第102話 ゾンビ掃討戦 その3

 単独で戦い続けていたサムウェルと合流し、ペスカは一旦グラスキルス王国側に撤退を図った。冬也は自ら殿を務め、撤退を支える。

 グラスキルス王国の国境沿いまで退くと、周囲にゾンビはいなくなる。スクリーンで周囲を警戒しつつも、冬也に車へ戻る様に合図をした。

 同時に疲労が溜まっていたペスカ達は、軽い食事を取り休憩をする事にした。


 食事を作るのは、運転に集中して体力が残っている翔一である。パンとスープの軽食だが、戦時の中では充分だろう。そして車内に漂う匂いに釣られ、サムウェルが目を覚ました。


「旨そうな匂いだな~」

「あれ、サムウェル起きたの?」


 サムウェルは、しげしげと車内を眺めて、ポツリと呟く。


「なんだこれ? またペスカ殿の発明か? 良くもこんな不可思議な物を作り上げるな」

「凄いでしょ! その前に紹介するよ」


 軽く胸を張りつつも、ペスカは冬也達の紹介をする。皆が頭を下げて挨拶を交わし、揃って食事を取りながら今後の作戦を立てる事にした。

 

 先ず、ペスカがサムウェルに今までの経緯を話す。ミーアから報告を受けていたサムウェルは、受けた報告と差異が無い事を確かめる様に、ペスカの言葉に耳を傾ける。

 しかしペスカが放った最後の言葉だけは、呑み込む事が出来なかった。


「結論から言うよ。サムウェル、あんたグラスキルスに帰りなさい」

「なに言ってんだよ、ペスカ殿。それじゃあ俺が何しに来たかわかんねぇぜ」

「無駄足! 無謀! ちっとも役に立たない! 大迷惑なんだよ!」

「相変わらずひでぇな。でも、あんた等が命をかけている時に、俺が安全な場所にいられるかよ!」


 サムウェルは声を荒げる。誰の為に命を賭けたのか、ペスカならわかっているはず。無能と呼ばれても構わない。それでも、自分の愛するものの為に戦いたい。

 サムウェルの表情は硬い。譲れない気持ちもわかる。ペスカはそれ以上、声を掛けられなかった。


「サムウェルさん。あんた何か勘違いしてねぇか?」

「どういう事だ、あぁ?」

「ペスカの話を聞いて理解しなかったのか? ここは俺達の戦場だ。邪魔するんじゃねぇ! あんたは自分の戦う場所が有るだろ!」 


 唐突に割って入る冬也を、サムウェルは睨め付けた。冬也は別段、口調を荒げている訳では無い。しかしサムウェルは、冬也と視線を合わせた時に、肌が粟立つのを感じた。


「これ以上、無駄死にする馬鹿を増やしたくねぇんだよ。せっかく拾った命を有効に使えよ!」


 冬也の声は低く強く響く。サムウェルは目の前の男に恐怖した。

 始めて感じる恐怖であった。武術で負ける気はしない。だがこの男からは、次元が違う圧倒的な力を感じる。もしこの男が本気になれば、自分の命は紙切れ同然だろう。

 それでもサムウェルは、必死で言葉を紡ぎ出す。


「お、お前何者だ?」

「はぁ? ペスカの兄貴、冬也だよ。さっき挨拶したばっかだろ」

「そうじゃねぇよ。お前のは、人間の持つ力じゃねぇだろ!」

「何言ってんだ? あんた、馬鹿じゃねぇのか? 俺は人間だよ」


 冬也が苛つき始めたのを察したペスカは、二人の間に割って入る。これ以上は、冬也を怒らせるだけだろう。サムウェルは、余計な事を言わないのが、懸命なのだ。


「あのね神様関連の事は、私達が任せなさい。あんたは、国を守る事だけ考えなさい」

「ふざけんな、ペスカ殿」

「いや。あんたも理解してるでしょ! メルドマリューネの件だよ!」


 サムウェルは、言葉を詰まらせる。そしてペスカは、更に言葉を重ねた。


「メルドマリューネは、このタイミングで何か仕掛けて来る。戦力が整わず軍師も不在。これで、戦が出来るの?」


 それはサムウェルも充分に理解していた。魔道王国メルドマリューネは、確実に何か仕掛けてくるだろう。サムウェルとて、国を放置する気は無い。

 しかしペスカを前にして、サムウェルの想いは高まっていた。


 天才と呼ばれていたサムウェルは、幼い頃から自分を超える者がいなかった。

 仲間は多かった。背中を預けられる友も出来た。だがペスカは、始めて出会った自分の上を遥かに超える才能を持つ者であった。

 ペスカに沢山叱られた、罵られた。それは、同時に喜びでもあった。自分の遥か先を行き、導いてくれる。それはサムウェルが、これまで体験し得なかった事である。


 サムウェルは、ペスカを心酔していた。そしてペスカが死んだ時は、始めて涙した。その後は、がむしゃらだった。間諜部隊を作り上げ情報を制した。ライン帝国、エルラフィア王国と連携を取り、平和な大陸を維持し続けた。


「嫌だ、帰らない。帰ったら、またあんたがどこかに行っちまう」


 それは、初めてサムウェルが零した本音なのだろう。

 俯いて唇を嚙みしめ、子供の様に駄々を捏ねる。何もかも全て一人で抱え込む。いや、抱え込めてしまう天才が、精一杯に示した意志なのだ。

 ペスカは、サムウェルを優しく見つめると、そっと頭を撫でた。


「駄目だよ、サムウェル。言う事を聞きなさい」


 優しく諭す様に、ペスカは言葉を続ける。


「防衛用の結界を、都市に張らせてる。メルドマリューネ国境側の防衛強化を忘れずにね」

「了解だ」

「ゾンビ退治用の武器を作らせてるから、西側の国境守備隊に持たせなさい。防衛はエルラフィアと連携を忘れない様にね」

「それも、了解だ」

「戦力の配分に注意しなさい。じきにモーリス達とも合流出来ると思うからね」

「あぁ、了解した」


 ペスカは一呼吸置いてから、サムウェルに告げる。


「わかったなら、行きなさい! サムウェル、あんたの戦う場所に」


 サムウェルは堪える様に頷くと、車を降りてグラスキルスに向かい走り始めた。走り去る姿を見届けると、翔一が徐に話し始める。


「僕らはどうするんだい? 僕達だけでゾンビを掃討するのかい?」

「翔一君。そのつもりだし、作戦は変えないよ」

「本当に? 無茶じゃ無いのかい?」

「翔一、問題ねぇよ。俺が何とかしてやる。それと、忘れてねぇか。あの糞野郎はいつ現れるかわかんねぇぞ。戦力を割いてる余裕は、こっちにもねぇんだ」


 翔一は、言葉を詰まらせる。確かにここまで陰湿な攻撃を仕掛けてきているのだ。ここから先に、何をしてくるかわからない。自分達が臨機応変に対応出来ないと、状況は悪化する一方なのだ。


「俺に関しては、問題ねぇ。奴ら勝手に突っ込んで来て消滅しやがる。だから俺が奴らを引き寄せる。魔攻砲は援護程度で良い。それとペスカは、マナを温存させとけ」

「お~! お兄ちゃんが冴えてる!」

「面倒を押し付けるみたいで心苦しいですけど、私は冬也さんに賛成です」

「冬也。それなら、僕と空ちゃんで狙撃、ペスカちゃんには運転して貰おう」


 僅かな休憩の後、ペスカ達は再びゾンビが集まるクライア王国の中心部へ向かう。国境沿いから離れると、直ぐにゾンビが姿を現す。


 冬也は車から降り、走りながらゾンビを斬り捨てる。次々と湧いて出るゾンビ達を相手に、冬也は一歩も引かない。神気を漲らせ、半径一メートルに近づくゾンビ達を消滅させていく。

 冬也に近づくだけで、ゾンビ達は消えていく。戦いの中で、冬也は集中力を研ぎ澄ませる。

 

「わかってる。苦しいんだろ、辛いんだろ。大丈夫だ、みんな俺が救ってやる」

 

 魂魄を失い、死した肉体である。だが奥底に残されているはずの、生の記憶と本能。それがゾンビ達を動かしている。

 肉体に残された恐怖と絶望、怒りと悲しみ。それを邪神ロメリアは操っている。


 冬也は戦う毎に理解を深めていく。そして冬也の心は凪いでいた。酷く穏やかな表情で、邪神に操られた悲しい肉体を浄化し続ける。

 

「今、解放してやる。ちゃんと眠らせてやる。みんな来い。俺の所に来い」

  

 彼等の悲しみを思う程、冬也の神気は高まりを見せる。

 彼らの憤りを感じる程、冬也の想いが神気に変わる。

 

「俺の名は、大地母神フィアーナの息子、東郷冬也。大地母神に代わり命じる。大地よ俺と共に有れ。穢れた肉体に安らぎを与えよ」


 紡がれた言葉は、呪文の域を超えた神の言葉。冬也に呼応する様に、大地から光が溢れ出す。安らぎを与える様な優しい光に、クライア、メイレア、ラリュレルの三国が包み込まれた。


「大地に還り、安らかに眠れ。土と共に新たな生命を宿せ」


 その光は、三国に溢れるゾンビ達を浄化していく。汚染された肉体が、清らかな恵みへ変わっていく。憎しみ、悲しみ、怒り、恐怖、絶望、全て嘘の様に消え去っていく。

 まさに奇跡の御業であった。


「綺麗・・・」


 ペスカがポツリと呟く。

 しかし続く言葉が見つからない。言葉にならない神秘的な様相に、空や翔一、ペスカでさえも見入っていた。

 その奇跡は、ウロウロと地上を彷徨う、一柱の神にも届く。

 

「やっと見つけた。冬也君」


 一方、エルラフィア王国の王城では、国王を始めクラウスとシリウスが、ミーアからの報告を受けていた。

 ペスカ達の動向と指示を聞いたエルラフィア勢は、直ぐに動き出す。南部の三国から援軍が到着し、軍の再編成が行われる。

 そして後続で届いた魔石も、各都市に配置する様に徹底させる。


 途切れていた大陸間ネットワークが繋がり始め、逡巡を続けていたエルラフィア王国が動き出す。

 大陸の危機に際し、残る国々が一つになりつつあった。

 

 ☆ ☆ ☆


 ある城の一室で、耳の長い風格の有る男が、豪華絢爛な椅子に腰かけ、真っ黒な影と話をしていた。


「ようやく準備が整った。貴様はどうなのだ?」


 威圧感の籠った声が、影に向かい放たれる。影は、小馬鹿にする様な態度で答える。


「僕はもう充分だよ、ハハハ。それより、僕の足を引っ張らないでくれよ。今度こそクソガキ共を、ぶち殺すんだからね」

「貴様が異界から持ち込んだ知識は、かなり有用なようだ。約束通り、この大陸に残された国は滅ぼしてやる。だがその後は」

「わかってるよ、ハハハ。君は本当に疑り深いね。性分かい? それとも種族の問題かな?」

「御託を並べるな! やる事をやれ!」

「君もね。折角あげた知識を無駄遣いしない様にね」


 軽い笑い声を上げて、影は消えた。

 思惑は交差する。ラフィスフィア大陸の平和は未だ遠い。

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