第254話 アルキエルの解放
冬也に敗北してから、アルキエルは自問自答を続けていた。
当初こそ、激しく揺らいでいたが、徐々に心は凪いでいった。
激情に身を任せ、打倒す事のみに愉悦を覚えていたアルキエル。初めての敗北からは特に、生死を賭けた緊張感にのみ執着をした。
しかし二度目の敗北は、アルキエルに変化を与えた。
神気は言うまでもない。力、技、速さ、どれをとっても自分が勝っている。負ける要素は一つたりとも無い。
なのに何故、自分は負けた。
片腕を失っていたからか?
違うはずだ、例え両腕で戦っていても、冬也には相手にされていなかっただろう。
そうだ、冬也は俺を相手にしていなかった。あれだけの殺気を見せたのにも関わらずだ。何故、冬也は俺の殺気を簡単に流す。
わからない・・・。
冬也に勝った時は、俺の得意な剣で戦った。二度目の敗北は、拳で戦った。
剣で戦わなかったからか?
いや、それも違うだろうな。
例え剣で戦ったとしても、あの時の俺は負けていた。そんな気がする。一体なぜだ!
わからない・・・。
存在を賭けて尚、俺は冬也に届かない。いや、一度は勝利したのだ。圧倒的な差で、冬也を下したのだ。
ならば何故、二度も奴に敗北した。
わからない・・・。
問いかけても、答えは出ない。
しかし、気が付かない間に、アルキエルは集中し始めていた。
余計な雑念が消えていた。無駄な怒りが消えていた。いつしかアルキエルの中には、自分と冬也しか居なくなっていた。
先の戦いにおける手順を思い出し、新たな応手を想像する。何千何万の戦い方を、シュミレートし続ける。原因と結果を探り続け、あらゆる可能性を模索する。
アルキエルは思考に浸る。それは既に瞑想の領域であった。
過去の工程を辿り、新たな道を探る。
思考を重ねる度に、アルキエルの凝り固まった頭は、柔軟になっていく。それでも出ない答え。
しかし、自然と苛立ちは無かった。
アルキエルは、その事に自覚すらしていない。何故なら、没頭していたから。
もし、今のアルキエルを苛立たせる事が出来るとしたら、予期せぬ侵入者の存在であろう。
神の世界からは、地上が全て見渡す事が可能である。何が起きているのか、神気を使えばある程度の察知が出来る。
余程、神の目を避けない限りは。
アルキエルは思考に没頭する余り、地上で起きている事象を見逃した。そして、不意に封じられた神の世界が、こじ開けられる。
異様な気配であった。大きすぎる力、それは澱みが集まった塊。力の有り様を感じ、アルキエルは瞬時に悟った。
新たに邪神が生まれた! あれは、地上の生物に害を成す、世界を滅ぼす! 始末せねば!
しかしアルキエルは、直ぐに己の矛盾に気が付く。
何故、自分が地上の生物を心配しているのだ。下等な生き物に、何の思い入れが有る? 戦えればそれで良いのでは無かったのか? それとも冬也の様な存在が、地上の生物の中に現れると、期待でもしていたか?
確かに以前、自分に傷を付けた人間が居た。眩い光を纏う、珍しい人間だった。だが、それだけだ。それだけのはずなんだ!
再びアルキエルの中に、葛藤が芽生える。しかし、アルキエルは直ぐに、自己の矛盾を頭の隅に追いやった。
そして侵入者は、アルキエルの瞑想を邪魔するかの様に、不作法に神の世界へ足を踏み入れる。禍々しい邪気が、神の世界に流れ込む。
アルキエルは、思考を一旦停止し、神の世界に神気を流し込んだ。
警告を発しても、邪神は歩みを止めない。
関わりたくない。今は冬也との再戦を考えていたい。どう戦えば勝てるのか、それだけに集中したい。
あんな異様な力を持った邪神と、万が一にも戦いになれば、俺は無事では済まない。
それでは、冬也と戦えない。
入って来るな! 俺の世界に入って来るな! 帰れ!
これ以上、足を踏み入れるなら、消滅させてやる!
そして、アルキエルは二度目の警告を発した。そこには、アルキエルの強い意志が籠っていた。
不思議だった。
桁違いの力を持つ相手に対して放った言葉が、その相手を怯ませた。
不思議だった。
もしかすると、これが覚悟なのか。もしかすると、これが冬也との差なのか。
それは天啓の様な閃きであった。
意思の強さが、どんな困難も跳ね除けるなら。もし、それが冬也の強さなら。俺も試してみたい。
アルキエルに、笑みが浮かんでいた。
アルキエルは、神気を更に流し、神の世界を自在に操る。
来れるものなら来てみろ。邪神を挑発したのは、単なる挑戦だった。
自分の所まで辿り着くなら、戦うしかあるまい。その時は、全力を持って相手をしよう。
そして、必ず奴を消滅させる。
「俺は誰の物でもねぇ。俺の存在意義は俺が決める!」
無意識にアルキエルの口から、言葉が漏れる。意味が有ったのか、自分でもよくわからない。
だが、どうでも良い。今は、奴を絶対に近寄らせない、それだけだ。もし、それが出来たなら、冬也と互角に戦えるかもしれない。
アルキエルは、強く念じて神気を流す。
生まれてから自然と使っていた力、ただ漠然と振るっていた力に、意思を籠める。
時間が流れる。
邪神が自分に近づいて来る気配は、微塵も感じない。
歩み進めているのは確かである。しかし、迷路に嵌った様に、邪神の位置はほとんど動いてなかった。
邪神の激しい苛立ちを感じる。邪神が苛立つ程、自分の術中に嵌っていく。
「出来るじゃねぇか! 俺にも出来るぜ冬也ぁ! 待ってろよ! もっと力の使い方を磨いて、次こそ殺してやるぜ!」
アルキエルは大声で叫び、神の世界から姿を消した。神の世界から出るなど訳が無い、その言葉通りに。
ただ、己が持つ矛盾の正体を、理解しないままで。
一方、アルドメラクは困惑していた。
進めども、一向に中心部へ近づけない。苛立ちが募り、神の世界を破壊してでも、中心部へ近づこうと試みる。
しかし破壊どころか、傷一つ付ける事が出来ない。歩みを進めても、元の場所に戻される。一方通行の道にも関わらず。
何が起きているのか、理解が出来ない。力はアルキエルより強いはず、ならば通れない道理が無い。
迷いに迷った挙句、気が付いた時にはアルキエルの存在を、神の世界から感じられなくなっていた。
「うぁああああ! くっそがぁああ! どいつもこいつも、馬鹿にしているのか! 我は至高の存在! 全てを超越する存在だぞ!」
英雄を倒す為の策が、その手から零れ落ちる。屈辱の上に屈辱を塗り重ねられ、アルドメラクは激しく怒り咆哮した。
既に、アルキエルの神気を辿る事も出来ず、アルドメラクはただ打ち震えていた。
数刻が過ぎても、アルドメラクの怒りは収まらない。だが、何も無い神の世界で、ただ茫然としても意味がない。
何の気なしに、アルドメラクは神の世界を出る。怒りで頭が働かず、次の策など考える余裕も無い。
しかし、再び地上に降りたアルドメラクは、思わぬ事態の好転に気が付く。
「はは、はははは! そうか! 奴らが居たのか! そうか、そうか! 我の洗脳は利いていたではないか! 愚かな英雄よ! ははははは! 全く愚かだな!」
アルドメラクが目にしたのは、女神ラアルフィーネの命に背き、反転して進軍するエルフの姿。
その瞳には、再び狂気が宿る。
「さて、やっと終わりが始まるか。楽しみにしていろ、英雄よ!」
アルドメラクは、地上の光景を見て、高笑いを続けていた。
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