第114話 メルドマリューネの終焉
クロノス・メルドマリューネの洗脳完了。それは、魔道大国メルドマリューネに大きな影響を与える。
神の恩恵が届かない北の大地で、魔法に全てを管理された国。その全てが、直ぐに邪神ロメリアの色に染まる訳では無い。しかしその傾向は、徐々に見せ始めていた。
徹底管理されていた農園は、誰も管理する者がいなくなった。都市の管理をする者も、全て戦争に向かう。
街や村から人が消えていく、それと同時に木々や草花が枯れ始めた。
元々荒れた大地で有る。魔法で管理していた者達が消えれば、豊かさを維持出来なくなる。そして、邪神ロメリアの神気が、土地に流れ込んでいく。
それは、自然界に流動するマナの異常をもたらせ、モンスターの異常発生を促す。相乗的に事態は、悪化していった。
土地は汚泥の様に穢れ始め、強い悪臭を匂わせる。川底にはヘドロが溜まり、水はスライムの様に滑っていた。木々は、根からの栄養供給を諦め、独立して歩き出す。空気は澱み、吸い込めば人体に害を与える。
異変は首都を中心に、少しずつ国中に広がっていった。
影響は、人間にも及び始める。淀んだ空気を吸い続けた住人達は、徐々に姿を変え始める。牙が生え、爪が鉄の様に硬くなり、皮膚は鱗の様に頑丈になっていく。その姿は、ドラグスメリアに住む、ドラゴニュートに酷似していた。
姿を変えても、住人達は過去の命令に縛られ、三国連合軍、エルラフィア軍を探し歩き続ける。
クロノス・メルドマリューネは、長い時をかけて荒れた北の地を緑豊かな大地に変えた。その三百年の軌跡は、一柱の邪神によって踏みにじられていった。
洗脳により、クロノスは悲しみを感じない。もし、洗脳をされていなければ、間違いなく邪神ロメリアを許さなかっただろう。邪神ロメリアは、クロノスが半生を捧げ作り上げた国を、粉々に打ち砕いていったのだから。
そして、王都で暴風雨を降らせていた、二柱の神々は、変わりゆく状況に顔色を変えた。
「雨の、遊んでる場合じゃ無くなったぞ!」
「あぁ、風の。早く、他の神々を集めよう。もう、ここはロメリアの領域だ」
「そうだな雨の。このままだと、大陸中がマナ異常になる。フィアーナだけじゃ足りねぇ。ラアルフィーネにも、声をかけるぞ。大地の浄化を急がねぇと」
二柱の神々は他の神々を呼ぶ為に、姿を消した。
城には、無表情で玉座に座るクロノスの姿と、高笑いを続ける邪神ロメリアの姿だけが残される。
「笑えるね。馬鹿な人間達に、馬鹿な神々だよ。僕がどれだけ準備をしてきたと思ってるんだい。なあ、クロノス」
邪神ロメリアはクロノスを見やるが、直ぐに天井付近に視線を戻す。
「あぁ、そうか。感情は消しちゃったんだっけ。君と同じ事をしてみたんだけど、案外つまらないもんだね。やっぱり遊び相手は、歯ごたえがなきゃね。あの小娘達の様にね」
邪神ロメリアの高笑いは続く。
「何をしても、もう遅いよ。フィアーナだって止められはしない。この大陸は終るんだ。僕の勝ちだよ。ハハ、ハハハ、ハハハハハ」
一方クラウスは、空気の中に混じる違和感を感じ取り、エルラフィア軍の後退を命じた。
「全軍、後退せよ! 近づく敵兵は、全員射殺せよ」
「ルクスフィア卿、一体どうしたのです?」
「メイザー卿、空気中に違和感を感じます。これは二十年前の再来。いや、もっと酷いかも知れない」
「もしや、マナの異常化が空気感染するとでも?」
「そうだ。軍の指揮は、メイザー卿に任せる。エルラフィア王都まで軍を撤退させて、国境を死守だ」
「わかりましたが、ルクスフィア卿はどうされるのです? まさか単独で、進まれるのでは?」
「その通りだ。私は決着を付けなければならない。陛下には、ご了承頂いている」
「危険だ! その体で、何が出来るのです! 帝国でどれだけの傷を作ったか、ご自分でわかってるでしょう!」
「それでも、身内が原因で起きた事だ。私が片付けるのが義務だ」
シリウスはクラウスの行く手を塞ごうと、両手を掲げる。シリウスが義姉と慕うペスカが、メルドマリューネの民を救おうとした様に。クラウスは戦いの先に必要な人材なのだから。
しかし、クラウスは譲らなかった。実の兄が関係しているなら、その蛮行を止めるのは家族の義務なのだから。
この戦争の意義を、両者は理解している。何の為に戦うのか、それは大陸の平和を守る為の戦いである。それ故、神に反抗した。
クロノス・メルドマリューネは、確かに民を傀儡にした。
しかし、大陸中で認められている事実が有る。あの国には戦争が無い。あの国では暴動が起きない。あの国は豊である。
悪政か否か。結果だけを見れば、これだけ理想的な国はあるまい。国や領地を治める者からすれば、これだけ楽な統治はあるまい。
少なくとも、人間を害悪だと公言するクロノス・メルドマリューネが、どれだけ民を愛していたかは、周知の事実なのだから。
魔道大国メルドマリューネの兵に異常が起きたとすれば、それはクロノスの意志ではない。クロノスは、自爆攻撃を兵に命じない。豊かな自然を犠牲にしない。
それは、全て邪神ロメリアによるものなのだ。
クラウスの瞳は告げる、兄を助けて来るから後は任せると。実の兄弟を失ったシリウスは、終ぞ止める事は出来なかった。
そしてクラウスは、単独で自走式荷車を走らせる。せめてと、シリウスはクラウスの単独行動を、ペスカに報告した。クラウスの本懐が遂げられる様に。
「待っていろ兄貴。邪神に操れてるなら、私が必ず解放してみせる」
そしてペスカ達は車のスピードを上げていた。変わりつつある景色に、焦りの気持ちが募る。
「翔一君。極力ハッチから頭を出さないでね。どうしてもの時は、浄化の魔法を身体中に纏わせるの。良い! そのまま空気を吸ったら、危険だよ」
「わかったけど、空ちゃんは良いのかい?」
「空ちゃんのオートキャンセルは、この程度のマナ異常では影響ないよ。危ないのは、翔一君だけ」
「わかった。注意するよ、ペスカちゃん」
翔一が頷いた所に、運転をしていた冬也が会話に割り込む。
「ペスカ。クラウスさんは、単独で向かってるんだろ。早く回収しないと」
「わかってるよ、お兄ちゃん。クラウスの奴、手間かけさせて、もぉ」
北の大国は終りを告げ、混沌の大地に変わる。クラウス、ペスカ達、神々、人間達、色々なものを巻き込んで、終幕が始まる。
勝利がどちらの手に落ちるのか。それは、神すらわからぬ未来の行方だった。
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