第174話 悩めるドラゴンとスライム攻略

 ブルを足に掴まらせ、鉱山に向かうドラゴンは、漏らす様に呟いた。


「我に憶する様な小物達をいくら集めようが、何の役に立つと言うのだ。長や冬也様は、何を考えてらっしゃる」


 スールの眷属は、北や西で起きる異変に、何も出来ずに帰還した。

 原始のドラゴンでさえ手を焼く状況で、その眷属のドラゴンは何の役に立たなかった。それは眷属として、激しい自己嫌悪に陥る程、大いなる屈辱であった。

 しかし、そんな自分に怯える魔獣達。その魔獣達の姿を見ると、足手纏いにしかならないと感じた。

 

「あんまり舐めると、痛い目に遭うんだな。弱者でも戦い方はあるんだな。あの軍団を率いてたのは、ゴブリンなんだな。最弱の種族が、他の魔獣を圧倒してるんだな。お前らドラゴンも油断してると、足元を掬われるんだな」


 ブルはドラゴンを窘める様に、穏やかに語った。

 ドラゴンには、ブルの言葉は直ぐに理解が出来なかった。しかし、否定もしきれずに、モヤモヤした感覚が残る。

 ブルの巨体を運んでいる為に、飛ぶ速度が極端に落ちる。幾ばくか長くなった飛行の中、ドラゴンは葛藤する様にブルの言葉を嚙みしめていた。


 やがて鉱山に辿り着くと、ドラゴンはブルを降ろす。鉱山には、ブルが採掘した鉱石が山積みになっており、ドラゴンはやや目を見開いた。


「これは貴様が掘ったのか?」

「そうなんだな。おでがやったんだな」


 ドラゴンはこの大陸で、採掘をする魔獣を見た事が無かった。

 小器用に掘られた穴と、種類毎に仕分けられ積まれた鉱石。サイクロプスは、こんなに知恵の回る種族であっただろうか?

 一概に冬也の入れ知恵だけとは言い切れまい。ドラゴンは、改めて魔獣達の秘められた力を、垣間見た気分になった。


 やや驚いた様に、辺りを見回すドラゴンの背後から、唐突に声がかかった。そして、穏やかな響きが、空気を柔らかく包む。


「おお。ブルではないか。元気にしとったか?」

「おなか減ったんだな」

「お主らしいのぅ。たんと食うが良い。して何用じゃ? そこにおるのは、スールの眷属であろう?」


 ドラゴンはその大きな頭を深々と下げて、山の神に礼を尽くす。


「お初にお目にかかります。スールの名代として参上致しました」

「スールの眷属達は、いつも堅苦しいのぅ。少し前から儂を呼ぶ声が聞こえるが、何か関係が有るのか?」


 ドラゴンは、魔攻砲の量産の件を山の神に説明する。それと同時に、ゴブリン軍団がスライムの対処に困っている事も説明した。


「この場での作業をお許し頂きたく」

「それは構わん。じゃが少し待っておれ。先にゴブリン達の件を解決してからじゃ」

「スライムの件だけなら、山の神の御手を煩わせなくても」

「良いのじゃ。儂は少し知恵を貸すだけじゃ。そう時間はかからん。主らは休んでおれ」

「可能であれば、先に作業を始めて宜しいでしょうか。こうしてる間にも、危機は迫っております」

「儂のおらん所での作業は認めん」

「それは何故でしょうか?」

「お主は知らんじゃろうが。ブルが作ろうとしているのは、ドラゴンすら簡単に殺せる兵器じゃ。無論、悪用すればの話しじゃがの」


 ドラゴンは少し言葉に詰まる。

 自ら種族を滅ぼしかねない兵器を、長が許すはずが無い。しかし、自分達の力が及ばぬ相手に対し、切り札ともなり得る。

 逡巡するドラゴン。そんなドラゴンに、呑気な声がかかる。


「心配ないんだな。山さんと冬也は、ちゃんと考えてるんだな。おで達は、山さんが戻って来るまで一休みするんだな。お前も食べると良いんだな。この果物は美味しいんだな。冬也が浄化してから、益々美味しさが増したんだな」


 両手いっぱいに果物を持つブル。勧められるがままにドラゴンは、果物を一口齧る。そして、何度目かの驚きを見せた。

 たった一口齧っただけで、体中に力が漲るのだ、溢れて爆発しそうな程に。


「貴様は、これを食べ続けていたのか?」

「そうなんだな。格別の味なんだな」

「さもありなん。これは、冬也様の神気が含まれておる。だが普通の魔獣なら、冬也様の神気に耐えきれずに、返って体調を崩すはずだ。貴様が平気ならば、そう言う事なんだろうな」

「意味がわからないんだな」

「貴様は正式ではなくても、冬也様の眷属になっていると言う事だ」

「やっぱり意味がわからないんだな。でも、冬也は好きなんだな」

「貴様はそれで良い。これからも冬也様に尽くせ」


 もしブルが、仮にでも冬也の眷属であるならば、自分の叔父にあたる存在となる。しかしドラゴンは、目の前に居る余りにも呑気なサイクロプスが、自分より格上の存在だと認める気になれなかった。

 そんな二体のやり取りを微笑ましく見つめた後、山の神は姿を消す。そして、唐突に現れた先では、驚愕の声で迎えられる。

 

「な、な、な、何ニャ? おっさんが現れたニャ!」


 祈りを捧げていた魔獣達の前に突然現れた、神々しい光に包まれた小太りの男性。その姿に、魔獣達はひれ伏す。

 しかし、エレナだけが呑気な叫び声を上げていた。


「おっさんとは何事か! お主も冬也と同類じゃのぅ」

「あんな馬鹿と一緒にして欲しくないニャ!」


 山の神は、魔獣達に意識させない様に、神気をかなり抑えている。しかしエレナは、神気を敏感に感じ取る。それだけ感覚が、研ぎ澄まされてきているのだろう。足をガクガクと震わせながらも、エレナは言い放った。


「まさか、おっさんが山さんニャ?」

「もう山さんで良い。全て冬也のせいだ。儂の名前がすっかり変わってしまった」


 諦め顔で溜息をつく山の神。そして魔獣達を見渡すと、エレナに向い話しかけた。


「事情はスールの眷属から聞いておる。スライムに難儀しておる様じゃな」

「そうニャ。困ってるニャ」

「お主等は魔法の使い方を知らんだけじゃ。特に猫の娘。お主は魔法が不得手であろう」

「な、なんでわかったニャ?」

「神を馬鹿にするでないわ! その位は見んでもわかる」


 今一度、山の神は魔獣達を見渡す。そして、先頭で傅くゴブリンに声をかけた。


「お主がこの集団の長じゃろぅ? 立つが良い」


 ズマは姿勢を正し、無言で直立する。神の前で、緊張しない者は少ない。寧ろ、ブルやエレナが特別だと言えよう。

 

「お主と猫の娘に、魔法の使い方を教えてやろう。うん? ちょっと待て猫の娘。お主はスライムと意思疎通できるはずじゃ。何故しない」

「出来るはず無いニャ」

「お主には既に魔法がかかっておる。かけたのは、ペスカじゃろうな」

「なんの事かさっぱりニャ」

「思い当たるふしは無いのか? お主はアンドロケインの者じゃろう? この大陸の魔獣と言葉が交わせるはずがなかろう」


 その言葉に、エレナは首を傾げた。その様子に、山の神は呆れて、少し肩を上げる仕草をする。続いて山の神は、ズマをしげしげと見る。

 よく鍛えられている。それに、肉体強化の魔法を使いこなしている。ゴブリンがこれ程までに強くなるのか。山の神に少し驚きの感情が湧いた。

 

 山の神は少し昔を思い出す。

 女神ミュールが、笑いながら冗談で作り上げた魔獣。そのゴブリンが、こんな進化を遂げるとは、思いもよらない出来事である。

 山の神は笑みを深めた。世界は驚きに満ちている。自分達が作り上げた子供達は、神の予想すら超える。よもや、この悪化する状況さえも、こ奴等は乗り越えてしまうのではないか。

 そんな期待までしたくなる。

 

「面白い。そこの猫だけでは不安じゃ。お主に魔法の使い方を教えよう」


 山の神は、誰にでも理解出来る様に、丁寧に説明をした。

 意思疎通の魔法で重要なのは、二点である。相手の言葉を理解しようとする意志。相手に思いを伝えようとする意志。二つの意志に、マナに乗せるのだ。

 会話は、言語を利用した意思の伝達方法である。聞くと伝える、この二つの行動に魔法を介せば、意思疎通の魔法は完成に至る。 

 そして、肉体強化の魔法でマナの使い方に慣れたズマは、意思疎通魔法の会得はそう難しくは無かった。


「では、行ってこい。儂にもやる事があるしのぅ」

「手伝ってはくれないニャ?」

「それは、お主達の仕事じゃろう。儂は手を貸さんよ」

「ずるニャ!」

「何を言っておる! お主は、聡いのか愚かなのか、臆病なのか勇敢なのか、よくわからんのう」

「馬鹿にしてるニャ?」

「お主がそう取るなら、そうなんじゃろうな。ラアルフィーネは、面白い子を送ってきたのう」

「やっぱり馬鹿にしてるニャ?」

「ふぅ。お主は化ける可能性が高い、この機会に精進せいよ」


 意思疎通の魔法をズマに伝え、エレナと軽く言葉を交わすと、山の神は消え去る。そして残されたエレナは、唖然として立ち尽くした。

  

「おっさん、何をしに来たニャ?」

「神は、私に魔法の使い方をお教えくださいました。行きましょう教官。スライムと交渉するのです」


 集団では、スライムを怯えさせる。ズマとエレナは、軍を離れてスライムの生息地に向かった。

 

 ただ、スライムとの交渉は、丸一日を要した。

 遠くから警戒を解く様に、話しかけ徐々に近づく。近づける様になるまで、約半日が必要であった。


 しかし、目の前まで接近出来ても、スライムは岩陰から出る事は無い。ズマとエレナは、スライムに呼びかけ続けた。

 この大陸における危機、それがスライム自身にも及ぼうとしている事。そして既に、とても危うい状況で有る事を伝える。

 大陸中の生物が滅びれば、例えスライムとて生きる事は出来ない。それ以前に、スライムは簡単に悪意に落ちかねない。

 ズマとエレナの懸命の説得は、夜半にまで及んだ。


「お前達を守らせてくれ! 俺が必ずお前達を守る。だからお前達も手を貸してくれ! お前達の力が必要だ、頼む!」

「大丈夫ニャ。私は強いニャ。お前達は必ず守ってやるニャ。そこで引き籠ってるより、私達に付いてくる方が安心ニャ。ど~んと任せるニャ!」


 懸命な説得の結果、一体のスライムが岩陰から這いずり出る。そして、恭順の意志を示した。その後に続く様に、続々と他のスライムが岩陰から這い出て、ゴブリンに従う事を誓った。


 こうして臆病で知能が低いが、ドラグスメリア大陸で最も厄介な魔獣が、ゴブリン軍団の一員となった。

 エレナさえも無理だと言った冬也の命令を、ゴブリン達は成し遂げようとしていた。


 そしてドラグスメリア大陸の南側を制圧したゴブリン軍団は、ドラゴンの谷へ向かい進軍する事になる。

 ドラゴンが矮小だと馬鹿にした存在達は、この大陸を救う一助になる。それは、遠くない未来の出来事。一つの光明でもあった。

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