第121話 ロメリアの領域

 国中の動物や植物がモンスターに変化する、魔境と化したメルドマリューネの大地。次々と生まれ続けるモンスターは、王都に引き寄せられる様に集まる。


 永遠とも思われるモンスターの襲来は、たとえ消費マナを極端に減らした魔攻砲とライフルを使っても、体力やマナを奪い続けていく。

 それでもやり遂げなければならない事が有る。

 些細な油断が命取りとなる状況で、長時間の緊張を強いられれば、体力的、精神的にも疲労を重ねていくだろう。


 そもそも、人間の集中力は九十分が限界と言われている。

 しかし空と翔一は、無理に集中を高めようとはしない。鉄壁な防御を持つ車に守られ、交代で休憩を繰り返し戦闘を続ける。

 これは現代知識を持つ、二人のアドバンデージで有り、無秩序にモンスターが入り乱れる状況で、効果を発揮していく。

 集中力は途切れる事なく研ぎ澄まされ、闘志は漲っていく。それは、体内を巡るマナにも影響を与える。

 空と翔一は、かつて無い程にマナが高まり、モンスターの討伐数を増やしていった。


 ペスカと冬也がロメリアを倒す事を、クラウスが兄クロノスと決着をつける事を、唯々信じて。

 

 ☆ ☆ ☆

 

 一方、女神フィアーナを初めとした神々は、王都に起こった異変に気が付いていた。


「駄目よ冬也君、早く出て。そこは、ロメリアの領域よ」


 走り出そうとする女神フィアーナを、女神セリュシオネが引き留める。


「無駄ですよ、フィアーナ。あそこに入ったら、恐らくロメリアを倒さない限りは、出る事が出来ません」

「あの子達は、未来の希望なのよ。ここで失う訳には、いかないわ」

「だったら、早く浄化を進めましょう。それに嫌な予感がするんですよ。私が結界の補助をしたとは言え、あんなにも簡単にメイロードが倒されるのでしょうかね。ロメリアの力の源には、まだ秘密が有ると思うんですよ」


 女神セリュシオネは、訝しげに遠い王都を見つめる。女神フィアーナの心は、酷くざらつく。それは、東から浄化を進める女神ラアルフィーネも同様だった。


「みんな、もっと力を貸して。早く浄化して、ロメリアの所へ行くのよ。冬也君が死んじゃう」


 女神ラアルフィーネは、自分の下に駆け付けた神々に、声をかける。その声には、焦りが入り混じっていた。

 そして焦りの声は、南でも聞こえていた。


「姉さん。半神の小僧、ありゃ不味いですよ」

「そうね、急ぎましょう。早くしないと、手遅れになるわよ」


 ドラグスメリアの神々も、焦りを感じていた。冬也とペスカが入って行った黒い渦の先は、禍々しい力を増幅させる邪神ロメリアの神域。例え神であろうと、入ればただで帰る事が出来ないのだ。


 ☆ ☆ ☆

  

 邪神ロメリアの神域内は、禍々しい瘴気が渦巻いていた。薄暗く、可視化出来る程に濃い瘴気が、視界を塞ぐ。壁は、焼けただれた皮膚の様に、ドロドロとしている。


 所々から聞こえて来る呻き声は、怨念の塊。怒り、悲しみ、嘆き、嫉妬、絶望、恐怖。戦争で集めた狂気や憎悪、大量殺戮で集めた大量の恐怖。

 そこは邪神ロメリアにより昇華され、作り上げられた悪意に満ちた空間。多くの人間の命を糧にして出来上がった、邪神ロメリアの絶対領域。


 只人が足を踏み入れれば、瘴気で肉体が一瞬にして腐るだろう。例え多くの戦場から生き延びた歴戦の猛者とて、数秒で発狂し死を迎えるだろう。

 足を踏み入れた冬也も、流石に気味の悪さを感じていた。

 

「お兄ちゃん。ちょっと待ってよ、お兄ちゃんってば」


 冬也が振り向くとペスカの姿が見える。


「ペスカ、お前も来ちゃったのか?」

「来ちゃったのかじゃ無いよ。馬鹿なの? いや、馬鹿だったか。あんな挑発に乗って、まんまと相手の有利な場所に行くなんて」

「だってよ、ムカつくじゃねぇか」

「わかるけどさ。見てよこの場所、異常だよ」

「あぁ。まさにロメリアって感じだ」

「お兄ちゃん。取り敢えずここから出る方法を探さないと」

「いや、もう出れねぇぞ」


 冬也の声を遮る様に、空間に声が響き渡る。


「混血の言う通りだよ。君達は、ここから出る事は出来ない。ここは僕の神域。君達は特別に魂ごと、取りこんであげるよ」


 聞き飽きたとばかりに、ペスカは軽く溜息をつく。そして間髪入れずに、呪文を唱えた。


「浄化の光よ邪を滅せよ。淀んだ瘴気を打ち払え! 破邪顕正」


 ペスカから光が溢れ、空間に渦巻く瘴気を消していく。だが、それも一瞬の事だった。直ぐに瘴気は、空間を満たす様に、至る所から噴き出してくる。

 まるで、空間が息をする様な光景に、ペスカの肌は粟立つ。


「ははっ。そんなもので払えると思ってるのかい? 滑稽だね」

「じゃあ、これでどうだよ、糞野郎」


 冬也が神気を解き放ち、神剣を振るう。剣筋が空間ごと切り裂いていき、瘴気を消滅させていく。それも、溢れる瘴気を止める事は無かった。

 

「あははは! 僕の神域は、フィアーナだって浄化は出来ないよ」


 ペスカは、歯を食いしばる。その表情を見て、邪神ロメリアは嬉しそうに言い放った。


「君、確かメイロードを倒したんだよね。凄いよね、唯の人間風情が。でもね、あれは抜け殻だよ。メイロードの神気は、僕がほとんど奪ったからね」


 予想外の言葉に、ペスカは言葉に詰まる。邪神ロメリアに、上手を取られたのだ。

 何故こんなに早く、邪神ロメリアの神気が回復したのか、疑問には思っていた。大陸を滅ぼしかねない女神メイロード。そんな神気を邪神ロメリアが持っているなら、危険を承知でしかけた罠は何だったのか。

 女神メイロードを倒す事は、必要であった。しかし総合的な力は、ほとんど削れていない。

 ペスカは、邪神ロメリアを睨め付ける。

 

「良い顔だ。それだよ、それ。その悔しそうな顔を見たかったんだよ。あ~最高だね」


 邪神ロメリアは満面の笑みを浮かべて、言葉を続ける。

 

「簡単には、終わらせないよ。あっさり殺しちゃつまらないからね。苦しんで、苦しんで、苦しみ抜かせてから、泣かせて、ぼろ屑にして、ぐちゃぐちゃにして。あ~堪らない! 終わりの始まりだ」

  

 邪神ロメリアが少し神気を開放すると、圧倒的な力にペスカは膝を付く。その力の前に、数々の戦いで神気を高めた冬也でさえも、膝を付いた。


 ただでさえ力を増した邪神ロメリアは、女神メイロードの神気も併せ持つ。大地母神とて、敵わない程の力は、まだ片鱗しか見せていない。


 絶望的な状況。


 しかし、ペスカと冬也の瞳は、輝きを失っていない。大陸の命運を賭けた、最後の戦いは序盤に過ぎない。その絶望を覆そうと、ペスカと冬也の抗いが始まる。

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