第112話 メルドマリューネ突入

 魔道大国メルドマリューネに、一番早く侵入したのは東部の三国連合であった。そして彼らは、そこが既に魔境である事を知る。


 メルドマリューネ軍の戦法は、モンスターで兵力の増強を図った様にも取れるだろう。しかし混乱をさせる事が、メルドマリューネの思惑ならば、意味は全く変わって来る。

 これは民の命を盾にして、侵攻しているのと同じであろう。卑劣極まりない作戦である。


 人とモンスターの混成軍は、三国連合を苦しめた。人とモンスターは違う。例え両方が敵であったとしても。しかもエルラフィア軍が、メルドマリューネ兵の洗脳を解く技術を実証したばかりなのだ。

 助けられる命があってもいい。そう考えて当然だ。だがその為には、モンスターを消滅させなければならない。


 三国連合から情報が伝わり、ペスカは魔攻砲や魔弾の準備を進めた。そして各所へ連絡を取り、様々な指示を出した。またペスカは、グラスキルスの間諜部隊から入手した、メルドマリューネの地図を入力しナビを完成させる。

 

 大きなライン帝国を、冬也、空、翔一が交代で運転し車は北上する。そしてエルラフィア軍がメルドマリューネ軍を壊滅させたほぼ同時刻に、メルドマリューネの領土に侵入を果たした。

 国境を超えてからは、翔一が探知で、モンスターの分布状態を確認し、スクリーンに投影する。そして冬也は、モンスターを避ける様に車を走らせ、王都を目指した。


 ペスカ達の目的は、モンスターを掃討する事では無い。極力余計な戦闘は避けて、王都へ直行するのが、最優先事項である。これは、事前の打ち合わせでも、サムウェルやクラウス達と確認した事項でもある。


 ただ、ここで大きな問題が立ちはだかる。三国連合が苦戦を続ける人とモンスターの混成軍である。

 冬也は戦争の参加に反対した。幾ら首謀者を倒して、いち早く戦争を終わらせ様としても、このまま王都に向かえばいずれは混成軍と戦わければならないだろう。

 この状況を最も危惧していたのは、ペスカに他ならない。そうでなければ、新兵器の設計図など残していかなかったはずだ。

 また、エルラフィア軍からの報告を受けて、ペスカはどうしても魔法の実験をしたいと主張した。


 成功すれば、より多くの命が救える。 

 大局的には、これ以上の死者は不要なのだ。大陸中央部に限らず、大陸東部、エルラフィア王国以南で、どれだけの死者が出たか。

 人間もまた、この世界の一部なのだ。マナの調和を保つ、一因であるのだ。これ以上、死者が増えれば大陸を循環するマナが乱れ、調和が取れなくなる。


「あのさ、ペスカちゃん。本当に、あの変な魔法を試すの?」

「そうだよ翔一君。何を聞いてたのさ!」

「いや、一応の確認だよ」

「あのね、洗脳されても感情を完全にコントロールするのは、難しいんと思うんだよ。それが可能だとすれば、脳神経のどこかが既に壊れてると思うの」

「言いたい事は、何となくわかるけど」

「脳って、緻密に連動しているんだよ。記憶領域だけ書き換えて真人間に変えるなんて、現代科学では無理。だから、神経系全てを治療しつつ、記憶のリセットと書き換えをするの。魔法でね」

「可能なのかい?」

「可能にすれば良いの。教えたでしょ、魔法はイメージだって。普通の真人間になる様に、イメージして魔法を撃てば良いんだよ」


 彼の実験を行うのは空と翔一である。ペスカが自ら実験をしない理由は至極簡単、実験をするまでもなく可能にしてしまうからだ。

 これはあくまでも一般兵が、魔法を使った状況を想定しての実験である。それには、空と翔一が相応しいだろう。そして実験の結果如何では、三国連合の作戦を変える必要がある。


 ただペスカは簡単に魔法はイメージだと言うが、異世界人である空と翔一にとって、この世界に住む者の記憶の書き換えは、不可能だと思えた。


 そもそもメルドマリューネの民は、生まれながらに洗脳を受け、命令に従って生きて来た。自らが判断して行動した事は、一度もない。

 兵士である事を忘れさせなければ、長らく従ってきた使命に則り、戦線に復帰する可能性が有る。だからといって、メルドマリューネの民が持つ農業技術まで忘れさせては、彼らは途方に暮れるだろう。

 そして目的も持たせなければ、生きる事さえ叶わない。


 記憶の書き換えにあたり、ペスカは数時間をかけて異世界の一般的な人物像を説明した。しかし空と翔一は、どうしても理解しきれない。そこには大きな文化の違いが有るのだ。

 それ以前に二人は、この世界の者達とそれほど深く関わっていない。


 そこで二人には、ある種族を参考にさせた。異世界で出会った一番純朴な、ミノタウロス。恐らく日本人よりも穏やかで、平和を愛する種族の彼らを思い描いて、魔法をイメージした。


 自分達は、メルドマリューネに悪政に苦しみ、脱走して来た。そして大陸の中央を目指している。自分達が武装しているのは、あくまでもモンスターを撃退する為である。これから大陸中央を開拓し、自分達の居場所を作る。

 これが、メルドマリューネ兵に植え付ける記憶である。


 そして再度説明を受けた空は、ペスカに質問を投げかける。


「ねぇ、ペスカちゃん。同じことを早く、エルラフィアって国に教えてあげた方が、良いんじゃない?」

「うん、まぁそうなんだけど。あっちとこっちじゃ、状況が違うからね」

「どういう事?」

「あっちは、戦争中。ただでさえ兵力が足りないのに、捕虜を大量に抱える余裕は無いよ」

「だから、先ず神経系を破壊して、別個に治療するって事?」

「当り! 逆にこっちは、倒れた人を放置しても救護班がいない。せめて自力で行動出来る様に、同時に治療もしちゃうの」


 ペスカは、空と翔一の二人を交互に見ると、やや真剣な面持ちで話しを続ける。


「この先で注意するのは、兵士達だよ。多分サーチには掛からない。奴らは敵意が無いからね。例え青い点でも、敵兵だと思った方が良いよ」


 運転しながら聞き耳を立てていた冬也は、最後だけ理解出来た様で、軽く頷いていた。それを見たペスカ達は、緊張が解れたのか、軽い笑い声を上げた。


 比較的安全そうな場所を予測して、ペスカ達の実験は行われる。

 スクリーンに投影された赤い点を確認し、モンスターが集中していない場所を探す。それは、一般人となった兵士達が、後々モンスターに襲われない為の配慮である。


 実験可能な集団を見つけて近づくと、ペスカが周囲をスクリーンに拡大投影する。そして、人とモンスターの混成部隊に向けて、空が魔攻砲を放つ。

 魔法を受けた兵士達は、昏倒して倒れ伏す。モンスターは兵達を置き去りにして、こちらへ向かって来る。モンスターは、翔一がライフルを連射し駆逐する。


 モンスターを駆逐し終わると、ペスカと冬也が倒れた兵達に近づいた。翔一は万が一に備えて、ライフルで狙撃の構えを崩さない。

 冬也は倒れた兵士の何人かを起こす。兵士達は、なぜこんな場所にいるのか困惑している様子である。安全を確認すると、ペスカは兵士達に自分の故郷や仕事など幾つかの質問等を行った。

 

 記憶の書き換えが出来ているかの確認である。それと同時に、記憶の書き換えによる異常が発生していないかも、確認する必要がある。   


 思考能力、運動能力に異常は見られない。視神経等の末梢神経にも、異常は感じない。うつ、抑うつ等の精神異常も、感じられない。記憶の定着も、問題はない。

 総合的には、生活上での異常は無いと思われる。何よりも、兵士達からは攻撃の意志を感じられない。

 完璧とは言えないが、上々の成果であった。

      

 ペスカは元兵士達に、ここが危険で有る事を教え、南への避難経路を伝える。

 説明を終えると車に戻り、エルラフィア王都とグラスキルス王都に、魔法式と実験結果を報告した。

 報告を受けたエルラフィア王都では、ペスカの実験を参考に、マルスが捕虜の記憶植え付けを開始した。


 マルス達、異世界の住民をサンプルにした記憶を植え付けた為、実験結果は良好。元兵士達は、自らをエルラフィア王国の民と思い込んでいた。いずれ、行動療法等の継続治療が、必要になるかも知れない。

 現状の対策としては、充分な成果を上げる目途がついた。


 勿論ペスカは、元メルドマリューネ軍の兵士達が、後々記憶齟齬による、何等かの弊害が起こる可能性を示唆している。

 エルラフィアの研究所では、引き続き経過観察を行い、随時情報を共有する体制を整えた。


 マルスの実験成果を受け、グラスキルス王都でも、捕虜の記憶植え付けが開始される。エルラフィア王国では、兵站の搬送と合わせて、捕虜の王都輸送が始められた。

 一連の行動は、人とモンスターの混成部隊と対峙する上で朗報であると同時に、ラフィスフィア大陸復興の一助となろう。


 一先ず兵士を昏倒、次にモンスターを掃討と、侵攻作戦は効率的に変わる。

 魔攻砲を大量に用意したエルラフィア軍は、メルドマリューネ領土に侵入後、次々と敵兵を沈黙化させていく。

 三国連合も、サムウェル、モーリア、ケーリアの三将を中心に、モンスターを駆逐し混沌した兵士を量産していった。

 

 必然的に、メルドマリューネ軍は、西と東に集中し始め、王都付近の防衛が薄くなっていった。

 メルドマリューネ側へ追い打ちをかける様に、王都に暴風雨が吹き荒れる。戦況は好転を見せ始めていた。

 しかし、未だ邪神ロメリアは姿を見せず、メルドマリューネ軍の抵抗は続く。最終局面は、その片鱗を見せようとしなかった。

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