第150話 ズマの変貌とゴブリン達の回復

 沢山の獲物と共に、冬也は探索から戻ってきた。

 生きたまま木々に捕えさせたので、エレナに捌くように冬也は伝える。そして、直ぐに井戸作りに取り掛かった。

 

 冬也は休まず神気を通じ、井戸のイメージを大地に伝え、大地に自ら穴を掘らせる。同時に木々へ枝や蔦を譲る様に頼み、桶や滑車、蔦を組み合わせてロープを自作した。

 ズマの治療と、ひと通りゴブリン達の巡回治療を終えたペスカが、冬也の様子を見に来た頃には、簡易的なつるべ井戸が出来上がっていた。

 

「おぉ~! お兄ちゃん、凄いね。日曜大工の域を超えてるよ」

「ペスカか。俺はほとんど作業をしてねぇよ。木の加工を少しして、組み立てただけだ。後は全部、大地や木がやってくれた」

「って事は、お兄ちゃん。かなり神気を使ったよね。お兄ちゃんの神気の影響で、水が神水になってなければ良いね」

「変な事を言うんじゃねぇ、ペスカ。それよりも話がある」


 冬也は、ペスカに木々から聞いた情報を伝える。ペスカは眉を動かす事も無く、冬也の話しを聞く。そして、少し考え込む様にし、ゆっくりと口を開いた。


「そっか、ここはスールの支配地域だったか」

「ペスカ。そのスールってなんだ?」

「エンシェントドラゴンの名前だよ。北のノーヴェ、東のニューラ、西のミューモ、南のスール。何千年も生きているドラゴンなんだよ」

「んで、そのスールってのが、今は東に行ったらしいんだ」


 冬也の言葉に、ペスカは少し眉根を寄せる。

 エンシェントドラゴンが動きだしたのだ、事態は予想上に悪化しているのだろう。

 ペスカは数少ない情報を整理し、起きている事態についての推測を冬也に語った。


「多分だけど、ロメリアはこの大陸の東でドラゴンを調達して、手駒に変えたんじゃ無いかな」

「大陸の東って限定出来るのか、ペスカ」

「お兄ちゃん。前にマーレって街に行ったでしょ?」

「あぁ、覚えてるぞ。イカの化け物と戦った場所だ」

「うぁ~。嫌な事を思い出させないで! まぁ、そのマーレから船で二か月くらい西に進むと、ドラグスメリア大陸に着くんだよ」

「じゃあ、ラフィスフィア大陸に一番近いのが、この大陸の東側って事か?」

「そう言う事。スールは、大陸の異変を感じて、駆け付けたんじゃないかな」

「でも、それだとトロールの暴走は、説明出来ねぇだろ」

「そうなんだよ。何かが引っ掛かるんだよね」

「どうするペスカ? 直ぐに、東に向かうか?」

「暫くは、ここを拠点に調査を続行しよう。まだ見落としている事が、有ると思うの」


 冬也は軽く頷いて、ペスカの意見に同意する。だが、ふと思い出したように、ペスカに言い放つ。


「俺、明日から何日か遠出するから」

「ちょっと、お兄ちゃん。どこ行くの?」

「鉱山だよ。お前は良い子で留守番してろ。それと暫くの間は獲物を運ぶ様に、森に頼んどいたから、飯には困らねぇはずだ」

「わかったよ。お兄ちゃんが留守の間は、私が周辺の調査を進めるよ」

「頼むな。鉱山辺りには、別の魔獣が暮らしてるらしいから、そいつらの様子も見て来る」


 ペスカは心配そうに冬也を見つめる。そんなペスカの視線を感じ、冬也は頭を軽く撫でた。

 それは、互いの無事を案じる心が、繋がり合う様だった。そして、冬也は翌朝早朝に、鉱山に向かい出かけた。


 ☆ ☆ ☆


 冬也が出かけて数時間した頃に、ズマが目を覚ます。

 ズマが最初に見た景色は、小屋の天井であった。慌てて起き上るが、痛みが無い。訓練の途中だったはず、倒れていいはずが無い。

 少しふらつく体を動かし、ズマは小屋を出る。


 小屋を出て集落を見渡したズマは、立ちこめる香ばしい匂いに釣られて、フラフラと歩き出す。広場では焚き火が行われており、エレナが肉を焼いていた。

 エレナの姿を見つけると、ズマは走り寄る。


「教官! 倒れてしまい、申し訳ありません!」


 エレナの前で、畏まり姿勢を正すズマ。恐縮するズマを気に掛ける様に、エレナは少し笑顔を浮かべて答える。


「起きたんだな。身体に異常は無いか?」

「ハッ! どこにも異常は有りません」

「そうか。明日から訓練再開だ。今日はいっぱい食事を取って休め。休む事も重要な訓練だ」

「ハッ教官! いっぱい食べて、休みます!」


 エレナは串に刺さった肉を、ズマに差し出す。


「ちょうど焼けたところだ。食えズマ」


 ズマは、肉にかぶりつく。

 肉汁が口の中に溢れる。旨味が口の中で爆発する様だった。同時に涙が溢れて止まらない。


「旨いかズマ。いずれお前達は、自分の手で獲物を獲れる様になる。自分で獲った獲物は、もっと旨いぞ!」

「ハイ! ありがとうございます、教官!」


 感動しながら肉を味わうズマの後方から、声が聞こえる。

 ズマが振り向くと、ペスカが手を振っている。ズマは肉を置き、再び姿勢を正した。


「お~。ズマ、起きたんだ。良かったね~」

「ペスカ殿。自分の治療をして下さったのは、あなた殿でしょうか?」

「あ~、うん。私だけど、その喋り方は違和感が凄いね」

「ペスカ殿、誠にかたじけない」


 態度から言葉遣いまで、別人の様に変わったズマに、酷い違和感を感じつつも、ペスカは笑顔を絶やさずに言葉を続けた。


「ズマ。今朝から少しずつあんたの仲間が、意識を取り戻してるよ」

「本当か、ペスカ殿!」


 その朗報に、走り出さんとするズマを、エレナがきつく諌める。


「ズマ。食事中は落ち着け! 仲間は逃げない。さっき命じた事を忘れるな!」

「ハッ! 申し訳ございません教官! いっぱい食べて休みます!」

「食事が終わったら、行って良い! 仲間を見舞ってやれ」

「ありがとうございます、教官」


 ズマはエレナに頭を下げると、食事を続ける。

 勢い良く肉を貪るズマは、喉を詰まらせる。しかし、ペスカから差し出された水で、事無きを得た。


 ただ、夢中で水を飲むズマは、気がつかない。

 この集落の傍には水場が無い。川には半日ほど歩かないと辿り着かない。川の近くは、他の魔獣が集落を作っている。最弱のゴブリンは、水場近くに集落を作れない。水の確保はゴブリン達に取って、重要な労働でもあった。


「と、ところで、ペスカ殿。こ、これは水ではないか? どこでこれを?」

「夕べ、お兄ちゃんが、井戸を掘ってくれたんだよ」

「井戸? 何ですか、それは?」

「後で見に行きなよ。これからは、水に困る事は無いからね」

「何から何まで、なんて有難い。あなた方は、神様か」


 ズマは、胸いっぱいに感動を溢れさせ、深々とペスカに頭を下げる。ゴブリン達にとっては、感謝してもしきれない事なのだろう。

 気にするな大したことはしてんねぇ。冬也なら、間違いなくそう言うだろう。そもそも、ペスカは何もしていないのだ。頭を下げらる謂れは無い。ペスカは少し、引き攣った表情になり、エレナの隣に座った。

 エレナから、木の皿に乗った肉を受け取り、ペスカも食事を始める。


「冬也のやつ。案外と器用だニャ。この皿を作ったのもあいつニャ。ちょっと見直したニャ」

「お兄ちゃんは、やれば出来る子なんだよ」

「ところで、当の本人はどこに行ったニャ?」

「今日は鉱山に行くんだって」

「なんで鉱山ニャ?」

「エレナ、ゴブリン達を戦わせるって言っても、武器はどうするの?」

「考えて無かったニャ。後で冬也に感謝するニャ」


 そう、ゴブリン達は、戦う術、狩りの仕方、何も知らない。それは同時に、武器の使い方、武器の存在すらも知らない事になる。

 これから、ゴブリン達を訓練するには、武器の存在は不可欠になる。それに、訓練を終えれば、実戦が待っているのだ。冬也が高山に向かったのは、鉱石を採掘して武器を作る為である。

 冬也の事を馬鹿にしていた事は否めない。陰で様々なサポートする姿に、エレナの中で冬也の評価は変わりつつあった。


 エレナとペスカが会話をしている間、ズマは肉を貪る。ひとしきり肉を食べ進めると、ズマは立ち上がり、エレナに頭を下げる。


「教官! お先に失礼いたします」


 かなり仲間の容態が気になっているのだろうか、ズマは走り去った。

 病室代わりにしている小屋は、それほど広くは無い。すし詰め状態で、ゴブリン達が並べられている。

 ズマが顔を出すと、目覚めた者の中に、笑顔を見せる者が現れる。


「族長。無事だったか」

「ズマさん、良かった」

「皆がズマに助けられた様だな」


 ズマの瞳から、大粒の涙が零れる。


「良かった。うぉぉぅぅぅ。元気になったんだな。ペスカ殿。あなたは、誠に女神だぁぁぁ!」


 大声で泣き叫ぶズマに、目を覚ましたゴブリン達が、次々と抱き着いていく。

 ズマに引きずられる様に、涙を流していた。ゴブリン達は、無事で有る事に感謝をし、口々にペスカに祈りを捧げた。


 ペスカは神の一員として、名を連ねた現人神である。

 その事実を、ゴブリン達は知らない。ただ、純粋に感謝を捧げる様に、ペスカに祈った。意図せずにこの行為が、ペスカの神気を増す要因となる。

 感動の再会を終え、落ち着きを取り戻した小屋の中で、ズマはゴブリン達を眺めて静かに口を開く。


「いま、私は戦いの訓練を受けている」


 ズマの言葉に、ゴブリン達が騒めき出す。


「私はゴブリンの長として、流される様に生きてきた。その結果、トロール達に襲撃を受けても、何も出来なかった」


 ゴブリン達の頭に、トロール達からいたぶられた時の記憶が蘇る。押し黙り俯くゴブリン達、ズマはゆっくりと皆を見渡し言葉を続ける。


「仕方が無いと諦めていた。誇りはいつの間にか歪み、卑屈になっていた。我々は、最弱の種族であると、自ら認めてしまっていた」


 ゴブリン達には耳の痛い言葉だった。

 

「トロール達に蹂躙され何も出来ずに、これからものうのうと生きていくのか?」


 ズマは仲間達に問いかける。ズマは、エレナから教えられた、生き抜く気概を仲間に伝えたかった。


「私は自分を変えたい。だから、抗うと決めた。戦うと決めた」


 戦う意志、生き抜く覚悟、それらがメラメラと燃え盛り、ズマの瞳に炎が宿る。


「訓練は辛く厳しい。我らゴブリン族に、耐えられる訓練では無い。だが戦う意志の有る者は、明日の早朝に広間へ集まってくれ」


 再び小屋の中が騒めき出す。

 それも当然の事だ。ズマの語った通り、弱い事は仕方がないと諦めていた。種族の壁を超えられるとも思っていなかった。流されるままに、他種族の言いなりになり。いずれ淘汰される種族なのだと諦めていた。

 

 だが、族長であるズマは、今の状況を良しとはしなかった。抗う姿勢を見せた。今迄のズマからは、信じられない言葉が放たれたのだ。

 しかし如何に族長の言葉でも、直ぐには受け止められるはずが無い。


 悔しくないと言えば嘘になる。嬲られる事を受け入れている事実に、情けないと感じているのは事実である。だけど、どうしようもない。


 自分達は、最弱の種族なのだから。

 

 だが、ズマは語る。抗うと、強くなると。

 ズマの言う訓練が、どれだけのものかわからない。耐えられるものではない。その言葉が事実なら、訓練の中で命を落とす可能性が高いだろう。

 せっかく助かった命を、効果が有るかどうかわからない訓練で使い果たす。躊躇しても、不思議ではない。寧ろ、二の足を踏むのが当然なのだ。

 

 しかし、ズマの言葉を聞いている内に、心の中に何かが芽生え始めたのは事実であった。


「強制はしない。意思無き者に、乗り越えられる訓練では無い。だが、私は乗り越える。そして、皆をなぶり尽くしたトロール達を、必ず倒す!」


 ズマの言葉はどこまでゴブリン達に響いただろうか。ズマは言い残すと医療所にしていた小屋を後にし、自分が休んでいた小屋に戻る。


 そして、助かったゴブリン達は、一晩かけた悩んだ末に、答えを出した。

 どれだけ苦悩をしただろう。どれだけ勇気のいる決断だっただろう。変わらなければならない、それは事実なのだ。

 淘汰される種族にはなりたくない。生き残りたい。生まれて来る子供達に、不幸な運命を背負わせたくない。もしこれを逃したら、自分達が変わる事が出来る機会は、二度と訪れない。

 

 我らは誇りあるゴブリン。その名が、偽りとならない様に、族長と共に強くなろう。


 翌朝、目を覚まし広場に向かうズマが見たのは、ズマの到着を待つ様に集まるゴブリン達であった。

 ここにゴブリンの軍団が作られる。逆襲の一歩が踏み出された瞬間であった。  

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