第198話 集まる仲間達

 南部の山脈を渡り、行軍するゴブリン軍団は、トロールを先陣に一行は進んでいた。

 その中にはエレナの姿もある。トロールの肩に乗り、耳を澄ませ、目を凝らしていた。どんな異変も見逃さない、そんな決意に溢れていた。

 

 先頭のトロールに引っ張られる様に、ゴブリン軍団の行軍は速度を上げていく。何日もかかるだろう山脈を、たった一日で越えで、まもなく合流地点へ差し掛かろうとしていた。

 

「あれ? ドラゴンがいないニャ! どこ行きやがったニャ!」


 先頭で様子を見ていたエレナは声を上げた。魔獣達が集まっている様子は、遠くから確認できる。ただ、その中心となるべきドラゴンの姿が無かった。


「ズマ! このまま進軍するニャ! 私は様子を見てくる!」


 エレナは大声で叫ぶと、およそ五階建ての建物ほどに巨体となったトロールの肩から、するりと飛び降りる。

 難なく着地すると、エレナは猛烈な勢いで走っていった。


 遠目でも見えていたが、近づけば集まる面々の異様さが良くわかる。

 大陸南部の魔獣達と些か異なる顔ぶれ、特に目を引いたのは二足歩行で歩く小型のドラゴン達であった。

 それは、ドラゴニュートと呼ばれる、大陸西部にしか生存しない種族。人間や亜人と然程変わらない身長に関わらず、その腕力はトロールに勝る。そして動きの速さは、コボルトを遥かに凌ぐ。また、ドラゴンの様に割けた口には鋭い牙が揃ってい、爪は鉄の様に固い。

 

 他に珍しいのは大陸北部に住まう、巨大なミミズと見紛うワームと呼ばれる魔獣や、巨大な鳥の化け物であるコカトリス。

 ライオンに似た怪物、マンティコアの姿もあった。

 

 見るからに凶悪そうな魔獣が、獲物でも見るかの様な鋭い視線をエレナに向ける。

 以前のエレナなら、尻尾を隠して背を丸めていただろう。しかしエレナは、憶する事無く大声を上げる。

 それはズマ達と共に戦場を生き抜く中で、成長したエレナの姿でもあった。


「お前ら! ドラゴンから聞いているだろう? 我々は大陸南部から来た! お前らは、我々と共に戦う意思が有る者達なのか? ニャ?」


 エレナの言葉で、集結した魔獣達は静まり返る。そして緊張感が辺りを包む。やがて、魔獣達の中からひと際体の大きいドラグニュートが、前に進み出た。

 

「お前か? ドラゴンが言っていた、ゴブリンの軍団を率いる者は? 見るからに脆弱そうな生き物が、役に立つと言うのか? そもそもゴブリンやトロールなんぞ、下等な者は要らんだろ! 早く南に帰れ!」


 その言葉に、エレナは少し怒りを感じた。

 仲間を馬鹿にされた。それはエレナのプライドを傷付けるよりも、重大な出来事だった。


「馬鹿にするなら、試してみるか?」


 その言葉がドラゴニュートに届くや否や、エレナは素早くドラゴニュートの間合いに入り込む。エレナの不意打ちに、ドラゴニュートは反応出来ない。そして、間合いへ簡単に入り込まれても尚、ドラゴニュートは守備の姿勢を取ろうとしない。

 明らかに油断があったのだろう、相手が格下であると思い込んでいたのだから。

 

 エレナはドラゴニュートの胴に回し蹴りを打ちこむ。エレナのマナを籠めた蹴りは、ドラゴニュートの固い皮膚を通り、全身に痛みを伝える。ドラグニュートは、体をくの字に曲げて吹き飛んでいき、意識を失った。

 

「下らない挑発は止めろ! 弱者は足手纏いだ! 戦う気が有る奴だけ着いて来い!」


 一撃でドラグニュートを制した。周囲の魔獣達に、脅威として映る。

 巨大な四体の魔獣、巨人達がひしめく大陸西部で、生き残る事が出来るドラゴニュートの力は、他の魔獣達も知る所である。それが、いとも簡単に倒されたのは、どれだけの事なのか。集まる魔獣達は、一瞬で理解した。


 大陸内でも上位に近い強さを持つマンティコア達でさえ、息を吞み驚きを隠せずにいる。コカトリス達は、服従の意思を示す様に、翼をたたみ頭を下げていた。


 リーダー格を倒された事で、やや殺気立つドラゴニュート達。ただ、遅れて現れた集団に目を見開く。

 異常な程に巨大化したトロールを始め、バジリスクやウルガルムにケルベロスの様な凶暴な魔獣が顔を揃えている。

 そんな集団を率いているのは、ゴブリンであった。

 

「言っておくが、この軍を率いてるのは私ではない、ゴブリンだ。あの程度でやられるなら、こいつ等には勝てないぞ! さぁ決めろ! 我らと共に戦うのか? それとも臆病者として一生を送るのか?」


 唖然とする魔獣達を前に、エレナは声を荒げる。


「自らの住処を奪われ、仲間の命を奪われ、お前らは本当にドラグスメリアの誇りある魔獣なのか? 悔しければ爪を立てろ! 負けたくなければ牙を磨け! ゴブリンはそうやって、南部で最強になった! お前らは敗北者で終わるのか? 違うなら着いて来い!」 


 強い者に従うのは、自然の理。力を示せば、魔獣は従う。エレナの扇動に、いち早く反応したのは、先ほど吹き飛ばされたドラゴニュートであった。


「あなたの仰る通りだ。我らは逃亡の末、ドラゴンに命を救われた。この借りは返さねばならぬ。ただの敗北者で終わる訳にはいかぬ。我らの誇りの為、戦わねばならぬ。我を共に戦いの場へお連れ下さい」


 こうして新たな勢力を加え、一段と大きくなるゴブリン軍団は進軍を再開する。モンスターが渦巻く北の大地へ後少し。既に山の様に聳え立つ絶壁は、近くに見えていた。


 ☆ ☆ ☆


 南部境界沿いで魔獣達を置き去りにした、ノーヴェやスールの眷属達は、単身で戦うスールの下に飛んでいた。

 ドラゴンの翼では、たいして時間はかからない。数分でスールの下に辿り着いた眷属ドラゴンは、凄まじい光景を目にする。

 吐き出される数万もの黒いブレスを吸い込んでは、吐き出し返すスール。有り得ない光景に、眷属ドラゴン達は目を疑った。


「まさか、あれが神龍の本気か?」

「神龍とはなんだ?」

「我が長は、神である冬也様の眷属になられたのだ」

「だからか。親父殿より、遥かに強い力を感じる」

「あぁ、我らも参戦するぞ。お力になるのだ」

「おぅ!」


 眷属達は、互いにブレスを放つ。スールに遠く及ばなくても、黒いドラゴンを数体ほど撃破する。


「お主ら、よう来た。援軍とは助かるぞ」

「いえ、長に比べれば些細ですが」

「いや助かるぞ。やるべき事は他にもある」

「それは、一体?」

「邪神がまだ隠れ潜んでいると、主は仰られた。儂はそれを探して、ペスカ様にお伝えせねばならん」

「では、あの黒い連中の体に隠れていると?」

「そうかもしれん。しかしあの量じゃ、儂でも容易に気配は探れん」

「長に判別出来ないのであれば、我らでは如何ともし難い」

「よく目を凝らすのじゃ。見た限りは、黒い奴らには統一性が有る。妙な個体が居ればそれが邪神じゃ、直ぐ儂に知らせよ」

「はっ!」

「ノーヴェの眷属よ。わかっておろうが、ノーヴェは無事じゃ。お主も安心して励むがよい」

「誠にかたじけない。主ノーヴェの代理として、懸命に戦う所存です」

「礼は儂ではなく、我が主に言うと良い」


 援軍を得た、スールは攻勢をかける。一気に大空の勝負を着けようと、ブレスを吐き続けた。


 ☆ ☆ ☆ 


 巨人の王テュホンの肩で、ちょこんと座るペスカの所に、魔攻砲が届いた。それは、ミューモの眷属が、猛スピードで飛んだ成果でもあった。

 ペスカは、二十門の魔攻砲を、ミューモの眷属に配らせる。手に取った巨人達は、移動をしながらペスカの説明に耳を傾けた。


「どう? 簡単でしょ!」

「ペスカ様。生意気な事を申し上げるようですが、これは力の均衡を崩します」

「ミューモ。それは、ドラゴンが要らなくなるって事を言いたいの?」

「仰せの通りです」

「じゃあ、あんた等ドラゴンも強くならないとね。頑張ってね」

「そういう問題では!」

「そういう問題だよ。あんた等ドラゴンは、最初から地上最強だった。だから、これまで努力する必要が無かった。これからは違うんだよ。強くなければ、あんたが愛し子って言った奴らを、守る事すら出来ない。身を持って知ったでしょ?」

 

 ミューモは、ペスカの言葉に力なく肩を落とす。


「大丈夫だよ、ここから挽回すれば良いんだもん。スールは神気でパワーアップしちゃったけど、あんた等は、地道に努力しなよ。この戦いで名誉挽回するんでしょ?」

「はい、肝に銘じて」

「じゃあ、モンスター討伐を頑張ってね。あの山の向こうは、大変な事になってるから」


 そう言うと、ペスカは高い絶壁を指さした。

 冬也の念話で、大体の状況を知っているペスカであったが、簡単な指示しかしなかった。

 以前に冬也は語っていた。それはペスカも同じ思いであった。

 ドラグスメリア大陸の問題を、そこに住まう者が対処出来なくてどうすると。巨人達の指揮を全てミューモに任せた事で、ペスカは目的の一つを遂げようとしていた。


 そしてペスカは思考を巡らせる。

 冬也から聞かされた、邪神がまだ消えてない事実。それに対しペスカは、一つの仮説を立てていた。

 もしペスカの仮説が当たっていれば、奴は大陸北部の中央部。水の女神が封印されていた場所で、未だ同じ姿で隠れている。

  

「知恵比べで、このペスカちゃんに勝てるなんて思っちゃ駄目だよ。さぁ、宝探しの開始だ!」


 ペスカは拳を掲げた。そして、黒いモンスター対魔獣の戦いは、今始まる。 

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