第270話 失踪事件を追え その2

「厄介な事件?」


 エルラフィア王の言葉に、ペスカはコテンと首を傾げた。

 それもそのはず、トールを始めエルラフィア軍には優秀な人材が居るはずだ。

 更には、この国で神の姿を見つけるのは、そう難しい事ではない。

 何しろ、城の直ぐ近くに、女神フィアーナの滞在拠点があるのだから。


 なのに、何故わざわざ自分達を呼んだのだろう。

 ペスカの疑問が、表情に現れていたのか、それとも冬也がわかりやすく顔を顰めていたのか。

 恐らく両方であるのだが、エルラフィア王は静かに口を開く。


「フィアーナ様に、お願いをしたのだ。しかし、フィアーナ様はお二人をご指名なさった」


 エルラフィア王の言葉に、冬也は深いため息をついて頭を掻く。


「あのロリ! また人に仕事を押し付けたぁ~! 自分は暇で食べ歩きをしてる癖に!」


 城内にペスカの声が響き渡る。

 その瞬間、城中の人々が一斉に足を止めたのは、言うまでもない。

 そして冬也は、やれやれとばかりに、ペスカの頭を軽く叩く。


「でけぇ声出すんじゃねぇ、ペスカ」

「だってお兄ちゃん!」

「嫌なら、断ればいいじゃねぇか。何だかんだで、いつも引き受けるお前も悪い!」

「何その四面楚歌! お兄ちゃんは、私の見方じゃないの?」

「馬鹿! 取り合えず、話を聞いてから判断しろって言ってんだ!」

「うぉ~! お兄ちゃんにまともな事を言われると、無性に腹が立つよ!」

「うるせぇ!」


 そして、ペスカの頭には、冬也の鉄拳が降り注ぐ。

 涙目になったペスカは、頭を押さえながら、エルラフィア王に視線を向ける。


「仕方ないから聞いてあげる」


 ペスカはそう言うと、鼻をぐずらせた。

 エルラフィア王は、少し困った様な表情で冬也に視線を送る。

 しかし、冬也からは早く話せと言わんばかりに、冷たい視線が返って来る。

 そしてエルラフィア王は、神妙な面持ちになり話し始めた。


「何から説明すれば良いか・・・」

「最初から、全部だよ」

「承知した、ペスカ様。事の起こりは半年前の事だ・・・」


 モンスター騒動がひと段落した後、一連の騒動での死亡者を確認する為に、調査が行われた。

 飢餓で死亡した数は多く、モンスターの被害に合い死亡した数も少なくはなかった。

 当時は身元不明の死体も多く発見された為、死亡者と生存者の数を照らし合わせるのは、非常に難航した。

 半年かけて調査が完了した時に、出生届けが無い者を除き、行方不明の子供が数十名ほど居る事が判明する。

 更に調査を重ねると、目撃者が現れる。

 ただ、誰もが口を揃えて、忽然と姿を消したと証言した。

 訳のわからない証言と、かなりの月日が経過している事から、行方不明の子供達の捜索が行われる事は無かった。


「その子供達の親御さんは?」

「皆、死亡している」

「で、今更なんでそんな話が出てくるの?」

「数日前の事だ。南部の旧国境近くで、行方不明の子供らしい姿を見たと報告が有ったのだ」

「どういう事?」

「現場の責任者は、目撃情報を唯の幻覚だと思ったらしい。念の為に目撃が有った付近を捜索すると、結界らしき物が有る様でな。それも、広範囲に」


 エルラフィア王が言い終えると、ペスカは考え込む様に目を閉じる。

 ただ冬也だけは、怪訝そうな表情を浮かべていた。


「なぁ。早く子供達を保護しなくちゃ不味くねぇか?」

「あのね、お兄ちゃん。例え半年の間でも、子供達だけで生活出来るはず無いじゃない」

「はぁ? そんなの別に難しい事じゃねぇだろ?」


 首を傾げる冬也。

 次は、ペスカが深いため息をつく番であった。

 

「はぁ・・・。お兄ちゃんは、もぉ」

「何でだよ! 普通の事だろ?」

「お兄ちゃんと、普通の六歳児とは違うんだよ。お兄ちゃんみたいに、ジャングルの最深部からサバイバルナイフ一本で、無事に生還しないんだよ!」

「ペスカ、そういう問題じゃねぇだろ?」

「わかってないね。子供達が無事かどうかが問題じゃないの。もし子供達が無事なら、その理由が問題なんだよ」

「それは、結界がどうのってやつか?」

「そうだね。何か裏が有りそうだし、調べてみよっか」


 ペスカが冬也に向かい頷くのを確認すると、エルラフィア王はすぐさま部下達に、現地案内等の指示を出す。

 それと共にペスカに目撃情報が有った現場を示した。

 やや騒がしくなり始めた謁見室内で、ペスカは最後の質問をエルラフィア王にした。

 

「この話は、セリュシュオネ様にはした?」

「勿論だ。フィアーナ様からして頂いた。セリュシュオネ様も、これはペスカ様の案件だと仰られて」

「ペスカ。セリュシオネがどうかしたのか?」

「いや、ただの確認だよ。それよりお兄ちゃん、出発しよっか」


 そう告げると、エルラフィア王に背を向け、謁見室を出るペスカ。

 冬也はその後に続いた。

 

 極力明るく努めたつもりであった。

 しかし、ペスカの心は重く沈んでいた。

 何故なら、エルラフィア王から聞いた犯行手口は、かつて見た事があるから。

 女神フィアーナや女神セリュシオネが自分を使命した理由からも、ペスカの懸念を確たるものにしていた。

 

「ペスカ。気が乗らねぇなら、止めて良い。俺が代わりに片づけてやる」

 

 ペスカの僅かな機微を、見逃す冬也ではない。

 そんな冬也の問いかけに、ペスカは首を横に振った。


「ううん、行くよ。これは、私が片づけなきゃいけない因縁なんだよ。だからフィアーナ様は、私を選んだんだ」  

 

 ペスカは精一杯の笑顔で、冬也に応える。

 冬也は優しく微笑み、ペスカの頭を撫でた。

 

 城を出ると、ペスカと冬也は目撃現場付近へ転移する。

 エルラフィア王国の南部、かつて小国との国境付近。

 もう存在しない小国へと行き交う者は無く、手付かずの鬱蒼とした森が続いていた。

 教えられた場所まで辿り着くと、確かに結界らしきものが存在した。

 

「おい、ペスカ。これって」

「わかってる」


 全てを察したのか、ペスカは酷く悲しそうな表情を浮かべた。

 

「本当に、良いのか?」

「大丈夫、行くよ」

「そっか」 

 

 そっと手をかざし、結界を破壊するペスカ。

 二人が森の中に足を踏み入れようとした頃、遠くから蹄の音が聞こえてくる。

 目をやると、警邏隊が近づいて来るのが見える。

 エルラフィア王の手配であろう。

 ペスカは、警邏隊の到着を待ち、自分達の後に続くように指示をした。


 森に足を踏み入れるペスカと冬也。

 そこには、明らかな違和感が有った。

 奥に進むと、道の様な物が有る。

 誰かが森の中に居る事は、間違いないだろう。

 一度世界は壊れかけた。

 再びこの周辺に、木々が生まれて森が作られたとすれば、意図的に誰かが道を作った事になる。

 

 更に奥に進むと、やや開けた場所に何かを栽培している畑が見つかる。

 警邏隊からは、口々に驚きの声が漏れていた。

 そして、その先には拙く作られた、掘っ立て小屋がある。

 森の奥には、小さな集落が出来ていた。


 ペスカは一つ一つ確認する様に、奥へと進んでいく。

 冬也は、全てを見届けようと後に続いた。


 集落の奥には、やや大きめの小屋が見える。

 中からは、高めの声が聞こえて来た。

 その様子に、警邏隊が騒然とする。

 ペスカは、人差し指を口に当て、静かにする様に警邏隊に促す。

 

 子供の声で間違いないだろう。

 それも、一人や二人ではない。

 はつらつとした声は、何かの問に答えている様に聞こえる。

 優しく響く声と、楽しそうな声が森の中に響く。

 それは、まるで小学校の授業を彷彿とさせた。

 

 冬也がペスカを見やると、涙を瞳いっぱいに溜め堪えていた。

 結界を作った者の気配は、冬也も心当たりがある。

 もしかすると、ペスカは最初からこの状況をわかっていたのかもしれない。

 冬也は掛ける言葉が見つからず、ただペスカの肩に手をやった。

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