第216話 邪神と冬也と魔獣達

 冬也と邪神の視線が交わる。

 冬也の結界に阻まれて、邪神の瘴気は周囲に拡散しない。その間に、ズマ率いるゴブリン達は、倒れた仲間を避難させていた。 


 冬也の神気と、邪神の邪気が激しくぶつかり合い、大地がグラグラと揺れる。

 力の総量であれば、邪神が圧倒しているだろう。しかし、勝負の結果はそれだけでは決まらない。


 一度目の対決は、終始邪神が冬也を圧倒した。二度目の対決は、一体一の勝負となった。

 

「ハハ。ゴミくずを守りながら、僕に勝てるとでも思ってるのかい? 傲慢だよクソガキ!」

「あぁ? てめぇは嫉妬してんのか? やっぱり糞野郎の残り滓だな! てめぇがいくら憧れても、本当に欲しいものは、手に入らねぇよ!」

「生意気なガキだ!」

「てめぇは、悪意の塊だもんな。あの魂の輝きには、憧れるよな。無理だぜ、てめぇにはな」

「うるさい! 黙れ!」

「おい、ガキはどっちだよ! てめぇは癇癪起こした唯のガキだろ! 欲しがって、手に入らねぇから壊すのか?」

「黙れぇ~!」


 邪神は拳を振るう。

 禍々しい瘴気が邪神から溢れ出し、空気を腐らせていく。それは、最初の戦いで、冬也の動きを封じた強大な邪気。

 ゆっくりと振るわれる邪神の拳。それは全てを支配し、全てを壊す。逃れる事の出来ない一撃が冬也を襲う。

 しかし、同じ攻撃が二度も冬也に通じる筈がない。冬也の神剣は周囲を清浄化させる。冬也に向かう拳は、神剣で浄化させられた。


「ぐぅぁぁああ!」

 

 邪神は叫び声をあげる。

 すかさず冬也は、八相の構えから叩きつける様に、神剣を邪神へ降り下ろす。その瞬間、すかさず邪神は後方へ逃れる。しかし、僅かに神剣が体に触れ、邪気が大きく失われた。


 逃れた邪神は、態勢を整え構え直す。対して冬也は、中段で神剣を構えて、間合いを計った。


「いてぇか? 悔しいか? でもな、てめぇの力は元々てめぇのもんじゃねぇだろ! 返して貰うぜ」

「奪う? 僕から? たまたま上手くいっただけで、調子に乗るなぁ!」


 邪神は、周囲に放った邪気を己の内に仕舞い込んだ。そして、体内で邪気を巡らせる。

 まさに、神が己の肉体を強化する為に、神気を体内で満たすのと、同様の事を邪神は行っていた。

 

「僕は複数の神格をごちゃ混ぜにしたものを、乗っ取ったんだ。それにこの体はエンシェントドラゴンの死体から作った。神の力に加えて地上最強の肉体だ! これでも僕の力を奪えるなら、やってみろよ!」

「はぁ? 馬鹿かてめぇ!」


 冬也は神剣を素早く振り上げ、正面から斬り下ろす。邪神の正面に縦一文字の傷がついた。


「ぎゃぅぁぁああ!」


 邪神の全身に痛みが走る。激しい叫びが周囲に響いた。

 

 冬也が今まで使い続けていたのは、神剣で全てを切り裂く技。先の邪神戦で会得したのは、神剣を持って浄化をする技。

 

 邪神が己の体をどれだけ堅牢なものにしても、冬也に浄化出来ないはずが無い。斬られた箇所は浄化され、ぱっくりと割れまま修復には至らない。


 拳を失い、体を切り裂かれ、醜く顔を歪める邪神。そして、怒りは頂点に達する。怒りと共に、更なる力が邪神の内に溜め込まれる。


 再び浄化しようと、冬也が神剣を振りかぶった瞬間、邪神から膨大な邪気が放出した。その邪気は、冬也が張った結界内を満たす。

 慌てて邪気を払う冬也であったが、ほんの僅か邪神の邪気が勝る。冬也の結界は壊れ、邪神は姿を消した。


「くそっ、逃げやがった!」

 

 逃げた邪神を追うよりも、周囲にまき散らされた邪気を消さなければ、まだ息のある魔獣達に影響を及ぼす。

 冬也は神剣で、戦場を満たす邪気を払っていった。


 冬也が息をついた時には、既に邪神の気配は遠く、大陸東部の深部に戻っていた。冬也は鬱憤を晴らす様に、神剣を横薙ぎに振るう。

 すると、襲い続けていたモンスター達が、周囲数十キロに渡って消滅した。


 辺りを見回すと夥しい魔獣の死体が転がる。

 前線でも無事なのは、ブルやドラゴン達だけで、多くの魔獣達が倒れている。

 冬也は溜息をつくと、声を張り上げた。

 

「ミューモ! ノーヴェ! ちょっと来い!」


 エンシェントドラゴンの二体は、すかさず冬也の前へ飛びよった。そして、二体のエンシェントドラゴンは、冬也の前で頭を垂れる。

 冬也は二体を睨め付けると、激しく怒鳴りつけた。


「ミューモ。てめぇが俺に切った啖呵を、覚えてねぇとは言わせねぇぞ! なんだこの有様は!」


 ミューモは返す言葉がなかった。


「ノーヴェ。てめぇも何してやがった! それでもエンシェントドラゴンかよ、ふざけんじゃねぇ!」


 必死で戦った。

 しかし、己が守るべき存在を守る事が出来なかった事実。その事実は、ミューモやノーヴェを責め立てた。


「お前ら全員、直ぐに帰れ! 足手纏いだ!」


 ミューモは言葉が出ない。それはノーヴェとて同様。

 エンシェントドラゴンとして、長く生きてきた。最強の生物として、並び立つものは存在しなかった。

 しかしこの場において、倒したモンスターを数は、ブルの方が多い。

 地上最強の生物は、単なる足手纏い。

    

「冬也殿! ミューモ殿達は、立派に戦っておられました」

「ズマ、てめぇは黙ってろ! ここはもう、てめぇらが居て良い戦場じゃねぇんだ。無駄な死体をふやしてぇのか? どうなんだ、ズマ!」

   

 ズマも返す言葉は無かった。

 邪神が放つ瘴気だけで、多くの仲間が命を落とした。今も立っていられるのは、ゴブリンだけ。

 今回は冬也が助けてくれた。しかし、次に同じことがあったとしたら。

 考えれば、薄ら寒くなる。


 口を閉ざし俯くズマ。

 そんな時にパァンと乾いた音が響き渡った。ズマが上を向くと、エレナが冬也の頬を叩いた跡が見えた。

 そしてエレナは、真っ赤に目を腫らして、冬也を睨んでいた。


「酷いニャ! 冬也は馬鹿ニャ! でも、ありがとニャ! ズマを助けてくれてありがとニャ。でもムカつくニャ!」

「エレナ・・・」

「みんな頑張ってたニャ! 全員が命がけだったニャ。それを否定しちゃ駄目ニャ!」

「エレナ。優しい言葉をかけて欲しいのか? よくやったとでも言って欲しいのか? 軍人のお前はどうなんだ?」


 エレナは理解していた。

 冬也の言葉や、それに籠められた想いを。そして、自分がズマを守れなかった悔恨の念も。それだけに、冬也の言葉は痛かった。


 冬也への感謝、自分の不甲斐なさ、様々な想いがエレナの中に渦巻く。それ故に、涙を止める事が出来なかった。


「いいかてめぇら。これ以上の犠牲は要らねぇ! 着いてくるなら、死ぬ気で強くなれ! それが出来ねぇなら、早くこの場から去れ! 戦場だけが戦いじゃねぇ! 次の命を繋げなきゃいけねぇんだ! 生き延びろ! ここで全滅は許さねぇ!」


 命を繋げ、その言葉はズマやミューモ達の心に深く突き刺さる。冬也は目の前に居る全員を見やると、声をかけていった。


「ズマ。お前もゴブリン達も充分やったよ。もういいんだ。お前らは帰って、この大陸の未来を作れ」


 ズマは跪き、ただ涙を流して頷いた。

 悔しい気持ちは、冬也にも痛いほど伝わった。しかし、ゴブリン達をこれ以上、戦わせる訳にはいかない。魔獣が全滅すれば、いくら邪神を倒しても意味がない。

 ズマにも、冬也の想いはよく理解出来た。

 だから、黙って頷いた。

 

「ノーヴェ。ゴブリン軍団はお前の指揮下だろ! お前は眷属達を連れて、倒れた魔獣達全員を避難させろ! これは命令だ!」

「はっ!」


 ノーヴェも俯いて、真っ直ぐに冬也を見る事が出来なかった。

 戦場では、モンスターの足止めさえも満足に出来なかった。ノーヴェとて、エンシェントドラゴンの誇りがある。このまま撤退など、到底看過出来る筈がない。

 しかし、冬也の命を繋げとの言葉が、ノーヴェの頭に深く残っている。

 優先されるのは、魔獣達の命。代わりのきかない、大切な命を守る。

 今度こそ必ず。

 冬也の命令を次こそ全うすると、ノーヴェは強く誓った。


「エレナ、お前は故郷に帰るんだ。ラアルフィーネには、直ぐお前を帰す様に伝えとく。いままで助かったぜ、エレナ。ありがとう」

「嫌ニャ!」

 

 ぐずぐずと鼻をすすりながら、エレナは首を横に振った。このまま、曖昧なままで蚊帳の外に置かれるのは、受け入れられない。


「あぁ? 糞猫! 俺が叩き帰しても良いんだぞ!」

「駄目ニャ! 断るニャ! 私はしんがりを務めるって約束したニャ!」

「ブルが居れば充分だ、お前は要らねぇ!」

「ブルは優しいから駄目ニャ! 私が居なければ意味ないニャ!」

「だったら、こいつ等が撤退した後は、お前も逃げろよ!」

「それもお断りするニャ!」

「死ぬだけだって言ってんだ、わかんねぇのかよ糞猫!」

「お前こそ、私の強さをわかってないニャ! 私はこれからもっと強くなるニャ! ブルなんてポイだニャ!」


 冬也は溜息をつく。

 エレナは、頑として首を縦に振らない。撤退を受け入れない。

 最悪、エレナ一人くらいなら、スールやブルが守れるだろう。冬也はそう思い、エレナが戦場に残る事を許した。


「そんでミューモ、てめぇはどうする?」


 冬也はミューモにだけ、意思を問う。

 かつて、冬也に対し意地を通したミューモ。誰よりもドラグスメリアを愛し、そこに生きる魔獣を愛するミューモ。

 その心優しさが、危うく感じる程に。だからこそ、冬也はミューモの覚悟を確認したかった。


 このまま西部に帰るなら、それでも良い。この場に残って戦いを続けるなら、相応の覚悟が要る。単なる意地では済まされない、絶対的な覚悟。 

 それは、ミューモが生き残る為に、必要な事である。


「私は残ります。残って戦います。冬也様が何と仰ろうとも、撤退はしません。私はエンシェントドラゴン。神によって作られし、最古の生命にして世界の守護者! その誇りだけは捨てません!」

「前にも言ったよな、足手纏いは要らねぇってよ。魔獣達を守れなかったお前に何が出来るんだよ!」

「モンスターを倒します! スールより、サイクロプスの小僧より。今までの私はここで死にました。これより先は更なる力をつけた私になります!」

「意味がわかんねぇぞ、ミューモ」

「結果は行動で示します! 冬也様」

「やるなら死ぬ気で生き残れ! わかったな、ミューモ!」

「はい! 死ぬ気で生き残り、死ぬ気で敵を屠ります!」


 ミューモの瞳は闘志に満ちる。それは、これまで以上に激しいものだった。


 そして、魔獣達の撤退が開始され、残ったミューモとエレナの戦いが始まる。

 逃げた邪神、未だ溢れるモンスター達。戦いは続く、激しさを増す。しかし、諦めない信念が、新たな可能性を開こうとしていた。

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