第171話 西のミューモ、北のノーヴェ

 眷属の一体が攻撃された事から、全てが始まった。

 警備の巡回をしていたミューモの眷属が、謎の攻撃を受けて墜落した。その連絡を受けたミューモは、耳を疑った。

 大陸随一の戦力を持つドラゴンが、易々と撃墜させられるとは、考えられない事であった。

 

 ミューモは、直ちに他の眷属を調査に向かわせる。そこで眷属達が見たのは、巨大な体を持つ魔獣達の暴れる姿だった。

 ベヒモス、フェンリル、グリフォン、ヒュドラ、何れも強力な力を持った、四体の魔獣。ドラグスメリア大陸でも、西にしか生息しない魔獣達が、狂った様に大地を灰に変えていた。

 

 ミューモの眷属達は、直ぐに鎮圧に動く。しかし、事も有ろうか返り討ちにあい、深手を負って眷属達は帰還した。

 本来ならば、不可解としか言いようが無い。彼の魔獣達が如何に強力とは言え、ドラゴンには遠く及ばない。一蹴するはずがあっさりとやられ、相手に傷をつける事すら出来なかった。

 

 ミューモの理解を越える事態は、更に増える。

 連絡の為に訪れたスールの眷属が、全身からおびただしい血を流しながら、息も絶え絶えにミューモの住処に辿り着く。

 ミューモの混乱は、極まっていた。


「しっかりしろ。今、治療をしてやる」

 

 事態が全く判然としないまま、ミューモはスールの眷属に治療魔法をかける。そしてスールの眷属は、薄れ行く意識の中で懸命に口を開く。


「東の地で、黒いドラゴンが溢れています。闇が広が・・・」

「おい、しっかりしろ!」


 ミューモの魔法で何とか命は繋いだものの、スールの眷属は完全に意識を失う。

 長い生涯の中で、眷属達が害される事を、ミューモは見た事が無かった。それもそのはず、彼の魔獣達の中から選別し、ミューモは眷属を増やしてきた。

 故に強力に進化を遂げた眷属達が、元の魔獣に倒される事は有り得ないのだ。

 スールの眷属とて、ミューモの眷属に引けは取らない力を持つ。傷だらけになる事自体が、有ってはならない異常事態である。 


 常識では測れない事が、今この大陸で起きている。スールの眷属が言った、東の地で起きた事が起因しているのか。ずれにせよ、このまま手をこまねく訳にはいかない。

 ミューモは眷属達の治療を行った後、事態の鎮圧に向けて飛び立った。


 向かった先でミューモが見たのは、黒く変貌を遂げた四体の魔獣。彼らからは、以前と比べようも無い程に、大きな力を感じる。


 変化はそれだけでは無かった。

 四体の魔獣は大きなな力を持つ故に、それぞれに縄張りがあり、互いに侵す事は無かった。そして他の魔獣達も同様に、四体の魔獣を恐れて縄張りには近づかない。

 何よりも、互いに接触する事を恐れた。不用意に接触し争いになれば、大地を破壊しかねない。


 それだけに、今の状態は不自然に感じる。

 一見、意味も無く衝動的に暴れ回っている様だが、彼ら自身は適切な距離を保っている。それだけ見れば、理性が残っている様に思える。しかし、共闘する訳でも無く、互いに争う訳でも無く、縄張りを奪い合うのでも無い。

 無造作に破壊を行うのは、何が目的なのか。明らかな違和感と言えば、その瞳だろう。まるで洗脳でもされている様に、意思が宿っていない。


「そうか。これがロメリアの影響か。死しても尚、混乱をもたらすか。厄介な事だ」


 遥か上空にミューモの気配を感じた四体の魔獣は、一斉に攻撃をしかけてくる。

 グリフォンが上空で、有り得ない速度で、ミューモに襲い掛かる。フェンリルはその強靭な足で飛び上がり、噛みつこうと向かって来る。地上からは九つの首を持つヒュドラが、毒の霧を吐き出す。ベヒモスは黒い塊を作り出して、ミューモに飛ばす。

 

 ミューモは、輝くブレスを広範囲に放ち、毒の霧と黒い塊を消滅させる。飛び回りながら、グリフォンの爪とフェンリルの牙を、辛うじて避ける。


 本来、避けるまでもないのだ。原始のドラゴンは、眷属のドラゴンとは格が違う。彼の魔獣達が、他の魔獣と一線を画す力を持とうと、黄金の鱗に傷一つ負わせる事は出来ない。

 だが、ミューモは本能的に悟り、彼らの攻撃を躱した。彼らは、原始のドラゴンに匹敵する程に力を増している。攻撃を受ければ、間違いなく深手を負う。眷属が倒されたのは、夢でも幻でもない。

 

 流石のミューモも、手に余る事態である。この世に生を受けて以来、初めてとも言える生死を掛けたミューモの戦いが始まった。


 ☆ ☆ ☆


 一方、大陸の北側では、別の異常事態が発生していた。大量の黒いスライムが、大地を埋め尽くさんと、増殖を続けていたのだ。


 スライムはその性質上、他の魔獣達から戦う事を敬遠される。

 無為に攻撃すれば取りつかれ、消化液で溶かされる。半端な武器による打撃も、ただ分裂させるだけで、然程の効果は無い。スライムを倒そうとするなら、居力な魔法による攻撃か、一瞬で消滅させる位の圧倒的な威力を持つ物理攻撃が必要となる。

 

 ただし、スライム自体は知能が低く、また好戦的な種族では無い。勢力を広げようとする野心を持つはずが無く、常にひっそりと岩陰などに隠れて暮らしている。

 しかし、大陸に広がり続ける黒いスライムは、植物や魔獣など、ありとあらゆるものを飲み込みながら、勢力を拡大し続けている。

 黒いスライムが通り過ぎた後は、荒野の様に何も無くなる。


 このままでは、大陸の北から、何もかもが消えうせてしまう。事の重大さに、ノーヴェは眷属を率いて、黒いスライムの討伐に乗り出す。

 しかし眷属達がブレスを吐いて攻撃を加えても、黒いスライムを消滅させる事は叶わなかった。


「親父殿。ブレスが利かない。あの黒いスライムは何なのだ」

「恐らく、東の異変と何か関係しているのだろう。お前らは、他の魔獣達を避難させろ。奴等は尋常じゃない」


 黒いスライムからの被害を少しでも減らそうと、ノーヴェは眷属に命じると、広範囲に輝くブレスを放つ。

 しかし、黒いスライムの数は、大して減る事は無かった。


「くそっ。俺様のブレスも利かないってのか? なんて奴らだ!」


 ノーヴェのブレスに対抗できるのは、原始のドラゴンだけであろう。一介の魔獣が耐えられる威力では無いのだ。自分のブレスが利かないのに、眷属では足止めすら出来ない。

 危機が迫る状況に、追い打ちをかける様な報告が届く。猛烈な速度ノーヴェに近づいてきたのは、一体のドラゴンであった。


「北の長。緊急事態です。東の地に黒いドラゴンが溢れています。黒い闇は大地を覆い、侵食を続けています。お力をお貸しください」

「お前、スールの眷属だな? スールは何してやがんだ?」

「我が長は、単独で東の地に起きる異変を、食い止めております。早く救援を!」

「馬鹿な事を言ってんなよ! お前には、眼下の状況が見えないってのか? 奴らを何とかしなければ、スールを助けになんて行けねぇよ」

「では、どうすれば?」

「土地神でも何でも良い。神々の力をお借りするんだ。神を呼び出す位、お前にも出来るだろう? 俺様がここを食い止める間に急げ!」

「はっ!」


 ノーヴェは、再びブレスを吐いた。しかし、一向に黒いスライムが減る気配が無い。それでもノーヴェは、ブレスを吐き続けるしかない。

 対して、黒いスライムは増え続ける。苛立ちを越え、徐々にノーヴェは焦りを感じ始める。そしてブレスとは別に、幾つもの魔法を並行して使用する。

 それは地上最強の生物である、原始のドラゴンにしか出来ない攻撃手段だろう。


 魔法の並行使用に限れば、エルフにも可能である。しかしその分、威力は半減する。意識を分散させなければならないなら、当然の結果だろう。

 ブレスを吐く生物は、ドラゴン以外にも存在する。毒のブレスを吐くヒュドラが、いい例だろう。

 しかしそのどれもが、威力、速さ共に、原始のドラゴンには遠く及ばない。だからこそ原始のドラゴンは、神に最も近い存在であり、地上の守護者なのである。


 しかし、大地を揺らす程の威力を持つノーヴェの魔法は、黒いスライムにダメージを与える事は無かった。


「なんて奴等だ! 魔法の耐性もあんのか? 聞いた事が無いぞ、そんなスライム!」


 ノーヴェは吐き捨てる様に、言い放った。

 物理的な攻撃どころか、魔法も通じない。無限に増え続け、大陸北部を呑み込もうとしている。

 原始のドラゴンを脅かす存在となりつつある、黒い悪魔の軍団。大陸に死を齎す脅威に対する、ノーヴェの懸命な戦いが始まった。

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