第239話 戦いの行方

 お前も救う。

 冬也の言葉は、アルキエルを激高させた。

 

「冬也ぁ! てめぇ舐めてんのか!」

「だから、うっせぇってアルキエル。騒いでも俺には勝てねぇぞ。思いださせてやるよ。勝負の楽しさってやつをな」

「それは生きるか死ぬかだろうが! てめぇに倒されて知ったんだぞ! 忘れたとは言わせねぇ!」

「違うぜ、アルキエル。お前が元々知っていた事だ。忘れちまったなら、俺が思いださせてやる」

「何をだ! ふざけんじゃねぇ冬也ぁ!」


 アルキエルが拳を振っても、冬也には軽く往なされる。そしてアルキエルの脇腹に、強烈な一撃が入る。

 何度と無く繰り返される攻防。片腕だけのアルキエルには、明らかな隙が出来る。冬也は、アルキエルの攻撃を躱しつつ、無くした腕側に回り込み脇腹を殴りつける。

 互角の戦いなどではない。一方的とも言える戦いであった。


 しかし、アルキエルが冷静であったら、気が付いたはず。

 神の肉体は神気を具現化している。今のアルキエルなら、有り余る神気を持って、片腕を簡単に再生出来たはず。

 それをしなかったのは、我を忘れていたからに他ならない。


 冬也は磨き上げて来た技を持って、アルキエルを圧倒した。

 殺し合いではない。心行くまで技を競う、その楽しさをアルキエルに示したかった。


 元々、戦いの神は一柱だけでは無かった。

 体術が得意な神、槍が得意な神、戦術に長けた神など、総じて戦いの神と呼ばれていた。その中でアルキエルは、剣が得意な神であった。

 戦いの神は、技や知恵の粋を集めた存在であり、それ故に敬われた。決して戦を好み、争いを起こす存在では無かった。


 いつから戦いの神が変わってしまったのか。

 それは、互いに競い合う様になってからであろう。剣の神アルキエルは、槍の神と技を競いあった。しかしそれは、アルキエルにとって心躍る日々だった。

 生まれながらに、剣の極意を極めた存在。至高たる故に、唯々敬われるだけ。他者と技を競って戦う事は、退屈な日々からの解放であった。

 

 互角に戦い、切磋琢磨する。それは喜びに変わっていった。そして永遠につかないはずの勝負であった。

 だが、いつしか槍の神との勝負に、決着がついてしまった。

 

「アルキエル、俺はもう疲れた。終わりにしよう」


 槍の神が言い放った言葉を、アルキエルは受け止める事が出来なかった。

 楽しかったのは、自分だけなのか。技を競い合う事は、苦痛なのか。

 アルキエルには、わからなかった。


 捉えきれない未知の感覚に襲われ、アルキエルは混乱した。

 ライバルであり親友だった槍の神は、アルキエルの攻撃を受けて消滅しかけている。アルキエルは、親友を失いたくなかった。だから言った。 


「俺の中で永遠に生きろ、槍の神」


 そして槍の神は、アルキエルの一部となった。こうして槍の神の力を手に入れたアルキエルは、戦いの神の中でも突出した存在になった。

 ただ、一度味わった喜びは、忘れる事が出来ない。


 それからもアルキエルは、他の戦いの神にも挑み続けた。互角の戦いを願って。

 しかし、結果は明白である。複数の力を持つアルキエルに、勝つ事が出来る戦いの神は存在しなかった。


 次々と他の神を取り込み、アルキエルは力を得ていく。やがて競い合う喜びを忘れ、戦う事だけが目的に変わっていく。

 徐々にアルキエルは、狂っていく。戦いの神がたった一柱になった時、アルキエルは絶望した。その絶望は、より深く戦いを渇望させた。

 

 タールカールを治める大地母神を、消滅させる為に一役買い、女神セリュシオネに言われるまま、大地に戦争を引き起こした。

 それでもアルキエルは満たされなかった。冬也と出会うまでは。


 アルキエルは神としての長い生涯で、初めて敗北した。

 敗北して尚、戦いを切望した。言うまでも無い、冬也との再戦を。


 神格が消滅した後、アルキエルの自我は消え、二度と蘇らないはずだった。

 邪神ロメリアが起こした混乱や、ドラグスメリアでの騒乱の末、戦の想念が神を生む。新たに生まれた戦いの神に、アルキエルの自我が宿るとは、アルキエル自身も予想していなかっただろう。


 だが、奇跡にも似た現象は、現実になった。それは、想いの強さだったのかもしれない。若しくは、怨念にも近い執念が、アルキエルの自我を蘇らせたのかもしれない。

 どちらにせよ、アルキエルにとっては、願ってもない事だった。

 

 敗北が大きな経験となる。度重なり起きた大きな戦い、その事象が力に変わっていく。更なる強さを得たアルキエルは、冬也との再戦を望んだ。

 しかし結果は、余りにもあっけなかった。


 唯一、自分と対等に戦う事が出来る者が、こんなに脆いはずがない。そしてアルキエルは待った。女神フィアーナの思惑に乗り、存在の消滅を賭けた戦いに臨んだ。

 どれだけ反フィアーナ派の連中を叩き潰しても、弱い神々を消し飛ばしても、アルキエルの心は晴れない。

 だが、アルキエルの望みは叶った。

 

 今アルキエルは、願って止まない冬也との戦いを行っている。

 しかし、どれだけ拳を振ろうとも、満たされない。


 冬也の拳が消滅させる程のダメージを、自分に与えないからか。

 死と隣り合わせでしか感じない緊張感が、この戦いにはないからか。

 冬也は、本気で戦っていない。これだけ冬也の拳で打たれているのだ。本気であったら、自分は消滅していてもおかしくはない。

 何故、本気で戦わない。殺そうと思わない。望んでいるのは、殺し合いなのに。それ故わざわざ、恨まれて当然の事をしたのに。

 何故だか、アルキエルにはわからない。

 

「何故、てめぇは本気で戦わねぇ! ここまでやっても何でだ! 殺し合いだろうがぁ! それこそが戦うって事だろうがぁ! てめぇは言ったな、自分が人間だってよぉ。ならわかるはずだぜ。他人を陥れて、裏切って、全てを我が物にするのが人間だぁ! それが性だ! 勝負の楽しさだぁ? 笑わせんじゃねえよ冬也ぁ! もう一度、ぶち殺してやる! そうすりゃ少しは頭もはっきりすんだろうよ」

「目を覚ますのは、てめぇだアルキエル。思い出せよ、お前が何を求めて戦い始めたのかを。忘れたなら、俺が思い出させてやるよ」


 冬也の右拳がアルキエルの左頬を捉える。アルキエルは、顔を歪ませて吹き飛ばされる。吹き飛びながらも、態勢を立て直そうとするアルキエルに対し、冬也は踵落としを見舞う。

 冬也の踵は、アルキエルの腹部に直撃し、そのまま床に叩きつけられる。勢いをつけて叩きつけられたアルキエルの体は、バウンドする様に跳ねながら何回転もし床を転がる。

 そして飛ばされながら、アルキエルは思った。


 何故、こんなにも違う。冬也が強くなったのか。

 いや、神気は俺の方が桁違いに大きい。


 覚悟の差か。

 それも違うはずだ。

 俺は存在そのものを賭けたんだ。覚悟が冬也に負けているとは、思えない。


 なのに何故、俺の拳は冬也に届かない。

 何故、戦っているのに、満たされない。何故、何故、何故、何故、何故、何故、何故。


 転がった後、アルキエルは直ぐに起き上がる事が出来なかった。

 神の世界の床など、大して固くはない。衝撃などは、微塵も感じない。だが、アルキエルは起き上がれない。

 

 この時、アルキエルには、迷いが生じ始めていた。理解出来ない感情が、渦巻き始めていた。

 丁度その頃、世界が再び繋がり、原初の神々がロイスマリアに戻っていく。冬也はそれを見届けると、アルキエルに言い放つ。


「俺は、てめぇの相手だけしてらんねぇんだ。だから独りで答えを探せ! その迷いの先に何が見つかるのかはわかんねぇけどな。その時にまた相手をしてやるよ」


 冬也はアルキエルに背を向けて歩き出す。


 隙だらけの、ゆっくりとした歩みだ。しかし、背中越しに襲っても、今の冬也に傷一つ付ける事は出来ない。

 そしてアルキエルは、振り上げようとした拳を静かに下ろした。

 

 冬也が神の世界から消えていく。アルキエルはただ茫然と、冬也を見送った。

 冬也が去り、全ての目的は失われた。そして、神の世界は再びロイスマリアから切り離される。


 完全なる孤独。


 しかし冬也は言った、答えを探せと。せめて、時が来るまで。

 アルキエルは静かに瞼を閉じる。迷いの中、アルキエルが何を導きだすのか、それは神すらわからない。

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