第209話 大陸東部からの脱出 その2

 クロノスが行った広範囲の浄化で、ペスカ達は少し落ち着きを取り戻した。そしてペスカ達が居るのは、冬也達が結界を維持していた、東部境界線に近い辺り。

 撤退の絶好機を迎えていた。しかし、皆が同じ方向を向いてとはいかなかった。


「何をしとる、早く退却するんじゃ」

「待てよ山さん。何をするのか教えろよ」

「まぁ、そうだね。狙いがわからないのに、乗る馬鹿は居ないよね。それは全員いないと出来ない術なの?」

「はぁ。面倒な兄妹じゃのぅ。最低でも四柱の神が必要じゃ。それで術は行使できる」


 山の神が撤退の指示をするが、ペスカと冬也は動こうとしなかった。そして、それぞれ山の神に質問を投じる。山の神は溜息をついていた。 


「ねぇ具体的には、どんな術なの?」

「あぁ、それは先程クロノスがやっておったのと、余り変わらんよ。あそこまで複雑ではないが、四柱の神が行う事で、桁違いの威力となるんじゃ」


 クロノスの行った広範囲の浄化魔法を思い出し、兄妹は顔を見合わせた。二人共に、狙いが順調にいくとは思えなかった。

 大掛かりな仕掛けには、必ず小さな隙が出来る。その小さな隙をついてくるのは、邪神である。


「そうすると山さん。俺とペスカは要らなくねぇか?」

「どういう事じゃ!」

「どうもこうもねぇよ。なぁペスカ」

「そうだね。山さんとクラウス。姐さんとカーちゃん。四柱は揃ってるじゃない」

「何を考えておる、お主ら!」


 山の神は声を荒げる。しかし、冬也は動じる事なく言い張った。


「決まってんだろ、糞野郎をぶっ飛ばしに行くんだよ。直接な!」

「こういう大掛かりなのは、大抵失敗するんだよ。だから、私達は保険ね」

「まさか、この中を突っ切る訳ではないじゃろうな!」

「馬鹿じゃねぇか? 鬱陶しいゴミ共を駆逐しねぇで、何の意味が有んだよ!」

「そうそう。お掃除しながら、真っ直ぐ偽ロメの所に直行! 山さん達は体制を立て直して、大規模魔法の展開! そんな所でいってみよ~!」


 明るく冬也を後押しするペスカ。

 

「山の神よ。こいつ等は放っておきましょう。今の私なら、少しは役に立つを思いますが」

「クロノス。お主まで何を言うのじゃ!」


 ペスカ達をフォローをするクロノスを、山の神は怒鳴りつける。しかし、ペスカは飄々とした態度で、のらりくらりと山の神を躱していた。


「ほらほら、早く行かないとせっかく浄化したのに、モンスターが集まって来ちゃう」

「ペスカ! お主らはどれだけ危険な事を行おうとしてるのか、わかっておるのか?」

「わかってるって。お兄ちゃんと私が二人揃えば、最強なんだから!」


 山の神は、盛大な溜息をついた。

 出来れば安全な方法で、邪神ごと大陸東部を浄化したかった。

 

 山の神は、ペスカの意図を概ね察している。

 だからこそ、ペスカと冬也をこれ以上の危険に晒したくはなかった。

 ペスカと冬也を失う事だけは、あってはならない。自分の存在にかけて、守り通さねばならない。

 何よりも、ロイスマリアの未来の為に。


「承知できん。じゃが、お主らは言う事を聞かんじゃろう。絶対に無茶をするな! わかったな!」

「あぁ。そっちはそっちで頼むぜ!」

「任せておけ。ゼフィロスやカーラとは連携しとる」

「ゼフィロス? カーラ?」

「お兄ちゃん。姐さんと水の女神の事だよ」

「あぁ。そんな名前だったか?」

「呑気なやり取りは、そこまでにして貰おう。山の神、直ぐに離脱致しましょう。こ奴らに構っていては、いつまでも浄化が進みません」


 ペスカ達を心配する山の神と、忠言を呈するクロノス。


「クロノスは、早くどっか行きなよ」

「言われなくても、そのつもりだ。貴様は失態を犯して、笑いを取る事にならんようにな」

「やっぱりムカつく!」


 クロノスはペスカに皮肉を言い、ペスカはクロノスにアッカンベーの仕草をした。

 前世からのライバルという縁は、中々に奇縁である。それも、この半人前の神が、現状を打開したのだから、奇妙なものである。


 山の神は念話の術で、風の女神と水の女神に連絡をする。

 風の女神は、ドラグスメリア大陸の西部から南部にかけて渡り、僅かに漏れた瘴気を浄化しつつ北上中である。

 水の女神は、大陸北部から南下し、浄化をしつつ西側へ侵入しようとしていた。


 大規模な魔法を使用するには、四柱の神が大陸東部を囲み、神気を使い大規模な魔法陣を構築する必要がある。

 風の女神は南側を担当、水の女神は西側を担当する。残る北と東側に、山の神とクロノスが配置出来れば、大規模魔法を展開する事が可能となる。

 ただし、ドラグスメリアの土地勘が無いクロノスには、配置場所の検討はつかない。

 

「クロノス。転移術を用いたいのじゃが、なるべく神気を残したい。お主の神気を少し貰い受けるぞ」

「存分にお使い下さい。山の神」

「済まんの。儂はお主ほど回復出来ていないのでな」

「構いません。私は現地で同様に、神気を補充いたしますので」

「わかった。では、いくぞ」


 山の神はクロノスの肩を掴むと、神気を吸い取る。そして、神気を高めた。

 直ぐに簡易的な転移の術が発動する。

 それは以前にペスカ達が、アンドロケイン大陸からラフィスフィア大陸に渡った時に使われたゲートの術よりも、遥かに力を抑えた技。山の神は一瞬で東側の海岸沿いに辿り着くと、クロノスを置き去りにして再び転移する。

 そして、目的の場所である北側の海岸沿いに辿り着いた。

 

 四柱の神が四方に散ったが、直ぐに術を発動するには至らない。

 結界が崩壊した以上、当然ながら瘴気がドラグスメリア大陸から外へと流れている。瘴気に汚された海から異臭が放たれ、大地にはモンスターが異常な程に溢れていた。


 南側から侵入する風の女神率いる土地神の一団は、モンスターの退治と邪気の消滅を行いながら、術の発動準備を行う。

 西側に南下する水の女神一行も、モンスターの消滅を行う傍らで、瘴気が拡散しない様に浄化を進める。


 ただ、問題は手付かずの北側と東側。ドラグスメリア大陸の東部は、北から東側にかけて広く海岸に面している。

 酷いのは大陸の汚染だけではなく、瘴気が海へと流れ、海上を汚している事だった。

 

 完全に透明度を失った海は、淀みに伴い満ち引きを止めている。波が無く静まり返った海は、ある種の異質さを感じさせる。

 汚染が広がったせいか、海に生命の気配が感じられない。それは、更なる危険を予感させた。

 

「ここまでは、予想しておらんかったのぅ。じゃが、今は大地の浄化と邪神の消滅が優先じゃろう」


 モンスターに囲まれる山の神。しかし、山の神は不敵な笑みを浮かべた。


「儂は本来、補助が専門じゃ。じゃがの、戦えん訳では無いんじゃ。あの小童に出来て、儂に出来ん道理は無かろう!」


 山の神は、クロノスが行った方法をそのまま真似て、半径十数キロメートルにも及ぶ魔法陣を作り出す。


「原初の神の力を侮るなよ!」


 山の神を中心に海上を含めた魔法陣で浄化が行われ、山の神は神気を取り戻す。

 魔法陣が敷かれた海上は、透明度を取り戻し有るべき姿に成る。東側の海岸沿いに置き去りにされたクロノスも同様に、周囲のモンスターを浄化し、大規模魔法の発動準備に取り掛かっていた。


 瘴気の拡散防止、目的はただそれには止まらない。

 邪神の消滅は必須。逃亡をさせない為にも、事態は一刻を争う。大陸東部を囲む神々の抗いは、急速に展開される。

 

「ゼフィロスだ。準備完了、いつでも行けるよ」

「カーラです。こっちも準備はい~よ!」

「クロノスです。私の準備も完了しました、いつでもどうぞ。ただ山の神。少し嫌な予感がします。お気を付けを」

「クロノス今は浄化が優先じゃ。皆行くぞ!」


 大陸東部を囲む四か所から、膨大な神気が高まる。そして、凄まじい速さで魔法陣が展開されていく。

 そして大規模な魔術式、浄化魔法が発動した。

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