第269話 失踪事件を追え その1

 トール達と別れたペスカと冬也は、城へと足を踏み入れた。

 勝手知ったるかの様に、城内を進んでいく二人。

 謁見室の豪奢なドアを開けると、二人を待っていたかの様に、エルラフィア王が玉座から降り膝を突いた。


「お待ちしておりましたペスカ様。冬也様までお越し頂けるとは」

「そういうのは止めろ王様」

「そうだよ、駄目だよ。選民思想を無くすんでしょ?」


 冬也とペスカの言葉に従い、エルラフィア王は頭を上げると、苦笑いをして返す。

 

「そう・・・であったな」


 エルラフィア王は、ゆっくりと立ち上がると、手を差し出した。


「これなら良いだろう? 確か貴殿等の世界ではこうすると聞いたのだが?」

「あぁ、構わねぇ」

「握手が挨拶は、欧米文化だけどね」


 エルラフィア王と握手を交わす冬也。

 続いてペスカが、少し苦笑いをしながら握手をする。


 神と地上の生き物が共に暮らす世界。

 それは、既存の体制に変化を与えた。

 単一の種族がまとまって文化を作っていたドラグスメリア大陸では、ズマを中心とした国家が形成され、新たな道を進み始めている。

 多種族間の抗争が絶えなかったアンドロケイン大陸では、争いの無い世界を作る為にエレナが奮闘していた。

 そして、人間の大陸でも確実に変化が起きていた。


 人間だけではない、亜人や魔獣、そして神が闊歩する大陸。

 今までの体制では、対応する事は出来ない。

 整いきらない法整備、しかしそれを補うのは民衆の力だった。

 

 知らないからこそ、警戒する。

 警戒心は疑念に繋がり、争いへと発展する。

 しかし民衆達の中には、ペスカの言葉が残っている。 

 

 同じ人間同士でも戦いは起こる。

 ましてや、人間とは姿形が異なる見知らぬ者を受け入れるのは、さぞ勇気がいる事だろう。

 だが、民衆達は受け入れた。

 そして文化が交わる。

 それだけでは無い。

 ドラグスメリア大陸からは、貴重な資源が齎される。

 アンドロケイン大陸からは、知識が齎される。

 それは、人間の大陸ラフィスフィアの経済を、多いに発展させた。

 

 世界を変えるのは、どの世界、どの時代でも民衆の力なのだろう。

 民衆の力は、旧態依然とした体制を覆さんとする。


 貴族により統治される社会は、終わりを告げようとしていた。

 そして選民思想を無くすために、尽力したのは誰であろう、国のトップであるエルラフィア王を含む現国王達であった。


 神と人が平等なら、人間の中で貴賤があってはならない。

 とは言え、代々受け継がれてきた血筋、貴族という身分を捨て去るのは、容易な事ではない。

 しかし、時代の風潮がそれを許さなかった。

 貴族達は国に領地を返上し、新たな行政区域が設けられる。

 そしてかつての領主達は、暫定的に旧領地で政務を執り行う事となる。

 同時に地方自治に関する法律の制定が、急ピッチで進む。

 将来的には、民衆の手で地方自治を行い、国王さえも民衆の中から選ばれる予定にもなっている。


 また、平和が求められる世界で、戦う為の軍隊は不要。

 各国の軍隊は、警邏を中心とした警備組織に生まれ変わる。

 人間社会は、大きな変革期を迎えていた。


「しかしな。問題は山積みだ」

「そりゃそうだよ。知識がない人が、いきなり政治家になれば、国が破綻するもん。法律も整ってないのに、無茶言うなって感じだよ! だから教育が大事なんだよ、わかる? 昔、私が散々言ったのにさ! 大事な所を疎かにするから、優秀な人材が育たないんだよ! 潜在的な素材は、あっちこっちに眠ってるのにね。でもさ、進んで政治家になろうなんて、どうかしてるよ。政治家なんて、国の奴隷みたいなもんじゃない。だから汚職が絶えないんだよ。ちょっとくらい私腹を肥やさないと、やってらんないだろうね。私なら、お腹痛くなって逃げだすね、絶対!」


 ペスカは堰を切った様にまくし立てる。

 そんなペスカを止めるのは、冬也しかいまい。


「ペスカ、ちょっと言い過ぎだ。ちょっと落ち着け! わりぃな王様」

「いや、構わない。ペスカ様の仰る通りだ。これは私の怠慢だ」

「そうだよ! ドルクがあれだけ頑張って基盤を作ったのにさ! あいつは教育の父なんだよ! あんな事件があったからって、事業を凍結させるなんてどうかしてるよ! あいつはムカつくやつだけど、ムカつくやつだけど! それとこれとは別じゃない?」


 ☆ ☆ ☆

  

 それは生前ペスカが、まだ元気だった頃の話である。

 ある時ペスカが進言し、エルラフィア王国各地に、民衆の為の教育機関が作られる計画が持ち上がった。

 当時、エルラフィア王国を始め、人間社会では識字率が極めて低かった。

 知識を得るのは貴族と富裕層だけ。

 貧困層は言わずもがな、中間層でも文字の読み書きが出来る者は少なかった。


 教育機関が無かった訳ではない。

 だが公立学校は存在せず、義務教育の概念も無い。

 貴族達は幼少期に、有識者を自宅に招く形で教育を受けていた。

 貴族の中でも特に優秀な者は、高い入学金と授業料を支払って、高等教育機関で特別な教育を受ける。


 民衆が知恵を持つのは、一部の権力者には都合が悪い。

 しかし、ペスカはそんな意見を尽く論破した。

 民衆の力が経済を発展させる、最終的に得をするのは治世者だ。

 結局はペスカの言葉に丸め込まれて、エルラフィア王国は公立学校を設立する事になる。


 貴族出身あるペスカは、特に優秀な成績を修めて高等教育機関を卒業した。

 しかし同じ王立魔法研究所の職員であり、ペスカの同期生であるドルクは違った。

 当時、若い教育者であったマルクが、貧民街で保護した孤児であった。

 マルクがドルクを発見したのは、偶然ではない。

 見た事が無い仕組みの給水施設があると耳にしたマルクが、貧民街に訪れた際に出合ったのがドルクであった。


 ドルクはまさに天才であった。

 マルクは直ぐにドルクを保護し、高等教育を受けさせた。

 ドルクの才能は、教育を受けて更に開花していく。

  

 幼くして両親を亡くし、身寄りもなかったドルクにとって、知恵こそが生きる為の術であった。

 だからこそ、裕福な貴族の家柄であるペスカに嫉妬した。

 それだけであれば、後のドルクに悲劇は訪れなかったであろう。

 ペスカは、ドルクを凌駕する天才であった。

 どれだけ努力しても届かない。

 ドルクにとって、ペスカはそんな存在であった。


 ドルクは貪欲に知識を吸収した。

 それでも、ペスカには届かない。

 やがて高等教育機関を卒業したドルクは、マルクの下でペスカと共に王立魔法研究所の基盤を作っていく。


 そんな過去を持つドルクは、公立の学校が作られる事に歓喜を覚えていた。

 ドルクは自分と似た環境の者達が、真っ当な教育を受けられる、機会を与えられる、それが嬉しかった。

 そして、自ら先頭に立って公立学校の発展に寄与した。

 民衆の前に立ち、教育の意義を説き、生徒を集める。

 教科書作りに精を出し、時に壇上に立ち講義を行い、教師の育成にも力を注いだ。

 教育の父として、呼ばれていてもおかしくは無かった。


 しかし、悲劇は訪れた。

 

 ドルクの助手であった研究員達が姿を消す。

 そして、生徒達からも行方不明者が増えていく。

 事件が明るみになった時には、既に遅かった。


 マナを効率的に扱うドルクの実験が、被害者を生む。

 人体実験にされた生徒達は全て死亡し、生き残ったのはセムスとメルフィーだけだった。

 そして事件は、モンスターの増殖へと繋がっていく。

 以降、公立学校は閉鎖し、再会される事は無かった。

 

 ☆ ☆ ☆


 時代の急激すぎる変化に、国の体制が着いて行かない。

 それは仕方のない事でもある。

 しかし、浮足立ったまま変化を遂げれば、直ぐに破綻の時が訪れる。

 確実な未来の為に、基盤固めは最重要課題である。

 一つ一つ確実に。


 熱り立つ様に、ペスカの言葉は続く。

 エルラフィア王は、まるで叱られた子供の様に、肩を落としている。

 その様子を見ながら、冬也は溜息交じりに口を開いた。

 

「ところでよ、俺達を呼んだのは何の用だ? 愚痴を聞かせるだけだったら、俺は帰るぜ」 

  

 その言葉で、ペスカの説教が止む。

 そして、エルラフィア王は居住まいを正した。


「実はな。少し厄介な事件が起きているのだ。お二方には、解決に助力を願えないかとおもっているのだが」

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