第165話 ゴブリン対コボルト

 エレナの鼓舞と共に、ゴブリン軍団から鬨の声が上がる。高い志気のゴブリン軍団は、息が荒く闘志を燃やしていた。

 しかし集落は、数百を超えるコボルトに囲まれつつある。数の上では、トロールさえ上回る。


 コボルトは、背丈こそゴブリンと大差ないが、鈍重なトロールと異なり、非常に俊敏である。

 そして、ワーウルフと源流を同じくするコボルトは、犬の身体的特性を持つ。集団戦術に長け、大陸随一の結束力と狩りの腕を持つ。

 特に嗅覚が優れ、その性格は非常に狡猾である。


 ゴブリン達は、コボルト達に狩りで常に遅れを取っていた。

 獲物を鼻先で奪われる事もしばしばあった。奪った獲物を目の前でひけらかす様なコボルトの姿は、ゴブリン達には屈辱そのものであった。

 ゴブリン達にとって、コボルトは仇敵にも等しい存在であった。


 集団戦術に長けた圧倒的多数の相手に対し、ゴブリン達は気概を示す。

 たった四十のゴブリン達から発せられる猛々しい雄叫びは、集落から漏れ聞こえ、密林の中でうねりの様に響く。

 それは、コボルト達の足を竦ませるほどであった。


 作戦指揮を執るズマは、気が付いていた。先のトロール達との戦闘で、皆がマナを過度に使用し、疲労を溜め込んでいる事に。それ故、今回の戦いは、短時間の決着が望ましいと考えていた。


 数の上では、ゴブリン一体につき、コボルト二十体を倒す必要がある。よくよく作戦を練り、慎重に立ち回らなければならない。それでも、不可能と思える状況である。


 しかしゴブリン達は、不可能を可能とする方法を知っている。

 コボルト達に無く、自分達が得ているもの。それがトロール戦において、大きなアドバンテージとなり、結果的に圧勝となり得た。

 ズマは皆と共に、再び呪文を唱える。


「大地の女神ミュール様。我が一族に再び力をお貸しください。脆いこの体に、災いを跳ね除ける力を。どんな敵をも跳ね除ける、鋼の様に硬い身体を」


 ゴブリン達にマナが漲り、力が何倍にも増していく。

 

「皆、行くぞ! 我等の力を示せ!」

 

 ズマの掛け声と共に、ゴブリン達は一斉に集落から飛び出し、四方に散らばった。

 数を誇るコボルトに向かって、ゴブリン達はそれぞれ単独で突っ込んだ。それに対しコボルト達は、低い唸り声を上げ、一体のゴブリンに複数で襲い掛かる。

 しかし、戦況はコボルトに傾く事はなかった。


 持前の脚力は、完全に封じられた。どれだけ素早く動いても、直ぐにゴブリンが追いすがる。俊敏性を誇るコボルトを、ゴブリンが凌いだ。


 密林に身を潜めて嗅覚を頼りに、攻撃のタイミングを見計らう。これは、コボルト達の常套手段である。

 木の影に隠れて、狙いを定めるコボルト達も、気が付いた時には背後を取られていた。どれだけ息を潜めても、ゴブリン達は見通してるかの様に動く。

 ゴブリン達は、コボルトの超感覚を軽々と超えた。


 ゴブリンの振るう拳は、コボルトを軽々と吹き飛ばす。ある者は鳩尾に掌底を打たれ意識を失い、ある者は顎を殴られ昏倒させられた。

 腕力でも、ゴブリンはコボルトを圧倒した。


 コボルト達は、一体ずつ確実に倒されていく。あっと言う間に、コボルト達の数は半数以上に減らした。

 

 コボルト達に動揺が走っていた。

 一対一でも易々と倒せる相手に、十倍以上の数を有する自分達が圧倒されている。


 こんなはずではない。弱者相手に、負けるはずが無い。これは一方的な蹂躙のはずだった。これは子供でも出来る簡単な狩りのはずだ。そう、この広い大陸でも、狩りに関しては誰にも負けない。それなのに、なぜこうも一方的にやられる。

 狩りの腕に、絶対的な自身を持つコボルト達は、その自尊心を打ち砕かれていく。


 やがて、逃げ出すコボルトが現れだす。しかし、ゴブリンはそれすら許さなかった。

 

「逃げるなんて、つれないな。弱い者しか相手にしない。だから貴様等は、我等に負けるのだ。その根性を俺が叩き直してやる」


 ズマは逃げ出すコボルトを殴りつけ、意識を奪った。

 他に逃げようとするコボルトを、ズマは睨め付ける。ズマの瞳に宿る鬼気迫る闘志に、コボルトは恐怖しへたり込んだ。

 

「戦う気力を持たぬのか? 弱者から奪い、嬲る事しか貴様等は出来んのか? 悪意に踊らされた、卑しい者達よ。我が拳で、戒めてやろう」


 ズマが近寄ると、コボルトはブルブルと震えながら、懸命に手を動かし後退る。恐怖の末に失禁し、顔は青ざめる。震えようが逃げようが、ズマは許さない。

 

「ゆ、ゆ、許してくれ。悪かったよ、謝る。だから許してくれ」

「駄目だ」


 ズマは、トロールとの戦いとコボルトの襲撃に、不可思議な意志が働いている事を、薄々感じていた。

 大勢で集落を襲う事は、他種族の誇りを汚す行為であり、この大陸では忌み嫌われる。如何に狡猾なコボルトとて、今までそんな事はしなかった。

 不可思議な力が働いているなら、それ以上の圧倒的な力で、制圧しなければならない。そうズマは考えていた。


 ズマは拳を振るう。そして、怯えるコボルトを昏倒させた。

 一方、優勢のゴブリン達の姿を、大きな一つ目で眺めていたブルは、エレナに問いかけた。

 

「エレナ。おでもあいつ等に襲われたんだな。あいつ等は様子が変なんだな」

「様子が変って、トロールみたいな事かニャ?」

「トロールの事は知らないんだな。眼つきが変なのが、わからないんだな?」


 ブルは、エレナに簡単な説明をした。

 コボルトは集団で狩りをする、平気で得物を奪いもする

 獲物を手にしようとした瞬間に、それを掠め取る。獲物や魔獣に傷を付けず、上手く出来る者ほど、狩りの技術が高いと称えられる種族なのだ。

 奪われた側としては憎たらしい存在であろう。しかし、決して他種族は襲わないのだ。


 ブルの言葉で、エレナも感づいた。特にエレナは、自国で似たような状況に遭遇している。

 神に洗脳され、魚人達と小競り合いをした。ドッグピープル達が、国境を侵害したのも、神の洗脳によるもの。

 同じ事態が、このドラグスメリア大陸にも起きているとしたら、自分を襲った影の様なものは、邪悪な神そのものかもしれない。

 そしてペスカと冬也は、それに対抗しようとしている。


 エレナの中で、様々な事が結びついていく。

 しかし、自分に何が出来る。少し考え込むエレナに、ブルが話しかけた。

  

「エレナ、見てるんだな。これは、冬也が作ってくれた武器なんだな。妙な力を払う事が出来るんだな」


 ブルは魔攻砲を構え、マナを込めて撃つ。砲身を光が通過し、勢い良く放たれる。既にゴブリンにより倒された、里周辺のコボルトを中心に浄化が行われた。


「おでの住処は、黒い何かに汚されたんだな。食べ物が取れなくなったんだな。でも、冬也がそれを祓ってくれたんだな」

「私も知ってるニャ。その光は、良くないものを祓うニャ」


 エレナは、空のオートキャンセルによって、正気に戻された経験が有る。そしてトロールとの戦いにおいて、木々が似たような光を放つ武器を投げる所を見ていた。

 

「エレナの心配は、おでにもわかるんだな。でも心配は要らないんだな、おでがついてるんだな。それに冬也もついてるんだな」


 優しく語りかけるブルに、エレナは笑みを返した。

 誰も神には逆らおうと思わない。何故なら、敵わないからだ。例えそれが悪しき神であっても。身を持って知っているからこそ、エレナは不安を感じていた。

 このままゴブリン達と共に、南部の統一を進めれば、必ず邪悪な神の妨害に合う。その時は、ゴブリン達を守り切る自信はなかった。

 しかしブルの言葉が、エレナに勇気を与えた。 


 一方、ゴブリン達の勢いは止まらない。

 既に連携が消失し、逃げ惑うコボルト達を、執拗に追い回して殴り倒す。コボルト達に恐怖が刻まれる。戦いが始まってから、全てのコボルトが倒されるまで、十分とかからなかった。

 

 そして、倒れるコボルトの上に、ブルが放った魔攻砲の光が降り注いでいく。光が治まった時には、コボルトの浄化が完了する。

 トロール戦に続き、コボルトとの戦いも、ゴブリン達の勝利に終わった。

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