第210話 大規模浄化魔法

 大陸東部に魔法陣が展開され、大規模な浄化魔法が発動する。魔法陣の上に膨大な光が集まる。

 そして、大陸東部から、全てのモンスターが消えうせる、はずだった。

 

「何じゃ?」

「ベオログ、どうしたんだい?」

「いや、おかしい。術が効力を発揮せん」

「山の神。術式自体は問題ないはずです」


 魔法陣は展開している。浄化効果も発動しているはず。しかし、眼前に広がるモンスターは、消え失せてはいない。

 

 不可思議な状況に、山の神は焦り、風の女神は戸惑った。

 クロノスが術式を分析するが、魔法陣が展開している事は間違いなく、大規模の浄化魔法も発動をしていた。

 ただ、それだけになぜ浄化が行われないのか。それが不思議で仕方ない。


「ねぇ。まさかとは思うけど、邪神が魔法陣を操作してるなんて事はないよね」


 水の女神の言葉で、山の神が重大な事に気が付く。

 なぜ、そんな重要な事を見落としていたのか。邪神となった素体がなんだったのか。それ知っていながら、致命的とも言えるミスを犯した。


 山の神は、歯噛みながら魔法陣を探る。そして、声を荒げた。


「皆、浄化の術式は直ぐに中止じゃ。結界に切り替える」

「何が起きたんだい? 説明しなベオログ!」

「その暇は無い。直ぐに結界に切り替えるんじゃゼフィロス!」


 大陸東部を四方向から囲んで結界が構築される。

 四柱の神が作った結界は強固に思えた。しかし、溢れる邪気は止まる事を知らない。今にも結界を破壊しようと、膨らみ続けた。

 それは、邪神の力が上昇した証とも言える。その状況は、四柱の神を青ざめさせた。

 

「山の神。この結界では、長くは持たない。問題は瘴気の拡散です。それさえ留めれば、この大陸は死なない」

「クロノス、何を言っておるんじゃ! それでは、モンスターが外に出る!」

「それがなんだと言うんです。あなたは、魔獣達を信じていないのですか? 小娘が育てたのなら、この程度の困難は跳ね除けます。寧ろ、この程度の困難を乗り越える事が出来なければ、これからの世界では生き残る事が出来ない」

「ベオログ、悔しいが私も小僧に賛成だよ。結界は長く持たない。瘴気だけを外に出さない様に変化させるよ、いいね」

「ゼフィロス。それは良いけど、少し提案ね。魔獣達は北に集まってるのよ。流石に西や南にモンスターを拡散されると、対応出来ないからさぁ。北側の結界を少し緩める事で、維持に力は回せないかな?」

「すまん。儂の落ち度じゃ。今はカーラの提案に従うしかあるまい。モンスターの事は魔獣やエンシェントドラゴン達に任せる。邪神の対応は、ペスカと冬也に任せるしかあるまい。くそっ!」


 何が起きたのか?

 事は簡単である。邪神が浄化魔法の術式を利用して、己の力へ代える様に細工をした。結果的に浄化魔法が発動しても、浄化の作用が行われず、力はそのまま邪神へと移った。


 なぜそんな事が可能だったのか?

 それも簡単である。

 邪神を構成する素となっているのは、火の神を中心とした様々な神。特に火の神は、女神ミュールの眷属にして、ドラグスメリアを拠点にしていた原初の神。当然に大規模の浄化魔法、その術式に関する知識を有している。

 その知識が仇となった。

 

 邪神の正体について、ある程度の推測をしていた山の神は臍を噛んでいた。

 みすみす、相手の力を増す事に加担した。その事に気が付きもしなかった。ペスカと冬也を守ろうとして行った行為が、返って危険に晒す事になった。

 山の神にとって、悔やんでも悔やみきれない失態であった。


「落ち込んでんじゃないだろうね、ベオログ。そんなの柄じゃないんだよ! あたし等は早くあの子らを助ける事を考えなきゃならないだよ!」

「わかっておる。じゃが儂等の術の種は、明かされてるのと同義じゃ!」

「確かにちょっと不味いかな? 直ぐに結界の変更しないと」


 強い言葉で、山の神を励ます風の女神。言いたい事は、痛いほど理解しているが、直ぐに打開策が浮かばない山の神。それは、水の女神も同様であった。

 そこに、クロノスが静かに言葉を発した。


「お三方、私に提案がございます。奴が我らの力を奪ったのなら、奪い返しましょう」

「小僧! そんな事が出来るのかい?」

「可能です、水の女神。山の神、私が行った術はご理解済みと存じますが、如何でしょう?」

「あぁ、あれか」

「その応用です。結界を新たな術式に組み替えます。単に瘴気を外に漏らさない壁ではなく、一定範囲を通り過ぎた瘴気を浄化し、大地に還す術式です。これならば、我らは余計な神気を失う事が無い」

「ねぇ、クロノス君だっけ? その術はどうやって維持するの?」

「水の女神。それも簡単な事です。術の維持は、浄化したマナで補えば良い」

「へぇ。すっごいね!」

「今から、術式の概念を共有致します。早急なご決断を」


 彼らが会話をしているのは、念話という一種の魔法。それは、意思を伝える手段である。言わば、クロノスが思い描く概念を、イメージとして伝える事も可能である。

 

「如何でしょうか? やられっぱなしは、性に合いません。しかし、この程度では、腹の虫が治まらないんですが」

「末恐ろしい小僧だね。やろうじゃないか、ベオログ」

「そうじゃな。これなら、儂等が結界の維持にとらわれる必要が無くなるじゃろう」

「噂の天才君、流石じゃない! セリュシオネは良い拾いものしたね」

「ただ、欠点もあります。この障壁では、モンスターの通過を阻害する事は出来ません」

「それは儂等がおるから問題あるまい。お主が言った通り、魔獣達も控えておるんじゃ」


 クロノスの提案で、張り終えた結界の術式を変更する。広がり続ける瘴気は、障壁に触れると浄化し大地へと流れていく。

 結界が消えた事で、再びモンスターは大陸東部から広がろうと溢れ出した。


 北海岸沿いでは山の神が、西側では水の神の一行が、南側では風の神の一行が、東海岸沿いではクロノスがそれぞれモンスターの掃討を始めた。

   

 ☆ ☆ ☆


 一方、モンスターを消滅させながら、進んでいたペスカ達は、瞬く様に光が途絶えた事に首を傾げていた。


「なぁ、ペスカ。光が消えたぞ!」

「やっぱり失敗したか」

「やっぱりって、何か気付いていたのか?」

「違うよ。何だか失敗するフラグが立った気がしただけ」

「何だよ、失敗するフラグって!」

「それより、お兄ちゃん。今わたくし、とってもドキドキしております。久しぶりにお兄ちゃんと二人きりです。優しくして下さい」

 

 少し顔を赤くして照れる様な仕草をするペスカ。しかし、冬也は気にも留めずに、ペスカの頭に鉄拳を振り下ろした。


「いったぁ! 何さ、お兄ちゃん! 久しぶりに愛する妹と二人っきりなんだよ! お兄ちゃんもドキドキしてよ!」

「うっせぇ馬鹿! モンスターに囲まれてる状態で、そんな事を言うお前にドキドキだよ!」

「わぁい! お兄ちゃんがデレた! そのまま妹ルートを進行しても良いんだよ! エンディングへ直行だよ! 式場はいつ予約する?」


 はしゃぐペスカに再び鉄拳が降り注ぐ。

 

「どんだけ前向きなんだよ! だからよ、周りは危険だらけなんだよ! 馬鹿じゃねぇのか?」

「うぅ、お兄ちゃんのすけこまし! でも、確かにお邪魔虫は、退治しないとね」

 

 ペスカの目が、キラリと輝く。


「夢のお兄ちゃんエンドは、もう直ぐそこだぁ! やるぞ~!」

「お兄ちゃんエンドってなんだよ! 真面目にやれ、ペスカ!」


 冬也が隣に居るだけで、力が湧いてくる。誰にも負ける気がしない。

 ペスカの気力は満ち溢れていた。


 ペスカを守る。

 その想いは、何よりも強く冬也の力を跳ね上げる。


 兄妹の戦いは、激しさを増す。

 誰よりも頼りになる存在が、互いの傍に居る。それは何よりも心強い。

 互いに闘志を燃やす兄妹の戦いは、未だ序盤を迎えたばかりであった。

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