第109話 三将の本領

 神々の手により、北部街道が土石流で埋め尽くされた。しかし、メルドマリューネ軍は進軍を止めず、速度を落としながらも進み続ける。

 土石流では、メルドマリューネ軍の足止めは出来なかった。未だ到着しないグラスキルス軍とモーリス達。そして逃げる住民達。

 進む速度が明らかに異なる。訓練をされていない住民達には、崩れた道を進むのは困難である。再び住民達の眼前に、メルドマリューネ軍が迫ろうとしている。

 その時、先行したサムウェルは、住民達を守る様に立ちはだかった。


 サムウェルは住民達に迂回路を示すと自ら殿を務め、思いつく限りの罠を進路上に仕掛ける。極短時間で、一万のメルドマリューネ軍を足止めできる罠が、仕掛けられるのか。サムウェルならば、可能であろう。崩れた山裾、地割れで出来た谷、全てがサムウェルにとっては、罠の材料となろう。


 振り返れば、直ぐ後ろに大軍の姿が有る。しかし、サムウェルに焦りの表情は無かった。不敵な笑いを浮かべ、メルドマリューネ軍を引き付けた。

 

 メルドマリューネ軍は、崩れた道や地割れを回避する為、縦に一列に行軍している。ようやく住民達が、崩れた街道を抜けた頃に罠が発動した。 


 山の稜線から、火の矢が雨の様に降り注ぐ。先ずサムウェルは、魔法を操作しあたかも兵が配置され狙撃している様に見せかける。メルドマリューネ軍は、上空の魔法防御を強化し警戒を余儀なくされる。

 覚束ない足元、降り注ぐ火の矢、メルドマリューネ軍は行軍速度を落とさざるを得ない。それでも進み続けるメルドマリューネ軍の左右から、巨大な岩石が転がり落ちて来る。

 巨大な岩石は、魔法防御に徹していたメルドマリューネ軍を粉砕し、縦に伸びきった軍をいとも簡単に分断した。

 

 分断されようと、前線の部隊は構わず進み続ける。しかし、そこに待ち受けていたのは、地雷の様に地下に埋められた魔石。一定地点まで進軍した所で、サムウェルは魔石を遠隔起爆させた。連鎖的に巻き起こる地下からの爆発に、メルドマリューネ軍は成す術も無く巻き込まれ前線は壊滅。

 サムウェルの罠により、メルドマリューネ軍は数時間でおよそ三割の兵を失った。


 更にサムウェルの罠が時間差で発動する。分断された後続部隊の地下から噴出する毒ガス。メルドマリューネ軍は倒れる兵が続出した。


 サムウェルは笑いが止まらない。敵軍の目の前で罠を仕掛けているにも関わらず、メルドマリューネ軍は気に留める様子も無く、進軍を優先させていたのだ。

 しかも、こんな簡単に罠に掛かるとは、愚の骨頂であろう。

 

「ぷ、ぶふぁはははは、うゎはっははは~! 馬鹿野郎ばかりだな! 人形には理解出来ねぇだろうよ。魔法はバカスカ撃てば良いってもんじゃねぇんだよ。ひぃっひひひゃひゃひゃひゃ~! こんなに見事に引っ掛かるのは、知能のねぇモンスター位だぜ!」


 サムウェルは馬に積んでいた糧食を取り、地面にドカッと胡坐をかいて座った。そして糧食を貪りながら、時が経過するのを待つ。


 サムウェルが配置した毒ガスは、精々五百人程度の範囲を麻痺させる物である。しかし、この地域には南から北に向けて風が吹き抜ける。風に乗った毒ガスは、メルドマリューネ軍の後部まで届く。

 ゆっくりと待ち、弱った所を捕虜にするなり、殺すなりすればいい。


「おう、俺だ。多少予定が狂ったが、作戦は上々だ。モーリス達と合流したら、掃討に移る。そっちはどうだ?」

「エルラフィア、ペスカ殿、両方からは特に連絡は有りません」

「そうか。神の介入に気を付けろと、クラウスに伝えておけ。それと兵站の件で、問題が発生した」

「どうなさったんです?」

「北の街道が山崩れで、封鎖されてやがる。馬車なんかじゃ通れねぇぞ。暫くあの辺りの採掘場も封鎖だ」

「採掘場の封鎖は、私から陛下にご報告申し上げます」

「ペスカ殿に連絡して、乗り物の設計図を貰え。急いで同じものを作り上げるんだ」

「お任せください」

「あぁ、それとな。メルドマリューネ軍の始末をどうするかを、陛下にお伺いを立てろ。三国で労働力が足りない様なら、捕虜を連れ帰ってやる」

「承知しました。後ほどご報告致します」


 城への通信を終え一呼吸着いた時に、後方から声が聞こえる。耳を澄ませば、自分を呼ぶ声である。サムウェルが振り返ると、モーリス、ケーリアを先頭にした東方連合軍が見えた。

 

「サムウェル~! 無事かぁ~?」


 大声で叫ぶモーリスを見て、サムウェルは苦笑いした。到着したモーリスは、笑いながら言い放つ。


「派手にやったな、サムウェル。採掘場は暫く使えないな」

「馬鹿野郎! 俺じゃねぇよ、モーリス」

「そうだ、モーリス。流石にサムウェルとて、ここまで酷い事はしない」

「だが、間に合った様だな」


 不敵に笑うモーリスの視線の先には、毒ガスに魔法で対抗して逃れた、メルドマリューネ軍の姿があった。ざっと約五千の兵が、土砂を乗り越えて広がっていた。


「大して減らせなかったか」

「無理もない、サムウェル。ここからは俺達の番だろ」


 大剣を構えたケーリアがサムウェルの肩を叩く。その反対の肩をモーリスが叩く。例え弱りきっていても、その瞳には闘志が宿っている。ケーリアとモーリスの闘志は、サムウェルを挑発した。


 お前は戦えるのか? 腕はなまってないのか?


 それはサムウェルが告げるべき言葉だろう。今にも倒れそうな男達が、過酷な戦争に挑もうというのだから。しかしそれは、杞憂だろう。彼らを見ればわかる。

 彼らの闘志は問いかけているのだ。確かに情報を制して、平和を維持して来たのだろう。相手の行動を先読みして、罠を張り行動不能にしてきたのだろう。


 でも、お前自身は戦えるのか? その意思はあるのか?


 その問いかけに、サムウェルは笑みを浮かべる事で答えた。そして三人の視線が交差する。

 この三人が同じ戦場に立つのは、二十年以来となる。あの過酷な戦いを生き抜いたのだ、そして今も。

 サムウェルは今更ながら実感していた。通信でクラウスに言い放った言葉、三人が集まれば敵はいない。それは間違いではなかった。


「サムウェル。久しぶりの共闘だ。ついて来いよ」

「馬鹿野郎、モーリス。俺より弱い奴が何言ってやがる」

「なら、これから証明してやる」


 魔法で作られた大量の火が、メルドマリューネ軍から飛んでくる。モーリスは体に闘気を漲らせて、剣を一薙ぎした。剣圧が風に乗り、烈風を巻き起こす。火の雨は尽く消し飛んだ。 

 

「モーリス。それ位で調子に乗るな。やはり牢暮らしで、鈍っているな」


 ケーリアが大剣を上段から振り下ろす。大剣からは光刃が飛び、土砂を切り裂きながらメルドマリューネ軍に襲い掛かる。そして、ど真ん中をぶち抜く様に、光刃がメルドマリューネ軍を吹き飛ばす。


「いやいや! お前等、二人共鈍ってるぜ。牢暮らしってより、年じゃねぇか?」 


 サムウェルが槍で大地をドンと叩くと、メルドマリューネ軍の周辺に爆発が起きた。

 

「残念ながら、罠はあれで終わりじゃないんだぜ」


 得意気な顔をしてサムウェルは胸を張る。そんなサムウェルの頭を、モーリスが叩いた。


「馬鹿野郎! お前、あそこに俺達が突っ込んでいたら、巻き込まれてたろうが!」

「いてぇな! 馬鹿力で叩くんじゃねぇよ! そんなヘマを俺がするか!」

「いつまでも、喧嘩してると、残りは俺が頂くぞ」


 ケーリアは大剣を抱えて走り出す。その後を追い、モーリスとサムウェルも走り出した。

 

 それからたった十分であった。メルドマリューネ軍は完全に沈黙した。

 剛腕で剣を振るい、次々と敵を薙ぎ払うモーリス。大剣の力で、軽々と敵を吹き飛ばすケーリア。目に留まらない速さで槍を振るい、敵を葬っていくサムウェル。

 三人は、汗もかかずに戦闘を終了させた。東方連合の兵達は、後方で呆気に取られて呆然と見ている事しか出来なかった。

 そしてサムウェルは立ち尽くす兵達に告げる。


「ぼ~としてんじゃねぇ! 生き残った奴がいたら必ず捕らえろ。急げ!」


 サムウェルの言葉に、兵達は慌てて動き出した。続いてサムウェルは、城にメルドマリューネ軍壊滅の連絡を入れる。

 

「閣下。先の件は、捕虜にせよとの陛下から御達しがありました。守備兵の一部を向かわせましたので、引き渡しをお願い致します」

「おう、わかった。それで、乗り物は?」

「間諜部隊の一人が、ペスカ殿から図面を受け取り、城へ戻っている最中です」

「そうか。急げよ」

「承知しました」


 通信を終わらせたサムウェルに、モーリスとケーリアが近づいて来る。

 

「連絡は終ったのか? 向こうの様子はどうだ?」

「特に連絡が無いようだ。お前の愛しいペスカ殿は、健在だぞ」

「な、何を言っているサムウェル!」

「貴様等は、いつも喧しい。サムウェル、モーリスをからかうな」

「良いじゃねぇか。こっちは勝ったんだ」

「ところでサムウェル、これからどうするんだ?」

「モーリス。俺達は、このままメルドマリューネに侵攻する。ここからが正念場だ」


 サムウェルの言葉に、モーリスとケーリアは強く頷く。

 戦いはまだ序盤。一万の大軍とはいえ、あれがメルドマリューネ軍の全力ではない。本当の戦いは、国境を超えてからになるだろう。

 三人の力を持ってしても、太刀打ち出来るかわからない。

 盤面の行方は、まだ見えない。

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