第154話 次は魔法を覚えよう

「冬也、冬也。これ! これは、必要なやつなんだな?」

「あぁ、多分な。俺も見ただけじゃわかんねぇんだ」

「冬也は詳しくないんだな。もっと勉強するべきなんだな。山さんに教えて貰うといいんだな」

「そうだな。せっかくだから、お前も一緒に習おうぜ」

「嬉しいんだな。でも、おでは賢いから、冬也よりいっぱい覚えるんだな」

「ははっ、確かにな。お前は賢いよ、ブル」


 ブルは、道具も使わず手で鉱山を掘り進める。そして鉱石を発見した時は、とても嬉しそうに破顔して冬也に見せつける。それは子供が宝物を、親に見せつける様子に似ていた。

 ブルの巨体であれば、砂遊びと大差は無いのだろうか。ブルは疲れた様子を見せない。寧ろ、楽しそうに顔で遊んでいる。

 また、嬉々として冬也に話しかける仕草を見ると、構ってくれる事が嬉しくて仕方ない様子も伝わって来る。


「山さん。これは何だ?」

「あぁ、お前さんが必要だと言っていた、魔鉱石だ」

「これが魔鉱石? 俺が知ってるのとは、違うぞ!」

「お前さんが知ってるのは、製錬された後の物だろう? 使うなら、その作業もしなければならん」

「山さん。魔鉱石は、何に使うんだな?」

「ブルよ。この鉱石は、人間の世界ではラフィス石と呼ばれておる。マナが溜め込める性質を持つから、人間達はこの石に魔法を封じ込めて使っておる」

「便利なんだな」

「あぁ。だけど、このままで役に立たない。不純物が混ざっておるからな。それに、この石は高温で溶ける性質が有る。解けた鉱石は、空気に触れると霧状になるから、製錬する際には注意が必要なんじゃ」

「難しそうなんだな」

「製錬作業は、俺がやる。前に鉄やガラスでやったから慣れてる。任せとけブル」

「おぉ。冬也は、やっぱり凄いんだな」


 ブルは、楽しそうに鉱山を掘り進める。そして、次々と様々な鉱石が掘り出される。新しい鉱石を見つける度に、ブルは冬也と共に山の神の講義を受ける。

 そして冬也は鉱石を選別しつつ、魔法を使って融解し不純物を取り除く。また、冬也は木々から太い幹などを貰い、大人が数人は入れる程の大きな木桶を幾つか作る。


 日が暮れる頃には、ブルは鉄鉱石が採れる程に、深く鉱山を掘り進めていた。ブルの尽力で、想定よりはるかに速く作業が進み、その日の作業は終了とした。


 一番働いたのはブルであろう。そして豪快に、腹の音を立てていたのも、ブルであった。

 冬也が作業を終了させたのは、日が暮れただけが理由ではない。ブルの腹音が、余りにもうるさいので、食事の時間にしないと可哀想だと思ったからでもある。


「お腹が減ったんだな」

「あぁ、飯にしようブル。今日は助かったぜ。明日もよろしくな」

「良いんだな。今日は楽しかったんだな」

「必要な量が採れたら、他にも手伝って貰う事があるんだけど、良いか?」

「何でも言うと良いんだな」

「頼りにしてるぜ、ブル」


 夕食代わりの果物を食べつつ、冬也とブルは談笑する。会話をする両者の表情は、とても柔らかい。

 純粋だからこそ、ブルは冬也の暖かい神気を感じ取り、直ぐに懐いたのだろう。ぶっきらぼうで横柄な態度を取るが、冬也は面倒見がいい。

 対格差は余りにも異なる。しかし山の神にはこの二名が、兄弟の様に見えていた。恐らく、この出会いは運命なのだろう。そんな予感を覚える程に。


 ☆ ☆ ☆


 一方、ゴブリンの集落では、その日の訓練を終えてヘトヘトになったゴブリン達が、広場に揃って夕食を取っていた。

 数は少ないが、自らの手で獲った獲物が含まれる。ゴブリン達にとって、生きた獲物を獲った事は、今までに無い経験であり、小さな達成感を得ていた。

 同時に力不足もゴブリン達は感じていた。


 いつかは与えられるのではなく、自らの力で充分な食料を獲りたい。

 歯噛みをする思いを感じながら、ゴブリン達は食事をする。過酷な訓練を乗り越える中で、ゴブリン達は与えられた現状を享受せず、自ら掴み取る事を重要視する様に思考を変えていった。

 

 食事が終わると、ゴブリン達はズマを中心に反省会を始める。

 どうすれば、訓練を乗り越え強くなれる。何が足りない、なぜ獲物を逃した。次は、どう工夫すれば良い。

 

 直ぐに強くなるとは思っていない。だが、少しでも目標に近づいていたい。

 日々の反省会は、エレナに言われる事なく、ズマが言い出し始めた事であった。反省会には、いつもエレナが立ち会っている。だが、今日の反省会には、ペスカも立ち会っていた。

 

 中央の広間に集まるゴブリン達に向かって、ペスカは語り始める。


「はっきり言うよ。これ以上やっても、直ぐには強くなれない。私達人間が、ドラゴンと力比べをしても、腕力だけじゃ絶対に敵わないのと同じ。それは種族の差なんだよ。種族の限界を超えられないとは言わないよ。でも直ぐに出来る事じゃない。凄く長い時間をかけて修行して、やっと超えられるんだ。直ぐには、強くなれないよ」


 ペスカの言葉は、これ以上も無い位に辛らつであった。

 ゴブリンは所詮ゴブリン。エレナから受けた特訓が無駄とは言わない。でも、その壁を超えるには、長い時間が必要になる。そう、一朝一夕で成し遂げられる事ではない。それを理解しているから、心に響くのだろう。


 力不足は、いつも感じている。

 走れば、教官であるエレナに、ついていけない。戦闘では、掠る事すら許されない。体力面でも、いつも先にダウンするのは、ゴブリン達である。

 だが、今更なのだ。知っている、力不足を理解している、だから必要な事を模索しているのだ。


 ペスカの言葉がどれだけ辛らつであろうと、ゴブリン達は俯かない。

 事実を正確に受け止め、次に進むための糧とする。成長を始めたゴブリン達は、あらゆる事を吸収している。

 だからこそ、ペスカは手を差し伸べるべきだと感じていた。一歩先に進みたい、彼らがそう思うなら尚更なのだ。


 エレナの行っているのは、基礎訓練に過ぎない。それで多少強くなったとしても、戦いの場では役に立たない。

 それならば、本当の戦いを見せてやればいい。か弱い人の子が、身体能力に優れたキャットピープルに勝つ所を。


「本気かニャ?」

「当たり前でしょ! それとも、エレナは出来ないの?」

「放出系と回復系は苦手ニャ。でも肉体の強化は得意ニャ。馬鹿にしちゃ駄目ニャ」

「それが出来れば充分よ」

「ペスカは、甘く見過ぎニャ。これでも私は、キャトロールで最強ニャ」

「本気でやらないと、怪我するよ」

「それは、こっちの台詞ニャ!」


 ペスカは半身を傾ける様に、右手と右足を前に出して構える。対してエレナは構えず、リラックスする様に、体を上下に揺らしている。


 開始の合図は無く、互いのタイミングで勝負が始まる。

 エレナが僅かにジャンプをし着地した瞬間に、突き出した拳はペスカの眼前にあった。ペスカは動揺する事無く左手で突きを捌くと、右の拳でエレナの鳩尾を打ち抜いた。


 一瞬の攻防は、ゴブリン達には見えていない。しかし、痛みで顔を歪めるエレナの姿だけは、しっかりと捉える事が出来た。

 

 エレナは直ぐに距離を取り、攻撃姿勢を取る。だが間髪入れずに、ペスカの回し蹴りがエレナの左側頭部に迫る。

 エレナは両手で蹴りをガードする。しかし、蹴りの勢いを殺す事は出来ずに、やや後方に飛ばされる。そして飛ばされた際に、エレナのガードが少し緩む。

 ペスカは更に回転して、エレナに蹴りを打ち込む。狙うのは、防御が緩んだ胴。ペスカの蹴りは、エレナの左わき腹を軋ませる。

 エレナは大きく飛ばされて、ゴロゴロと転がった。


 直ぐに立ち上がるエレナの眼前には、ペスカの拳が有る。ペスカの勝利である。しかし、ズマは一連の攻防が不思議でならなかった。

 なぜそんなに早く動けるのか。それは、人間とキャットピープルだけに許された技術なのか。ゴブリンには不可能なのか。

 考え込む様にし、ズマは眉間に皺を寄せる。その様子を見ていたペスカは、徐に口を開いた。


「ズマ、これは魔法なんだよ」

「魔法ですか?」

「私とエレナは、身体強化って魔法を使ったの。だから、あんなに早く動けたの。あんた達ゴブリンも、出来る様になるよ」

「本当ですか、ペスカ殿」

「嘘は言ってないよ。だってエレナは、常時マナで肉体の強化してるよ。多分、当たり前になって気が付いてないだろうけど」

「そう言われれば、確かにニャ」

「だから私達は、種族の限界を遥かに超えて、飛んだり跳ねたりしてるの」

「そんな絡繰りがあったとは。ぜひ、我らにもお教えください」

「まぁ、最初はマナのコントロールからだね。それから治療魔法を覚えて貰うよ。治療魔法はエレナも一緒に修行しなよ。後々役に立つと思うからさ」


 ペスカは本来、近接戦闘を得意としていない。ゴブリンを治療している所を見て、エレナは漠然とそう理解していた。それにも関わらず、圧倒された。理由はわかっている、マナの差だ。ペスカの場合は、既に神気と化しているのだが。

 エレナもまた、己の未熟を理解した。上には上がいるのだと。そしてこの一戦が、エレナにとって転機となる。

  

 そもそもペスカは、ゴブリン達を対トロール戦で使い捨てにする気は毛頭ない。この大陸でも通用する、立派な戦力に育てようと考えていた。

 それには自立する事は勿論、戦いの技術だけでも足りない。ゴブリンを始め多くの魔獣達は、傷付いても薬草を患部に貼り、自然治癒を待つ程度の医療技術しか無い。それでは幾ら鍛え上げても、戦いの中で朽ち天寿を全うする事は無い。

 彼らに必要な魔法は、治療魔法だとペスカは考えていた。


 治療魔法は、かつて空が体現した様に、身体構造を知っていれば効能が増す。ただ魔法自体が、あくまでもマナのコントロールが充分であって、始めて出来る技術である。

 ペスカは、手始めにマナのコントロールを、ゴブリン達に慣れさせようと考えた。


 それが、肉体強化の魔法。


 マナを使う際には、全身にマナを行き渡らせると、高い効果を発揮する。手足などの末端に、マナを漲らせる事は、マナがコントロール出来ている証でもある。

 そして肉体強化の魔法を使えば、個々の限界を遥かに超える能力を、使用することができる。これは戦いにおいて、大きなアドバンテージになり得る。


 ただしエレナの様に、マナのコントロールは出来るが、身体強化以外の魔法を苦手とする者は少なくない。マナのコントロール修行で、適性を見極め。治療魔法を教えるのが、ペスカの考えた第二ステップであった。

 

「関わったんだもん。絶対に無駄死にはさせないよ。勿論、エレナもね」


 だが、ペスカは忘れていた。エレナの耳は、猫と同程度に聴覚が鋭い。ペスカの想いを聞いたエレナは、笑みを深めた。


「さて、明日からは新たな訓練だ。私も参加する限り、貴様らが逃げ出す事は許さん」

「勿論です教官。我々は、絶対に引かない! やり遂げて見せます!」


 やる気は充分。しかし、何から手を付けていいかわからない。

 魔法やマナなどの言葉自体を、始めて聞いたズマ。そしてエレナは天才肌なのだろう。マナのコントロールは、誰かに教わった訳ではなく、感覚的に行っている。

 流石のエレナも、ズマには教えてやる事は出来ない。両者は揃ってペスカを見る。

 

 ペスカは、少し溜息をつく。わかっていた事だ、自分が教えるしかない事は。そしてゴブリン達に、細い腕と同サイズの枝を持たせる。


「ズマ。これを折ってみて」


 ズマはありったけの力を込めるが、全く折れる気配は無い。

 ペスカはズマの手に触れると、身体に流れるマナを外部から操作する。ズマの体内に流れるマナは、ペスカの操作で両手に集中していく。


「ズマ。何か力が流れる感覚わかる?」

「はい、ペスカ殿。何か不思議な力が、両手に集まっています」

「なら良し。その力を手に馴染ませる様にして」

「わかりました。こうですかな」


 ズマは、両手に集中したマナが、手と一体となる様に意識する。

 

「いいね。なら、もう一度枝を折ってみて」


 ズマは力を込める。次は驚くほどあっさりと、枝が折れた。ズマは驚愕の表情を露にし、他のゴブリン達もポカンと口を開けていた。


「な、なんですか。これは、なにが起こったんですか?」

「これが、肉体強化だよ。これが上手く出来る様になれば、直ぐに強くなれるよ」

「す、素晴らしい。こんな方法があるなんて!」

「力の流れる感覚を覚えておいてね。後は慣れだからね」

「わかりました」

 

 ズマは、ペスカにして貰った事を思い出し、体内でマナを流動さる事を意識し始める。その後ペスカは、他のゴブリン達にも、マナが体内に流れる感覚を体験させた。


「これから毎日、朝と晩には、この訓練をするからね」


 ゴブリン達は、揃って掛け声を上げる。

 

 過酷な訓練による、ゴブリンの意識改革は終了した。

 戦士となったゴブリン達は、肉体強化の魔法を使えば、直ぐに戦う技術も覚えるだろう。

 大陸最弱の種族は、生まれ変わろうとしている。やがてこの最弱の種族が、大陸を救う一助になる事は、今はまだ誰も知らない。

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