第282話 ロイスマリア武闘会 ~開催へ向けて その2~

 全員が席に着くと、ペスカは概要の説明を行う。

 ただ、ペスカの想定外だったのは、女神ミュールから特に反対の言葉が出なかった事だろう。逆に身を乗り出す様にし目を輝かせ、ペスカの説明に耳を傾けていた。

 

「それで武闘会とやらは、場所は何処でやるつもり?」

「ミュール様。タールカールでやるのが、一番被害が出ないと思いますよ」

「でも、ペスカちゃん。大会なのよね? それなら、観客はどうするの? タールカールじゃ離れすぎだわ」

「フィアーナ様。どの道、多くの観客を収容出来る施設は作れないですよ。だから、通信機を応用した映像を投影する技術を使います」

「衛星放送みたいな?」

「衛星ではないですけど、似たようなもんです。物作り研究所で、実用段階に入ってるはずですよ」

「ねぇ、ペスカちゃん。会場の見込みは? それに出場者は、どうやって決めるの?」

「ラアルフィーネ様。その辺は、私とお兄ちゃんに任せて下さい。一応、三位までは褒章を考えてます」

「褒章ってのは、金かい?」

「そうですよ、ミュール様。私が溜めた資金の中から出します」

「概ね話は理解したよ。施設の建設と賞金の件は、臨時の予算を組んでみる。ペスカ、あんたは会場の設計図を急いで作りな」

「ミュール様、良いの?」

「構わないよ。その代わり」


 突如、女神ミュールの視線が鋭いものに変わる。鋭い視線と共に、会議室内の空気は一変し、緊張感が増す。


「冬也とアルキエル。それに冬也の眷属は出場は許さない」


 女神ミュールの言葉に、冬也とアルキエルは絶句し少しの間、会議室に静寂が訪れる。そして次の瞬間、アルキエルから膨大な殺気が漏れ、会議室を包み込む。慌てた冬也は、アルキエルを抑える様に肩を鷲掴みにし、立ち上がった。


「なんでだよ、ミュール!」


 大声を張り上げる冬也。しかし女神ミュールは、座ったまま静かに口を開いた。


「自覚を持てって言ってんのさ」

「意味がわかんねぇよ、ミュール」

「どうせ、あんた等は暇つぶし程度に考えてるんだろ? あんた等が出場したら、優勝は決まってんだ。こっちは、面白くも何ともない。悔しいが現存してる神を全て集めても、あんた一人にすら勝てないんだ」

「そんな事ねぇだろ!」

「冬也。あんたの相手になるのは、辛うじてペスカかアルキエル位なもんさ。どの道、あんたは賞金なんて興味ないだろ? 他の奴に譲ってやりな。今回あんたは裏方だよ、暇なんて感じない位に働いて貰うよ」


 女神ミュールの意図を理解し、言葉を失う冬也。そしてアルキエルは、冬也に肩を強く掴まれたまま口を開く。 

 

「それは戦いもしねぇで、負けを認めるって事か、ミュールよぉ」

「何とでも良いなアルキエル。あんたは自分の弟子と同程度の奴が相手で、勝って嬉しいのかい? 強い奴と戦いたいなら、相手は自分の神族にするんだね」


 女神ミュールの正論に、アルキエルは返す言葉を持ち合わせてはいなかった。

 冬也とアルキエルの両名を黙らせると、女神ミュールはペスカに視線を向ける。 


「それでペスカ。あんたの目論見も吐いちまいな」

「はぁ、ミュール様。突っ込みが厳しいよ」

「いいから、全部話すんだよ!」


 女神ミュールの射抜く様な視線を受け、ペスカは溜息をついた。


「全くもう。あのね、出場者が十六名のトーナメント。それで、出場者は必ず神様とペアを組むこと!」

「その意図は、眷属候補の育成とでも言いたいのかい? 余計なお世話なんだよ!」

「だからって、神の不足は深刻ですよね」


 女神ミュールは腕を組み空を仰ぐ。他の女神達の視線が女神ミュールに集まる。冬也が再び椅子に腰かけ、アルキエルは落ち着きを取り戻していた。

 女神ミュールは少しの間、考える様にすると、再びペスカに顔を向ける。じっとペスカを見据える女神ミュールの視線は、続きを話す事を促す様にも感じた。

 

「こういうのは普通、出場者を募集するもんだけど、今回はしないつもり。出場者は神様が選ぶの」

「それは、私が複数選んでも良いって事かい?」

「ミュール様。構いませんけど、独り占めは良くないですよ。山さん達にも譲って下さいね」

「言ってみただけさ。他に条件は有るのかい?」

「ラフィスフィア、ドラグスメリア、アンドロケインの各大陸で五名ずつ出場者を選ぶ事」

「そうすると、アルキエルの弟子達はどうするんだい? 眷属候補にするなら、奴らが一番じゃないかい?」


 女神ミュールは、少しアルキエルを見やると、ペスカに問いかける。


「好きに選んで下さって構いませんよ。但し、同じ大陸内から出場者を選んでくださいね。ドラグスメリアの神は、ドラグスメリアからです。アルキエルもそれで構わないよね?」

「構わねぇよ。奴らには可能性が有る。俺の眷属になるよりは、他のまともな神の眷属になった方がましだ。ただよぉ、中途半端じゃ奴らは首を縦には振らねぇぜ。どいつも根性の座った奴らだ、断られない様に頑張れや」


 挑発的な目線で、女神達を見渡すアルキエル。

 自分は血塗られている。だから大切な弟子達を、自分の眷属にしてはならない。しかし、簡単に他者へ預けるつもりは毛頭ない。それだけモーリス達が、アルキエルにとって特別な存在となっている。


 特別であるから、大切に思うから、彼らには真っ当な道を歩いて欲しい。

 その為にならば、彼らを他者に預ける事もやぶさかではない。ただし眷属にと欲するならば、神側もそれなりの根性を示せ。


 そんな複雑な心境を慮る様に、冬也はアルキエルの肩を優しく叩く。そして、ペスカは優し気に目を細めた。

 先程の緊迫した空気とは異なり、会議室に静けさを取り戻す。

 そして、これまで静観していた女神フィアーナが、ゆっくりと口を開いた。


「さあ、話はまとまりそうね。ところで、ペスカちゃん。出場者の計算が合わないわ。後一名は、どうするの?」

「フフン、フィアーナ様。それは特別枠ですよ。スペシャルゲストを連れてきます」

「スペシャルゲスト? それって誰なの? 言っておくけど、そこら辺の子じゃ、モーリス君達には太刀打ちできないわよ」

「フフン、大丈夫ですよ。それと連れてくる人は、当日の秘密です」

「ペスカちゃん。どんな子を連れてくるんだか知らないけど、迷惑をかけない様にね」

「わかってますよ」


 そう言って、笑顔で胸を張るペスカ。女神フィアーナは、そんなペスカを心配そうに眺めながら、ある推測が頭に過った。

 

 ペスカがタールカール再生の為に、資金を貯めている事は知っている。例え自分達が企画に反対したとしても、世界にはこの子に賛同する者は多い。造作も無く、目的を達成するだろう。

 それだけの影響力をペスカは持っている。力が一極に集中するのは良くない。だからミュールは、大会をペスカに仕切らせない様に立ち回った。

 ただ、当のペスカは気にも留めていないどころか、こちらに有利な条件を提示してくる。

 最終的には、ペスカは何も損をせずに、目的を達成しようとしている。割に合わない思いをしたのは、冬也君とアルキエルだろう。

 今更ながら、冬也君が反発する事さえも、この子にとっては計算の内だったのか思わされる。


 ペスカに悪意が無いから、質が悪い。

 物作り研究所をペスカから切り離しても、新たな技術が生まれてくる。様々なアイディアがペスカから生まれて、認めさせられる。

 様々な制約がある中で、自由である事は決して簡単ではない。それでもこの子は何にもとらわれず、自由気ままに欲しい物を探し、やりたい事をやる。結果的にそれが、良い方向へと導かれる。

 恐らくこの子を縛り付ける事なんて、出来ないんだろう。これが世界を変える原動力なのだろうか。


「ほんと、参ったわ」


 女神フィアーナは、零す様に呟いた。それを見ていた女神ラアルフィーネは、苦笑いを浮かべた。 


「取り合えず、細かい取り決めは後日にしましょう。さて、忙しくなるわよ」


 女神フィアーナの掛け声で、会議は解散となる。

 そして何度かの会合を重ね二週間の後、世界中に告知が行われる。簡便な内容の告知では有ったが、出場者の錚々たる顔ぶれ等、初の武術の世界一を決める戦いは世界中の者達を驚嘆させた。

 観客は応募者の中から抽選で決定する事から、世界中から観覧の応募が殺到する。ただ、一部の者しか観覧出来ない訳では無い。世界中の各拠点で、無料で映像を見れる事も有り、多くの者達を歓喜させた。

 盛り上がりを見せる中で、各地では様々なイベント関連グッズが作られていき、飛ぶように売れていく。一気に祭り騒ぎになっていき、優勝者を予想した賭けすら発生する。

 三か月後の開催に向かい、大会ムードに染まっていくロイスマリアは、急激に景気が上昇する事になる。

 

 その裏で、施設建築の資材を現地調達する為に、冬也とアルキエルはタールカールの土地に神気を流し活性化させる。同時に、ドワーフとサイクロプスの技術者集団が、東京ドーム十個分もの大規模な施設を造り上げていく。物作り研究所では、映像通信機器を急ピッチで作り上げる。

 そして、実際に選ばれた出場者達は、大会に向けて修行に精を出していた。


 ☆ ☆ ☆


「ってな訳で、大会の二週間前くらいに呼ぶからね。準備しといてね」

「はぁ? ふざけんな! 久しぶりに連絡してきたと思えば、何言ってやがんだ! 俺は忙しいんだよ、そんな暇はねぇ!」

「何が忙しいの? どうせ悪霊がどうのってやつでしょ?」

「ちげぇ~よ馬鹿! 変な能力を持った奴らが残ってんだよ! 何が能力は消えるだ、フィアーナの奴。ほら吹きやがって」

「そんなの、空ちゃんと翔一君が居れば、楽勝じゃない」

「そう簡単にも行かねぇんだよ! 東京都にどの位の人間が居るか知ってんだろ? 一般市民の安全が優先されるんだよ! それに俺みたいな霊能力者じゃ、あの変な能力には太刀打ちできねぇ」

「だったら、余計にこっちに来た方が良いよ。能力が理解出来ないから、対処が出来ないでしょ?」

「くそっ、それもそうだな」

「久しぶりにお兄ちゃんと稽古が出来るよ。嬉しいでしょ?」

「嬉しかねぇよ! それとあんまり俺を舐めんじゃねぇ! あの半人前の馬鹿がどう頑張ろうと、俺に敵うわきゃねぇんだ!」

「フフ、ホントそっくり。じゃあ、そう言う訳で。またね」

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