第151話 鉱山に向けて
早朝に起きた冬也は、鉱山に向かって集落を出た。
木々に道を尋ねながら、歩みを進める。密林を味方につけた冬也に、旅の不安は無かった。喉が渇けば、水源を教えてくれる。腹が減れば、獲物を運んでくれる。
冬也は、目的地を目指し進むだけで良かった。
だが、冬也の探索はそう簡単には進まなかった。
半日ほど進み、魔獣の気配を感じた冬也が見つけたのは、一体のサイクロプスと数百体のコボルトであった。
密林の木々よりも、遥かに大きい巨体を持つサイクロプスは、木を引き抜いて、足元に群がるコボルトを払う様に振り回す。
コボルト達は、群れでサイクロプスの足元に齧りつく。コボルトの歯では、サイクロプスの硬い皮膚を通す事は出来ない。しかし、コボルトは何度も同じ場所に、齧りつく。サイクロプスの硬い皮膚は、次第に傷つき始める。
苛立つサイクロプスは、木を振りまして、コボルトを追い払う。サイクロプスが動く度に、密林の木々が倒れていく。
一体の強者に相対するのは、群れを成す弱者。巨体を維持する為に、サイクロプスは大量の贄が必要なのだろう。対して、コボルトは種族を守る為に戦うのだろう。
アンドロケイン大陸では、自然な光景かもしれない。だが冬也は、この戦いに違和感を感じた。それはかつて、モンスターと戦った時に感じていたもの。
悪意。
無数のコボルトの群れから、邪気が立ちこめる。
冬也の直感が告げていた、コボルト達をこのまま放置する訳にはいかない。コボルトの群れに異常を感じた冬也は、戦いが繰り広げられる場所に向かい、神剣を取り出し走り出した。
まるで正気を失った様に、怒りに満ちた無数の瞳。コボルトの群れが牙を剥き、冬也へ一斉に襲いかかる。
冬也は神剣を横薙ぎにし、コボルトを数十体ほど切り払う。冬也が斬るのは、生き物の中に有る邪気。コボルトは、力の根源を断ち切られた様に倒れ伏す。
しかしコボルトは、数百体の群れを成す。そして厄介な事に、足に傷を作ったサイクロプスが暴れ回り、密林を破壊していく。
「おい! デカブツ! 聞こえてるか? 聞こえてるなら、少し静かにしてろ!」
冬也は一先ず、サイクロプスを大人しくさせようと、呼びかける。
「てめぇ! 聞こえてねぇのかよ、一つ目のデカブツ!」
冬也が呼びかけても、サイクロプスは何の反応も無い。少し舌打ちをして、冬也は神気を高め、再び大地に問いかける。
「ミュール。あんたの力をもう一度貸せよな」
大地から力を吸い上げる様に、冬也は神剣を大きくしていく。
まるで数百のコボルトを一気に屠る様に、冬也は大きくした神剣を振るう。
次々に昏倒していくコボルト達、そして冬也はパルクールの様に身軽に体を動かし、サイクロプスの体を登っていった。
サイクロプスの肩まで昇ると、冬也は拳にマナを込め、サイクロプスの頭を殴りつけた。ぐらりと揺れるサイクロプスの体。そして、冬也はサイクロプスの耳元で、大声を張り上げた。
「落ち着け、デカブツ! もう、誰もてめぇを襲わねぇよ」
サイクロプスは、耳元で聞こえる声に、ハッとした様に辺りを見回した。
「お、おおお。なにか聞こえたんだな」
「やっと聞こえたか。デカブツ!」
「何か聞こえるけど、見えないんだな」
「お前の肩にいるんだよ! って見えねぇのか。ちょっとお前、手をだせ! 自分の顔の前に置く感じだ。それで、手のひらを上にしろ」
サイクロプスは、冬也の言う通りに、差し出す様に自分の手を開いた。そして冬也は、サイクロプスの腕を伝い、手のひらに移る。
「これで、見えたろ。いいか、揺らすんじゃねぇぞ」
驚いて固まっているのが手に取る様にわかる。サイクロプスは、一つ目を更に大きく見開き、だらしなく口を開けていた。
「おい! てめぇは何しにここに来やがった?」
「お、お腹へったんだな」
ぐぅ~という、大きな音が密林に響き渡り、冬也は頭をおさえた。
「だ~か~ら~。お前が、何をしてるかって聞いてるんだよ」
「あ、足が痛いんだな」
「あ~くそっ、待ってろ」
冬也は、サイクロプスの手から飛び降りると、マナを使って衝撃を緩和し着地する。
苦手な治療魔法を使い、サイクロプスの足を治していった。ペスカの様に上手くは無いが、少しずつサイクロプスの傷が癒えていく。
痛みが消えた事が嬉しかったのか、サイクロプスは満面の笑みを浮かべて、ドカッと腰を下ろした。
同時に木々が薙ぎ倒され、地響きが起きる。冬也は、再びサイクロプスの肩に乗り、頭を殴りつけた。
「いきなり座るんじゃねぇ。びっくりすんだろ」
「お腹は空いたままなんだな」
「会話になんねぇよ。腹減ってんなら、その辺の犬っころを食えば良いじゃねぇか!」
「肉は食べないんだな。ブツブツが出来るんだな」
「んでお前は、何が食いてぇんだよ」
「果物が食べたいんだな。おでの所は、果物が取れなくなったんだな」
「そりゃあ、お前の住処かって事か? どこだ?」
サイクロプスは、自分の住処辺りを指さす。それは、冬也の目的地である鉱山の有る方角だった。
聞くところによると、サイクロプスはゴブリンの集落から遥か西の、鉱山付近を住処にしていた。
鉱山周辺の木々には、多くの果実が実を付け、サイクロプスはそれを主食にしていた。ただ、ここ数日は木々は実を付けなくなった。
仕方なく、空腹のサイクロプスは、食べ物を探しに密林を彷徨っていた。その時、たまたまコボルトの縄張りに足を踏み入れ、襲われたとの事だった。
冬也は、サイクロプスの話しを聞くと、徐に口を開いた。
「おい、お前の飯は何とかしてやるから、俺をそこまで連れてけ」
「小人には、何も出来ないだな」
「あぁ? てめぇ、腹減ってんだろ! 黙って言う事を聞けよ!」
「おっかない小人だな」
「それと、小人じゃねぇ。俺の名前は冬也だ。お前の名前を教えろ!」
「お、おでか? おではブルって言うんだ」
ブルは、冬也を肩に乗せたまま立ち上がる。そして、鉱山に向かい歩き出した。
人間が密林を歩けば、三週間はかかるだろう距離を、あっと言う間に踏破する。
辿り着いた先で冬也を待ち受けていたのは、嘘の様に枯れ果てた木々と、黒く淀み始めた大地であった。
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