世界には無い発想だろ? 早々に実現出来やしねぇよ。導く奴次第だろ? ペスカぁ、色んな意味でお前は異端だ。寝首を搔かれない様に、気を付けるんだな」


 ぶっきらぼうなアルキエルの言葉に、ペスカは少し言葉を詰まらせる。

 道を間違えるな、反フィアーナ派と呼ばれた連中の様に。

 アルキエルの真意は、ペスカにも伝わっている。事の顛末を間近に見てきたからこそ、ペスカは言葉を詰まらせたのだろう。


 事実、ペスカは様々な技術をこの世界に齎した。ただそれだけで終わるならば、人間達に知恵を授け進歩を促進させようとした、反フィアーナ派と何ら変わりはしない。

 ただ過去を知り、そこから学ぶ事は有る。歴史は必ず繰り返す訳では無い。

 現在のロイスマリアには、是非を問う機関が有る。神の一方的な押し付けでは無く、地上で生きる者と神が共により良い未来について、語り合う事が出来るなら、悲劇の起こる確率は少なくなるだろう。


 例えペスカであっても、万能ではない。目が届かない箇所は、多く存在する。全てを背負って責任を取る事など、出来るはずもない。

 だからペスカは、発案をするが運用については、他者に判断を委ねる。それは、自ら考える余地を与える事であり、単に享受するのとは異なる。

 実際に眼前に広がる巨大な建築物、それを造り上げる技術を採用したのは世界議会で有り、様々な立場の者の総意なのである。

 

「うっ! アルキエルが生意気! そんな事を言うと、手伝ってあげないよ!」

「はぁ? 誰が手を貸せって言ったんだ、糞娘!」

「ふぅ。アルキエルとお兄ちゃんだけで、何が出来るって? どうせ、ミュール様に反論できないよ。んだこらぁって、恫喝するだけだよ」

「あぁ? 生意気な事を言ってんじゃねぇぞ、ペスカぁ」


 アルキエルに正論を説かれたのが余程悔しかったのか、ペスカはお返しとばかりに言い放つ。しかし、アルキエルも黙ってはいない。アルキエルがやや喧嘩腰になった所で、冬也が口を挟んだ。


「ちょっと黙れアルキエル。こればっかりは、ペスカの言う通りだ。ついこの間、喧嘩になりかけたばっかりだろ。俺らとミュールじゃ、相性が悪いんだ。ところでペスカ、何か作戦が有るんだろ?」

「フフン。さっすがお兄ちゃんだね!」


 得意げに揺れない胸を逸らすペスカ。これが、女神ラアルフィーネならば、少しは冬也もドキッとしたのだろうが。そして、流石のアルキエルも禁句には触れない。

 

「今は、神が少ないでしょ?」


 ペスカはチラッと、アルキエルに視線を送りながら口を開く。対するアルキエルは、ペスカから視線を逸らす。

 

「そこを突くんだよ!」

「意味がわかんねぇよ! 兄ちゃんにもわかる様に説明してくれよ」


 簡単過ぎるペスカの言葉は、冬也には理解が出来ない。少し呆れた様な表情で、ペスカから視線を逸らしながら、アルキエルが言い放つ。

 

「相変わらず馬鹿だな冬也ぁ。お前が、スールやブルを眷属にした様に、原初の奴らに眷属を増やさせるって事だろうが」

「どういう事だ?」

「わかんねぇか、冬也ぁ。神に至るってのは、それこそ奇跡なんだ。この糞娘は英雄と呼ばれて、信仰の対象に成り得たから、神に至ったんだ。そうそう起こるもんじゃねぇ。ブルの野郎に神格が育ってるのも、似たような理由だぁ。神が神の眷属になるのとは、違うんだ。そこいらのクソガキが、簡単に神の眷属になれやしねぇし、仮に眷属になったとしても神には至らねぇ」

「つまり、行いが重要って事か?」

「そうだ。神足り得る器の形成ってやつだ」


 その瞬間、冬也の脳裏に知人の姿が過る。大乱で戦果を挙げ、今なお魂を輝かせ続ける者達の姿が。

 そして、冬也の表情に浮かぶ機微を感じ取ったのか、ペスカは少し笑みを浮かべた。 


「さて、そろそろ着くし。お兄ちゃん達は、喧嘩しない様に黙っててね。大人しくしてた方が、かえって不気味に感じて、言う事を聞いてくれるかもしれないから」

「けっ、勝手にしやがれ」

「任せるぞ、ペスカ」


 むすっとした様子のアルキエルと、先程の会話を反芻する様に理解に努める冬也。

 両者を引き連れ、ペスカは議事堂の入り口まで辿り着く。衛兵がペスカ達の顔を知らない訳も無く、一同はすんなりと議事堂へ通される。

 ペスカは大地母神の三柱を呼び出すと、七人も入れば狭く感じる程の会議室に案内される。議事堂自体には、魔法や物理攻撃に対する結界を張らている。一同が通された会議室は、更に防音対策を施されていた。

 豪華な椅子に腰かけると、ペスカは背もたれに体を預ける。


「相変わらず、ふかふかだぁ~」


 ペスカの呑気な声を余所に、冬也とアルキエルはズカっと腰を下ろす。


「殺気を放つなアルキエル。相手は敵じゃねぇんだ」

「そりゃあお前だろ冬也ぁ。威圧感が駄々洩れだ」

「静かにして! さっきも言ったでしょ!」


 冬也とアルキエルのせいで、室内には嫌な緊張感が高まる。そんな冬也達をペスカが諫める。

 そんな事を繰り返していると、女神フィアーナが会室内に入って来る。


「冬也君、珍しく緊張してるの? ちょっと怖いわよ」

「ほら、言った通りじゃねぇか」

「馬鹿ね、アルキエル。貴方は論外なのよ」


 女神フィアーナに続き、女神ラアルフィーネと女神ミュールが遅れて会議室に入る。


「待たせたかしら?」

「そんな事は無いですよ、ラアルフィーネ様」

「ところで、何の様なの? あんた達のせいで、こっちは忙しいだから」


 柔らかく微笑む女神ラアルフィーネと対照的に、女神ミュールは冷たく言い放つ。

 全員が会議室に入り、しっかりと鍵が掛けられる。

 顔を突き合わせる女神とペスカ達。武闘会の開催に向けての話し合いが、始まろうとしていた。

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