第164話 ゴブリン軍団の進軍

 トロール達を浄化し、ペスカ達は邪神の欠片を倒した。

 だが、それで終わりにはならない。


 今回、被害者となったのは、トロールであろう。ペスカが加担してなければ、被害者がゴブリンだったかもしれないが。

 ただ、実際に戦いは起きた。そして、気付いて倒れるオークのトロール達がいる。トロール達は、洗脳されて戦わされただけ。邪神が関与しているなら、温厚であった種族の変貌は理解が出来る。

 

 ペスカはエレナを手伝わせ、倒れ伏すトロール達の治療を行った。

 そして冬也は、木々に尋ね、大陸南の情報を聞き出す。それは邪神の誕生と共に、他に余波が溢れていないか、確認する為であった。


 暫くの間、目を瞑り耳を澄ませていた冬也は、いきなり目を見開き大声を上げた。


「はぁ? 何だと! まじなのか?」


 突然の大声に、ペスカとエレナが驚き、冬也に声をかける。


「何よ、お兄ちゃん。どうしたの?」

「そうニャ。びっくりさせちゃ駄目ニャ!」


 冬也は、二人の問いかけに応えず、木々に耳を傾け続けた。


「それで場所は? あぁ、わかった。直ぐに行く。俺が行くまで、お前らはスールを少しでも守ってくれ」


 冬也のスールという言葉に、ペスカは目を見開いた。


「お兄ちゃん! スールって言った? スールがどうしたの?」

「どうやら、やられたみたいだ」

「え? お兄ちゃん、何言ってんの?」

「スールが、糞野郎の偽物にやられたんだよ。こいつらの治療は後回しだ、ペスカ。お前も来てくれ!」


 慌てる様に、冬也は口早に話す。そしてペスカも治療の手を止め、立ち上がる。


「ちょっと待つニャ。こいつ等どうするニャ?」


 エレナも慌てた様に、立ち上がる。冬也は少し考える様にした後、エレナに言い放った。


「トロールの治療は、ゴブリン達にやらせろ」

「なんでニャ?」

「つべこべ言わねぇで、言う事を聞け! このお漏らし猫!」

「私を侮辱したら、お願いを聞いてあげないニャ!」

「うるせぇ! 冗談に付き合ってる場合じゃねぇんだよ。それと、お前はゴブリン達を率いて、ここら辺の魔獣をボコれ!」


 強張った表情で声を荒げる冬也に、冗談抜きで下着を湿らすエレナ。冬也の気迫に、影に呑み込まれた時よりも、酷い寒気を感じた。

 震えるエレナに、堪りかねたペスカが話しかける。


「お兄ちゃん、それじゃ伝わらないよ。ねぇ、エレナ。ゴブリン達を頂点に、南大陸の魔獣を支配して欲しいの」

「無茶ニャ!」

「無茶じゃねぇ! やれ! 集落にはライフルを置いてきた。狙撃が出来る奴に持たせろ。後は、ブルに聞け!」

「ブルって何ニャ?」

「ブルは、ブルだ。それと、南の制覇は五日以内だ。終わったら、全部の魔獣を率いてドラゴンの谷へ来い。わかったな」

「わかんないニャ! 待つニャ、冬也」


 エレナの返答を待つ事無く、冬也とペスカは走り出す。

 混沌が広がろうとしているドラグスメリア大陸で、最大戦力のエンシェントドラゴンを失う訳には行かない。

 冬也とペスカは、限界に近いスピードで、木々の間をすり抜けた。


 走りながらペスカは神気を高め、木々とのコミュニケーションを図る。

 冬也の言葉を疑っている訳では無い。だが、エンシェントドラゴンが倒されたのは、耳を疑いたくなる事実でもあった。


 何度問いただしても、木々からの答えは変わらない。

 突然、スールが墜落してきた。胴が貫通している。瀕死。そんな事ばかりが、聞こえて来る。


「不味いね。急ごう、お兄ちゃん」

「あぁ。この大陸には、まだドラゴンが必要だ。救うぞ!」


 ☆ ☆ ☆


 一方、取り残されたエレナは、困惑していた。原因は勿論、冬也からの無茶振りである。

 ドラグスメリア大陸南部の魔獣を五日以内に統一しろ。そんな事は無理に決まっている。

 

 冬也から手渡されたライフルを、咄嗟に使った。しかし、操作を完全に理解した訳ではない。同じ物をゴブリンに渡したと聞かされても、操作の説明を出来る自身は無い。

 何よりも、多少強くなったとは言え、所詮はゴブリン。彼らが、大陸を支配するなど無理な話しだ。仮に優秀な戦略家がいれば、多少は結果が異なるだろうが。


 エレナ自身、軍に身を置いていたのだ。戦略のイロハは知っている。だからこそ言えるのだ。戦いは数ではない。どの様に戦うかが重要なのだ。

 エレナは、魔獣の生態系をほとんど知らない。何も知らない未知の相手に対し、どう対処すればいい。

 だが、そんな事を冬也に言う位なら、あの恐ろしい澱みの塊に立ち向かった方が、ましな気がする。

 

「やっぱり冬也は、嫌いニャ。怖いニャ。少しちびったニャ。お股がちょっと気持ち悪いニャ」


 エレナは、日常生活で良く使われる洗浄の魔法を使い、自分の湿った下着を洗い乾かす。そして、ゴブリンの集落に向けて走り出した。


 エレナが冬也の言葉に抗えないのは、仕方がないのだ。それはエレナが臆病だからではない。

 拒んでも、心の深い部分で逆らうなと、命じられているのだ。何故なら冬也の言葉は、神威と呼ばれる神の威光。

 ただの亜人であるエレナが、冬也の命令に背けるはずが無い。

 

 持ち前の脚力で、エレナは枝を渡り集落に近づく。しかし、密林の上に出る大きな頭と一つ目を見て、木の上から滑り落ちた。


「何ニャ~! 変異したトロールが、ここにもいたニャ! ズマ達が大変ニャ!」


 慌てて態勢を立て直し、ゴブリン達を案じてエレナは走る。顔を青くして、集落に飛び込んだエレナは、ゴブリン達の無事を直ぐに知る事になる。


「お前、失礼なんだな。トロールなんかと、同じにして欲しくないんだな」


 上空から響いて来る声、ガヤガヤと雑談をするゴブリン達。到着早々に、エレナは少しパニックになった。


「何が、何が起きてるか、説明が欲しいニャ!」


 広場に辿り着き大声で叫ぶエレナを見て、ズマが一歩前に進み、ブルの紹介を行った。


「教官。この方はブル殿。冬也殿のご友人で、我等の味方です。我等の危機に、駆けつけて下さいました」

「ブルなんだな」


 ブルは、座ったままゆっくりと頭を下げる。

 良く見ればブルは、周りの建物を壊さない様に、膝を抱えて広場に所狭しと腰を下ろしている。窮屈そうなブルの居場所を確保する為に、ゴブリン達が木を切り倒してしいる姿もあった。

 エレナは、平和な集落の姿に、ほっと息をついた。


「エレナだニャ。よろしくしてあげるニャ」

「それより、エレナ。いいんだな? 犬が近寄ってきてるんだな?」


 ほっとしたのも束の間、エレナはブルの言葉で正気に返る。

 耳を澄ますと、僅かに集落の外から足音が聞こえる。瞬時にエレナは軍人の顔に戻った。


「ズマ、皆を集めろ!」

「はっ!」

 

 広場はブルが占拠している。その為、ズマはゴブリン達を、集落の出口付近に集合させた。

 そしてエレナは、集合したゴブリン達の前に立ち、怒声を上げた。

 

「これから五日の間で、我等はこの大陸の南に住む全ての魔獣を、支配下に置く! これは、決定事項だ!」


 ゴブリン達からどよめきが走る。突然の言葉に、呆気に取られるゴブリン達も少なくなかった。しかし、エレナの怒声は続く。 


「手始めに、近づいてきているコボルトを、叩き潰せ!」


 コボルトという単語は、ゴブリン達の闘志を刺激した。

 トロールとの戦いは、ゴブリン達に取って、やむを得ない戦いだった。如何に変貌し、蹂躙されたとは言え、かつての隣人であり、心優しき友だったのだ。

 しかし、コボルトは違う。横から獲物を掻っ攫う、ずる賢く汚らわしい輩。決して、相容れない存在である。

 

「お前達は、あのデカブツを倒したのだ! コボルト位は敵になるまい。いいか、殺さずに叩き伏せろ。これはお前達に課せられた、二つ目の試練だと思え! 行け! ゴブリンの軍団よ! 武勇を示せ!」


 ゴブリン達から、鬨の声が上がる。

 まるで設えた様なタイミングの、コボルトの襲撃。ほとんど休む事が無く、ゴブリン達の戦いは続く。

 しかし、トロールとの戦いを優勢で終えたゴブリン達は、未だとても志気が高い。


 冬也が課した過酷とも言える試練は、ゴブリン達を優秀な軍隊へと変えていく。歴史に名を残す程の偉業は、未だ始まったばかりだった。 

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