第173話 ゴブリンの快進撃

 ペスカと冬也がスールの背に乗り、西へ向かい飛び立つ。

 暴れ続ける巨大魔獣を抑え続けるミューモ。彼を救い、魔獣達を抑える為にも、急がねばならない。スールは翼を大きく広げ、速度を上げる。ペスカと冬也は、スールに神気を繋げる。そして胸躍る大空の旅へ二人を誘った。


「う~っ。ひゃっほ~!」

「ペスカお前、この間とは全く違うな」

「何と言うか、超すごいVRゲームをやってる感覚だね。すっごい不思議。ただ背中に乗ってるだけなのに、飛んでる気分」

「良いけどよ。落ちんなよ」

「だいじょび! 今の私は風! 吹き荒れる暴風!」

「吹き荒れるなよ!」


 先程まで深刻な話をしていたはず。しかも向かう先には、激しい戦いが待ち受ける可能性が高い。にも関わらず、ペスカのテンションは、冬也が呆れる程に高かった。

 

 一方、ペスカ達が西に向かう間に、ゴブリン達は快進撃を続けていた。

 ペスカ達がドラゴンの谷で寝ている間、山の神と話をしている間にも、与えられた期限が迫っている。だが、コボルトとトロールを加え、大きな勢力となった集団と、まともにやり合える敵は多く無かった。


 特に、命を救われたトロールは、ゴブリン達に敬慕の情を抱き、志気が高い。高まった力はそのままに、従順なトロールは、前線の壁役に止まらず、その力で敵の包囲網を突破していく。


 対してコボルトは、類まれな嗅覚と俊敏さから、攪乱や奇襲、諜報活動など様々な戦術において功績を重ねていく。

 当初こそコボルトは、ゴブリン達の力を恐怖を抱き、従っているだけであった。しかし任務を重ねる毎に、戦いの先に有る本当の意味を理解し、真の意味でゴブリン達に賛同する事になる。


 ゴブリン軍団は、大陸でも名だたる好戦的な種族である、ウルガルムを始め、ケルベロス、バジリスクなどの魔獣を、次々と制圧していった。


 戦いを重ね、新たに戦力を増強し、ゴブリンの軍団は益々巨大になっていく。

 しかし、組織が巨大になれば、問題も発生する。時にそれは、内部分裂を起こし、組織を崩壊さえかねない。

 その組織運営について、ゴブリンに知恵を貸したのは、エレナであった。


 故郷キャトロールにてエレナは、格闘術だけでなく、戦術を始め、組織を動かす為の経営学を学んできた。その知恵は、遺憾なく発揮される。

 エレナの知恵を受けたズマは、軍団を統制する為に、組織再編を行った。


 先ずは、軍の細分化による、リスクコントロール。

 主戦力となるトロールを始め、新たに加えたウルガルム、ケルベロス、バジリスクが種族間の同士の諍いを起こさない様に、隊に分けると共に、競わせて戦果を挙げさせた。


 軍の細分化と共に、新たに設置したのは情報伝達の部隊であった。

 瞬時に適切な情報が共有される事は、必須である。同時に、組織の意思が末端まで、素早く伝達される事には、大きな意味を持つ。

 ここでは俊敏で、数の多いコボルトが活躍する事になる。

 

 数の多いコボルトは、後方支援班にも配属された。大規模になったゴブリン軍団の食糧補給は、進軍の生命線にもなる。

 大陸随一の結束力は、食料補給に大きな力を発揮した。


 そして各隊に、リーダーとしてゴブリンを配置した。エレナによって鍛え上げられたゴブリン達は、各種族を指揮しながらも、自らが率先して模範を示す。

 リーダーたり得る行動力に、他の種族は敬服の念を抱く。エレナから学んだ全てが、ゴブリンを通して他種族に伝わる。そして、一つの集団となっていく。


 これまで、ドラグスメリア大陸において存在しなかった、複数の種族による巨大な組織。それも統率のとれた集団は、一つのの軍隊として機能していく。


 目の色が変わった様に暴れる魔獣達は、依然として大陸の南に点在している。力を増し荒れ狂い、大地を汚していく。それが、如何に危険であるのか。

 ゴブリン配下の魔獣達は、まざまざとその脅威を見せつけられる。


 だが、ズマを初めゴブリン達は、配下の魔獣達に伝える。

 悪意に呑まれるな。あれは、いずれ魔獣全てを喰らい尽くし、大地を飲み込むだろう。

 生き延びたければ抗え! 我らを信じ、共に戦え!


 ゴブリン達の手で、悪意から解き放たれた魔獣がいる。ゴブリン達の手で、救われた命がある。ゴブリンは、既に魔獣達の中において、大きな影響を持つ存在となっていた。


 ゴブリンの軍団は進軍を続ける。ただ、一つだけ大陸内で最大の難敵が、南の地にも存在した。戦闘にならない様に、避けてきた相手でもある。


 スライム。


 物理攻撃が利かず、分裂を繰り返し、取り付いた相手を融解させる。また知能が低く、意思疎通が成り立たない。非常に厄介な相手である。

 

 通常スライムは 自らが攻撃をされない限りは、交戦に及ばない。所謂、自身の身を守る為にのみ戦うのだ。

 スライム自身はとても警戒心の強く、常にひっそりと岩陰などに隠れている。ただ、警戒心の強さ故か、近づくだけで攻撃とみなされる場合が有る。

 その為、戦いを好むウルガルムでさえ、スライムの住処近くでは、滅多に戦闘行為を行わない。これが、大陸内の常識である。

 

 しかし、この非常事態に際し、スライムは危うい存在でもあった。

 スライムが悪意に取り込まれ、交戦的になれば、手が付けられない。しかし、エレナは無論の事、ズマ達ゴブリンや他の魔獣でも、スライムと意思疎通が出来ない。

 悩むズマ達に、助け舟を出したのはブルであった。


「山さんにお願いすれば、良いんだな」

「山さんって何ニャ?」

「神様なんだな。偉いんだな」

「神様なのかニャ? もう私は神様を信用しないニャ」

「エレナ心配ないんだな。山さんは良い神様なんだな」

 

 神から散々な目に遭わされているエレナは、眉ねを寄せて険しい表情になる。ブルから優しく諭されようが、変わる事は無い。


 しかしエレナは、冬也の顔を思い出す。

 言われた期限が守れなかった場合、相当な怒りが待っているのではないか。想像しただけで背筋が凍り、肌が一斉に粟立つ。


 他に手立てが無いのなら、仕方がない。冬也に怒られる位なら、他の神に縋った方が些かましだ。

 耳をペタンと伏せ、しっぽを身体に巻き付けながら、エレナはブルにチラリと視線を向けた。


「それで山さんはどうやって呼び出すニャ?」

「祈れば良いんだな。そうすれば、冬也が呼び出してくれるんだな」


 ブルの言葉を聞いた瞬間、エレナは全身の毛を逆立てた。


「馬鹿なのかニャ? 冬也は居ないニャ! もう少し現実的な方法を教えるニャ!」

「でも、祈る事が大事なんだな」


 声を荒げるエレナ。対してブルは、呑気な笑顔を浮かべている。そしてエレナは、溜息をついてズマに言い放った。

 

「取り敢えずお前らは、山の神に祈っておけ」

「ただ、教官。それで山の神が現れてくれるでしょうか?」

「現れなければ、このデカブツを山の神の住処まで走らせる。責任とらせれば良いニャ」

「別に構わないんだな。おなか減ったし、一度帰りたいんだな」

「ブル! 余計な事を言うな! 皆の士気が落ちたらどうするニャ!」


 激しい怒りをぶつけるエレナ。しかし、その怒りはブルによってすぐさま鎮めれる。

 

「エレナ、警戒するんだな。凄い勢いで何かが近づいて来るんだな」


 ブルは怯えた様に、声を発する。ズマは、直ぐに伝令を出し、警戒態勢を整えさせる。だが警戒態勢が整う間も無く、それは高速で接近した。


 それは、一体のドラゴンであった。突風が吹き荒れ、ドラゴンが舞い降りる。密林はドラゴンを避ける様に、枝をしまう。

 ドラゴンは、ゴブリン軍団から日の光を奪った。ズマやエレナは、目を見開く。天を覆うような大きな存在に、声が出なかった。


 そして、本能的な恐怖が、ゴブリン軍団を包み込む。その大きな存在感は、これまで拡大した勢力を、矮小であるかの様に錯覚させる程であった。


「一つ目のガキ、貴様がブルだな。着いて来てもらおう。冬也様のご命令だ、否は認めん」


 低く響く声は、ブルをして恐怖で足を竦ませる。ただ、その言葉の中にあった冬也という名で、ブルは安堵の気持ちが芽生える。


「冬也がどうかしたんだな? おでに何の用かなんだな?」

「冬也様が貴様にご命令を下された。その手に持つ武器を作るのだ」

「よくわからないんだな。でも冬也の頼みなら、従うんだな」

「良い覚悟だ。特別に俺の足に掴まる事を許してやる」


 大きな足を掴もうとするブル。その瞬間、震える声でエレナが叫んだ。


「ま、待つニャ。ぶ、ぶ、ブルを連れていかれると、困るニャ」


 エレナの言葉に、ドラゴンは威嚇する様に睨め付けた。

 

「矮小な存在よ。何故、我が意志を妨げる。相応の理由が無ければ、死して償え」


 圧倒的な力、圧倒的な殺意に、エレナは意識を失いかけた。しかし懸命に堪え、震える足で立ち、枯れる声を絞り出す。


「と、冬也の命令ニャ。大陸の魔獣を手下にするニャ。でも、スライムだけは何ともならないニャ」

「そうか、貴様も冬也様のご命令を受けていたのか」

「今から、山の神を呼び出す所だったニャ。邪魔しちゃ駄目ニャ」

「ふむ。それなら座して待つが良い。我が吉報を届けてやろう」


 冬也の名で、やや態度が軟化したドラゴンは、ブルを連れて飛び去っていく。

 エレナを始めズマ達ゴブリンも、腰を抜かした。

 呼吸が止まる程の緊張感に包まれていたのだ、致し方ないだろう。他の魔獣達も同様に、極度の緊張から解き放たれて、深い深呼吸をしていた。意識を失っている魔獣も少なくない。

 

「あれがドラゴンニャ。おっかないニャ」

「流石は教官。自分は何も出来ず」


 悔しそうに歯噛みするズマに、エレナは優しく諭した。


「仕方ないズマ。時間は有る。まだまだお前は成長できる。今は、皆の志気が下らない様に注意しろ」

「はっ、教官」


 近づく期限と迫る脅威。その中で、魔獣達は生を求めて足掻き続ける。ゴブリンは、その中心で闘志を燃やす。そして、エレナの困難は始まったばかり。

 深まる混乱の中で、魔獣達は光明を見いだせるのだろうか。

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