第172話 ペスカと冬也の向かう先

 ペスカ達は、山の神に別れを告げて飛び立つ。

 酔わないコツを教わった後のフライトは、ペスカの心を大いに踊らせた。まるで子供の様にはしゃぐペスカと裏腹に、冬也は少し神妙な面持ちになっていた。


「なあペスカ。結局のところ、俺はどいつをぶっ飛ばせば良いんだ? 本当の問題は、あの糞野郎の置土産じゃねぇんだろ?」

「あれはあれで、解決しなきゃ駄目だよ。放置してたら、この大陸どころかロイスマリアが滅んじゃう」

「糞野郎の目的は、本当にこの世界の破滅か? お前と山さんが話してた内容が、ひっかかるんだよ」


 ペスカ自身は山の神の言動で、推察を補足したに過ぎない。決して問題の所在を、突き止めた訳では無い。

 恐らくこれは、政治的な意図が含まれる、煩雑な問題なのであろう。それは、山の神がはぐらかそうとした事や、大地母神の三柱が情報を開示しない事でも、容易に想像が出来る。

 ただその場合、兄の正義感が間違った方向へ向かうと、問題の解決が遠くなる。しかし、何も話さないままでは、兄は納得しないだろう。

 ペスカは少し逡巡した後に、ゆっくりと口を開いた。


「ねぇお兄ちゃん。ラフィスフィア大陸で、ゾンビが発生するまで事態が深刻化したのは、何でだと思う?」

「神連中がもたもたしてたせいだろ?」

「それは、何でだと思う?」

「わかんねぇ。少なくともお袋は頑張ってたな」

「もう一つ。この大陸の東で、悪意が広がった原因は? この地に居る神々は、何もしなかったと思う?」

「いや、山さんは頑張ったんだろ? あの弱っちい神気は、原初の神のもんじゃねぇよ」

「そうなった原因は? ロメリアの残り滓如きに、山さんが遅れを取るかな?」

「違うだろうな。山さんは、そんな間抜けじゃねぇと思うぜ」

「だとすると、山さんを嵌めた連中が居ると思えば、合点がいくよね」


 冬也は眉をひそめて舌打ちする。他者を陥れたり貶める行為を、冬也は嫌うのだ。

 ただ神が謀略を巡らせ争うだけなら、それほどの怒りは無かっただろう。神々の争いが起きれば、地上の生き物は巻き込まれ、簡単に命を落とす。

 あの動乱で、ラフィスフィア大陸からどれだけの命が失われたのか。ドラグスメリア大陸で、どれだけの命が失われ様としているのか。


 許されて良いはずが無い。


 冬也は、怒りで身を震わせる。しかし、膨れ上がりそうになる神気を押し止める様に、冬也は滾る心を懸命に押し殺した。


「生き物は、神のおもちゃじゃねぇぞ。巻き込むんじゃねぇ」


 激しい怒りが籠る様に、冬也の声は静かに低く響く。今、何をしなければいけないのか、冬也は現状を充分に理解していた。

 広がる悪意を止めなければ、多くの生き物が犠牲となる。ズマやブルを始め、この大陸で出会った者達、そしてエレナ。既に多くの者を巻き込んでいるのだ。故に、冬也は神気を抑え、冷静であろうと努めた。

 彼らの命は、必ず救う。そして、この大陸に秩序を取り戻す。押し付けられた様な、理不尽とも言える状況でも、何一つ取りこぼす気は無かった。


 冬也の様子を見て、ペスカは少し安堵する。

 敢えて口にしなくても、兄はしっかりと現実を見据えている。それだけに、一番留意しなければならないのは、己の身だろう。

 ペスカは山の神が残した言葉を、再び思い返した。


 狙われているのは自分。それが何を意味しているのか、不明である。しかし、今起きている事態の裏で、ペスカを中心とした何かの思惑が動いている。それだけは、ペスカにも容易に想像がつく。

 そして、ペスカは頭を巡らせる、迫る事態の収拾と来るべき未来に備えて。


 ペスカと冬也を乗せて、スールは空を駆ける。

 行きと同様、あっという間にドラゴンの谷へたどり着いた。ペスカと冬也が背から降りて間もなく、様子を見に出したスールの眷属が戻って来る。

 その報告受けたペスカ達は、状況の悪化に驚愕した。

 

「本当なのか?」

「長よ。間違いありません」


 信じられない。スールは眷属へ確認をするが、答えは変わらない。

 眷属の報告に、ペスカは深い溜息をつき、冬也は頭を掻いた。

 

「ほんと、色んな事を思い付くよね」

「どっちも、急がないといけねぇな。でも、手分けして片付ける余裕はなさそうだな」

「そうだね。西回りで北に向かおっか」

「あぁ。厄介な事ばっかり起こしやがって」

「それとお兄ちゃん。メルドマリューネの時と違って、女神様の援護は無いと思った方が良いね」


 女神の救援は無い。それは、冬也にも理解出来た。今回は、自分達の手だけで打開しなければならない。だからこそ、山の神の様な味方を増やす事が、重要になるだろう。

 

 改めてペスカは、南の地で起きた事件のあらましを、スールへ説明する。勿論、ゴブリン達を中心とした大軍団を作らせる為、動いている事も含めて。

 

「儂の居ない間に、その様な事になっておったとは。主、ペスカ殿、感謝いたします」

「いいよ別に。ただ、放置プレイ中のエレナ達は、ちゃんと回収しないとね」

「あぁ。その辺は、スールの子分に任せりゃ良いだろ。なぁ、スール」

「承知しました主。戻って来た眷属達を、留守に残しましょう。どの道、連絡役は必要ですし。それと、北と西から避難してくる魔獣達を、まとめる必要も有りますな」

「それも頼めるかスール。ゴブリン達の方は、エレナとブルが付いてから、問題ねぇだろ」

「では、避難してきた魔獣は、我が子達の配下となる様、統率を図りましょう。ゴブリン達とは、別の戦力が出来るでしょう。戦える戦力は、多い方が良いかと思いますしな」

「おぅ。そうしてくれ」


 スールは、大きな頭を縦に振って頷いた。

 少しの間、ペスカは少し考え込む様に目を閉じていたが、徐にスールへ向かい話しかける。


「ねぇスール。避難してくる魔獣達の中には、サイクロプスみたいなおっきい奴は、居るかな?」

「恐らく居るとは思いますが」

「数はどの位?」

「詳しくはわかりませんが、精々十から二十といった所でしょうな」


 ペスカはそれだけ確認すると、冬也に向かい話しかけた。


「ねぇ、お兄ちゃん。作ったのはライフル十丁と魔攻砲を一門だけだよね」

「あぁ、間違いないぞ。全部、ゴブリン達に渡ってるはずだ」

「魔攻砲を、もう少し増やせないかな?」

「魔攻砲ならブルでも作れるはずだ」

「二十門くらい新調出来れば、避難してくる魔獣に持たせたいんだよ。上手くすれば、黒いスライムの浄化か、活性化を止められるかも知れない」

「ではペスカ様。ブルとやらの連絡役と武器の運搬は、我が子達にやらせましょう」


 スールは自分の眷属達に手早く命令を与える。

 連絡役の居残り一体、北と西から避難してくる魔獣達の引率二体、武器の運搬一体が、それぞれ役割に当り、眷属達は行動を開始した。

 そしてペスカと冬也は、再びスールの背に跨る。目指すは、巨大な魔獣が跋扈する大陸の西。命がけの戦いを繰り広げる、ミューモの下へ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る