第153話 山の神と採掘のブル

「にしても、お前はよく食うな」

「冬也も食べると良いんだな。美味しいんだな」

 

 ブルに勧められるがままに、冬也も果物を口にする。

 一齧りするだけで、芳醇な果汁が口いっぱいに広がる。喉の渇きを癒し、腹を満たしていく。

 確かに旨い。ブルが頬を緩ませるのを、冬也は理解出来た。

 

「お前は、果物しか食べないのか? 肉は食わねぇのか?」

「肉は嫌いなんだな」


 サイクロプスという種族が肉を食べないのでは無い。個体差が有るのだ。他のサイクロプスは、空腹の為にやむを得ず狩りを覚える。

 しかしブルは狩りをせずに、比較的簡単に得る事が出来る、果物や木の実で腹を満たして来た。


 ただブルは一度だけ、放置され腐った肉を口にした事が有る。

 その時ブルは、下痢と高熱で三日三晩寝こみ、生死の境を彷徨った。それ以来、ブルは肉を口にしない。食べなれた果物しか、口に入れる気にならなかった。

 そして大陸の南で、実り溢れる場所に辿り着いたのは、ブルには幸運と言えるだろう。それ故に、鉱山周辺の密林から、失った恵みが戻った事を、ブルは感謝していた。


「神様に感謝するんだな」

「ブル。神様を信じているのか?」

「生まれたばかりの時に、教えられたんだな。おではいつも神様に感謝してるんだな」

「そうかブル。なら会わせてやるよ」


 冬也は、悪戯をする子供の様な笑みを浮かべた。

 冬也の中に、ブルを驚かせ様とする思いが有った事は否めない。しかし、これはただの気まぐれではない。ここで何が起きているのか。それを知る為には、知っている者を目覚めさせる他にあるまい。

 冬也は鉱山に向かい、少し歩みを進める。そして徐に言葉を紡いだ。


「山の神よ。俺の神威に応えよ。お前を縛る闇は消えうせた。さあ、姿を現せ!」


 冬也の身体が神気に包まれる。

 冬也の神気に応える様に、山から光の塊が飛び出した。光の塊は、徐々に人の形を成していく。

 ブルはその神秘的な光景に、口をあんぐり開ける。そして手に持つ果物を、ポロリと落とした。

 やがて光は、ずんぐりとした体躯の男性の形を成す。男性は顎に豊かな髭を蓄え、目を細くし柔和な微笑みを湛えていた。


「お主、フィアーナの息子じゃな。天空の地で見たぞ。お主がこの地を浄化してくれたのじゃな」


 山の神は、冬也に頭を下げた後に、周囲を見渡す。元の緑溢れる密林を見て、更に笑みを深めた。最後に呆けているブルに、山の神は視線を向ける。


「お主の祈りは届いておったよ。お主の祈りが有るから、この辺りは実りに溢れているのだ」


 神の恵みは、無尽蔵に続く訳では無い。ブルは、事あるごとに神に祈りを捧げていた。その祈りにより、山の神の神気が増した。

 鉱山付近から、実りが失われないのは、ブルの祈りがあっての事だった。だが当のブルは、山の神の言葉を理解出来ずに、首を傾げていた。


 真摯に感謝を表す山の神に対し、冬也に微塵も気に留める事無く、鷹揚に言い放った。

 

「おっさん。それより、用が有んだよ」

「馬鹿者! おっさんとは、何事か! 儂は、お前の先輩じゃぞ。敬意を払わんか」

「なら、山さんで良いな」

「なんじゃ、その山さんとは?」


 冬也は山の神を無視して、続いてブルに話しかける。


「おいブル。この太ったおっさんが神様だ」

「このちっこいのが、神様なのかな? なんだか凄いんだな」

「ブル。神様に祈る時には、名前を言うと効果的だ。んで、こいつの名前は山さんだ」

「山さんか。わかったんだな。山さん、ありがとうなんだな」


 純真なブルは、山の神に頭を下げる。山の神は、ブルの素直な感情を受け、柔らかく微笑んだ。

 ただ、会話の中に有った冬也の言葉には、一つだけ誤りがある。そして、山の神はそれを受け流す訳にはいかなかった。


 神への感謝が、名前を告げると届きやすいのは当然だ。神という呼称は、人や動物と同じく分類に過ぎない。漠然と神に祈りを捧げたのでは、どの神に祈ったのかわからない。

 そして、神にもれっきとした名前がある。知らない内に仇名を作られ、その名で呼ばれても、自分が呼ばれているとは思わない。それは人でも神でも同じであろう。


「おい、確か冬也といったよな。儂はそんな変な名前では無い!」

「なんだ、山さん。不満か?」

「呼びやすくて、良いんだな。山さん」

「ブルもこう言ってんじゃねぇか。おっさんの唯一の信者だぞ。大事にしてやれよ」


 山の神は、やや溜息をついた。

 神名はベオログという。しかし、もう本来の名を呼ばれる事は無いかも知れない。しかしブルの笑顔を見ると、渾名で呼ばれるのは嫌だと、山の神は言えなかった。

 そんな山の神を横目に、冬也のやや脅しの利いた瞳が両名を射抜く。


「さて、お前ら。助けられた恩は、ちゃんと返すよな」

「何でも言うんだな」

「出来る範囲でなら、言う事を聞いてやろう」


 冬也は二人の回答を聞き、腕を組んで言い放った。


「よし、ブルと山さん。お前ら二人で、鉄を掘り起こしてくれ」

「わかったんだな。でも冬也。鉄ってなんだな?」

「そういう面倒な説明は、山さんがしてくれる」


 ブルは、山の神を見つめる。山の神は困った様に、溜息をついた。そして冬也は、更に言葉を続ける。


「ほら山さん。力を貸してくれるんだろ? 鉄が必要なんだよ」

「はぁ、お主。まぁ良い」


 顕現してから何度目かの、深い溜息を山の神はつく。

 

「ただお主、掘らねば鉄は出てこんのだぞ」

「山さん。その為のブルだろ。なぁブル」

「よくわからないけど、やるんだな冬也。任せるんだな」


 ブルはやる気に満ち、鼻息を荒くする。

 

「仕方ない。ブルとやらついて来るが良い」


 山の神はブルを連れていき、掘り進める地点を指示した。ブルの大きい手と分厚い皮膚は、鉱山を掘り進める事など物ともしない。

 ブルはその頑丈な手で、鉱山の山腹をどんどんと掘っていく。

 

「山さん。ここから採れるのは、鉄だけか?」

「お主が神気を分けてくれれば、魔鉱石も採れるようにしてやるぞ」

「なら頼む。多分それも必要になる」


 顕現したばかりの山の神は、神気を感じられない程に弱々しかった。冬也が浄化の為に、大地に神気を流さなければ、恐らく存在に気がつく事は無かっただろう。

 詳細は山の神に尋ねなければわからない。しかし、鉱山周辺に溢れた瘴気が原因なのは、間違いあるまい。


 周辺を浄化し、自分の存在に気がついてくれた事には感謝をしている。だから冬也の頼みは叶えてやりたい。ただ叶えようにも、神気が足りないのだ。

 山の神が困り顔を浮かべた理由は、そこにある。しかし、そんな山の神の状態を、理解出来ない冬也ではない。


 冬也は山の神の肩を掴み、神気を流し込む。そして山の神は満足そうな表情で、冬也の神気を受け取る。神気の受け渡しは、数分続いた。暫くすると山の神は、充分とばかりに冬也の手を叩いた。


「この位で良いだろう。お主の神気は、心地が良いな。流石に大地母神の血を引くだけあるな」

「そっか。後は頼んだぜ、山さん」

「まあ良いが、冬也。お主はどの位の量、鉄が欲しいのだ?」

「あ~、どうだろう。取り敢えず沢山かな」

「馬鹿者! それではわからんだろう!」

「良いんだよ。必要な量は大体わかってる。余計な採掘はさせねぇよ」


 冬也は手をひらひらと振り、山の神に背を向ける。そして、鉱山から少し離れる様に、冬也は歩いていった。暫く歩くと、何も無い空間に向かって、冬也は話し出す。

 

「あぁ、こっちは順調だ。魔鉱石も手に入りそうだしな。それと、面白い奴が仲間になりそうだ。土産は充分だ、待ってろよ」

 

 ☆ ☆ ☆ 

 

「彼の者達の動向は、掴めたのかしら?」

「まだよ。なかなか尻尾を掴ませないわね」

「実際に事が起きてからでは、遅いのよ」

「わかってるわよ。せっかくラフィスフィア大陸を守ったのに、今度はうちだもの。次はあんたの所が狙われるんじゃない」

「止めてよね、奴ら本当にやりかねないのよ。ダーリンと結ばれる前に、ロイスマリアが崩壊なんて、洒落にならないわよ」

「ちょっと! 私の可愛い子供に手をつけたら、許さないわよ」


 女性達の姦しい声が、響き渡る。

 邪神ロメリアを始めとした混沌勢と呼ばれる、邪神達の消滅。平和が訪れたはずのロイスマリアに、動乱が起ころうとしている。

 静かに、緩やかに、事態は進行を始める。気が付いた時には、手遅れになる隠れた病巣の様に。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る