第155話 山さんと女神

 ゴブリン達に、マナのコントロール方法を教えた翌朝の事である。日課の早朝ランニング前に、ゴブリン達はマナコントロールの訓練を行っていた。

 ただの腕力ではどうにもならない事も、肉体強化魔法を駆使すれば、可能になる事を目の当たりにしたゴブリン達は、目の色を変えて訓練に取り組んでいた。ゴブリン達は、続くランニングや、筋力トレーニングにも、マナを意識する様になった。

 

 一日終えた段階でゴブリン達は、疲労感が昨日までとは、明らかに異なる事を感じていた。

 筋肉が軋む感じではなく、体全体から力が抜ける様な感じ。それは、マナを使用した為の疲労であり、代わりに筋肉疲労は軽減していた。


 たった一日では、ゴブリン達に明確な手ごたえは無いだろう。しかし続ければ、戦闘能力が向上することは間違いない。

 ただし、訓練教官をしているエレナは、マナのコントロール訓練をする事により、劇的な効果を得る。


 エレナの場合は、今迄が適当過ぎたのだ。感で何となく、肉体の強化が出来る様になった。敢えて訓練と言うならば、常時肉体の強化が出来る様にしただけ。特にマナの総量を多くする訓練はしていない。それで、キャットピープル随一の実力者なのだとしたら、天才と呼ばずに何と呼ぶ。


 そして、より効率良く狩りを行う事が出来る様になる頃に、ゴブリン達は実感する。自分達は強くなってきたのかもしれないと。


 ゴブリン達の身体能力向上と共に、狩りは実戦訓練の様相を呈していく。

 エレナはゴブリン達を少数の班に分け、偵察や哨戒、遠距離狙撃、近距離攻撃、後方支援と役割を分担して行動させた。


 索敵班は、身を潜めて獲物を探し、位置を仲間に知らせるのが役割である。仲間に知らせる際のジェスチャー等、伝達手段等が整えられる。密林の中で小動物を相手に、索敵と伝達の訓練を続けた。


 遠距離狙撃班は、ペスカが数時間で拵えたクロスボウを用いる。素人でも扱いやすいクロスボウは、ゴブリン達にも有用で、短時間で武器の特性にも慣れ、狩りの効率は数段に増した。


 近距離攻撃班は、遠距離狙撃班が撃ち漏らした獲物に、駆け寄って止めを刺す。鉄製の武器が無い為、木を尖らせた槍や、石を鋭く削ったナイフを用いている。これは、既に戦闘訓練で慣れている為、比較的にゴブリンの習熟度は高かった。


 後方支援班は、狩りの間は役目が少ない為、ペスカの下で治療魔法の訓練に励んだ。


 そして、エレナの指示と仲間達の賛同により、ゴブリン軍団のリーダーがズマに決まり、各班のリーダーも決まる。

 ズマと各班のリーダー達は、実戦訓練以外にも、戦術指導をペスカから受ける事となった。

 益々、密林での実戦を想定した狩りが繰り返され、ゴブリン軍団の戦闘能力は日増しに向上していった。

 

 ☆ ☆ ☆


 一方、鉱山に向かった冬也は、順調に進む採掘に鼻を膨らませていた。

 ただ、目の前に詰まれた鉱石を見て、ほくそ笑んでもいられない。全く疑問が解決していないのだから。


 冬也は、山の神を鉱山から少し離れた場所に連れ出す。そして冬也は神気を張り、自分と山の神を包む様に結界を張る。

 予想外の行動に、山の神は目を見開いた。


「なんじゃ、こんな所まで連れてきおって」

「山さん。あんた何も知らないって事は無いよな」

「何の事じゃ?」

「惚けんなよ、ロメリアの事だ。この大陸の東側に、糞野郎の置土産が有るんだろ? スールってやろうがいいのは、そのせいだろ?」

「知っておったか。まぁ、その通りじゃ」

「なんで、大陸の南にまで飛び火してる? 何か知ってるなら教えろ! こっちは、状況が全くわかってねぇんだ」

「残念だが、儂にも詳しい事はわからんよ」

「隠し事か? 神様ってのは、なんで非協力的なのが多いんだよ」

「そうでもないだろ。儂はかなりお主に協力しておるよ。それに儂は気が付いたら、閉じ込められてたんじゃよ」


 山の神は少し申し訳無さそうな表情にし、冬也は頭を掻いた。

 

「あんたは、山の神なんだろ。ただの土地神じゃねぇよな。そんな神様が、閉じ込められるって、どういう事なんだよ。かなりヤバイ状況じゃねぇのか?」

「そうとも言えん。お主が言っておったろ? 儂の信者は、サイクロプスの小僧しかおらん。神気が弱ってるんでな、閉じ込められるのも仕方なかろう」

 

 冬也は深い溜息をつく。

 神様に聞いても、何も情報が得られないなんて、思いもしなかった。ただ、冬也とて無駄に神気を使い、結界を張った訳では無い。

 冬也は大地に手をつき、神気を流し込んでいく。そして、問いかける様に呟いた。


「ミュール、聞こえてるんだろ。出て来い! あんたの支配地が侵されてるんだ、真相を全て教えろ! 出て来なければ、無理やりにでも引き摺り出すぞ!」


 冬也の言葉に、山の神は慌てて止めようとする。その額には冷や汗が流れ、強張った表情をしていた。


「馬鹿者! そんな乱暴な方法で、ミュールを呼び出してはならん!」

「あぁ? 乱暴な方法で、この大陸に俺達を送り込んだのは、ミュールじゃねぇか!」

「お主とミュールでは、格が違う! わきまえんか!」

「うっせぇよ、山さん! ぐだぐだ言ってると、あんたを人質にすんぞ!」


 冬也は、山の神を威圧する様に、睨め付ける。そして山の神は、更に顔を青くする。


「なんて事を言い出すのだ! 神を盾にするとは!」

「馬鹿言ってんのは、あんただろ! 俺にだってわかるぞ。あんたは、他の神とは違う。原初の神ってやつだろ? そんな神が閉じ込められるなんて、よっぽどの事だって言ってんだよ! あんたが何も話す気がねぇなら、親玉を呼び出すしかねぇだろ! それとも、呼び出されたら都合が悪いのか?」


 冬也は少し声を荒げる。そして大地に神気を流し続ける。山の神は、無理にでも止めようと手を出すが、冬也の神気に弾かれる。


「なんて強い神気だ」


 山の神は、自分が冬也の神気に弾かれるとは思っていなかった。

 冬也の言葉通り、山の神は原初の神である。神気が弱まっているのは、ただの方便に過ぎない。冬也達が採掘に励んでいる間、山の神は神気の回復に努めていたのだ。


 万全とは言い難い。しかし、たかが神になったばかりの半神風情と、比べるまでもない。それなのに、冬也の神気に圧倒されたのだ。それを驚かずにはいられまい。


 そして冬也は大地に眠るミュールの神気と、自分の神気を繋ぎ呼びかけ続ける。その呼びかけに応える様に、冬也の目の前に光が集まった。

 

「うるさいわね。何なのよ!」


 冬也の結界内に、ぼんやりと透ける姿で、女神が顕現する。女神は、さも気だるそうな表情で、冬也を見やった。


「神気を駄々洩れにして、あんた馬鹿じゃないの? あぁそう言えば、セリュシオネが言ってたわね。馬鹿だって」

「馬鹿を連呼すんじゃねぇよ、ミュール! 巻き込んでおいて、説明無しってどういう事だよ!」

「はぁ。ちゃんと説明はしたじゃない。寝てたあんたが悪いんでしょ!」


 そして女神ミュールは、溜息をついた後、山の神を睨め付ける。山の神は肩を落とし、女神ミュールから目線を逸らした。

 

「言っとくけど、私は暇じゃないの。用が有るなら、早く済ませて頂戴」


 女神ミュールは、酷く怠そうな態度で、冷たく言い放った。対して冬也は、声を荒げて言い返す。


「糞野郎の置土産は、大陸の東側じゃねぇのか? 何で大陸の南に影響が出ているだよ!」

「知らないわよ。それを調べるのが、あんた達の仕事でしょ?」

「知らない訳ねぇだろ! 大陸の南以外には、何処に影響が出てんだ!」

「だから、それを調べて教えなさいって言ってんの! わかんない子ね!」

「何を隠してやがる。吐きやがれ!」

「あんた、調子に乗るんじゃないわよ!」


 互いに譲らず、ヒートアップする冬也と女神ミュール。

 段々口調は荒くなり、視線は鋭くなる。雰囲気を察した山の神が、仲裁に入ろうと一歩前に出るが、冬也と女神ミュールの両方に睨まれる。


 冬也は、女神ミュールに喧嘩を売っている訳では無い。

 これは冬也が無意識に使う、心理学上のテクニックである。敢えて相手を熱くさせ、本音を引き出そうとする。もし、それで本音を引き出せなければ、自分の態度を改め、相手の心象を良くした上で再交渉する。人間相手では、そんな交渉術も通じただろうが、神相手に通じるはずが無い。


「あのよ、ミュール。この大陸の魔獣達が、色んな所で被害に遭ってるんだ。何とかしなきゃならねぇよ。頼む、知ってる事は教えてくれ」

「あんた達兄妹に、言える事は無いの。自分の力で調べなさい」


 冬也の柔らかい口調に合わせて、女神ミュールも優しく語る。結局、冬也の疑問を解決する答えは得られなかった。

 冬也は深い溜息をついて、女神ミュールから視線を逸らし、少し投げやりな態度で答える。


「わかったよ」


 これでは、冬也は納得しまい。それは、女神ミュールと山の神にも、わかっていた。しかし、全てを語れる時ではない。そもそも、感のいいペスカならともかく。冬也に全てを語っても、理解は出来まい。


 それでも山の神は、目の前にいる口も態度も悪く、乱暴な子供を憎からず思っていた。

 なにせ、冬也から貰った神気は、とても暖かく心地いいのだ。それに冬也がブルにさせている採掘作業は、自分の為ではあるまい。現状を打破する為に行っているのだろう。

 そして極め付けは、ブルと冬也の関係である。冬也を慕うブル、そんなブルの面倒を甲斐甲斐しく見る冬也。そんな姿を見れば、神とて心が温かくなる。


「お主、あのな」


 山の神の言葉は、最後まで続く事は無かった。

 女神ミュールに拳骨を落とされて、強制的に黙らされた山の神は頭を擦る。言葉を遮られた山の神に代わり、女神ミュールが口を開く。

 

「冬也。あんた二度とこんな方法で、私を呼び出すんじゃないわよ! 必要な連絡は私の部下に伝えなさい」

「部下って誰だよ!」

「鈍い子ね。あんたの目の前にいるでしょ! 他にも、この大陸には私の部下がいるから、頼るといいわ。じゃあね、頑張るのよ」


 女神ミュールは姿を消すのと同時に、冬也は結界を解いた。肩を落とす冬也の背中を、山の神がポンと叩く。


「儂もミュールも、お主の味方じゃよ。大丈夫じゃ。お主はお主らしく、大暴れすればよい」

「山さん・・・、意味がわかんねぇよ」


 多くは語れない。冬也でも、それだけは理解出来た。そして山の神の優しさに応える様に、冬也は作り笑いを浮かべる。

  

 五里霧中。


 そんな表現が適当ではないだろうか。

 問題が起きている事は事実である。しかし、どんな問題が起きているのかは、具体的ではない。そんな状況で対策を練ろうとも、効果的な案は出ない。

 

 冬也達は、ドラグスメリア大陸の降り立って、最初にゴブリンと出会った。だから、たまたま助けただけ。苦しんでいるから手を差し伸べる事は、間違っていないだろう。しかし、彼ら強くするのが正解なのかどうか、それは定かではないのだ。

 それでも、やはり苦しむ者がいる限り、迷わず前に進まねばならないのだろう。

 

「帰るか、山さん。ブルが待ってるかもしれねぇ」

「そうじゃな、冬也。儂も少しは手伝いをしてやるぞ」

「助かるぜ、山さん。ありがとな」

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