第201話 北部魔獣大戦 その3

 邪神の消滅と共に、緑と大地の再生が、大陸北部の中央から始まった。

 しかし、広大な大地を埋め尽くしていた黒い軍勢は、そう簡単に数を減らさない。大陸北部の戦闘は、終わりが見えなかった。


 通常の魔法よりも、マナの使用を軽減させた魔攻砲やライフルでも、使い続ければいずれマナは枯渇する。そして何時間にも渡り続く戦いは、体力を削り取っていく。

 冬也の神気が詰まった果実が、多少のストックは有る。だが、それも限りがある。

 

 数の差は武力の差として、歴然とした結果を生み出そうとしていた。

 大陸西部では、開いた防壁から黒い軍勢が溢れ出る勢いが止まらない。例えミューモがブレスを吐こうとも、勢いを止める事は出来ない。

 巨人達は、未だに防壁を超えられずにいた。

 

 勢いよく南部から侵入したゴブリン軍団は、巧みな連携で黒い軍勢を駆逐している。しかし群がる黒い軍勢は、その勢いを殺そうとしてた。

 縦横無尽に駆けずり回っていたエレナでさえ、黒い軍勢の多さに足止めされ始める。部隊の中でも突進力の有るトロールやバジリスク部隊でさえ、地平の先まで続く黒い軍勢に対し、勢いを失いかけていた。

 左右に展開した部隊の中には、マナの扱いに慣れていないドラゴニュートやマンティコアなども居る。じりじりと後退せざるを得ない戦況下で、ズマは部隊を鼓舞し続けた。

 

 負けるな! 引くな! 押し切れ!

 

 どれだけの声を掛けようが、埋めようの無い差がある。それはゴブリン軍団に留まらない。ミューモ、ノーヴェ、スール。彼らの眷属ドラゴンでさえ、数の多さに手を焼いていた。


 もとより圧倒的不利な戦況。想定されたはずの現状。そして士気も高かった。

 しかし、広大な海を相手取る様な状況に、心が折られても仕方がない。

 ただ、どの魔獣達も果敢に前線で戦っていた。負けまい、引くまいと、抗い続けていた。


 一対一で劣る事は、有り得ないであろう。戦争は、個の武力で勝敗が左右される事はほとんどない。一方的な数は、それだけで脅威なのだ。


 意思は全てを凌駕するのか。否、それは一部の者のみであろう。例えこのロイスマリアが、意思を叶える世界であろうと。戦う意思の強さが強くても。


 ゴブリン軍団は少しずつ押されていく。巨人達はミューモの力を合わせても、溢れ出す黒い軍勢を押さえるので手一杯であった。

 そんな時、大陸西部からエンシェントドラゴンのノーヴェを始め、ベヒモス、フェンリル、グリフォン、ヒュドラと西部の四大魔獣が到着する。


 巨人達にとって、西部でも大きな力を誇る魔獣の存在はとても大きい。特にノーヴェの復活は、巨人達の士気を再び高めた。


「ミューモ。遅くなったな」

「いや、助かる。ノーヴェ」

「これは、俺様の任された土地を取り戻す戦いでもある。力を借りるぞミューモ」

「お互い負けっぱなしとはいかぬしな。いくぞノーヴェ!」


 二体のエンシェントドラゴンがブレスを吐く。崩れた防壁から溢れる黒い軍勢が、一気に消滅する。それと同時に、四大魔獣を先頭に巨人達が、大陸北部に侵攻を始めた。

 

 一体でも巨人を遥かに超える力を持つ四大魔獣。

 ベヒモスは、その巨体で黒い軍勢を吹き飛ばし、巨大な雷が黒い軍勢に降り注ぐ。フェンリルのかぎ爪は、数百の黒い軍勢を一振りで消し飛ばす。グリフォンは上空から滑空し、多くの黒い軍勢を薙ぎ払う。ヒュドラの攻撃方法は毒のブレスだけではない、その長く伸びた体で、数百の黒い軍勢を締め上げて潰した。


「今だテュホン! 攻勢をかける! 巨人達よ進め~!」


 ミューモの号令が轟く。四大魔獣を加えた巨人達、更に二体のエンシェントドラゴンが猛威を振るう。

 西側から、徐々に黒い軍勢が姿を消していった。


 一方、押され始めていたゴブリン軍団の下にも、援軍は現れた。上空から放たれた光が、千を超える数の黒い軍勢を消していった。


「待たせたんだな。なんだか真っ黒で怖いんだな」

「着いたんだから、そろそろ降りろ!」

「嫌なんだな。高い所からの方が、撃ちやすいんだな」

「なら、せめて暴れるな!」

「それも無理なんだな。ドラゴンなら気合を入れるんだな」


 ドラゴンの背には、一つ目の巨人サイクロプスのブルが魔攻砲を構えている。呑気なやり取りとは裏腹に、魔攻砲の威力はゴブリンのライフルとは比較にならない。

 この場において、眷属ドラゴンのブレスよりも効果的な、魔攻砲が威力を示す。

 続けて何発も上空から放たれる魔攻砲。ゴブリン軍団の前方から、瞬く間に黒い軍勢が姿を消していく。


「好機を逃すな! 全軍、進め!」


 ブルの援軍で、ゴブリン軍団が息を吹き返した。そしてズマが号令を発する。

  

 西部と南部からの同時侵攻が、僅かに勢力図を塗り替えようとしている。最北では、スールの攻勢が止まらなかった。

 エンシェントドラゴンと異なるのは、神気が籠ったブレス。それは、容易く黒い軍勢を消滅させる。


 ただの雑魚がどれだけ群がろうとも、敵ではない。悪意を消滅させ、マナを吸収する技を会得したスールにとって、黒い軍勢は恰好の餌ともなる。

 滅ぼしては、食らう。それを繰り返して、大地から黒色を消していった。


 三方から少しずつ、黒い軍勢の姿が消えていく。戦況は、僅かに魔獣達の優勢に傾いていく。

 

「ここが踏ん張りどころだ! 皆、諦めずに戦え!」


 ミューモは、巨人達を鼓舞した。そして自らも前線でブレスを放ち続ける。

 冬也に懇願してまで立った戦場で、無様を晒す訳にはいかない。


 これ以上は汚させない。これ以上は傷付けさせない。スールはスール、俺は俺。

 俺は俺が守るものを全力で守る。俺は俺が救わなければならないものを、全力で救う。俺は地上最強を超える、エンシェントドラゴンを超える。


 意思の強さは、殻を破る一歩となる。ミューモは、戦いの中で成長を遂げようとしていた。 

 

 自分の守る大地を荒らされた鬱憤を晴らす様に、ノーヴェは暴れまくる。

 ノーヴェは、風の女神から委細を聞いていた。良かれと思って作った、大陸北部を囲む防壁の様な山脈。それは大地のマナを大量に使い、大地を大きく揺るがした。結果的に、水の女神が張った封印が解け、邪神が解き放たれた。


 回復したばかりの体では、それほど大きな力を使えない。しかし、ノーヴェのブレスは多くの黒い軍勢を屠る。

 自分の過失は、自分で始末をつけなければならない。自らの手で北部を開放せずに、何がエンシェントドラゴンだ。のうのうと回復を待つ事など出来やしない。

 意思の力が、失った体力やマナを超えようとしていた。


 四大魔獣とてそれは同様。

 無為に力を振るうのが強者ではない。力の執行には、大儀が有って然るべき。悪意に飲み込まれ、大陸を破壊するのが使命ではない。

 ドラゴンにも及ぶ力を持って生をうけたのは、弱者を甚振る為ではない。秩序を守る為ではなかったのか。


 心優しき巨人達を苦しめ、ミューモを追い込んだ。これは大いなる罪。その責は、戦果を持って果たさねばならない。

 巨人達を庇う様にして、前線に立つ四大魔獣。振るわれる力は、仲間達を守る。

 そして黒い軍勢を消滅させていった。


 前線で気を吐くエレナの前方から、黒い軍勢が消えうせる。

 大量の黒い軍勢に囲まれ、足止めされていたエレナは、ブルの到着にいち早く気が付いた。ようやく呼吸を整える暇ができたエレナは、少し周囲を見渡す。

 ズマや他の魔獣達との特訓、戦闘を重ねるごとに強くなった実感が有る。しかし、エレナはただの亜人。戦いで用いるのは、己の肉体である。勿論、エレナの戦闘能力は、ドラゴンに遠く及ばない。


 ただ巻き込まれただけのエレナは、この大陸で戦う意味すらないはず。それでも、最前線で戦い続けるのは、この大陸で仲間が出来たから。自分を教官と慕う魔獣達を、守りたいと思ったから。

 その仲間達は、拙い力で懸命に戦っている。


 ならば、まだ終われない。ここで諦める事が出来ようもない。

 冬也は強い、自分の力が届くはずもない。ペスカは天才だ、自分が叶うはずもない。

 しかし、それは些細な事。戦う意味は他に有る。


 エレナは、この戦いで新たな成長を果たそうとしている。そして、再び駆けだした。黒い軍勢を屠り続けるエレナの魂は、虹色の輝きを放とうとしていた。

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