第101話 ゾンビ掃討戦 その2

 クライア王国との国境門を越え、国の中央部へ向かってペスカ達は車を飛ばした。

 国境門付近は、サムウェルが退治したおかげで、ゾンビの数は少なかった。しかし、国の中心に向かう程、その数は増えていく。

 

 当初、ライフルの単発で狙撃していた。しかし連射でも間に合わない程に、ゾンビの数が膨れ上がっていく。一行は、空が魔攻砲で広域を殲滅し、翔一がライフルで撃ち漏らしたゾンビを倒す作戦に切り替えた。


 数時間が経過し、既にどれだけのゾンビを倒したかわからない。しかしどれだけ倒せど、ゾンビ達は湧き出してくる。

 空と翔一は疲れを見せ始める。足止めを食らい、遅々として進まぬ事にも、一行は苛立ちを感じ始めていた。


「これじゃあ、きりがねぇぞ。ペスカ、俺も出るぞ!」

「そうだね。お兄ちゃんお願い。出来れば、数を減らしつつ的になって」

「どういう事だ?」

「お兄ちゃんに群がるゾンビ軍団を、魔攻砲で一気に殲滅する作戦だよ」

「ちょっと、ペスカちゃん。それは流石に、冬也さんが可哀想だよ!」

「俺なら大丈夫だ、空ちゃん。ちょっと餌になってくるぜ!」


 事も無げに言い放ち、冬也は車から飛び出す。空は心配気な表情で、その後ろ姿を見つめた。


「ねぇ、ペスカちゃん」

「心配しなくても、お兄ちゃんなら平気だよ。それに籠って作業してるより、お外で走り回るのが好きなわんぱく小僧だから。内心ウキウキしてるはずだよ」

「いや、心配してるのはそこじゃ無くて」

「お兄ちゃんがマナキャンセラーに巻き込まれるって事? 翔一君ならマナを強制パージされて、倒れちゃうだろうけど、お兄ちゃんが纏ってるのは神気だよ。空ちゃんが本気でオートキャンセルを使ったなら、多少はお兄ちゃんにもダメージがいくと思うけど」


 ペスカと空が話をしている間、冬也は神剣を片手にゾンビの大軍へ突撃していた。マナキャンセラーとは違い、存在そのものを冬也は消滅させていく。


 一振りで数十のゾンビを消す。そして冬也の纏った神気に釣られる様に、ゾンビが群がって来る。

 あっと言う間に周りを囲まれた冬也は、ひたすらに剣を振るった。どれだけ囲まれ様と慌てる素振りを見せず、冬也は対処し続ける。

 そして集中力が増すと共に、段々と神気が高まっていく。


 冬也に群がるゾンビ達は、神気に触れるだけで消滅していく様になる。だがゾンビ達は、更に数を増していく。救いを求めて群がる地獄の亡者の様に、冬也に群がり続ける。


 車内では、冬也の戦いにやや圧倒されて、スクリーンを見ていた。


「なんかすごいね、冬也さん」

「うん。なんか、もう人間じゃ無いね。完全に神だよ、神!」

「確かに神様って感じだね、って援護射撃! ペスカちゃん、ボーっと見てる場合じゃ無いよ!」

「おぅ! 空ちゃん、ごぉ!」


 空は冬也を中心に広がる様に、マナキャンセラーを放つ。光を浴びた数百のゾンビが、一瞬で土に還る。だが、直ぐにゾンビの軍団が冬也を囲む。

 空は続け様にマナキャンセラーを放ち、翔一はライフルで援護狙撃を続けた。


「ねぇ、ペスカちゃん。僕らと冬也は、別々に殲滅した方が良いんじゃないかな? 見た所、ゾンビ達は冬也に触れる事が出来ない様だし、感染の恐れは無いよね」

「ほ~ぅ、翔一君はゾンビに車が囲まれても、ライフルだけで全滅させられる自身が有るんだ」

「怖い事、言わないでくれないかな。流石に無理だよ」

「ああやって、お兄ちゃんに群がってくれるから、私達は安全な所から狙撃出来るんだからね」


 翔一は、ゾンビが車に取りつかれた事を想像し、肌を粟立たせた。しかし、これが効率的な方法だと思えない。ライフルで狙撃しつつ、翔一は思考を巡らせる。


「ペスカちゃん、ゾンビの総数はどの位だと思う?」

「帝国と近隣三国を全部合わせると、ざっと百五十万くらいかな? サムウェルがどれだけ倒したかは分からないけど、百万以上は確実に残ってると思うよ」

「僕らが倒せるのは、どう頑張っても一時間で一万が限度だろう?」

「そうだね」

「だとしたら早い所、グラスキルスの将軍に合流した方が良く無いかな? それから作戦を練り直す」

「う~ん、仕方ない。連絡してやるか。繋がればだけど」

「連絡手段があったのかい?」

「まあね。ミーアに通信機を渡されたからね」


 翔一は、目を皿の様にして、ペスカに聞き返した。

 目的の人物と連絡を取れる手段を持っているとは、聞かされていない。それなら、何故すぐにその手段を利用しなかった。

 連携すれば、より効率的な行動が出来たはずなのだ。


「通信機を持っているのに、なんで今まで連絡しなかったんだい? 目標はその人を助ける事だよね」

「まあ、通信機といっても長距離仕様じゃ無いんだよ。それと、目標はゾンビの殲滅。サムウェルはついでだよ」

「ペスカちゃんって、その人を嫌いなのかな?」

「好きでは無いけど、弟子の一人だから放っては置けないよ」

 

 ペスカは少し空に視線を向ける。そして何時になく真剣な表情で、語り始めた。


「空ちゃん。もし、サムウェルがナンパしてきたら、目潰しして良いからね。舐め回す様に見ても、目潰し。良いね!」

「うん。って、ペスカちゃん。その人、そんなに緊張感の無い人なの?」

「そうだよ! おっぱい大好きだから、空ちゃんは視姦の的だよ!」


 ペスカは大きな溜息をついた後、運転を翔一と交代し、通信機を手に取った。サムウェルが持つのは、生前ペスカが開発した軍用モデル。大きな音を立てず、体に密着させ振動を立てる。言わば、バイブ機能で知らせる様な物である。

 

 一心不乱に戦い続けているであろうサムウェルが、通信に気が付くか分からない。仮に通信に気が付いたとしても、無視される恐れが有る。

 その為ペスカは、生前にサムウェルを呼び出す時に使っていた、通信方法を使った。散々お仕置きした末、パブロフの犬の様に体に覚え込ませた方法である。


 それは、通信機が震える回数によって、重要度が判る呼び出し方だった。もしサムウェルが覚えていれば、気が付かないはずが無い。そして通信を試して、数度目で反応を見せた。

 

「ミーア、何だよ! 後は任せるって言ったろ!」

「やっほ~、サムウェル! 元上官に向かって、その言葉遣いってどうなのよ!」

「誰だ! ミーアじゃねぇな!」

「まだわかんないの? 頭を使えって昔から何度も言ってるのに?」

「・・・・・ま、まさか、ペスカ殿か?」

「そうだよ! 無事みたいね」

「無事じゃねぇよ。死にかけだ!」

「じゃあ、助けてあげるから、今いる場所教えて」

「クライアとメイレアの国境門にいる。流石にこれ以上話してると、本当に死んじまう」

「わかった。じゃあ、そこから動かない事。良いね!」

「了解だ。ペスカ殿」


 通信を終えたペスカは、やや口角を上げた。しかし、直ぐに表情を戻し、翔一に告げる。


「取り敢えず連絡は取れたよ。ここからそう遠くない場所にいるみたい」

「ゾンビ達が、冬也に引き付けられている間に、拾いに行くかい?」

「そうしよっか。一応、お兄ちゃんが心配するといけないから、合図だけしよう」


 ペスカは上部ハッチから上半身を出すと、冬也に向けてライフルを撃つ。ペスカが放ったのは、伝達の魔法である。


 自分達は、サムウェルと合流する為に移動する。ゾンビ達を殲滅しながら着いて来て欲しい。


 魔法を受けた冬也は、剣を持っていない腕を高く上げる。意図が伝わった事を確認し、ペスカは翔一に車を動かす様に指示をした。

 

 そこからの道のりは、配置変更を行った。翔一はそのまま運転を行い、ペスカが魔攻砲で前方のゾンビを殲滅し道を作る。そして空は、ライフルで車に近づくゾンビを狙撃する。


 そして、作戦の変更は功を奏した。

 常人と比べ、ペスカは圧倒的にマナの容量が違う。既に神とも渡り合う程の実力者が、魔攻砲でゾンビを駆逐するのだ。次々と眼前を塞ぐゾンビが姿を消していく。そして大量の雨が土に沁み込んでいく様に、浄化されたマナが荒れた大地を潤していった。


 そして冬也の集中力も極まっていく。まるで、降り注ぐ数多の星屑が、大気圏で燃え尽きる様に、ゾンビ達は姿を消していった。


 数時間が経過し、指定の国境門に辿り着く。

 そこに見えるのは、国境門を取り囲むゾンビの大軍と、懸命に戦い続けるサムウェルの姿だった。


 ペスカはサムウェルを援護する様に、マナキャンセラーを放ち、国境門から車への道を作る。サムウェルは、その意図に気付き国境門から飛びだした。

 ゾンビを倒しながら、車に近づくサムウェルと、援護し続けるペスカと空。後一歩まで近づいた所で車のドアを開け、サムウェルを回収する。そしてペスカはマナを大量に込めて、サムウェルを追いかけるゾンビ達を一掃した。


 車に飛び乗ったサムウェルは、肩で息をしていた。それ程に壮絶な戦いが繰り広げられていたのだろう。疲労は見て取れる。乗って来た愛馬の姿は無く、サムウェル自身も深い傷を負っている。治療しながら、戦い続けたのだろう。よく感染しなかったと、褒めるべきであろうか。

 しかし、ペスカはサムウェルを睨め付けた。魔攻砲を空に任せると、渾身の力を込めて、サムウェルを殴りつける。

 口から血を流して転がるサムウェルを見下ろし、ペスカは怒鳴りつけた。


「この馬鹿! 私が何を言いたいかわかってる?」


 サムウェルは、ペスカを一瞥すると一言呟いた。


「あんたがペスカ殿の転生体か? 色々縮んだな」

「どこ見て言った、ぶっ飛ばすわよ!」

「もうぶっ飛ばしたじゃねぇか、いてぇよペスカ殿、口が切れちまった」

「あんたね~!」

「わかってる、お説教は後だ。今はやる事が有るだろ?」

「ちっ、仕方ない。あんたは少し食事して休みなさい。暫く休んだら、また働かせるからね」

「あぁ、助かるぜ。正直限界だった」

「あんたのは、無謀って言うのよ!」

「あ~、うっせぇ。聞こえね~! おやすみ~!」


 サムウェルを回収したペスカ達は、ゾンビを倒しつつグラスキルス王国側へ後退する。

 一旦、態勢を立て直し、掃討作戦を練り直す。その為、ゾンビに囲まれやすい王国中央部では無く、グラスキルス王国側に戻る事にしたのだ。

 

 一方エルラフィア王国は、ミーアから先触れの通信を受け取っていた。まだ傷の完治が程遠いクラウスとシリウスは、互いの領軍を集める為、動き始めていた。

 

 未だ戦いの渦中。人間達の反撃はこれから始まろうとしていた。

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