第214話 ブルの眷属化

 穏やかな性格で、戦いを望まない。食べる事を何よりも好み、寝ている事が幸せである。

 柔らかな口調と、優し気な表情。およそ戦いとは縁の無い、サイクロプスのブル。


 彼は戦場の只中に居た。魔攻砲を持って、モンスターを駆逐していた。

 しかし、彼には見えていた。

 前線で魔獣達が倒れていくのを。その中に、同じ種族の仲間が居る事を。その中に、自分を生んだ親が居る事を。


 優しいブルは、他者の為に力を惜しまない。それは冬也に対してだけではない。ズマやエレナに対しても変わらずに接した。

 これまでの戦いで、ブルはただ仲間を守るだけだった。


 例えモンスターが相手であっても、ブルは戦い自体が嫌いだった。

 身を守る為に、戦った事は幾度もある。その度にブルは、とても嫌な気分になった。

 だから、自分の為には戦いたくなかった。

 

 しかし今、優しいブルの中で、闘志が漲っていた。同族が倒された事に、ブルは慟哭した。

 目の前に起きている理不尽が許せない。目の前の敵を倒したい。


 強い想いが溢れた瞬間、ブルの中で何かが弾けた。

 爆発的に高まるマナの力。その中には、僅かに神気が混じる。そして、細く繋がっていた線が太くなる様に、力の源へしっかりと繋がる。


 力が欲しい。戦う力が。奴らを倒せる力が。仲間を守る力が。

 

 それは初めて見せたブルの戦いの意思。ブルの意思が、力の源へと伝わる。

 そして力の源から、意思が返って来る。

 

「あぁ、いいぜブル。お前を眷属にしてやるよ。俺の力を使え。みんなを守ってくれ」

 

 それはブルが薄っすらとだが、常に感じていた冬也の気配。今のブルには、はっきりと感じる。

 冬也との繋がりを。そして感じる、冬也の力を。そしてブルは飛んだ。


 大きく飛び上がり着地すると、倒れる仲間を食らおうとする、モンスターを払いのけた。

 吹き飛んだモンスターの数は、凡そ百体を超えた。


 元より神の眷属となる為には、親和性が高くなければならない。そうでないと、神気で繋がる事が出来ない。

 単なる約束ではなく、実質的な繋がりを要するのが、神の眷属化である。 


 もし親和性が低い場合は、眷属となる相手に自分の神気を分けて、染め上げなくてはならない。奇しくもスールの場合、冬也は命を救う為に、ありったけの神気を渡した。

 その為、スールは冬也の眷属となり得た。

 

 ブルの場合は、冬也のミスから始まった。

 コボルトにより、傷ついたブルを助ける為、冬也が治療をする際に誤って神気を流してしまった。それにより、若干ではあるが冬也とブルに神気のパスが繋がった。

 ただそれは、数日経てば消えてしまう、とても細い繋がりだった。しかし、その繋がりは数日を経ても途絶える事はなかった。

 何故なら、冬也の神気が詰まった果実を、ブルが食べ続けていたから。ブルが果実で腹を満たすと共に、ブルのマナは冬也と親和性が高まっていった。


「冬也。ありがとうなんだな。これで守れるんだな。おでは守れるんだな」


 ブルの体から神気が高まる。冬也の眷属となった事で、神気が流れ込んでくる。

 ブルは大きな両腕を振るい、モンスターを薙ぎ払った。仲間達の体を守ろうと、モンスターは払い除けた。

 モンスターを払い除けると、仲間達の様子を見る様に、ブルは目を凝らす。そして、ミューモに向かい大声を上げた。


「ミューモ。助けて欲しいんだな。みんなはまだ生きてるんだな!」

「お、お前!」

  

 ミューモは驚きに目を見開いた。

 見たところペスカの言葉に出てきた、サイクロプスの小僧。ほとんど力を持たない、ただの小僧から次元を超えた力を感じるのだ。

 呆気に取られるミューモに対し、ブルは言葉を続ける。


「早くするんだな。みんなを助けるんだな!」

「あ、あぁ」


 ミューモは着地し、前線で倒れる魔獣達に治療魔法をかける。

 

「治療の時間は、おでが作るんだな」


 そこからブルは、鬼神となった。

 圧倒的な力で、モンスターを消し飛ばした。エンシェントドラゴンでさえ手を焼いたモンスターの大群を、まるで塵でも払う様に消滅させていった。


 ブルの拳は、一撃で数百のモンスターを消し飛ばす。ブルが足を踏み鳴らせば、大地が怒りモンスター達に牙を剥く。


 四大魔獣と巨人達が倒れた事で崩れた前線は、ブルが立て直した。止む事の無いモンスターの波は、ブルが止めてみせた。


「なんて奴だ。我らエンシェントドラゴンの力を凌駕するのか」


 ミューモは、治療をしながらも、ブルに魅せられていた。   

 それと同時に悔しさが込み上げてくる。守ると誓った者達を守れなかった挙句に、再び手を差し伸べられた。


 情けない。


 己の不足を感じ、ミューモは泣いていた。機会を与えられ、活かせなかった事への悔悟。自責の念が、ミューモの中に渦巻いていた。

 

「これ以上、無様を晒さない。絶対にだ!」


 ミューモは吠えた。

 その後悔は、ミューモをもう一段、高みへ成長させる。


「ブルが、凄いニャ!」


 後方で戦っていたエレナは、思わず呟いた。

 常にぼーっとして、腹を空かせて、柔らかい笑みを絶やさない。戦いにおいても、仲間が傷つかない限りは、積極的に行動しようとはしない。そのブルが、自ら動きモンスターを屠る。

 いつもの姿とは考えられない、それ程の戦いぶりだった。

 

「なんか、冬也の気配がするけど、気のせいかニャ?」


 詳しい事情を知らないエレナは、ブルから放たれる冬也の神気を感じ取り首を傾げた。

 ただ、ブルが前線に飛んでいってから、後衛まで漏れてくるモンスターの数が、明らかに減っていた。

 負担が軽減したのを感じる。しかし、この状況にエレナは危機を感じた。


「皆、油断をするな! まだ戦いは終わってない!」

 

 何が起きるのかわからないのが、戦場である。エレナは声を上げて、ゴブリン軍団に注意を促した。


 ズマはエレナの言葉を受けて、ゴブリン軍団に怒声を浴びせた。

 危険は去っていない。敵は未だに減ってない。ただ、ブルが抑えているだけ。

 

 そしてズマは、冷静に状況を判断する。

 エレナはズマに言った、危険を感じたら撤退しろと。

 だが撤退には、正確な判断が必要となる。それには状況を、見極めないとならない。

 そして、ズマの中にも秘めた想いがあった。

 

「教官とブル殿を置いて、私だけ逃げる事など有り得ん!」


 前衛が止めきれないモンスターを、倒し続けるエレナ。最前線で、ドラゴンにも勝る数のモンスターを屠るブル。

 刻々と変化する状況を、冷静に観察し指揮するズマ。

 

 戦闘は終わらない。悪夢は終わらない。密かに、そしてしたたかに、悪意は広がる。

 絶望はまだ始まったばかりであった。

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