第113話 メルドマリューネの抵抗

 東西から攻められ、メルドマリューネ軍は次々と敗れ去る。圧倒的な戦力を持っていながら、こうも易々と敗れていくのには、理由があった。


 自ら考える事を放棄し、ただ命令に従い行動するだけの現場指揮官に、臨機応変な対応は取れない。

 その為に、奇策を用いて戦うサムウェル率いる三国連合の前に敗北を喫した。遠距離から攻撃をするエルラフィア軍に、成す術も無く敗れ去った。


 何よりも深刻なのは、指揮系統の混乱であった。

 メルドマリューネ首都では、引っ切り無しに続く暴風雨の影響で、各地からの連絡はもとより、作戦指揮が停滞義気になっていた。

 

 クロノス・メルドマリューネは、連絡が途絶え戦況が判らない状況と、襲い続ける神の襲撃に、歯噛みする思いでいっぱいだった。


「くそっ。ロメリア! 奴らをどうにか出来ないのか?」

「今、僕が出てったら、神同士の戦争になるよ。それでも良いなら、奴らを皆殺しにしてあげるよ。その代わり、この大陸が荒野になっても、知らないよ」

「ふざけるな! 人間は貴様の遊び道具では、無いのだぞ!」

「遊び道具だよ。君だって、似た様な事をしてるじゃないか。こんな広い国で、お人形遊びをね」

「馬鹿を言うな! 私は争いの無い世界を目指して、今日までやって来たのだ! 人間は世界の害悪だ! だから貴様みたいな邪神が生まれるのだ!」

「そもそもさぁ、そこが違うんだよ。誰しも欲や怒りは有るんだよ。君がいま感じているのは、怒りじゃないのかい? 君の理想は、欲じゃ無いと言い切れるのかい? 争いの無い世界? 馬鹿馬鹿しい! 君は知っているんじゃ無いのかい? 世界の調和を図る為に、神が戦争を起こしている事をさぁ」


 クロノスは、誰よりも理解している。それだけに、邪神ロメリアに言われた言葉を、腹立たしく感じた。


「もう、止めるかい? 頭を下げて、許しを請うかい?」


 それは出来ない。もう止められない。平和の為に作り上げた国が、平和を望む者達の手によって、壊されようとしている。それは許されない。それだけは許してはいけない。

 

「君や僕にとっては、ほんの僅かな期間だったけどね。二十年の平和は、あっと言う間だったね」

「貴様がどの口でほざく! 全ての元凶だろうが!」

「君もだよ、クロノス。君は奴らに取って、悪の親玉だよ」


 三百年をかけて、心血を注いで国を作り上げた。その間に、何度も理不尽を感じた。信じていた人間に裏切られ、欲に溺れた人間に国を攻められ、神の手により、戦をさせられた。

 

 クロノスは、許せなかった。

 神の勝手で戦争を起こされて、愛する民を失いたく無かった。人間達の勝手な暴力で、愛する民達が傷つくのを、見ていられなかった。

 だから、自国の民から自我を奪い、自ら考える事を放棄させた。そしてクロノスの命令しか聞かない、感情の無い人間達を作り出した。

 クロノスの巨大なマナと、魔法の知識が有れば、神の意志に支配はされない。自らが盾となり、自国の民を守る事を、クロノスは選んだ。

 

 何も奪う事が無い世界、何も奪われる事が無い世界。人間は等しく国の為に尽くし、子を成して次の世代を作り出す。自由は無いかも知れない。その代わり安全が保障された国、それが魔道大国メルドマリューネである。


 だが、一番愛する家族が、自分の下から離れていった。ただの小娘の下に走って行った。クロノスが本当の意味で、変わった瞬間だったのかも知れない。


 ペスカが憎い。その想いは、邪神ロメリアに利用された。抵抗をしていたつもりでも、少しずつ侵食されていた。

 二十年かけてゆっくりと、クロノスに気がつかれない様に、邪神ロメリアの侵食は進んでいた。それこそ、蝸牛の歩みと言ってもいいだろう。


 気がついた時には、取り返しがつかない。

 思考自体に、自らの意志が有ったのか。

 囁かれる声に、身を任せているだけではないのか。

 この怒りはいったい誰の物なのか。


 何に怒り、何を守ろうとしてきたのか。

 何の為に、命を賭して抗って来たのか。


 もう何もわからない。

 もう何も感じない。

 気がついた時には、戦争が始まっていた。

 気がついた時には、終わりが始まっていた。

 そう、気がついた時には、取り返しはつかないのだ。


「もう、堕ちちゃいなよ、クロノス! 一緒に世界を滅ぼそうよ」


 邪神ロメリアの一言は、僅かに残ったクロノスの自我を消し去るキーワード。神すらも干渉するのは厄介であろうクロノスを、手に入れる為の最後のきっかけ。


 クロノスは頭を抱え込み、大声で悲鳴を上げる。悲鳴が上がってから、数分が経過する。やがて悲鳴が収まり頭を上げたクロノスの目は、濁った色になっていた。

 二十年の時を経て、クロノスの洗脳は完成した。

 

 そしてクロノスは、立ち上がり呪文を唱えた。

 魔道大国メルドマリューネでは、軍隊だけが戦力では無い。国民皆兵であり、全ての住民が等しく戦う力を持つ。

 その呪文は、終焉の鍵である。


「立ち上がれ、我が戦士達よ。その命を持って、敵を屠れ」

  

 クロノスは、自分の管理下に有る全ての住民達に、戦う命令を出した。それは、最悪の命令でもあった。大切にしてきた者達が、自ら命を対価に敵を倒す命令を下したのだ。

 

 メルドマリューネ領内で、破竹の勢いで連勝を続け、先行する三国連合軍は、最初の危機に遭遇する。その異変に、いち早く気が付いたのは、モーリスであった。


 メルドマリューネ軍の兵士達が全員、異常な程にマナを溜め込んで、突撃してくる。モーリスは、敵兵の異常を察知して、指揮下の部隊を下らせる。

 敵兵はマナを膨れ上がらせ、モーリスの傍に近寄る。自分の体ごと、モーリスを巻き込む様にして爆発した。

 咄嗟に魔法で障壁を張って難を逃れたモーリスだが、次々と襲い来る敵兵に対し、いつまでも持ち堪えられる訳が無い。

 モーリスは、力の限り叫んだ。


「サムウェル! 皆に伝えろ! 奴ら自爆するぞ!」


 モーリスは剣にマナを込めて、敵兵のマナを切り裂こうとした。しかし剣が、敵兵のマナに触れた瞬間に、爆発が起こる。モーリスは、そのまま剣を振り回して、爆発ごと切り払い難を逃れる。


 やむを得ずモーリスは、剣から光刃を飛ばして、敵兵が近づく前に爆発させた。それとて、焼け石に水である。

 マナを切る事や、剣から光刃を飛ばす等は、限られた者しか出来ない高等技術である。次々と自爆目的で突撃してくる敵兵に、三国連合軍は撤退を止む無くされた。


 エルラフィア側でも、その事態は起きていた。

 魔攻砲で遠距離攻撃するエルラフィア軍に、直接の被害は無かった。しかし砲撃が敵軍に着弾すると、敵兵は爆発していった。


「くそっ、何が起きている」

「ルクスフィア卿。グラスキルス側から、連絡がありました。あれは、自爆攻撃のようです」

「マナの異常を感じたかと思えば、とんでもない事をする。兄貴がやらせたのか? 信じられん!」

「あれでは、犠牲者を出さない訳にはいきませんよ」

「いや、マナキャンセラーを撃たせろ。それで、あれば効果が有るはずだ」

「わかりました、ルクスフィア卿」


 エルラフィア軍は、マナキャンセラーと記憶強制リセットくんを駆使して、メルドマリューネ軍に対抗する。クラウスは急いで通信を開き、三国連合、ペスカ達に情報を共有した。


「何て事すんの、あいつ。よりによって自爆特攻なんて」

「ペスカ様。マナキャンセラーは、有効のようです」

「そっか、サムウェル聞いてる? ゾンビ用に作らせた兵器を、早く現地に運ばせなさい」

「わかった、ペスカ殿。急いで運ばせる。それまで、こっちは一次撤退だ」


 だがその時に、乾いた様な笑い声が、通信回線から聞こえて来る。ペスカと冬也が良く知る笑い声は、通信回線が繋がっている、全ての箇所で響いていた。


「ハハハハハ。パーティーは楽しんでくれているかな? もっと遊んでくれないと、困るなぁ。早くおいでよ、ペスカに冬也。潰してやるのを、楽しみにしてるんだからさぁ」

「ロ゛メリア゛~! あんた、何してんのよ!」

「遊びだよ。君達が遊んでくれないから、人間で遊んでるんだ。早くおいでよ。殺されにさぁ」

「あんたねぇ!」


 車内には、通信の声が響いている。その声に反応する様に、神気が膨れ上がる。


「上等だてめぇ! 直ぐにぶっ殺してやるから、待ってろ糞野郎!」


 冬也の怒鳴り声と共に、神気で車がビリビリと震え、通信回線は耐えきれずに途絶えた。

 

「ちょっと、お兄ちゃん。落ち着いて。そんなに神気出さないで。通信が切れちゃったでしょ」

「ごめん、ペスカ。でも、許せるのか?」

「許せないよ。でも、戦う場所は、ここじゃ無いでしょ」


 ペスカは、冬也を宥めた。だが、ペスカとて怒りのピークは、とうに越えている。しかし、ロメリアを倒す為に、怒りを静めていた。


 ラフィスフィア大陸中央部の人々をゾンビに変えて、更にミサイルで各地の人々を殺していった。これが許せるはずが無い。

 更にはメルドマリューネの民まで巻き込んでいる。奴にとっては遊びに過ぎない。人の命など、ただのおもちゃに過ぎない。


 クロノス・メルドマリューネの洗脳完了と共に、完全に魔道大国メルドマリューネは、邪神ロメリアの手に落ちた。そして、ようやく邪神ロメリアが、表舞台に姿を現す。だがその登場は、世界を最悪へと導くものであった。

 明日の未来を勝ち取る為、真の戦いが始まろうとしていた。

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