第122話 神の資格 その1

 邪神ロメリアの神気にあてられ、ペスカと冬也は膝を付く。それ程に圧倒的な力の差を、邪神ロメリアは見せつける。邪悪な意思で満ち、隔絶された空間からは出る事さえ出来ない。

 

 絶望的な状況でも、ペスカと冬也の瞳には諦めの二文字は映らない。易々と死を享受する気は無い、負ける気すら無い。


 常人では息を吸う事さえ困難な邪神ロメリアの神域で、二人は立ち上がる。

 二人を動かす力は、何なのか。

 正義感か、はたまた勇気か、それとも約束か。信念や矜持なのか。そんな単一の言葉で一括りには出来ない様々な感情、様々な想いが二人を突き動かす。


「はははは。立ち上がるのか、凄いね。それでこそ人類代表だよね。まぁ、こんなので倒れられても、つまらないしね。もっと足掻いて楽しませてくれよ」


 邪神ロメリアは、己の優位性を疑う事なく、尊大な態度を崩さない。


「おい、糞野郎。さっきからごちゃごちゃ、うっせぇんだよ。なにビビってやがんだ。かかって来いよ」

「へぇ~、勇ましいよね。混血の癖にさぁ、生意気だよね。お前には、痛い思いをさせられたんだ。せっかくだから、お前から潰してやるよ。お前を動けなくした後に、目の前で小生意気な娘をいたぶってやる。楽しそうだ、あぁ楽しそうだ」

「悪趣味だね、糞ロメ。お兄ちゃんに手を出したら、私が許さないからね」


 邪神ロメリアの暴言で、ペスカの闘志に火が付く。しかし、マナを漲らせ魔法を放とうとするペスカを、冬也が片手で制した。

 そして、冬也は小声でペスカに耳打ちする。


「ペスカ、ここは俺に任せろ。お前は、マナを極限まで研ぎ澄ませるんだ」

「お兄ちゃん・・・」

「お前なら、もうわかるだろ? もう出来るはずだ。俺の傍にいたんだからな」


 冬也はそう言うと、ドロドロとした神域の壁を見やる。ペスカは、冬也の意思を感じ取り頷いた。


「わかったよ、お兄ちゃん。簡単にやられちゃ嫌だよ」

「あんな糞野郎に、俺が負けるかよ」


 二人の視線が交差すると、冬也はゆっくりと邪神ロメリアに向かい歩き出す。右手に持った神剣は、更なる光を放ち始めた。


「最後のお別れは、済んだかな混血」

「てめぇ馬鹿じゃねぇか! 気が付いてねぇのか? てめぇが汚した大地は、もう三分の二くらい、浄化されてるんだよ」


 尊大な態度の邪神ロメリアに、僅かな揺らぎが見える。

 己の意識は旧メルドマリューネの隅々まで届いている。神々が近づいている事には気がついている。それでも、優位は変わらない。


 何故ならここは、邪神ロメリアの神域なのだ。例え原初の神でも、容易に抜け出る事は出来ない。その理由は、大きく力を制限されるからである。反目する程、比例的に力は制限される。

 恐らくこの場で全力を出せるのは、混沌勢と呼ばれる神だけであろう。

 旧メルドマリューネの血を浄化している神々はともかく、神域に入り込んだ冬也とペスカを殺す事は容易いのだ。

 

「愚かだな混血。それで、ぼくが動揺するとでも」

「そうじゃねぇよ。てめぇの負けは、確定してるんだ。俺達が、ここに入った時点でな」


 冬也の神剣は虹色の光を纏う。それは、かつて戦いの神アルキエルを倒した時と、同じ輝きだった。


 その神剣の輝きを見て、邪神ロメリアの眉が僅かに動く。そして邪神ロメリアは、おもむろに手を翳す。床が呼応する様に剣を作り上げていき、邪神ロメリアの手に収まる。

 神域に満ちた悪意の塊で作り上げられた剣は、黒く禍々しい光を放ち、強烈な存在感を放っている。


「お前と同じ武器で戦ってやるよ。その馬鹿な頭に、力の差を叩きこめよ」


 その言葉を合図に、冬也とロメリアは互いに剣を振り上げた。

 一合、二合と切り結ぶ。その度、凄まじい神気がぶつかり合い、虹色の光と黒い光が飛び散り神域が揺れる。


 力は互角か? いや、冬也の圧倒的な不利は変わらない。邪神ロメリアは、周囲の瘴気を黒い剣で吸い取り、力を増していくのだ。

 再び剣を打ち合う、冬也と邪神ロメリア。交わる度に、冬也の剣は弾き飛ばされる。体勢を崩された所に、黒い剣が迫る。冬也は剣で攻撃を防ぐが、やはり弾き飛ばされる。


 どんどんと瘴気を吸い取り、黒い剣が大きくなっていく。目にも止まらぬ速さで、邪神ロメリアは巨大な黒い剣を振るう。

 受け止めれば、力づくで剣ごと叩き切られるだろう。巨大な黒い剣には、禍々しい瘴気が纏っている。ギリギリで躱せば、瘴気を喰らってダメージを受けるだろう。猛烈な速さで振り回されては、間合いを遠く取るしかない。

 近間で勝負をする冬也にとって、不利な状況である。


「どうだい、ぼくの剣は? 力の差を思い知ったかい? お前の力はその程度だろ。僕の力はこの神域に満ちているんだ」


 冬也の息は荒く、大量の汗を流している。神域の中では立っているだけで、体力が削られていくのだ。だれもが敗色は濃厚と思うかも知れない。だが冬也の頭に、負けは微塵も浮かんでいなかった。


「あめぇんだよ、糞野郎。俺は掠り傷一つ付いちゃいねぇぞ」


 確かに冬也は傷を負っていない。

 どれだけ瘴気を集め力を増しても、その速さはシグルドに劣る。速度に関してシグルドと対等である冬也にとって、避けるだけなら難しくは無かった。


「ならば、速度を上げれば、お前は成す術が無いわけだ」


 腕力だけではない、スピードも上げられるのだ。邪神ロメリアは更に瘴気を吸い込むと、倍以上の速度で動き始める。

 流石の冬也も、目で追う事が難しくなる。もう感で避けるしかない。しかし、それでは追い詰められるだけ。

 力を増し続ける邪神ロメリアに、冬也が少しずつ押され始める。 


 冬也とて、力の差は理解している。ましてや、力が制限されているなら尚更であろう。だから冬也は、防御に徹した。

 全神経を伝い、体の隅々に神気を満たした。集中力を高め、既に目では追えなくなっている邪神ロメリアの攻撃に反応した。

 

 剣を弾かれれば、次の攻撃を予測し剣を振る。背後に回りこまれれば、大きく跳躍し間合いを取る。攻撃を予測していれば、死角からの攻撃でも躱す事が出来る。

 冬也は全ての攻撃に反応し防ぎ続ける。反撃のチャンスが来るのを待ち続けて、邪神ロメリアの猛攻を凌いだ。


 そして邪神ロメリアは、少しずつ焦りを感じ始めていた。

 これだけの差が有るにも係わらず、何故傷を付けられない。何故、押しきれない。こいつは、何を狙っている。反撃を捨てて、防御し続けているのは何故だ。

 フィアーナ達の到着を待っているのか? 違う。こいつの狙ってる事は、もっと別の事だ。

 こいつ等には散々、痛い目を見せられたんだ。消滅の一歩手前まで、追い詰められたんだ。

 油断は出来ない。なぶり殺しは止めだ。この男だけは、直ぐに殺さなければ。


 邪神ロメリアは、更に攻撃を強める。そして冬也は、極限まで神気を高め、邪神ロメリアの攻撃に反応する。

 邪神ロメリアの意識は、完全に冬也に釘付けとなる。そして、この場にいるもう一人の存在は、頭の片隅から消え去る。


 そして時は訪れる。冬也だけに集中していた邪神ロメリアは、後方でする声を聞き逃す。冬也の笑みを見た時には、既に遅かった。


「我が名はペスカ。かつてこの大地で生を受け、英雄と呼ばれた者。我が体は死してなお蘇る。我が魂は決して滅びぬ。我が魂の光は天を突き、神へと至る。この光を持って答えよ。邪気には永久の安寧を。澱みは清らかなる清流へ」

 

 ペスカから眩い光が迸る。その光は、神域を満たしていた瘴気を消し飛ばしていく。空気は正常化し、ドロドロとした壁は、綺麗な姿に変わっていく。


「な、何が起きた!」


 邪神ロメリアは、驚きを隠せなかった。神すらも侵せないはずの、自分の神域が浄化されていく。溜め切った禍々しい力が消えていく。動揺する邪神ロメリアに、声がかかる。


「舐めてると、こうなるんだよ。糞ロメ」

「小娘ぇ~!」


 表情を崩しペスカを睨め付ける、邪神ロメリア。そして冬也は、少し息を吐き呟いた。


「やっと、これで対等だな」

「ぎざま~!」

「だから、言ったろ。てめぇの負けは確定だってよ」


 更に表情を変え、邪神ロメリアは怒りを露にする。ペスカは冬也の隣までゆっくりと歩いた。


「お待たせ、お兄ちゃん」

「流石だな、ペスカ」


 冬也が邪神ロメリアと対峙している間、ペスカは神気を研ぎ澄ませていた。

 自分のマナに交じり始めていたのは、以前に冬也から指摘されていた。しかし、唯の人間が得られるはずの無い力である、制御する事は不可能であろう。

 だがペスカは、何度も兄の戦う姿を見て来た。兄が修行をする姿を見て来た。これは、ペスカだから出来たの事なのかもしれない。


 過去に英雄と呼ばれた女性が、転生をしてまで手に入れた本当の力が、発揮されようとしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る