大陸東部の悪夢

第203話 蘇る悪夢

「随分と危ない橋を渡ったようね。無事でよかったわ」

「本番はこれからなのよ。油断は出来ないわ、ラアルフィーネ」

「えぇ。わかってるわよ。それよりミュール、奴らの足取りは?」

「おかげで、尻尾を掴んだわよ。いつでも断罪は出来るわよ。早く神の協議会を開かないと」

「待ってミュール! まだ、審議はしないわ。もう少し様子を見る」

「何を言っているのよフィアーナ。あんたの息子が狙われたのよ。それでも、話し合いで解決出来ると思ってるの?」

「そうよ。あの子が対話を望んでいるなら、余計に今は断罪をしないわ。過去の因縁にとらわれても、新しい未来が生まれない。私達は先を見据えないといけない。私達にも成長が必要なのよ」

「わかったわよ、フィアーナ。あんたがその気なら、文句は言わないわ。でも、奴らの監視は続けるわよ。そうなれば、あの子達に加勢するのは、難しくなるわよ」

「冬也君とペスカちゃんなら、きっと乗り越えてくれるわ」

「そうね、ダーリンなら乗り越えられる。まぁいざとなったら、私が助けに行ってあげる」


 ☆ ☆ ☆


「まさか、あれを抜け出すとは」

「奴は危険だぞ!」

「半神風情が生意気な。我らに忠告でもしたつもりか」

「だが、どうする? これ以上の接触は危険だぞ! ミュールが我らを嗅ぎまわっているぞ」

「ミュールに何が出来る? あれだけ力を奪ってやったんだぞ!」

「いや、フィアーナはともかく、ラアルフィーネは未だに健在だ。それにあの小僧が加われば!」

「あの小僧はフィアーナに加勢が出来まい」

「何故、そう言える?」

「あれだけ洗脳を施したのだ。容易に拭えぬ」

「ならば、いずれ機会が訪れよう」

「それは、奴らが生き残れたらの話しであろう」

「言わずもがなだな。奴はここで死ぬだろう」

「娘は弱った所で奪うか」

「それがよかろう」

「よし。ではこれが皆の総意で構わんな」

「構わん」

「問題ない」

「半神が消えれば、フィアーナが悔しがる。見物だな」

「そうだ、裁きを与えよ!」

「我らの新たな世界を!」


 ☆ ☆ ☆


 ペスカと冬也の手で張られた、結界によって封じられた土地、ドラグスメリア大陸の東部。そこは邪神の領域。それは、生物の死と同義である。

 大陸に巣くう病巣の様に、それは様々なものを混沌へと変えていく。


 汚れた水、汚れた大地。大気は淀み、腐敗臭が充満する。

 そして感情を無くした人形の様な、化け物のみが徘徊する。その正体は、充満する邪気によって、姿を変えられた魔獣。若しくは、邪気が集まり生み出された異形の怪物。


 深部では、禍々しい笑みを湛える、人とも獣とも思えぬ影が一つ。影は大量の邪気を放ち、邪悪な怪物を生み出し続けている。

 生み出された怪物達は、現存する生物を食らい、何もかもを無に帰そうとする。


 大陸東部は、既に生き物が住める環境では無く、死した地となっていた。


 始まりは邪神ロメリアが、ラフィスフィア大陸を破壊する為の手駒を、増やそうと試みた事にあった。常に戦いを強いられ、強靭となった魔獣に、邪神ロメリアは目を付けた。

 そして、様々な種類の魔獣を連れ去り、悪意を植え付けて姿を変貌させた。

 更に邪神ロメリアは、ドラゴンに目を付ける。数体のドラゴンをさらった後、姿を変貌させた。


 この際に残した悪意の塊は、邪神ロメリアが消滅した後でも残り続けた。そして、ひっそりと広がり、大陸東部を覆うほどに成長を遂げた。


 大陸東部にも多くの魔獣が暮らしており、何柱かの神が存在していた。

 魔獣達は全て姿を変えられ、意思を持たない凶悪なモンスターと化した。神々は神気を吸い取られ、挙句の果てに、神格ごと吸収された。

 最後まで抵抗をつづけたエンシェントドラゴンのニューラも、その体を乗っ取られ意思を奪われた。


 そして成長した悪意は、一つの意思を持つ。古の邪神の記憶を持つ、新たな邪神の誕生であった。


 しかし、禍々しい力は、直ぐに大陸中へと広がる事は無かった。

 ペスカと冬也によって張られた結界の影響で、邪神の本体は大陸東部から出る事が出来なくなった。

 だが、邪神の本体は大陸東部に押し込められながらも、力を蓄え続ける。そして、結界を壊せるまでに、力を増していった。


 かつて、ラフィスフィア大陸から多くの国が消滅し、沢山の命が消えた。ドラグスメリア大陸の西部では、強力な力を持つ魔獣が操られ、大地が破壊された。北部での破壊も酷く、現在では緑が戻りはしたものの、失われた命は多い。

 そして大陸の東部には、一歩先も見えない程に濃厚な悪意が渦巻く。

 

 悪夢は再び蘇る。

 新たな邪神の力は、邪神ロメリアを凌駕する力を持って、東の地から出ようとしていた。


 ☆ ☆ ☆

 

 交代で結界を強化していた冬也と山の神に、余裕は無くなりつつあった。

 それだけ、内部から邪気が増大している。力を合わせて強化しないと、結界を保持する事が出来ない。

 状況は、悪化の一途を辿っていた。


「山さん、あんまり無理すんな!」

「それはお主じゃろう。顔色が良くないぞ」

「流石にまずい。どんどん糞野郎の力が増してやがる!」

「これ程とはのぅ。この力はロメリアの比ではないな!」

「結界が壊れたら、大陸はどれだけ持つと思う?」

「そうじゃのぅ。数時間で滅びるのではないか?」

「やっぱりそうなるか。いっその事、魔獣達は避難させた方が良いかもしれねぇな」

「まぁそうじゃろうが、その暇はなさそうじゃな」

「山さん。覚悟を決めとけ! もう限界だ!」


 冬也と山の神が懸命に強化し続けた結界に、ひびが入っていく。入ったひびから、裂け目が広がる。裂け目から瘴気が噴き出す。

 そして声が響いてくる。


「やっと会えるね、混血のガキ。楽しみにしてなよ。僕が殺してやるからさ」


 その声はおどろおどろしく、心を縛り上げる様に響く。ひび割れた個所が凄まじい勢いで広がる。

 ガラガラと音を立てる様に、結界は壊れていった。


「僕をこんな所に閉じ込めた罰を与えてやるよ。でも少しは抗ってくれよ。そっちには原初の神も居るんだしね」

 

 冬也は歯噛みをし、山の神は冷や汗をかいていた。

 目の前に現れた存在からは、予想以上の力を感じる。もし万全な状態でも、この存在を止める事が出来ただろうか?

 足止めすら、満足に出来ると思えない。冬也をして叶わないと思わせた力は、二柱の神を震えさせる。


 しかし、どれだけ邪神が強かろうと、引く訳にはいかない。

 冬也は神剣を取り出し、山の神は神気を高めた。互いに神気は僅かしか残っていない。死の予感しか想像出来ない。

 そして絶望の時が始まった。

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