第100話 ゾンビ掃討戦 その1

 この世界の常識では考えられない速さで、アーグニール王国を抜け、グラスキルス王国を横断しているペスカ達。運転はペスカと翔一、改良版マナキャンセラーの砲弾を冬也と空、それぞれ交代で仮眠を取りながら、車を走らせる。

 異常事態は既に沈静化済みのグラスキルス王国で、ペスカ達は寄り道をする事無く、一直線に国境へ向かっていた。


 約七千キロ近くをたった二日で走破し、グラスキルス王国の南部境界に差しかかる。ペスカは一旦車を止め、仮眠をしていた冬也と翔一を起こすと、国境周辺をスクリーンの拡大投影した。


 国境周辺は、一見すると然したる異常が見受けられない。しかしよくよく確認すれば、闇夜に紛れ揺らめく影が有った。影を拡大し投影すると、その姿はペスカが日本で見た映画に出て来る、ゾンビに酷似していた。表情は無く、青白く精気が抜けた顔、体の所々は腐乱しており、フラフラと東に向かい歩いている。


 確かにそれは、歩く死者。醜悪な姿で襲われれば、人は当たり前に恐怖するのだろう。その姿を見た車内でも、様々な声が上がっていた。 

 

「うわ、キモ!」

「あぁ、グロいな」

「再現度が高いね! あの腐った辺りなんて、良く作り込まれてるよ」

「呑気ですか! 馬鹿なんですか! 早く倒しましょうよ」


 空は上部ハッチから体を出し、ライフルで狙いを定める。ライフルに込めたのは、オートキャンセル。空が引き金を弾くと、光が真っすぐにゾンビに向かい着弾する。

 ゾンビはその体を散らし、再構成する事は無かった。


「お~。流石、我が弟子空ちゃん、長距離射撃もお手の物だね~!」

「誰が、弟子なのよ! それより、ペスカちゃん」

「あ~、もう! わかってるよ。空ちゃん、マナキャンセラーのイメージは、頭の中に入ってるね」

「うん、任せて!」

「じゃあ、次はマナキャンセラーでいってみよ~!」


 空はゾンビ数体に向けて、ライフルを連射する。光が飛び、次々とゾンビに着弾する。ゾンビ達は霧散していき、復活する様子は無かった。


「上手くいったね」

「なあ、ペスカ。前のマナキャンセラーと改良版は、何が違うんだ?」

「前のは、マナ暴走沈静と精神沈静効果なの。今回は、マナの強制解除と清浄化だよ」

「ごめん、まだわかんねぇ」

「相手は、マナを食べて動く化け物だから、マナを奪ってやれば、形を保てなくなるんだよ。ただしマナは異常化してるから、そのまま地に還すと、土地が穢れて二次災害が起きる可能性が有るの。だから清浄化を足したんだよ」

「すげぇな、ペスカ」

「前のは、洗脳解除用だったからね。今回はゾンビ用の特別製。東西で量産が出来れば、鎮圧は時間の問題だよ」


 ペスカは説明し終わると、再び運転席に座る。


「ここは、ほぼグラスキルスの南だから、北上して行くよ。翔一君は探知、空ちゃんは狙撃。お兄ちゃんは、いつでも外に出れる様に待機しててね」

「おう。ってか、思ったより数が少ねぇな」

「多分、あの馬鹿が退治してるんだよ」

「サムウェルって人か?」

「自分で何もかも背負いこもうとする馬鹿! 二十年経っても成長してないんだから!」


 ペスカは不満そうに顔をしかめて、車を動かし始めた。北上を続けながら、サムウェルが撃ち漏らしたゾンビを掃討していく。

 漏れたゾンビの数は少なく、あっと言う間にラリュレル王国との国境門が見えて来る。


「ペスカちゃん。何だか国境門の向こうが騒がしいね」

「あ~、避難民でしょ。空ちゃん、オートキャンセルを国境門の向こうへ、ぶち込んでやって」

「良いの?」

「良いんだよ。だって、あの中に感染者がいる可能性が有るし。一度清浄化してからじゃないと避難させられないでしょ!」

「そうだね。じゃあ」

 

 空は魔攻砲の発射管を操作し、狙いを定めて撃つ。光は弧を描き、ラリュレル王国側に着弾する。そして人々は一斉に気を失った。

 ペスカ達は車で急いで国境門に着くと、兵士達に駆け寄った。

 

「今、住民達を沈静化したから、早く非難させなさい」

「馬鹿な事を言うな! 我等はサムウェル将軍の厳命を受けている。門を開ける訳にはいかん!」

「あ~、もう! サムウェルの馬鹿! 報連相が出来て無い!」

「何を言っている。お前達も早く逃げろ! ここは危ないんだ」

「私の言葉は、サムウェルの言葉と思って聞きなさい! 早く、門を開けなさい!」

「駄目だ! 馬鹿な事を言ってないで去れ!」


 声を荒げるペスカと、頑として譲らず門に立ちはだかる兵士。互いが譲らない状態で、兵士が威嚇の為、剣の柄に手をかける。しかしそれを見た冬也は、恫喝する様に声を荒げた。


「おい、てめぇら。剣を抜くなら容赦しねぇぞ。早く門を開けろ! 急いでんだ」


 冬也の威圧に、兵士達は腰を抜かす。それはそうだろう、冬也は曲がりなりにも、神気を宿しているのだ。神の威圧に耐え得る兵士は、存在しまい。


「聞こえてんのか、てめぇら。早く開けろって言ってんだよ!」


 威嚇しながらにじり寄る冬也に、兵士達は足を震わせじりじりと逃げる。兵士達が門まで追い詰められた所で、ペスカが冬也を止めた。


「お兄ちゃん、そろそろ止めてあげて」


 そしてペスカは、兵士達に視線を向けて言い放つ。


「ねぇあなた達、サムウェルに怒られるのと、お兄ちゃんにぶっ飛ばされるの、どっちが良い? このまま住民達を救わなければ、どの道厳罰確定だよ。私がグラスキルス王に報告するし」

「あんた達、何者だ?」

「正義の味方だよ!」


 兵士に問われ、ペスカは胸を張って答える。それまで冬也に怯え震えていた兵士達は、揃って残念そうに溜息をついた。

 兵士から見れば、得体の知れない一行である。信用するに足りない。例え脅され様が、命令を果たす。それが、死地へ乗り込んだ将軍への忠義となろう。

 しかし実際には、暴動が起きんばかりに続いていた避難民の悲鳴と怒声が、ぱったりと止んでいる。

 少女の語る言葉に、嘘は無いのかもしれない。兵士達は顔を見合わせると、門を開けて避難民を回収する事を決めた。 


「言うに事かいて、正義の味方とは。まぁ良い。門を開けよう。お前達の人相は覚えた。何か問題が起きれば、サムウェル将軍に委細を報告する。それで良いな」

「良いけど、他の国境門にも連絡入れといてよ。また時間を食うと、死者の軍団を止められなくなるからね」

「まさか、お前達。サムウェル将軍を追うつもりか?」

「そうだよ。言ってなかったっけ?」


 無茶だ。兵士達の誰もが考えただろう。しかし、少女達の目は真剣そのもので、決して馬鹿に出来はしない。兵士達は、再びため息をつきながらも、顔を見合わせた。


「わかった。他の門にも、連絡をしておこう。ところでお前の名は?」

「ペスカだよ! 知らない? 英雄ペスカ伝説!」

「知っている、誰もが知ってる有名な話だ。二十年前、世界を救った英雄ペスカ様。でも、お前は小娘だろ! 歳が違う! 英雄の名を語るな、偽物め!」

「うっさい。色々事情があるんだよ! 良いからちゃんとやる事やってよ!」


 兵士達は渋々といった表情で頷いた。念の為、冬也が兵士達を威圧する様に睨む。兵士達が威圧に負け、大きく頷いた所でペスカ達は再び車に乗り込んだ。


 国境から漏れ出してくるゾンビを掃討して、再び北上を続ける。然程多く無いゾンビを撃ち漏らす事無く、爆走を続ける。続くメイレア王国との国境沿いは、数時間程で見えて来た。


「よし、空ちゃん。魔攻砲発射!」


 ラリュレル王国の国境門同様に、空のオートキャンセルで住民達を浄化すると、国境門を守る兵達の前まで車を乗りつける。

 ペスカは車から顔を出すと、兵士達に声をかける。


「話は聞いてるよね。早く住民達を中に入れて!」

「もしや、お前が英雄を語る偽物か? 本当に入れて問題無いのだろうな?」

「大丈夫だよ。それと偽物言うな! 次に偽物って言ったら、酷い目に合わせるからね。他の国境門にも連絡よろしく!」


 兵士達が門を開けるのを見届けると、ペスカは車を動かした。更に数時間が経過し、最北のクライア王国のと国境門に辿り着く。空のオートキャンセルで清浄化の後、兵達に門を開けさせる。

 最後だけあって、特に兵達から疑問を持たれず、無事に人々の避難が終了した。


 そして、ペスカ達は開かれた門を潜り抜けて、クライア王国に入る。ペスカは車内全員に声をかけた。


「ここからは、南下しつつゾンビを殲滅。サムウェルと合流してから、帝国に向かうよ!」

「おぅ、行くぞみんな!」

「はい!」

「行こう!」


 ペスカ達の本領が発揮される舞台が整いつつある。本当の戦いはここから始まる。  

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