第142話 ゴブリンの懇願

「くそっ! こんな所でやられる訳にはいかないのに」

「お前等、下等種族は、もうお終いだ」

「今頃、お前等の兄弟達、皆殺し」

「貴様等には、誇りは無いのか!」

「そんな古いしがらみ、意味ない。お前等、滅びる。早く死ね」

「くそっ。愚かなトロールめ。せめて一矢報いてやる。誇り有る限り、この身は滅びぬ」


 人間より遥かに大きく、怪力を持つトロール。人間の半分程度の大きさしか無く、力も弱いゴブリン。両者では、対格差が違い過ぎる。一対一では到底勝負にならない。

 だがそのゴブリンは、複数のトロールを相手に、果敢に立ち向かっていた。


 トロールは、巨大なこん棒を振り下ろす。暴力的なまでの勢いで、こん棒は風を巻き起こしながらゴブリンへと迫る。ゴブリンは、その小さい体を身軽に動かし棍棒を避ける。

 ただし、これは一対一の勝負ではない。強者が集い、弱者を嬲る。ドラグスメリアにおける、戦いの誇りは存在しない。

 振り上げられた巨大な棍棒が、次々とゴブリンに向かって振り下ろされる。ゴブリンは、反撃の糸口を見つけ出そうと、必死で棍棒を躱す。

  

「逃げるな。早く殺されろ」


 殺意の籠った攻撃が、ゴブリンの体を掠める。ただ掠めただけ。それでも、その威力にゴブリンの体は吹き飛ばされる。

 勢い良く大木にぶち当たり、体がひしゃげる。気を失う程の痛みが、ゴブリンの体に走る。

 

 薄ら笑みを浮かべて、ゴブリンに迫るオーク達。言葉とは裏腹に、まるで甚振る事を楽しむかの様に、ゴブリンを追い詰めていく。

 少しづつ傷を負わせ、弱らせて、死の恐怖を味合わせようとする。怯える表情を見て、愉悦に浸ろうとする。 

 

 しかしどれだけ攻撃をしても、そのゴブリンの目は、真っ直ぐにトロール達を射抜く。力の差を示しても、言葉で脅しても、そのゴブリンは怯まない。

 攻撃をする度に、トロール達の苛立ちは増していった。


「駄目だこいつ、もう殺そう」

「そうだ、殺してしまおう」

「ああ、楽しくない。殺そう」


 トロール達から止めの言葉が、口々に放たれた時に状況は一変した。振り上げられた幾つもの棍棒は、ゴブリンに届く事は無かった。

 そして、トロール達は次々と、昏倒していった。


「大丈夫か?」


 ゴブリンが見上げると、そこにいたのは見知らぬ種族であった。


「お前等は、何だ?」


 朦朧とする意識の中で、ゴブリンは呟いた。その言葉を最後に、ゴブリンは意識を失った。


 ☆ ☆ ☆


 数分程前の事、ペスカと冬也は複数の気配を察知していた。視線を交わして合図をすると、密林の中を駆けだした。

 だが、ここは木々が絶え間なく生えている、密林地帯である。木々は、手足の様に枝を伸ばし、行く手を阻もうとする。

 

「どけよ、邪魔だ!」


 植物や動物に至るまで、ドラグスメリアでは、力を示した者に従う。見通しが良くなった密林を、ペスカと冬也はスピードを上げて走る。

 冬也の神気を感じた木々は、怯えて枝葉を引っ込める。そして、魔獣達までの道が作られていく。


「良い子達だ」


 状況は、悪化の一途を辿っている。遠目で見ても、一方的な状況なのがわかる。複数のトロール達は、弄ぶようにゴブリンを攻撃をしている。

 冬也は、その光景に怒りを感じていた。

 

「お兄ちゃん、ちょっと不味いかも。このままだと間に合わないよ」


 ペスカから焦る様な声が掛かる。ペスカの言葉を受けると、冬也は神気を込めて木々に話しかける。


「おい、お前等。俺の声が聞こえてるんだよな。あいつ等の棍棒を何とかしろ!」


 少し威圧をする様な冬也の言葉に、木々が大人しく従う。

 振り下ろされる棍棒に、蔦を絡ませる。突然、棍棒が動かなくなり、トロール達に動揺が走った。その隙に、ペスカと冬也は瞬歩で距離を縮める。


「ナイス、お兄ちゃん。じゃあ私も」


 ペスカは、走りながら呪文を唱えた。


「眠れ、悪しき者よ。その目を閉じて、夢の彼方へ」


 ペスカの魔法が、効力を発揮し始める。二人がゴブリンの下へ到着する前に、トロール達は全て昏倒した。

 辿り着くなり、冬也はゴブリンに声を掛ける。しかし、ゴブリンは一言呟くと、意識を失ってしまった。


「ペスカ、こいつ無事なのか?」


 ペスカはゴブリンの様子を少し見ると、治療魔法をかけた。目視出来る範囲内の傷は、直ぐに消えていく。まだ意識を取り戻してはいないが、命に別状は無いだろう。


「取り敢えず、大丈夫かな。お兄ちゃんは、そっちの奴らをお願いね」

「おう。お前等、もういっちょ仕事だ。蔦で頑丈に縛り上げろ」


 冬也は、再び木々に命令をする。

 既に周辺の木々は、冬也を主と認めているのだろう。大人しく命令に従い、トロール達を締め上げた。

 念の為に、冬也はゴブリンも拘束させる。それと同時に、周囲を探知をかける。

 魔獣の反応らしきものは感じられず、冬也は少し安堵の息を吐いた。


「こっちも、オッケーだペスカ。周りにこいつ等の仲間は、いなそうだ」

「ありがと、お兄ちゃん。じゃあ、ゆっくりと事情聴取といきますか」


 ペスカは指を鳴らして魔法を解除し、トロール達を目覚めさせた。

 事態を理解出来ないトロール達は、怪力で蔦を引き千切ろうとする。しかし、冬也の命令を守ろうと、木々は更に蔦を絡ませて、拘束を強める。

 

「離せ、許されない」

「そうだ、離せ」

「解放しろ、殺すぞ」

「うっせぇよ、てめぇら! 喚くんじゃねぇ!」

  

 トロール達は、口々に解放を要求する。しかしそんな要求を、冬也が呑むはずが無い。今し方まで、複数でゴブリンを嬲っていたのだ、虫が良すぎる。

 冬也は威圧を込めて、声を荒げる。ただこの時、冬也は怒りの余り神気を強めてしまった。結果的に三体の内、二体は泡を吹き意識を失い、一体は失禁して震えて体を縮こませていた。

   

「お兄ちゃん。脅し過ぎ、これじゃ事情聴取出来ないじゃない」

「ごめんペスカ。でもよ」

「まぁ、気持ちはわかるよ、お兄ちゃん」


 ペスカは、冬也から視線を外すと、震えているトロールに向かって言い放つ。


「知ってる事は、全部吐いてもらうよ。じゃないと、もっと怖い思いをするからね」


 トロールは、怯え切って言葉が出ない。口をパクパクさせて、震えている。これでは、何も聞き出せない。ペスカと冬也は肩を竦めた。


 ドラグスメリアにおける戦いの矜持は、冬也にも共感出来るものが有った。それ故、冬也は少し高揚していた。どんな強敵と出会えるのだろう。拳を交えれば、どんな勝負が出来るのだろうと。

 しかし、目の前に繰り広げられた光景は、その期待を大きく裏切る事になった。だからこそ、冬也は怒った。


 弱者は強者に嬲られる。それは、人間の社会で顕著に表れる。嬲られた弱者は、更に弱い者を探す。

 それは決して良い状態だとは思えない。寧ろ、卑しい行為だと言えよう。何故ならそれは、心の弱さ故に起こる事態なのだから。

 彼らの事情は判然としない。しかし、本当の強者は体の大きいトロールなのか? 違うだろう、体が小さく力の弱い、ゴブリンの方だ。


 暫くすると、後方からゴソゴソと音が聞こえる。ペスカが振り向くと、ゴブリンが目を覚まし、拘束を解こうとしていた。


「離せ! これを解いてくれ! 俺は行かなければならない!」


 ジタバタと暴れるゴブリンに、ペスカが話しかけ様とする。それを見て、冬也が小声で呟く。


「今度は、怯えさせるなよ」

「馬鹿なの? 怯えさせたのは、お兄ちゃんでしょ!」


 ゴブリンは、訝し気な目で二人を見る。気を失っている間に、拘束されたのだ警戒して当然であろう。

 ペスカは出来るだけ怯えさせ無い様に、優しく話しかけた。


「あのね、私達にはあなたを、どうこうする気は無いよ。出来れば事情を教えて欲しいんだけど」


 ペスカが話しかけると、ゴブリンは目を皿の様にして、口を開けていた。


「さ、猿が喋っている。な、何だ、貴様等は?」

「人間って知らない? そっか、見た事無いか」

「ニンゲンって何だ? 新しい猿か? そう言えば毛が無いな」


 何だか既視感を感じるペスカは、少しため息をついて言葉を続けた。


「あのさ、あなたはトロールに襲われてたよね。何で?」

「うん? そう言えば、トロール達はどうしたのだ? 俺は殺されかけ」


 言葉の途中で、ゴブリンが辺りを見回す。すると、トロール達が縛られているのが見える。唐突故に気がつかなかったが、致命傷のはずだった傷が癒えている。


 ゴブリンは、混乱していた。

 目の前には、見知らぬ種族。トロール達を倒した事から、強いのは明白である。いったい奴らは、何の目的が有って自分を治療したのだ。

 相手を倒せば、肉片を残さず食らい尽くすのが、常識であろう。しかし奴らは、トロールを縛り上げたままである。そして、自分もだ。

 これから喰らうつもりなのか。いや、違うだろう。至極、穏やかそうに見える。少なくともこれから喰らう者を、治療するはずがあるまい。


 考えても答えは出ない。

 この時、ゴブリンは薄々勘付いていたのだろう。何かとんでもない事態が、この大陸に置き始めている事を。そしてゴブリンは、その答えを求めて問いかける。


「何だ? 何が起きた? 教えてくれ、毛の無い猿達」

「いや、猿じゃ無いし。私達があなたの命を救ったの。あいつ等を倒したのも私達。わかる?」

「何? まさか、猿がトロールを倒したのか? いつ猿は、そんな進化を遂げた? これも異変の影響か?」

「異変って何? 教えてくれる?」

「猿のわりには、お前達は強いんだな。頼みがある」


 話が噛み合わず、会話にならない。ペスカは、深い溜息をついた。

 流石の冬也でも、ここまで酷くはない。冬也は確かに脳筋と言っていい。考えなしに行動を起こす。思考を放棄する事も有る。ただし決して馬鹿ではない。重要なポイントは外さないのだ。


 ただペスカは、会話の中に有ったヒントを逃さなかった。確かに異変と、ゴブリンは言ったのだ。まさか、ドラグスメリアに着いて早々に、有用な情報を持つ者に辿り着くとは、思っていなかった。


「頼む。いや、お願いします。助けて下さい。このままでは、我等ゴブリンの一族は、滅びてしまう」


 身動きの取れない体で、必死に懇願するゴブリン。そしてトロールとの戦闘で、物足りなさを感じていた冬也は、目を輝かせる。

 そしてペスカは、予想外の展開に頭を抱えた。

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