第215話 邪神の強襲

 ブルが冬也の眷属となり、冬也の力を使えるようになって、戦況は持ち直した。倒れた仲間を守る様に最前線で体を張り戦う姿は、守護神そのものであった。

 

「ブル。ようやくお主も眷属となったか。地上は頼むぞ。儂は大空に広がる奴らを駆逐せねばならんしの」

「誰なんだな?」

「スールじゃ。知らんのか? お主の先輩なんじゃぞ!」

「スール、よろしくなんだな」

「呑気じゃのぅ。まぁ、それがお主の良い所なんじゃろうな。お主は眷属となって間もない。くれぐれも無理をするなよ」

「わかったんだな。ありがとうなんだな」


 冬也の眷属となった事で、スールとブルも神気で繋がった。戦いながらも、神気のパスで、両者は会話を行う。

 スールにとっても、地上の戦線が持ち直した事は、僥倖である。しかも、ブルの戦いぶりは、エンシェントドラゴンを遥かに凌駕する。

 圧倒的な力で仲間を守り続る姿は、心強いものを感じる。


 しかしブルの眷属化は、崩れかけた戦線を持ち直しただけ。未だ、優勢と呼ぶには程遠い状況であった。


 大陸東部の四方を囲む神々は、陣取る位置から動けずにいる。

 特に北側と東側に居る山の神とクロノスは、大陸と海の両方から湧き出るモンスターに囲まれ、対応するだけでも精一杯であった。

 

 その中でペスカと冬也は、大陸東部の中心地である邪神が居る場所へ、モンスターを消滅させながら近づいている。

 数多のモンスターを浄化し、その力を大地へ還す。清浄化したマナが大地を蘇らせていく。

 

 淀みが消えても一時の事。大陸東部に充満する邪気は、早々に消えはしない。淀みを生み出す中心を潰さない限りは。

 ペスカと冬也は進み続けた。しかし、ふと気が付く。

 

「不味い! お兄ちゃん!」


 ペスカは叫ぶ。その意味は冬也も理解していた。

 そう、自分達が追っていた邪神の気配が、中央から消えたのだ。

 そもそも邪神が大人しく、自分達を待つはずが無い。攻勢に転じたというより、嫌がらせに近いだろう。行先は決まっている、最も簡単に生物を甚振れる場所だ。

 そして、冬也も叫んだ。


「スール! ブル!」


 冬也の意思は、眷属となったスールとブルへ、瞬時に伝わる。しかし、対応する間も無く、事態は最悪な形で訪れた。


 魔獣軍団の後衛を担っていたゴブリン軍団の後方に、悍ましい影が現れる。

 ゴブリン軍団は、ほとんどの部隊を、モンスターに対応する為に前へ出していた。残っている戦力は、ゴブリン数体と補給を担っていたコボルトのみ。


 悍ましい影は、禍々しい瘴気を垂れ流す。その瘴気に触れただけで、およそ半数以上のコボルトが消滅した。

 

 ズマは神経を研ぎ澄ませていた。

 何が起きても対処できるように、周囲の観察や探知を怠っていなかった。マナの扱いに慣れたズマ達ゴブリンは、相手が何者かがわかった。

 それは、地上の生物では、抗う事が不可能な存在である。

 

 かろうじて生き残ったコボルトでも、意識を失って倒れている。

 その禍々しい気配は、前方で戦いを繰り広げる魔獣達にも伝わる。マナの扱いが不十分な、ドラゴニュート等は次々に瘴気に触れて倒れていく。

 この場で立っていられるのは、エレナの過酷な修行に耐えたゴブリンだけ。若しくはエレナ本人だけだった。


 多くの戦場を潜り抜けて来た、ゴブリン達も足は竦んでいる。辺りに蔓延するのは、底知れぬ恐怖。誰もが震える状況で、ズマが声を荒げた。


「逃げろぉ~!」


 ズマは、ゴブリン達に逃げる様に指示する。怯え切ったゴブリン達は、ズマの言葉で蜘蛛の子を散らす様に逃げ始める。

 その様子に邪神は高笑いをした。心から楽しんでいる様に、まるで勝ち誇った様に、凶悪な笑みを浮かべていた。


「ハハ、ハハハ。弱点を突くのは、戦いの基本だよ。僕の勝ちだね、混血のガキ」


 いつでも殺せる。一瞬で皆殺しに出来る。

 しかし、邪神は遊んでいると言わんばかりに、逃げ惑うゴブリンの様子をただ眺めて、笑みを深めていた。 

  

 モンスターに囲まれ、エレナはゴブリン達を助けに行く事が出来ない。

 前線を支えているブルがゴブリン達を助けに行けば、モンスターの波が倒れた魔獣達を襲い、それこそ全滅する恐れがある。

 上空で戦うスールとて、それは変わらない。ノーヴェやミューモ、その眷属達とて、助けに行く余裕は皆無だった。

 

 予想外の襲撃に、ゴブリン軍団は瓦解した。そして邪神の登場により、邪気が周囲に充満する。重く圧し掛かる様に、邪気がエレナ達を縛り付ける。

 

 冬也でさえ、初見では動きを封じられた。ただの生物では、立っている事より、死んでいない事の方が奇跡なのかもしれない。

 そんな最悪の状況下で、ズマはゆっくりと歩きだす。そして、邪神の前に立ちはだかる。


「ズマぁ~! 何してる! お前も逃げろ~!」


 エレナの大声がズマに届く。しかし、ズマに仲間を見捨てて逃げる選択肢など、既に無かった。


「ズマぁ~! ズマぁ~!」


 エレナの呼びかけに、ズマは振り向かず、邪神に立ちはだかる。

 勝てる筈がない、ただの無謀である。しかし、一瞬だけでも良い。仲間が一体でも多く逃げる事が出来れば、それでいい。

 ズマは両手を大きく広げ、邪神を睨め付けた。


「私は軍団を預かる者! 倒れた配下を置いて逃げる事など出来ない! 私は誇りあるゴブリン! 恩を返さずして、生きる価値など無い!」

 

 ズマの言葉に、邪神は顔を歪める。


「あいつに似て気に入らない目だね。見せしめにしてやるよ!」


 邪神から邪気が膨れ上がる。途轍もない殺気が、辺りを包む。

 

「やめろぉ~!」

 

 エレナの叫び声が虚しく響く。無情に、邪神の拳が振り下ろされる。

 そしてズマは目を閉じた。

 

「先に逝く事をお許しください、教官」


 ズマの覚悟は決まっていた。

 到底太刀打ち出来ない相手だ。ならば最後は、せめて仲間の為に。

 最弱と呼ばれた種族が、ドラグスメリア南部で最強となった。それだけでも光栄な事。この命が仲間の為に使われるなら、これ以上に喜ばしい事は無い。


 ズマは、既に死を受け入れ、そこに立っていた。

 しかし邪神の拳が、ズマを砕く事は無かった。そして力強い声が、ズマの耳に届いた。


「簡単に諦めんじゃねぇよ。エレナが教えたのは、死ぬことか? 違うだろうが、馬鹿野郎!」

「ぎざまぁ! どうしてここに!」

「てめぇに出来る事が、俺に出来ないと思ってんのか糞野郎! 弱い奴をネチネチいびってねぇで、かかって来いよ!」

 

 冬也の神気が、邪神の邪気とぶつかり合う。魔獣達を縛り付けていた邪気が、少し緩やかになる。

 

「ズマ。てめぇは邪魔だ! 倒れてる奴らを連れて、早くどっか行け!」


 一連のやり取りがズマには理解出来ていなかった。

 なぜ自分がまだ生きているのか、なぜ冬也が目の前に居るのか。

 

「冬也殿?」

「早くしろ、馬鹿野郎!」

「はっ!」


 冬也の言葉を受けて、ズマは素早く動きだした。

 再びゴブリンをまとめて、倒れた魔獣達の避難を始める。これから始まるであろう、壮絶な戦いに巻き込まれない為に。

 

 邪神は怒り、殺意の籠った瞳で冬也を睨め付ける。冬也は神気で、邪神と自分の周りを囲んだ。

 大陸東部の端で、一騎打ちが始まろうとしていた。

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