第200話 北部魔獣大戦 その2

 ある者は語った、この大陸で初の軍隊はゴブリンが作ったと。

 ある者は語った、この大陸の北ではかつて大きな戦乱があったと。

 大地は枯れ大気は淀み、全てを失った荒野で、駆け抜けた英雄達がいたと。


 ここはドラグスメリア、魔獣が暮らす大陸。後に名を馳せるその戦いは、既に口火が切られていた。


 スペインが丸ごとすっぽり入る程に、広大な面積を誇る大陸北部。その広大な大地を、真っ黒な体を持つモンスターが埋め尽くす。

 対するは、十数体の巨人と数千の魔獣達。大陸の平和を脅かす黒い軍勢を相手に、激しい戦闘は続いた。


 いったいどれだけ消滅させれば、黒い軍勢がいなくなるのだろう。引っ切り無し襲い来る黒い軍勢は、数の暴力そのものであった。

 巨人達は魔攻砲を放ち、次々と黒い軍勢を淘汰していく。魔獣達は巧みな連携で、黒い軍勢に相対している。

 しかし、黒い軍勢は一向に減る気配が無い。


 膨大な時間やマナを消費し、限りある体力をすり減らす。それでも終わる様子が無い。これは、そういう戦いだった。


 そんな中、上空には光を纏うドラゴンの背に乗る、可憐な少女の姿があった。

 人にして神の席に座する者。ペスカは、大地を見下ろしていた。


「ペスカ様。この辺りが、水の女神が封印されていた場所です」


 スールはホバリングする様に、上空で待機する。

 ペスカは目を凝らして、眼下に広がる黒く塗りつぶされた大地を見つめた。広大な大地を埋め尽くす黒い軍団の中で、ペスカはいったい何を見つけられるというのだろう。

 砂漠の中で一粒の小石を探す。それがどれだけ困難な事なのか。だがペスカは、探し続けた。

 

「ペスカ様。何を探してらっしゃるかお教えください。儂もお手伝いできるかと」

「うん、じゃあ頼むね。私が探してるのは、黒いスライムだよ」

「黒いスライム達は、女神の体と邪神の存在を媒介にして、モンスターに変わったはず。いや、まさか!」

「一体だけいるはずなんだよ。分体の分体。もしくは黒いスライムの本体ってとこかな」


 ペスカは今までの経験で、邪神の行動を推測していた。

 新たに生まれた邪神が、邪神ロメリアの悪意を元に生まれたとすれば、悪辣な罠を幾重にも仕掛けるであろう。

 それは、ラフィスフィア大陸での魔獣騒動から始まり、混沌勢と呼ばれる神々の暴走、ゾンビの増殖、メルドマルリューネの混乱と、いくつもの騒乱を起こして来たことから、容易に推測できる。


 そもそも邪神の目的は、ドラグスメリア大陸を破壊し、大地母神ミュールの力を奪う事だろう。

 大陸東部は、既に邪神の支配下にある。大陸北部も同様だろう。だが、本体が居るであろう大陸東部には、ペスカと冬也が張った結界が利いている。

 そして、邪神は既に大陸南部と西部で、目的達成に失敗している。二つの分体はそれぞれの地で消滅した。


 大陸北部で水の女神に植え付けられ、黒いスライムを生み出した邪神の分体。黒いスライムで大地のマナを吸収し尽くした後、更なる目的は何であろうか?


 答えは、恐らく時間稼ぎ。

 

 反フィアーナ派から与えられた力を使い、冬也を神域に閉じ込めたはずが、予想外にその神域から抜け出た。

 その時に邪神は、悟ったに違いない。分体の身では、到底冬也には叶わないと。

 これ以上、相手の力が増大しては、計画が破綻しかねない。故に計画を変更した。


 東部に張られた結界を破壊し、一気に決着を付ける。

 

 邪神とは言え所詮は分体である。その上、水の女神がその身を持って封印していた。

 そんな状況で何が出来ようか。恐らく黒いスライムは、邪神の分体を更に分けたもの。水の女神の封印をこじ開けて、邪神の分体が精一杯の力で、地上に放ったもの。

 故に戦う力は無く、ただ大地のマナを吸い取り、増殖するだけの存在であったのだろう。

 

 女神の体と共に邪神の存在を消滅させて、黒いスライム達をモンスターに変えた。正確には、黒いスライムの本体から増殖したものだけを、モンスターに変えたのだろう。恐らく黒いスライムの本体は、保険として未だに存在しているはず。

 これが、冬也が言った邪神の気配、その正体であろう。


「なるほど。言われてみれば確かに」 

「東部の結界が壊れるか、私達が反攻作戦の体制を整えられるか。それが勝負の分かれ目かな。お兄ちゃんが踏ん張ってる間に、とっとと片づけたいね。反フィアーナ派の横やりが無いと言い切れないし」

「それは、問題有りますまい。主は反フィアーナ派の連中に、問いかけてらっしゃいました。ですが、奴らは答えませんでした。大地母神の目もあります。恐らくこれ以上の直接的な干渉は、危険と判断したのでしょうな」

「だと良いけどね。さっきも言ったけど、油断はしない事。わかってるよねスール」

「理解しております」

 

 ペスカはただ漠然と眺めている訳ではない。ただ見るのでは、黒く塗りられた大地の中から、黒い物など探せるはずもない。

 何度も相対したからこそわかる、邪神の気配を探していた。探知の魔法で周囲を探る。そして探索範囲を絞る様に、狭めていく。

 

「見つけた! スールあの辺一帯をブレスで掃除して!」


 スールの輝く様なブレスが、大陸中央部の一角に届く。ブレスは、一瞬で一面の黒を、枯れた土に変える。


「スール、見える? あの岩陰に降りて!」


 スールはペスカの指示した辺りに着陸した。スールの背から飛び降りたペスカは、声を上げた。


「どうせ逃げらんないだから、諦めて出てきなよ! 別に隠れてる岩ごと消滅させても良いんだよ! 奪ったり操ったり隠れたり。そんな事しか出来ないから、あんたは雑魚なんだよ」


 ペスカは神剣を取り出す。そして駆けた。

 挑発をしたが、出てくるのを待つなど悠長な事は考えていない。殲滅あるのみ。


 あっという間のスピードで、岩を切り裂く。すると、うねうねと体を動かして、逃げようとする黒いスライムの姿が露わになった。

 振り下ろされるペスカの神剣は、黒いスライムを貫く。消滅は一瞬であった。

 

 念のためにペスカは気配を探る。大陸の広範囲に及ぶ探知を行い、念入りに確かめる。


「終わった。そう思って良いのでしょうか?」

「邪神の気配は感じないけどね」

「まだ黒い奴らは消えてませんが」

「だって、女神の体を媒介にしたんだもん、消える訳ないよ。でも、これ以上増える事もないよ」

「ならば、後は殲滅するのみですな」

「そういう事! 頑張ってねスール。約束通り、あんたにはこの辺のモンスターをやっつけて貰うからね。出来なかったら、お兄ちゃんに言いつけるよ! スールが反抗期だって。言っとくけど、お兄ちゃんのお仕置きは、超痛いんだからね!」


 ペスカはフンっと鼻息を荒くする。そしてスールは、少し笑うようにすると飛び立った。


 南部と西部から、仲間達が侵攻を続けている。スールが消滅させるのは、中央より北辺りを占拠する黒い軍勢。

 高く上昇すると、強烈なブレスを放つ。神気の籠ったスールのブレスは、大地に深い溝を作りながら、黒い軍勢を消滅させていった。


「いや、だからさ。やりすぎだって! 地形を変えてどうすんの? ってもう今更か」


 ペスカは周りを見渡す。目に映るのは、緑が全く無い枯れた土地。マナが枯れ果て、死にかけた大地であった。

 

「じゃあ私も頑張るか」


 ペスカは呟くと神気を高める。そして神剣を大地に突き立てた。


「我が名はペスカ、神の一柱に名を刻む者。この地に眠る数多の神々よ、目覚めの時は来た。女神ミュールに代わり命じる。その力を持って、死した大地を癒せ!」

 

 大地を通してペスカの神気が広がっていく。その神気は呼びかける。力を失った大地で、眠りにつく神々に声を届けた。

 神気と共に、ペスカの意思が伝わる。


 この窮地で何をしている。隠れても何も変わらない。誰かが救ってくれる訳ではない。自らの力でこの地を取り戻せ。緑溢れる大地に戻せ。


 さぁ、目覚めよ! そして抗え!

 人よりも、魔獣よりも、遥かに大きな力を持つのなら。戦え!

 その義務を果たせ!


 ペスカの神気に呼応する様に、足元には少し緑が誕生していた。

 その緑は、ゆっくりと広がっていく。緑の誕生に合わせて、淀んだ空気が澄んでいく。

 神々の目覚め、そして大地の再生が始まった。 

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