第143話 ゴブリンの集落へ

 蔦で縛られたまま、ジタバタ動いて懇願するゴブリン。助けてくれとの言葉に、ペスカは頭を抱えた。


「助けてっていわれてもさ、何がどうしたのか、状況がわかんないのよ」

「俺も詳しくは知らん!」

「異変って言ってたよね。それって何?」

「馬鹿か、猿よ。異変は異変だ、何か色々おかしいだろ! うが! 何をする!」


 ペスカの問いに、ゴブリンは偉そうに吐き捨てる。ペスカは、頭が痛くなる思いであった。

 偉そうな態度をした所で、腹は立たない。話が噛み合わないのが問題なのだ。

 このゴブリンは、有益な情報を持っているはず。それに一族が滅びるなどと、不穏な言葉を口にしていた。

 しかし、会話が成立しない為、真相を聞き出す事が出来ない。これでは、助ける事すら難しい。流石のペスカも、思わずゴブリンを殴りつけた。

 

「あ~、もう! こいつの頭、お兄ちゃんより酷いよ!」

「ペスカ。お前、兄ちゃんを馬鹿にしてるだろ。兄ちゃんだって、テストで百点取った事あるぞ」

「お兄ちゃん、それはまぐれ! ってそんな事はどうでも良いんだよ。こいつ話が通じないし、もう行こうよ」


 何も情報が得られないと感じたペスカは、立ち去ろうとする。しかしゴブリンは、唐突に涙を流して懇願した。


「だのむ。だずげでぐで。ぶりだら、ぜべで、だばをぼどいでぐで」


 嗚咽をしながら、必死に懇願するゴブリンの姿。突然の号泣に、ぺスかはやや呆れた気分になる。

 しかし、そこにはもう一人いる。愛すべき馬鹿には、その願いがしっかりと届いていた。


「よし、俺が助けてやる。お前等を全員、俺が守ってやる」

 

 冬也は、木々に命じてゴブリンの拘束を解く。何度目の溜息だろうか、ペスカが再び大きく息を吐き呟いた。


「仕方ないね。お兄ちゃんがやる気になっちゃったし。早く解決して、話しの通じる人を探そうか」

「なあペスカ。ゴブリンがみんなこいつと同じ知能だったら、どうするよ」

「嫌な事、言わないでよお兄ちゃん」


 ペスカと冬也が話している間に、ゴブリンは立ち上がり涙を拭う。

 

「ありがたい。では早速行こう。着いて来てくれ」


 ゴブリンは先導する様に、密林の中を走り出した。

 小さな体で、器用に木々をくぐり抜けて、密林を走る。森の中で生きて来た種族だけあって、密林での動き方に慣れている。


 常人なら、驚きを隠せなかっただろう。だが、同行しているのは、ペスカと冬也である。実の所、ペスカと冬也には、ゴブリンの走る速度は遅すぎた。

 冬也の実父である東郷遼太郎に、体術を仕込まれたのは、冬也だけでは無い。ペスカも、遼太郎の修行を受けていた。冬也には及ばなくても、身体の動かし方には長けている。 

 焦れた冬也は、ゴブリンを小脇に抱える。


「な、何をする!」

「うるせぇよ、お前は遅すぎんだよ。急いでんじゃねぇのか」


 失禁されても困るので、冬也は威嚇をしなかった。しかし、ゴブリンの腕力では、冬也の腕を振りほどける訳が無い。そしてゴブリンは、方角を指示するだけのナビゲーターに成り果てた。


 冬也は木々に命令し、道を開けさせる。

 ゴブリンにとって、それは驚愕の光景だった。森を従えるなど、ドラゴン位しか思い当たらない。

 毛の無い猿は、これほどの強者だったのか。ゴブリンの頭には、希望の二文字が浮かんでいた。


 そしてペスカは、疑念を感じながら、冬也に追走していた。

 順調に進んでいるだけに、違和感を感じる。辺りを探知しても、魔獣の気配が無いのだ。ドラグスメリアに到着して、魔獣の気配を感じたのは、このゴブリンとトロール達だけだ。それ以外には、小動物や虫程度の気配しか感じない。

 ただペスカには、それが偶然とは思えなかった。


 冬也の神気に怯えて、避けられているなら、理解は出来よう。だがその場合、魔獣の餌となる小動物や虫が真っ先に逃げ出してもいいはずだ。

 それに、なぜゴブリンが一体で行動していたのか。弱い種族であれば、集団で行動するのが当然であろう。それともゴブリンは、そんな知恵が回らない程に低能なのか。


 格下のゴブリンを、トロールが集団で襲っていたのはなぜか。そして、なぜこのゴブリンは、一族の危機などと言っているのか。その情報ソースは、どこから齎されたのか。


 漠然とした違和感、そして尽きる事のない疑問。確かに何かの異変が起きている。それは、ロメリアの残滓と何らかの関わりを持っているのだろう。

 数時間は走っただろうか、冬也が不意に声をかける。


「ペスカ、気配がして来たぞ。でも変だ」

「何が変なの、お兄ちゃん」

「気配が弱いんだ」


 冬也の言葉に、ペスカは悪い予感を覚えた。

 邪神ロメリアとの戦い以来、冬也の神気は高まり続けている。そして、感覚はより鋭くなっている。冬也の言葉には、間違いがない。恐らくこれがゴブリンの言う、一族の危機なのだ。

 そしてペスカと冬也は、走る速度を速めた。

 

 たどり着いた先は、切り開かれており、確かに集落めいた場所だった。

 木組みの質素な小屋が並んでいる。集落を見渡すペスカと冬也は、直ぐ異様さに気が付く事になる。


 集会所だろうか、開けた空き地の様な所に、多くのゴブリンが倒れていた。

 意図せず力を緩めた冬也の脇から、抱えられていたゴブリンが抜け出る。そして倒れる仲間の下に走りよる。何度も仲間の名前を呼び、安否を確かめようとしていた。


 倒れているゴブリン達は、遠目からでも酷い傷を負っているのがわかる。

 衣服は剥ぎ取られ、体中に多数の打撲痕が目立つ。体中が赤黒く腫れ上がり、顎が外れ、歯が抜け落ちている。足や手が折れている者も、少なくない。大人や子供、性別の差無く、倒れ伏している。


「くそっ。ここでもか。あいつ等は、なんで俺達を狙うんだ。くそっ、くそっ」


 悲痛なゴブリンの叫び声が集落に響き渡る。


「俺達が何をした。なんで俺達がこんな目に、遭わなければならない!」


 涙を流しながら、ゴブリンは大地を叩き続ける。それは悔しさ、憤り、色々な想いが詰まった叫び声だった。


 彼らの受けた傷は、拷問に近いとペスカは感じていた。先のトロールの様な蹂躙劇が、ここでも行われたかと思えば、些か腹が立つ。


 ややあって、ペスカは倒れたゴブリン達に近づく。

 手をかざし、一体づつゴブリン達に、治療魔法をかけていった。外傷については、魔法で治療が出来る。命に別状は無く、意識も次第に戻るはずだ。


 だが、彼らが受けた傷は、外傷に留まる事は無いだろう。

 ゴブリンの様な魔獣が、PTSDを発症させるかは不明だ。だが、何らかの後遺症が、残るのではないだろうか。

  

 暴力を使い、快楽を覚えているのか。別に意図する何かが有るのか。情報が少なく、判断が出来ない。

 だが、胸糞が悪くなる事実が、存在している事は確かだった。 


 ペスカは、モヤモヤした気持ちを抱えながら、冬也を見やる。

 冬也は、静かに怒っていた。そう、不当な暴力を冬也は嫌う。

 

「おい、これはどいつの仕業だ! 教えろ!」


 その声には怒気が宿り、静かに集落に響く。冬也の怒りは神気によって、周囲へと伝わっていく。木々が騒めき出す。風が震え出す。

 ゴブリンの歯がカタカタと鳴り、酷く怯えていた。


「何か言えよ。早くしろ」


 ゴブリンは怯えて、声が出ない。

 ペスカは、トロールの二の舞を演じない様に、声をかけようとした。しかし、続く冬也の言葉で、口を噤んだ。


「おい、助けてくれって言ったのは、お前だろ。望み通り助けてやる。だが、一つだけ条件が有る」

 

 ゴブリンは震えながらも、冬也を見上げる。


「お前達も戦え! 抗え! このまま、嬲られるだけで、終わるんじゃねぇよ!」

 

 滂沱の涙を流しながら、震える足でゴブリンは立ち上がる。

 そしてゴブリンは、大きく頷いた。その貧弱な体で、ゴブリンは戦いの意思を示す。

 小さな体とは異なり、大きな誇りを宿す、ゴブリンの抗いが始まろうとしていた。

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