第110話 エルラフィアの進軍

 エルラフィア王国は、建国以来初とも言える大混乱に陥っていた。

 南からは、運良くミサイルの被害を逃れた住民達が、押寄せ始めている。受け入れようにも、南部国境沿いの領は完全に壊滅している。


 帝国で主力の軍を失い、兵が思う様に集まらない。全ての都市が壊滅した領地はともかく、都市が一部、若しくは半分壊滅した領地では、幾ら人でが有っても足りない。

 兵を戦争に向かわせている状態では無いのが実情である。


 兵不足、人不足は、王都でも深刻だった。

 有能な大臣数名を帝国で失い、混乱時の内部統制が破綻しつつある。特に王都軍のシグルド不在は、戦力的、精神的に影響が大きかった。

 

「シグルドは死んだよ。勇敢に神様と戦ってね」

「まさか、クライア等が攻め込んで来た時の事ですか?」

「うん。クラウス、あんたは絶対にメルドマリューネに行っちゃ駄目だからね。理由はあんたが一番わかってるでしょ?」

「わかっております。ですが、我が兄の仕出かした事。一族として、捨て置く訳にはいきません」

「それでも、駄目だよ。クロノスはいかれてる。弟への溺愛が過ぎて、行けばあんたは必ず殺される。無駄死には許さないからね」

「今回ばかりは、ペスカ様のご命令に従えません。この身を賭しても、兄の愚行を諫めるのが弟の役割。メルドマリューネ王都侵入の折は、必ず私もお連れ下さい」

「うっさい、馬鹿! どうなっても知らないからね。ついて来たければ、勝手にしなよ」

「そうさせて頂きます」

「私達は、もうすぐメルドマリューネの国境だよ。頑張ってエルラフィアを何とかしないと、先に私がクロノスをぶっ飛ばすからね」

「わかっております」

「マルス所長には、私の研究室にある倉庫を開ける様に伝えてね。役立つ物が入ってるはずだから」

「承知しました」


 一部では、敗戦の将と罵る者もいた。主力を失った能無しを起用するなと、訴える者もいた。しかしクラウスとシリウスは、周囲の風当たりを気に留めず、人材不足を補う為に奮闘した。寝る間も惜しんで動き続けた。未だ癒えない痛みを堪えて。

 そして国王は、一部の訴えを一蹴した。

 

「勇敢に戦った者に、其方らは何を言っておるのだ! な下らない事を言う暇が有れば、国の一大事に身命を賭して働け! 今がどの様な状態に有るか、わかっておらんのか! 彼らを見よ! 戦いの傷は癒えておらんだろう。碌に体も動かんだろう。だが、昼夜構わず働き続けておる。あれこそが、忠臣の有るべき姿だ!」


 国王の言葉一つで、心が動かされた訳では無い。しかし危機感を覚えた者は、少なく無かった。


 クラウスからペスカの伝言を聞いた王立魔法研究所所長のマルスは、ペスカの研究室に急ぎ秘密裏に聞いていた暗号で、倉庫の鍵を開ける。

 整然と片付けられた倉庫内、小さい机の上に一枚の紙を見つける。その紙には、ある魔法式が書かれていた。


 対メルドマリューネ用魔法、記憶強制リセットくん。強制記憶植え付けくん。


「君は、相変わらず突拍子も無い事を思い付くんだな。言葉の意味はわからんし、カイバとやらの理論も理解出来ん。しかしこれは、洗脳的に植え付けられた教育を忘れさせ、新たに知識を植え付ける事の様だな。先ずは、リセットくんとやらを先に量産するか。グラスキルスの連中にも、教えてやらんといかんな」


 マルスは兵器工場へと急ぐ。そしてマナキャンセラー同様の手法で、新型砲弾の量産を急がせた。

 

 兵器工場は、帝国の侵攻以来フル稼働を続けている。そして労働者達の疲れは、ピークに達していた。だが、先のミサイル攻撃を目の当たりにし、危機を感じていた。

 自分達に戦う力は無い。死に物狂いで抗わなければ、本当の終わりが来てしまうかも知れない。誰が言葉に出した訳では無い。漠然とした不安が、労働者達を突き動かしていた。

 

 国を守る最強の盾、シグルドが不在。伝え聞く、各地の悲惨な状況。不安が募るばかりの状況で、労働者達、他の住民達は一つの希望を抱いていた。

 英雄ペスカの愛弟子、クラウス・フォン・ルクスフィアとシリウス・フォン・メイザーが生きている事。英雄の意思を継ぐ者達が、戦う準備を急いでいる事。

 それは、住民達の心にささやかな灯を与え、さざ波の様な勇気が、大きな波を起こそうとしていた。


 人々の想いに答えようとしているのか、迫り来るメルドマリューネ軍を阻む様に、エルラフィア王国の北部で大規模な地揺れが起こる。同時に、大量の毒虫が発生し、メルドマリューネ軍の進軍を防いでいた。

 大地母神フィアーナが愛するエルラフィアの地は、これ以上壊させない。何か巨大な意思が働いた様な光景に、国中から歓喜の声が上がり始める。


 そして各領地から集められた兵と、南部三国からの援軍を合わせた、総勢約六千。大型の魔攻砲が百門。新型砲弾が数万発。ライフル五千丁。一万のメルドマリューネ軍に対し、引けを取らない高火力の編成が完成した。


 エルラフィア王から、クラウスが総大将に任命される。クラウスは六千の兵を前に、声を張り上げた。


「二十年前、邪神がこの大陸で好き勝手に暴れた。我等、人間は滅びの寸前にあった。その危機に一人の少女が立ち上がり、この大陸を救った。この国では誰もが知る英雄伝説だ! だが、戦ったのは彼女一人では無い! 彼女を筆頭に、大陸に住む皆が勇敢に立ち向かったからこそ、起こり得た奇跡だ。今、帝国が滅び、南部の三国が滅んだ。我等エルラフィアも国民の半数を失った。そしてメルドマリューネは、侵攻を続けている。だがこの窮地に、果敢に立ち向かう英雄達がいる! 東の三国は見事、メルドマリューネ軍を打ち破って見せた」


 東の三国がメルドマリューネ軍に勝利した。クラウスの言葉は、これから戦場へ向かう兵達に勇気を与えただろう。そして、クラウスは鼓舞する。


「我々はただ手をこまねいて、平和が訪れるのを待つだけの存在か? 違う! 我等こそが、英雄の意思を継ぐ者! その我等が立ち上がらずして、大陸に平和が訪れはしない! 真の敵はメルドマリューネでは無い! 邪神ロメリアこそが本当の敵だ! 戦え、勇敢なるエルラフィアの戦士達よ! 大地母神の恩恵を受けた戦士達よ! これは神の代理戦争である! 我等は負けない! 我等は引かない! 必ずやこの大陸に平和を取り戻す! 行くぞ!」 

  

 六千の兵から、王都を震わせる割れんばかりの歓声が上がり、エルラフィア軍は進軍を始めた。

 未曾有危機に立ち向かう為、平和な世界を取り戻す為、彼らの本当の戦いが始まった。

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