第280話 アミューズメントの企画をしよう その5

「ご懸念は確かに。ですが、もっと危険な事があります。それは、我ら魔獣の存在自体です。我らは戦いの中で生きてきた種族。人間や亜人の様に何も生み出さず、殺し合い、奪い合う事を良しとしてきた種族です。大乱を生き抜いた今代ならばいざ知らず。我らの力は、やがて他者へと牙を剥くでしょう」


 頭を上げると、ズマは言葉を紡ぎ出す。ズマの言葉に、周囲が息を呑んだ。ペスカの指摘していた事が、実際に魔獣の長の口から放たれたのだ。当事者だけに、説得力のある言葉である。ただ、ズマの言葉はそれで終わりではなかった。


「我々魔獣も同様に変わらなくてはならない! しかし、脈々と受け継がれてきた血が、その変化を拒む! 単なる心の弱さかもしれません。だが、誰もが強い訳では無い! 誰もが試練を乗り越えられる訳では無い! 平和の中で、歪んでいく者が現れましょう。何故なら、我らの血は同胞を食らって作り上げられたものだから! 平和を享受するのは、我々魔獣には難しい! だからこそ、敵が必要なのです!」


 ズマの声は次第に強く、大きくなっていく。周囲はじっとズマを見つめ、その言葉に聞き入っていた。

 そして、ズマは立ち上がると、ペスカの作った機械を手に取り大きく掲げる。


「もし魔獣達の心に、安寧が齎されるなら! この機械を、魔獣達の為に使う事をお許しください! 私の事はいくらでも嘲笑してくれて構いません、侮蔑の言葉も受けましょう! 我らの力を、他者を傷付ける物にしてはならない! 人間や亜人の兵達が国を守る盾ならば、我ら魔獣は世界を守る剣でありたい!」


 魔獣の王としての言葉だったのだろう。ズマの言葉は、応接間に居る者達の心に深く染み入る。


「笑わないニャ、笑う訳ないニャ。誰だって弱いニャ、だから助け合うニャ。ズマ、お前は間違ってないニャ。お前は、私の誇りニャ!」

「教官・・・」


 ズマの言葉に共感し、エレナが立ち上がる。


「ズマは、偉いんだな。みんなの事をちゃんと考えて、偉いんだな。おでも応援するんだな」

「ありがとう、ブル殿」


 エレナに続いて、ブルも立ち上がった。

 そして、後に続く様にスールとミューモが立ち上がる。


「儂もズマに同意するぞ。ズマ、お前の仲間を思う心は立派だ。誇ると良い」

「俺もズマに同意だ。俺達は、新たな世界を創る。その中には魔獣も居なければならない。俺はお前ら魔獣を見捨てない」

「スール殿、ミューモ殿、かたじけない」


 そして、冬也が立ち上がる。

 

「残念ながらゴブリンは、後十年もすれば大乱を経験した奴が居なくなる。巨人達やフェンリル達もそれ程長い寿命じゃねぇ。例えドラグスメリアにノーヴェが居ても、そこに住む奴らが暴れ出せば、手に余る事態になるかもしれねぇ。いくらズマがあの大陸に土台を築いても、ひっくり返るのは一瞬だ。今の内にやれる事は、ちゃんとやっておかねぇとな」


 次々とズマに賛同する様に、仲間達が立ち上がっていく。

 そして、最後にアルキエルが立ち上がった。


「この馬鹿弟子はよぅ。糞弱い癖に、俺に立ち向かってくる健気な野郎なんだ。わかるか、あぁ? 魔獣達の中で、誰よりも血の宿命に逆らおうと懸命になってやがんだ。自分が先頭を切って、魔獣達を導こうとしてる、馬鹿野郎なんだ。何もしねぇで、うだうだ言ってやがる奴より、よっぽどましってもんじゃねぇのかよ。てめぇら女神共よりも、よっぽどズマの方が神らしいじゃねぇかよ。そうじゃねぇのか、糞女神共! それとペスカぁ! この機械とやらは、俺にもよこせ! 協力してやった対価代わりだ。嫌とは言わせねぇぞ!」


 気が付けば、ロイスマリアの最高戦力が、揃って女神達を見下ろしていた。

 力に屈した訳では無い。それでも、女神ミュールはゆるゆると首を振った後、深いため息をついてから、ズマに顔を向けた。


「ズマ。あんたは、ドラグスメリアの長なんだ。そのあんたが、そこまで言うなら仕方がないよ」

「では、ミュール様!」

「早とちりするんじゃないよ。当然、議会にかけて承認を得てからさ」

「ありがとうございます。ミュール様」


 ズマは女神ミュールに深々と頭を下げる。女神ミュールは、フンっと鼻を鳴らして、ペスカに向かい視線を送った。


「それとペスカ、こいつの運用方法と関連する一切は、議会で決定する。どうせ、これはあんた一人で作ったんじゃないんだろ? あんたの息のかかった物作り研究所も、議会の監視下に置かせてもらうよ」

「それで良いですよ。私はあくまで提案しただけ。それを生かすのは、この世界の住人だからね」


 女神ミュールの鋭い視線に対し、ペスカは柔らかく笑みを浮かべて返す。

 これで一件落着とはいかないのは世の常なのか、ペスカだからなのか。女神ミュールに続いて溜息をついたのは、女神フィアーナであった。


「あのねペスカちゃん。私、前々から言いたい事が有ったの。なんなら、冬也君にも聞いて欲しい事なのよ」

「な、なんです。フィアーナ様?」


 呆れた様な視線でペスカを見つめる女神フィアーナに、少し動揺するペスカ。そして、冬也はどかっと椅子に腰かけると、前のめりになり口を開いた。


「なんの事だ、お袋」

「いや、ちょっと待ってフィアーナ様!」

「駄目よ。たまには、怒られなさい!」

「なんの事ですかフィアーナ様。余計な事をお兄ちゃんに言わないで!」

「黙れペスカ! 続けてくれお袋」 


 冬也は鋭い視線をペスカに向ける。流石のペスカもその視線の前では、大人しくならざるを得ない。


「色んな機関を作るのは良いのよ。でも全部丸投げよね。都合の良い時にだけ関わるのは、酷いと思わない? 農業研究所はブル君が頑張ってるから良いとしても、物作り研究所はマルス君に丸投げしてるわよね。あの子、人間にしては長生きしてる方よ。平均寿命の倍は生きてるお爺ちゃんなの。少しは労わってあげてくれないかしら」

「いやいや、フィアーナ様。所長はあれでも超元気ですし、やる気満々ですから。エルフ達も」

「だからって、こんな重い事案に関わらせる訳? 鬼畜ね」

「いや、だからその言い方!」


 その瞬間だった、問答無用の鉄拳がペスカの頭に降り注ぐ。ペスカは声も出せずに頭を押さえて、テーブルの上に崩れ落ちた。

 その様子を見た女神フィアーナと、女神ミュールの視線が交差する。何となくペスカの思い通りに事が運んだのが、面白くなかったのか。意趣返しが成功して、二柱の女神は少しほくそ笑んだ。

 そして茶番だと言いたいのか、女神セリュシオネは退屈そうに一部始終を黙って見ていた。だが女神セリュシオネは、ペスカの作った機械に関して間接的に関わる事になる。主に、安全面の制御に関して。ただ、苦労をするのは当の女神セリュシオネではなく、その眷属であるクロノスであるのだが。


 数か月の後、正式に議会の承認を得て、この機械は運用される事になる。ただ、クロノスが主体となった安全対策を講じられる事と、機械に全てロッドが刻まれ、使用されるデータは議会の検閲が必要となる事が前提となった。

 ただ、疑似的でもモンスターとの戦闘を繰り返す事で、魔獣達はかつての痛みを忘れる事はなかった。

 喉元過ぎれば熱さを忘れる。痛みも苦しみも時が過ぎれば、過去のものとなる。しかし、決して忘れてはいけない教訓が有る。

 ペスカの機械は、単なるストレス発散以上の効果を、魔獣達に齎す。研ぎ澄まされる牙は何の為に有るのか。ズマが語った世界を守る剣は、立派に存在を続けた。


 それだけではない。幻想の体験技術と既存の技術を元に、新たな機械が生み出されていく。立体映像を複数で鑑賞出来る機械、疑似映像で通信が出来る機械と、可能性は広がっていく。世界に新たな楽しみを与えていく。

 とは言え、全てが肯定された訳も無く、女神ミュールの厳しい目は健在であった。それも当然の事、疑義を抱かなければ、潜在化する問題を洗い出す事も出来ない。厳しい指摘をする存在が居るからこそ、安全に物事が進むのだろう。


 ☆ ☆ ☆


「ところで、我々がこの場に呼ばれた目的は、果たせたのでしょうか?」


 一先ず落ち着きを取り戻した応接間で、ぽつりとパーチェの町長が零す。


「いや、うん。まぁその、役には立ったよ」

「そうだな。ただ、ごめん」


 ペスカは、パーチェ関係者から視線を背けながら、珍しく歯切れの悪く話す。

 元々は、自分の作ったVR機を皮切りに、パーチェ付近に大型のテーマパークを作る事を提案する予定だったのだが、女神ミュールの予想以上の反論を受け、言い辛い状況になっていた。それを知る冬也も、少しパーチェ関係者から視線を逸らす。

 ただその後、パーチェ自体が観光客で潤っている事から、然程時間が掛からずに資金調達が完了し、パーチェに隣接する様にテーマパークは完成する事になる。

 ただ冬也の企画した、ダンジョンの様なとんでもない物は、女神ミュールにより却下された。そしてテーマパークは、体を動かして遊べるアスレッチックが充実した、巨大な公園の様な施設になった。

 それでも、ロイスマリアには無かったアスレチック施設は話題となり、パーチェに更なる観光客を呼ぶ事となる。


 ☆ ☆ ☆


「結局、ダンジョンは駄目だったな」

「仕方ないよ、あの流れじゃさ。でもね、お兄ちゃん。MMORPGの夢は繋がったんだよ。今後の展開次第だね」

「それじゃ、何となく物足りねぇんだよな」

「血沸き肉躍るってやつを求める様になったら、お兄ちゃんもガチな冒険者の仲間入りだね」

「いや、そんな殺伐としたんじゃ無くてよ。だって異世界だぞ、軽い冒険くらい有っても良いだろ? 俺達が今やってんのは、開拓だぞ!」

「言いたい事は、わかるよ。飽きるんだよね~」

「お前は、色んな事に顔突っ込んでるから、まだ良いだろ? 俺は日がな一日、大地に神気流して、アルキエルの相手するだけだぞ」


 ある日の夜、食事をしながらペスカと冬也は語らっていた。ただ、二人っきりではない。そこには、アルキエルも居たのである。二人の会話を聞き流して食事に夢中になっていたアルキエルが、不意に箸を置き口を開く。


「冬也。ちっとばかり案が有る。聞くか?」

「なんだよ、アルキエル。お前にしては珍しいじゃねぇか」

「ズマの野郎が、言ってたろ? 魔獣は戦いを求めてるってよぉ。あれは魔獣だけじゃねぇんだ、現にお前が持て余してる様になぁ」

「アルキエル、どういう事だ?」

「やるんだよ。この世界を巻き込んだ、力比べをな」

「それって、つまり世界一喧嘩が強いのは誰って事?」

「その通りだペスカ。なんなら、俺が仕切ってやっても良いぜ」

「面白れぇじゃねぇか、アルキエル。やろうぜ、その大会」


 俄然盛り上がる食卓、だが冬也はまだ知らない。大会は開かれても、冬也の参加は許されない事を。冬也が出場すれば、優勝は決まっている様な物だから。

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