第207話 神々の抗い

 大陸東部からモンスターが爆発的に溢れていく。

 モンスターの軍勢は、凄まじい勢いで増殖していく。あらゆる物を破壊していく。モンスターが通った後は、何も残らない。それは正しく蹂躙。


 元の緑溢れる大地の姿を取り戻した北部、被害の少ない西部や南部にも魔の手は迫る。大陸東部から、北部、西部、南部へと死せる大地が拡大していく。

 それは、ドラグスメリア大陸に終わりを告げる、合図であったのだろう。


 しかし、果敢に立ち向かう者は、冬也達だけでは無かった。

 西部から南部にかけて、風の女神が率いる土地神の集団が顔を揃える。北部からは、水の女神が率いる土地神の集団が立ちはだかった。

 

 多少の縁が有ったとて、命をかける理由にはなるまい。


 戦う事、抗う事、意思を貫く事、それがどれだけ困難な事なのか。しかし、それを叶えるのは意思の力。意思の強さが、どんな困難も乗り越えられるのだと、ペスカ達は体現してみせた。

 彼らの行動こそが、神としてあるべき姿ではないか。


 自分達の土地は、自分達で守る。いつまでも、半神だけに負担をかけさせる訳にはいかない。神々は、明確に抗う意思を持ち、戦いに臨もうとしていた。


「あんたら、あのガキ共に頼ってばかりで、良いと思ってんのかい? 神になりたての、あんな奴らが命張ってんだ! あんたらも根性みせな!」


 風の女神が集めたのは、西部と南部に住まう神々。陰に隠れ姿を見せようとしなかった土地神達が、風の女神の呼びかけに応えて、姿を見せた。

 風の女神は彼らを鼓舞した。

 潜んで、誰かが解決してくれるのを、ただ待つのか? 新米の半神達があれだけ戦ってるのだ、恥ずかしくないのか? 神々の誇りを見せろと。

 

「ペスカ、冬也。あんたらは、ロイスマリアの未来なんだ。犠牲にさせやしないよ!」


 風の女神は、気を吐いた。

 闘志を燃やしていたのは、風の女神だけではない。水の女神は、冬也に消滅の危機を救われ、ペスカに大地を癒して貰った借りがある。


「待っててねペスカちゃん。今度は私達が助けてあげる番だからね」


 水の女神は小さな体躯に似合わず、鬼気迫る闘気に満ちていた。


 抵抗の姿勢をみせたのは、神々だけとは限らない。

 異変を感じたスールは、直ぐにノーヴェとミューモに念話で状況を伝える。そしてスールは、上空に広がる黒いドラゴンを相手に、懸命にブレスを吐いた。


「ペスカ様の仰る通りだ。主をお助けるするのが我が使命なれば、儂は主の名代として皆を守らねばならん」


 モンスター達は、地上と空を真っ黒に塗りつぶす。

 地上では、神々が展開している。大陸北部からは、魔獣軍団が出撃体制を整えている。

 ならば、自分はどうするのか? 決まっている!


「我らを模しただけの悪意の塊が、大空を好きに出来ると思うな! 大空の支配者が誰なのか、その身を持って知るがいい!」


 スールのブレスは、黒いドラゴンを圧倒する。

 一瞬で数万の黒いドラゴンが消滅する。どれだけ数を集めても、スールの敵ではないと言わせる程の勢いであった。


 大陸北部で休息を取っていた魔獣達は、速やかに進軍体制を整える。

 予定の休息をまともにとれておらず、疲れは癒えていない、体調が万全とは言えない。準備や対策も十全ではない。

 しかし、それぞれの瞳には、闘志が宿る。


 ミューモやノーヴェの鼓舞に、魔獣達は雄たけびを上げた。

 これ以上、自分達の住処を荒らす事は、決して許さない。各々が戦う意思に満ち、進軍開始は間もなくであった。


 通常ならば、種族が生き残る為の熾烈な争いが繰り広げられる、ドラグスメリア大陸。しかし、魔獣達は外敵に対し、完全に一体となっていた。

 そのきっかけとなったのは、大陸最弱と評されていたゴブリンである。南部を制したゴブリン軍団は、今や西部や北部に住まう一部の魔獣を加え、一大勢力となっている。


 更には巨人の一族を始めとした、巨大な魔獣達の軍勢が勢揃いしていた。

 魔攻砲を抱えた巨人達は、頼もしい戦力となっている。そして強大な四大魔獣が、前線を支え巨人達との連携を図っていた。


 二つの勢力は、エンシェントドラゴンとその眷属達と共に戦う。

 生き残った魔獣達の総力を挙げた、最後の戦いが始まろうとしていた。


 一方、大陸東部に侵入したペスカ達は、戦いの渦中にあった。

 倒しても、次々に襲いかかってくるモンスター達。どれだけ倒しても、直ぐに取り囲まれる。モンスターの対応に追われ、中々邪神を追えずにいた。


「冬也、お主は神格が見えるんじゃろう? 奴を何と見る?」

「意味がわかんねぇよ、山さん」

「じゃから、神格が見えたのかと問うておるんじゃ」

「糞野郎の神格しか見えなかったぞ」

「そうか。もしかしたら、もう戻らんかもしれんな」

「山さん、何の事だよ?」


 モンスターを倒しながらも、山の神は冬也に問いかけた。その答えによっては、今後の対応も変わってくると考えたからである。


 邪神に取り込まれた神の中で、最も大きな力を持つのは、火を司る原初の神。山の神は、邪神に取り込まれた神の状況を確認したかった。

 水の女神の様に、救出可能なのか否か。もし火の神の神格を切り離す事が可能なら、邪神を弱体化させられる可能性が残っているのではないか?

 しかし、冬也の答えを聞く限りは、絶望的かもしれない。

 

 戦いながらも、考えを巡らせる山の神は、顔を曇らせる。

 そんな山の神の苦悩を見据えた上で、ペスカは問いかけた。

 実際に、水の女神を救った。そしてつい先ほどは、一時的でも邪気を浄化してみせたのだ。


「ねぇ。浄化のついでに助けるって訳には、行かないの?」

「馬鹿者! カーラの場合は、ギリギリだったんじゃ! 悪意に染まった神格は、元には戻らん! それはもう、邪神そのものじゃ! 言わばあの邪神は、多くの神の神格を統合して出来上がった、複合体なんじゃろう」


 山の神は邪神の誕生と力の根源について、ある推測を立てていた。

 元々あれは、邪神ロメリアが残した、ただの残滓。

 たかだか魔獣やドラゴンを取り込んだところで、残滓は残滓。ただの淀みに過ぎず、意思を持ち邪神と成るには至らない。

 そのちっぽけな悪意が、大陸東部を壊滅させる程の力を持つ事が異常なのだ。


 しかし、冬也と山の神を圧倒した邪神の力は、計り知れない脅威であった。

 それだけの成長せしめた原因は、邪神が力を増したのではなく、元々力を持って生まれたのではないだろうか。


 邪神の中には、複数の神格が見えなかったと、冬也の証言がある。

 恐らく、火の神や複数の土地神の神格が混ざり合って、悪意に染まった結果に誕生したのが、現在の邪神。

 悪意に染まっただけで、元は神気なのだ。邪気自体の浄化は可能だろう。だが神格とは、人間で言う魂と同様。それが、溶け込んで混ざり合えば、いくら何でも分離は出来ない。

 

 ただし、神を取り込む事は、そう容易い事でない。力の差が有っても、相応の時間を要する。

 水の女神カーラに関しては、取り込むまでの時間が足りなかっただけだろう。


 どちらにせよこの戦いは、堕天した複数の神を、同時に相手にする様なもの。厄介には相違はない。


「いいかお主ら。とにかく一端この状況を抜けるぞ!」

「あの糞野郎を追うのか?」

「違う、我らも一時退却じゃ!」

「何言ってんだよ、山さん! ビビッてんじゃねぇぞ!」

「そうではない。奴ごと消滅させる大規模な術を使うんじゃ!」


 退却という山の神の言葉に、冬也は納得がいかない様子で、眉を顰める。そして、ペスカとクロノスは思案する。

 戦いはまだ始まったばかり。盤面の行方は、未だ見えない。

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