第199話 北部魔獣大戦 その1

 それはドラゴンのブレスから始まった。

 大地を揺るがす様な轟音が轟き、ドラグスメリア大陸の北部をすっぽりと包む、巨大な防壁の一角が崩れ去った。

 

 山のようにそびえる防壁が崩れ去ると、真っ黒に染まる軍勢が、崩れた防壁の一部から大地を埋め尽くそうと湧き出る。

 大陸の北を埋め尽くしていた黒い軍勢は、鬨の声を上げるかの様に、ひしめきながら大陸西部に這い出てくる。


 ただ、黒い軍勢が大陸西部を侵す事はなかった。

 巨人達の持つ未知の武器から、いくつもの光が放たれて、黒い軍勢を消していく。這い出ては消え、這い出ては消えを繰り返す黒い軍勢。それは、駆逐される事が当然かの様に、定められた結末であったかの様に、殲滅が行われた。


 ほぼ同時刻に、大陸北部の上空から大地を抉る様な、輝くブレスが放たれる。そのブレスは、黒い軍勢を消し飛ばしながら、南側の防壁を破壊した。

 防壁の一部が消えた南部から、魔獣の軍勢が隊列を成して攻め込む。


 先頭を駆けるのは、キャットピープルの少女。巨大なトロールやバジリスクを引き連れて、次々と黒い軍勢を倒していく。

 その勢いは止まる事無く、左にはウルガルムとドラゴニュートの部隊が、右にはケルベロス、マンティコア、コカトリスの部隊が展開し、黒い軍勢を打倒していく。

 倒れた黒い軍勢の上には、中央に位置どったゴブリン部隊から放たれた光が、雨の様に降り注ぐ。

 光を受けた黒い軍勢は、瞬く間に消えていった。


 ☆ ☆ ☆


 時は少し遡る。

 ペスカの念話で、スール、ミューモ、エレナ、ズマが繋がる。そしてペスカは、北部で起きている事態の概要を説明した後、簡単な作戦を伝えた。

 

「ノーヴェが造っちゃったおっきな壁を、スールとミューモで崩して。一部だけで良いよ。そこから、黒いのが湧き出てくるだろうから、囲んで叩いてね。多分ドラゴンのブレスか、魔攻砲やライフルじゃないと消滅させるのは、難しいかも知れないよ。ゴブリン軍団はズマ、巨人軍団はミューモが指揮してね。現場の判断は任せるけど、マナ切れには気をつけてね」

「わかったけど、新しく加えた奴らは役立たずニャ。マナの使い方がなってないニャ」

「仕方ないな。一時間だけあげるから、基本的な使い方を仕込んで」

「相変わらず、無茶ばっかり言うニャ。でもわかったニャ」

「他に何かある?」

「ペスカ様、邪神の件ですが」

「あ~。それなら心当たりがあるよ。スール、あんたは私を乗せて、女神が封印されてた辺りまで連れてって」

「畏まりました」

「他になければ、南側の準備が整い次第、作戦開始! その間に、スール達は上空のお掃除!」

「了解ニャ!」

「お任せ下され!」

「愛する大地の為に!」

「了解です、ペスカ殿」


 指示を伝え終わると、ペスカは念話の魔法を切る。周りを見渡すと魔攻砲を抱えて、静かに闘志を燃やす巨人達が見える。恐らく南側の士気も高いはず。

 そして、遅れる様に四トン車を超えるほどの大きさの木桶を担いだ、ミューモの眷属が一体舞い降りた。


「遅れました。これが最後の荷物です」

「ひゃ~。随分と持ってきたね。悪いけど、この半分をゴブリン達に渡してくれる」

「はっ、直ちに」

「それと、あんたはゴブリン達に着いてあげて。この果物は、小さく切ってみんなに食べさせる事。丸ごと一個だと、劇薬になりかねないからね」

「畏まりました、ペスカ様」


 ミューモの眷属は、魔攻砲を入れていた木桶に果物を移すと、南で待機しているゴブリン軍団の下に飛んでいった。


「ペスカ様、あれは?」

「お兄ちゃんの神気がたっぷり詰まった果物だよ。巨人なら丸ごと一個食べても問題ないだろうけど、体の小さい魔獣には効果が利き過ぎるからね」

「回復薬の様な物ですか。食べさせる頃合いは、気を付けねばなりませんね」

「ミューモ。頼むね」

「はい。犠牲者を出さずに、全てを終わらせる。俺が皆を守り抜きます」

「あんたの身も、ちゃんと守るんだよ」

「はい。ペスカ様」


 ミューモは頭を下げた。

 邪神にそそのかされ、悪意に身を落としかけたミューモ。ただ今必要なのは、エンシェントドラゴンとして有るまじき恥を雪ぐことよりも、魔獣達とこの大陸を守ること。

 ペスカはそれに付け加えた、自分の身も守れと。ミューモは密かに闘志を燃やした。

 

 そして時は訪れる。

 ミューモとスールの北部を囲う山脈の一部が削られた。湧き出る黒い軍勢を、巨人達が魔攻砲で消滅させていく。

 それでも溢れる勢いは止まらない。しかし巨人達の士気は高く、魔攻砲から放たれる光は止むことが無かった。


 一方、南部ではスールのブレスが強すぎた。

 山脈の一部を破壊しただけでなく、南部周辺に屯していた黒い軍勢を消滅させた。

 黒い軍勢が溢れてくる事を想定し、破壊地点を鶴翼の陣で待ち受けていたゴブリン軍団は、山の一部が無くなっても何も現れない事に、少し困惑していた。

 しかし、ゴブリン軍団を率いていたズマは、大声で扇動した。


「直ちに陣形を整えろ! トロール、バジリスク隊、前線へ! ウルガルム部隊はドラゴニュート達を連れて左翼に展開しろ! ケルベロス部隊はマンティコアとコカトリスを連れて右翼に展開だ! 狙撃班も前に出ろ! 戦いは既に始まってるのだ! 皆、気を引き締めろ!」


 突破力の有るトロールとバジリスクの部隊を最前線に出し、更に左右を固めて中央からゴブリンの狙撃班が遠距離攻撃を行う。

 魚鱗の陣に似た、ゴブリン軍団が最も得意とする陣形である。


 部隊の指揮権を全てズマに任せていたエレナは、真っ先に走り出す。まるで着いて来いと言わんばかりのエレナを見て、ズマは全軍を鼓舞する。


「皆、教官に続け~!」


 ゴブリン軍団が雄叫びを上げて、崩れた山の間を抜ける。山を抜けた後に見えた黒い軍勢の姿は、魔獣を模したものが多い。見慣れた姿も数多くある。だが、真っ黒に染まった体は、仲間とは呼べるはずもなかった。

 

 マナを体に纏わせて、ゴブリン軍団は黒い軍勢と対峙する。マナを使った攻撃であれば、倒すのは然程難しくはない。

 しかし、消滅させるまではいかない。後方からゴブリンが放つライフルからの光で、黒い軍勢はようやく消滅する。


 しかしたった一人、エレナは違った。

 体に纏わせたマナは、他の魔獣の追随を許さない。エレナもまた、ドラグスメリア大陸に来てから、鍛えられていた。

 魔獣達と訓練をする中で、マナの総量は格段に高まっていた。元々、軍で鍛えられた身体能力は、度重なる戦闘で研ぎ澄まされていた。

  

 エレナの拳は、黒い軍勢を消滅させる。エレナの蹴りは、黒い軍勢を破壊する。文字通りに獅子奮迅の活躍を見せるエレナ。最前線で破壊神の如く、エレナは黒い軍勢を屠り続けた。


 一方、上空には青色を取り戻した大空が見えており、スールはペスカを迎えに西側に向かった。

 スールは、大気を切り裂く様に飛び降りる。しかしペスカは、顔を顰めて声を荒げた。


「あんた、やりすぎ! ちょっとは加減しなよ! エレナ達ごと吹き飛ばすつもりだったの?」

「何を仰いますか、ペスカ様。このスールがその様な過ちを犯すとでも?」

「油断するなって言ってんの! もしかして力が有り余ってるの?」

「少し、マナを補充する方法を閃きましてな」

「それなら、邪神を消滅させたら、この辺のモンスターを全部あんたが倒しなよ」

「承知しました、ペスカ様」

「その後も休まず働かせるからね」

「願っても無い事です」

 

 スールの考えを、おおよそ察したペスカは、少しため息をつく。


「お兄ちゃんが心配?」

「それはペスカ様も、では?」

「私は、お兄ちゃんを信じてる。あんたはどうなの? お兄ちゃんが心配で焦っても、良い事なんて無いんだよ。あの神域から出てきたんだよ、お兄ちゃんは大丈夫」


 スールは少し自問する様に目を閉じた後、徐に目を開きペスカに答える。


「申し訳ありませんペスカ様。確かに、少し急いていた様です。ですが時間が惜しいのは事実」

「わかってる。早く終わらせてお兄ちゃんの所に行こ!」

「はい、ペスカ様」


 ペスカを乗せたスールは、高く飛翔する。そして、大陸北部の中央部へ。

 戦いの勢いは増す。

 魔獣大戦。それは、後の世に語り継がれる、大きな戦いはまだ始まったばかりであった。

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