第271話 失踪事件を追え その3

 暫く様子を見ていたペスカであったが、決意した様に建物に近づいていった。

 そして、勢いよく戸を開ける。

 それまで賑やかだった建物内は、一気に静まり返る。

 椅子に座った多くの子供達の視線が、ペスカに集中した。

 建物内を見渡すと、壇上に立つものに向かい、ペスカは言い放った。


「あんた! 何やってんのよ! こんなところでさぁ!」


 ペスカの瞳からは、涙が零れだしていた。


「おぉ、ペスカ。ようやく来たのかね。待っていたんだがね」

「だからさぁ・・・」

「授業中は静かにするものだよ、常識じゃないのかね。それとも君は、この状況を見てわからないかね? 私の事さえ忘れたと言うのかね? 見たまえ、私の生徒達を! どの子も優秀だ! 素晴らしい才能だ! 私や君とも違う、個性豊かな子供達だ!」

「違うよ・・・」

「何が違う? もしかして、嫉妬しているのかねペスカ。だとすれば、私はようやく君に勝てたと言う訳か」

「そうじゃないよ・・・」

「何がだね? 私が既に死んでいる事が、不思議なことかね? 確かに私の肉体は、ロメリアに支配された時に失われた。しかし私は教育者だよ! 君の様に、企画だけして放り投げる無責任な人間とは違うのだよ! 有能な子が、死に瀕している。私が救わなくて、誰が救うと言うのだね? 私はこの子らに、生活の知恵を授けた。知識を教えた。しかし、自分達の力で生き抜いたのはこの子らだ! 誇らしいと思わないかね? エルラフィアの将来を。いや、この世界の将来を担う、宝だと思わないかね?」

「ドルク・・・」


 ペスカは、言葉に詰まっていた。

 顔を両手で覆い隠すペスカ。

 しかし、涙は滂沱の様に流れ、抑える事は出来なかった。


 少しの間、静寂が訪れる。

 すると子供達から、催促の声が投げかけられた。

 

「せんせ~、続きは~?」

「ねぇ~、話の続きを聞かせてよ~!」

「せんせ~。せんせ~ってばぁ~!」


 子供達は、笑顔をいっぱいに浮かべて、ドルクに声を掛けていた。

 子供達は、当然の様にドルクを受け入れていた。


 既にドルクは死に、魂魄だけの存在である。

 幽体の様に、僅かに存在を現出させている。

 そんな事は、子供達にとって些細なのだろう。

 ドルクは、飢えから救ってくれた恩人なのだから。

 全幅の信頼を寄せている様にも見えるのは、それ故であろう。

 だがドルクは、ペスカと後方に配された警邏隊の存在を確認すると、子供達に向かい静かに首を横に振った。


「私の授業は、ここまでなんだね。君達はこれから、元の生活に戻るんだね」

「何でだよせんせ~」

「やだよ、もっと続けてよ、せんせ~」

「せんせ~。元にって何? わかんないよ」


 ドルクの言葉に、騒ぎだす子供達。

 それでもドルクは、言葉を続けた。


「ずっと、言って来た事を忘れた訳では無いのだろう? 君達は優秀なのだからね。私は既に死んだ身、いま君達が見ている姿は、私の魂魄が作り出した幻に過ぎない。別れの時は訪れる。それが今なのだよ」


 子供達は、一斉に俯いた。

 多くの子供が嗚咽している。

 そして、ぐっと堪える様に押し黙り、ドルクはペスカに視線を向けた。


「良いんだね?」

「勿論だとも」


 短い会話であった。

 そして、ペスカは警邏隊に視線を送る。

 ペスカの後ろで待機していた警邏隊が、建物の中に入っていく。

 警邏隊が、子供達を保護しようと、手を伸ばす。

 

 別れの時が来た。

 子供達は大声で泣き喚きながら、縋り付く様にドルクの周囲に集まる。

 ドルクに触る事は出来ない、しかし子供達はドルクから離れようとしなかった。

 

 帰ろう。

 そう言われても、何処に帰ると言うのだ。

 両親を亡くし、身寄りもない子供達の居場所は、ドルクの下なのだから。


 ドルクは、決して優しいだけじゃなかった。

 糧も無く、生きる気力すら沸かない自分達を、懸命に鼓舞してくれた。

 いま、生きて居られるのは、ドルクのおかげ。

 誰もが、そう思っていた。

 誰もが、ドルクを尊敬し愛していた。

 誰もが、理解をしていた。

 ドルクと自分達が違う事を。

 ドルクには体が無い事を。

 そして常々、言われてきた。

 

「君達には、帰らなければいけない場所が有る。私にもだよ。いずれ別れの時が来ても、悲しまないで欲しい。君達には未来が有る。輝ける未来に向けて、歩みを止めないで欲しい」


 だが、突然の別れを受け入れる事は出来なかった。

 子供達は、涙を止めることは出来なかった。

 ドルクもまた、言葉を詰まらせていた。

 肉体が有れば、涙を流していただろう。

 別れを惜しむ様に、痛切な表情をドルクは浮かべていた。


「ねぇ。聞いて」


 泣き声が止まない建物の中で、静かにペスカが口を開く。

 

「ドルクはね、魂魄を削って君達の傍に居てくれたの。このまま世界に留まり続けたら、ドルクの魂魄は消えて無くなっちゃう。そしたら、ドルクは生まれ変わる事が出来なくなっちゃうんだよ」


 穏やかに語るペスカの言葉は、泣き喚く子供達の耳に届いていた。

 そして次々と、涙を堪える様に子供達が顔を上げる。

 別れを惜しむより、ドルクが消滅する事を恐れたのだろう。

 そんな子供達を、誇らしげに見守るドルク。

 そこには、確かな絆が存在していた。


「私は生まれ変わって、かならず君達と会う事を約束しようじゃないかね。だから、しばしのお別れだ」


 小さな子供にさえわかる、保障の無い約束の言葉。

 しかし子供達は、ドルクの言葉に大きく頷いた。

 口々にドルクへ誓いを立て、子供達は警邏隊と共に建物を後にする。

 止まる事の無い涙、だが決して歩み続ける事は止めない。

 ドルクの教えが、子供達の中に息づいていた。


 やがて、全ての子供達が建物から出ていった。

 その様子を見届けると、ドルクはゆっくりと天を仰ぎ、呟く様に語り始めた。


「これで、私の罪が消えたなんて思っていないんだよ。でも、少しは罪滅ぼしをしたかったのは、事実なんだ。私は悔いているんだよ。ペスカ、君を憎んでしまった事にね。後は地獄だったよ。ロメリアに支配されても、私の意識は残っていたからね。子供達やセムス達に手をかけた事は、悔やんでも悔やみきれないよ。多くの犠牲を生んだ。私のせいで罪もない人々が死んだ。全て紛れもなく、私の罪なんだよ」


 そして、ドルクはペスカに近づく。


「ペスカ。神々に頂いた時間は、もう終わりだ。私は裁かれる時が来た。連れて行ってくれ」


 ドルクはペスカに向かい、深く頭を下げた。

 そして頭を上げるドルクは、沈痛な面持ちで呟いた。

 

「あの子達に無責任な言葉を掛けてしまった。罰を受ける私が、再びあの子達と会えるはずがない。悪いが、ペスカ。あの子達の事、頼まれてくれないか?」

「やだよ。謝りたければ、直接謝りなよ。知ってるでしょ? 私はあんたの事が嫌いだってさ」

「そうだったな。私も君のそんな所が、大嫌いだよ」


 苦笑いを浮かべるドルク。

 ペスカは、涙を流しながら、神気を高めた。


「じゃあね。生まれ変わっても、私の目の前には現れない事を願っているよ」

「馬鹿かね。そんな事は有り得ない。さらばだ、盟友」


 ドルクの姿が消えていく。

 完全に消え去った後、ペスカは冬也に抱き着き、声を出して泣いた。

 暫く、ペスカが泣き止む事はなかった。


 ☆ ☆ ☆


「もう、怒らないでよ。ねっ、ペスカちゃん。大丈夫、私が何とかするし」


 数日が過ぎて、女神フィアーナの所を訪れたペスカと冬也。

 今回の失踪事件に関わっているであろう、女神フィアーナを問い詰めていた。


 話を聞くところ、ドルクの肉体が消滅した頃は、未だ魂魄は解放されていなかった。

 解放されたのは邪神ロメリアが、消滅した時であった。

 しかし当時は死者が多く、多忙だった女神セリュシオネは、ドルクの魂魄が回収されていない事に気が付いていなかった。

 恐らく悔恨の念が強すぎたのだろう。

 地上に留まり続けたドルクの魂魄を発見したのは、後になっての事だった。

 

 魂魄を削りながら、地上に留まるドルク。

 ドルクの存在に気が付いたのは、丁度アルドメラクが消滅した頃だった。

 ただ、子供達を保護するドルクを見た女神フィアーナと女神セリュシオネは、暫く様子を見る事に決め、周囲に結界を張った。

 元より、天才であるドルクは、女神が結界を張った事に気が付いていた。

 だからこそ、子供達に言い聞かせていたのだろう。

 終わりの時間は訪れると。

 そうでなくても、魂魄を削り続けているドルクに、残されてる時間はそう多くはなかった。


 子供が目撃されたのは、偶然ではない。

 好奇心旺盛な一人の少年を、誰かの目に留まる様に誘導し、結界を緩めた女神フィアーナの目論見であった。

 後は、因縁のある間柄であるペスカを呼んで、決着をつけさせればいい。

 事は、女神フィアーナの思惑通りに進んだのであった。


「絶対だよ、フィアーナ様! あいつが、一番の被害者なんだからさ」

「わかってるわよ。たまには私を信じて任せなさい! これでも神の中で一番偉いんだもの」

「はぁ。その自信がどこから来るのか、聞きたいよ」

「大丈夫。許し認めるのは、神の務めよ。それにあの子は、二度と間違えないでしょ?」


 フフっと笑う女神フィアーナ。

 ドルクが、再び子供達と出会うのは、そう遠くない未来なのかもしれない。

 ペスカは、少し思いを馳せて、空を見上げた。

 世界が彼らに優しくある様にと、願いを込めて。

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