第111話 エルラフィアの本気

 約六千の兵を率いて進軍を開始したクラウス。脇には補佐としてシリウスがおり、シリウスの傍にはメルフィーとセムスの姿もあった。そして帝国から離脱し、エルラフィア軍に参加したトールも、隊を率いて進軍をしていた。

 

 兵達が抱える想いは、多少なりとも異なるだろう。家族の為、愛する人の為、国の為、故郷の為。だが、共通するのは、守りたいという想い。

 それは、クラウスの言葉でその想いは、より強くなった。平和な世界を愛する者達の為に、兵達は英雄の意思を心に宿した。


 毒虫により一割の兵が戦線離脱したメルドマリューネ軍は、速度を落としながらも行軍を続ける。そして、王都から数十キロ先の平原で、両軍が衝突する事となった。


 一人当たりが、高い魔法の能力を持つメルドマリューネ軍。ペスカが発案した、近未来武器で強化したエルラフィア軍。両軍共に魔法を基本とした戦い方をするが、その手段は全く異なる。

 異なるのはもう一つ。

 ただ命令を遂行するだけの人形と化したメルドマリューネ軍。クラウスの演説により、志気が高まっているエルラフィア軍。

 その違いは、明らかな結果として出る。


「魔攻砲、放て~!」


 先制を行ったのは、エルラフィア軍であった。クラウスの合図により、新型砲弾が打ち出される。

 どれだけ訓練しても、人間の兵士では魔法が届く限界がある。魔攻砲はその倍以上の距離から攻撃可能である。それは局地戦において、圧倒的な優位性を持つだろう。

 そして新型砲弾、記憶強制リセットくんの威力が発揮される。メルドマリューネ軍の前線は、脳の記憶領域に過度な魔法の干渉を受け、次々と意識を失い倒れていく。


 エルラフィア軍は、第二射の装填を急ぐ。シリウスは初撃の様子を確認すると、クラウスに話しかけた。


「一先ずは成功のようですね、ルクスフィア卿」

「油断はいけない、メイザー卿。実証試験も済んでいない魔法だ。どんな影響が出るかわからない」

「ルクスフィア卿、続けますか?」

「あぁ。時間はかかるだろうが、殺すより生かした方が、将来的には効果が有るはずだ」

「そうですね。上手く行けば、民の半分を失った我が国で、労働力の足しになるでしょう」

「何名かは、直ぐに王都へ搬送。マルス殿が記憶の植え付け実験をする事になっている」

「それはお任せ下さい。自走式荷車を数台用意しております」


 倒れた前線を乗り越えて、メルドマリューネ軍の第二部隊が前へと進んで来る。それを確認した、クラウスは再び魔攻砲の発射を命じる。

 砲弾は第二部隊にも命中し、重度の意識混濁者を増やしていった。


 メルドマリューネ軍の魔法は、エルラフィア軍に届かない。メルドマリューネ軍は、魔法と物理両方の障壁を何重にも張り、第三、第四部隊と次々に軍を進める。だが砲弾は、その障壁を難なく突き抜け、メルドマリューネ軍に着弾する。

 これは、ペスカの師である王立魔法研究所の所長マルスが、弾丸に付与した魔法による影響であった。


 マルスは、砲弾が放物線を描き落下する直前を狙って発動する、マナキャンセラーを砲弾に付与していた。その為、砲弾は魔法で張られた障壁を突き破り着弾する。王立魔法研究所が本領発揮した瞬間だった。


「流石マルス殿、見事だな。ペスカ様の師だけは有る」

「あの方は、姉上の魔法を一番理解してらっしゃる。私では、思いつきませんよ」

「メイザー卿。悔しいが私もだ」

「さて、ルクスフィア卿。そろそろ、終わりにしますか?」

「そうだな」


 クラウスの合図で、ライフル部隊が前に進み、三日月状に広がる。尚も進んで来るメルドマリューネ軍を囲い込み、ライフルで一斉射撃した。戦闘開始からほんの数時間、メルドマリューネ軍は完全に沈黙した。


 クラウスは、敵軍の状況確認を急がせる。

 新型砲弾と銃弾で撃たれたメルドマリューネ軍は、昏睡状態にあるものの、生命の維持が確認された。

 シリウスは詳しい状態を王都へ連絡し、数名を選び搬送させる。それと同時にクラウスは、専用の通信回線でグラスキルスとペスカ達に連絡を入れた。


「メルドマリューネ軍は壊滅、これから残党を探しながら北へ向かいます」

「クラウス。記憶強制リセットくんはどうだった?」

「おい、何だよペスカ。その変なのは?」

「お兄ちゃん。通信の邪魔しないで!」

「クラウスさん達に、迷惑かけてんじゃねぇだろうな」

「私がそんな事する訳ないでしょ! あれは、王都の研究室に行った時に置いてきた、メルドマリューネ用の対策なの。マルス所長に実験して貰おうと思っていて、お願いする機会が無かったんだよ」

「相変わらず、お二人は仲がよろしいですね。新型魔法は、リセットくんという物しか使用しておりません。撃たれた者は、意識混濁の上で昏睡。命は辛うじてといったところです。数名を王都に搬送させましたので、実験完了次第マルス殿から連絡があると思います」

「意識の回復は、治癒の魔法で何とでもなるけど、ニューロン自体が破壊されてたら、医療知識が無いこの世界の人達が、回復手術をするのは不可能だからね。実験後は、ちゃんとメモに書いたテストをする事! マルス所長に念押ししといてよ」

「単語の意味が解りませんが、手記の実証確認を取れと仰りたいのでしょうか?」

「そうだよ。クラウス、あんた平和になったら、日本に行って医大に通うと良いよ」

「イダイとやらの意味は解りませんが、確認の件は必ずマルス殿にお伝えします」

   

 通信が終わり、深く息を吐くクラウス。その様子を見ていたシリウスが、クラウスに尋ねた。


「何やら難しい顔をなさってるが、姉上は何と?」

「メイザー卿。悪いが、マルス殿に連絡を頼めるか?」

「何でも仰って下さい」

「ペスカ様の手記に、被験者の実証確認をする手段が記されている様だ。必ず行う様に、念を押してくれ。それと実験の結果は、直ぐにペスカ様に報告した方が良いだろう。かなり精緻な作業のようだ」

「承知しました、連絡しておきます」

「それにしても、ペスカ様と話をすると、自分の稚拙さが身に沁みる」

「姉上の頭脳は、ルクスフィア卿でも着いて行くのがやっとですか? 私では何が何やらと言った所ですが」


 苦笑いを浮かべるシリウスに、クラウスは少しばかりの笑顔を浮かべる。

 シリウスが再び王都へ連絡を入れると、クラウスは各隊に残弾の確認等をさせ、進軍の準備を整える。

 三国連合、エルラフィア軍共に快勝。だが、まだこれは序盤に過ぎない。


 エルラフィア軍が勝利を収めた頃、国境を越え魔道大国メルドマリューネに入った三国連合は、人とモンスターの混成軍と対峙していた。

 エルラフィア軍が、人命を救いつつ勝利を収めるには、かなり困難な状況が待ち受ける。そして、ペスカ達もメルドマリューネの領土に足を踏み入れる。

 佳境を迎えつつある戦い。ペスカ達の進撃が始まる。

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