第42話 膨れ上がる違和感

 悪夢を見た後の目覚めは、余り気分が良くない。更に輪をかける様に違和感が訪れれば、気分も最悪だろう。もやもやした感覚を抱え、ペスカはしかめっ面で冬也と一緒に玄関を出た。


「怖い顔になってるぞ」


 冬也はペスカに顔を近づけ、変顔を作る。


「フフフ、フッ、フフフッ。お兄ちゃんのそういう所、大好き」

「笑顔だと可愛いさが増すな、ペスカ」

「にゃ、にゃによ。可愛いとかお嫁さんにしたいとか」

「いや、嫁なんて言ってね~だろ」


 ペスカは顔を赤くしながら下を向く。笑顔を取り戻したペスカは、冬也の腕にしがみついた。

 

 二人が通う高校は、自宅から歩いて三十分程の距離が有る。二人が暮らす住宅街の近くには、緑溢れる森が有り、そこには神社が有る。神社を越えるとアーケードが有る商店街。その商店街を抜けると、駅が見える。駅を迂回する様に五分程歩くと、高校に辿り着く。


 二人は毎日通るルートで高校へ向かう。冬也は、ペスカを腕にしがみつかせたまま、のんびりと歩く。人の目を引きつけるペスカの容姿は、通りすがる人の目線を吸い寄せる。血の繋がらない二人の兄弟は、傍からは恋人同士に見えるらしく、若い男性達は少しため息をつきながら通り過ぎた。


 住宅街を歩いていると、後ろからペスカを呼ぶ声が聞こえる。可憐な声は車の走る音でかき消されるも、声の主は走る足音と共に段々と近づいて来た。ペスカ達は振り返ると、声の主に挨拶をする。


「おはよ! 空ちゃんどうしたの?」

「空ちゃん、おはよう。どうしたそんなに慌てて」

「待ってって言ってるのに。本当に、ペスカちゃんと冬也さんだよね?」


 声の主は、ペスカの幼馴染で同じクラスの新島空である。

 大人しくおっとりした彼女は、人と積極的に係るタイプでは無く、親しい友人はペスカを含めて数人しか居ない。しかし、柔らかな美貌と楚々とした仕草が、校内で密かなファンを作っていた。しばしば自宅に遊びに来るので、冬也も空を良く知っている。

 ただ、やはりと言うべきか、ここにも違和感があった。


 運動が苦手な空が、走り寄って来る事は滅多にない。しかも通学時間にも関わらず、制服を着ていない。空は天然ボケをしでかすタイプではないのだ。真面目な空が、学校をさぼるとは思えない。しかも顔見知りの人間に対し、確認する様な言い回しをするのもおかしい。

 ただ表情からは、何かを伝えようと、ひどく慌てている様子が伺える。それは、慣れない走るという行為に及んだ事からも、明白であろう。

 空は呼吸を整える事もせずに、ペスカへと近づく。そして両手でペスカの肩を掴み、大きく揺さぶった。


「ペスカちゃん! 私の事わかる? 無事なの? 一か月近く何処に行ってたの? 何も言わないで急にいなくなるから、心配したんだよ! 最近変な事ばかりが起こってるし、何か知ってる?」

「何言ってんの? 私は元気だよ! 風邪もひかない健康優良児だよ」

「そうだぞ。俺もペスカも毎日学校に行ってるだろ? 何言ってんだ、空ちゃん?」

「......何も憶えてないの?」


 急に顔を青ざめさせ、空はふらついて崩れ落ちる様に、歩道に座り込む。明らかにいつもとは様子が違う。空を心配そうに見つめ、ペスカは少しおどけた様に話しかけた。


「どうしたの? 何か怖い事でもあった? 私なんか、昨夜は怖い夢を見ちゃったよ」

「怖い事? 怖い事だらけじゃない! 急にペスカちゃん達がいなくなって。それに三日前までは、異能力なんて誰も持って無かったんだよ! 急に変な能力が色んな人に現れて、事件も起き始めて。ペスカちゃんも冬也さんも居ないし、私どうしたらいいか.....」


 空は大粒の涙をぽろぽろと零しながら、声を荒げて捲し立てた。空が感情を露わにする事は、滅多にない。しかし二人には、空の言っている意味が、全く理解出来てない。首を傾げつつも、冬也はペスカに視線を送る。そしてペスカは、空を優しく抱きしめて呟いた。


「落ち着いて空ちゃん。何が有ったのかゆっくり話して」


 空はペスカから離れると、服の袖で涙をぬぐう。そして少し深呼吸をした後、ぽつりぽつりと話し始めた。

 

 一か月近く前の事である。空がペスカのスマートフォンに連絡をすると、ペスカから応答が無かった。不思議に思った空だが、ペスカの事だしどうせゲームに夢中で、気が付かなかっただけだろうと考えていた。しかし、翌朝に学校へ行くとペスカの姿が無く、担任からペスカは暫く休むとだけ告げられた。


 しかし、いつになってもペスカは学校に訪れない。冬也も同様に学校に来ていない。担任に聞いても、詳しい事情は知らないと言われる。自宅に行き、呼び鈴を鳴らしても応答がない。スマートフォンに連絡すると、電波が届かない所にと、メッセージが返って来る。ペスカから、父親は家を空ける事が多いと聞いている。その連絡先は、空にはわからない。


 仮に、長期の休学をしなければならない、何かの都合が有ったとして、それを空が事前に知らない事が変なのだ。ペスカならば、心配の無い様にと配慮をし、必ず伝えてくれる。

 ペスカ達が行方不明。若しくは何かのトラブルに巻き込まれた。空がそんな答えに行きつくのも、仕方はあるまい。

 不安を感じた空は、自分の数少ない友人や冬也の友人、両親や教師、警察等、考え得る限りの伝手を通じてペスカ達を探し始めた。しかし誰も心当たりが無く、消息は掴めなかった。

 

 不安に感じながらも、空はペスカ達の無事を祈り生活を続けていた。しかし三日前、急に変な能力を持つクラスメイトが、複数も現れた。

 違和感を感じた空は、能力に目覚めたクラスメイトに尋ねる。しかし誰もが、その能力は昔から備わっている物だと思い込んでいた。

 極めつけは、周囲からペスカと冬也の記憶が消えていた事である。


 ペスカのクラスメイトを始め、冬也のクラスメイトや教師達、誰に聞いても二人の事を知らないと言う。慌てて教師に頼み、生徒名簿を調べて貰う。間違いなく書類上では、二人の名前は存在している。空は恐怖で目が眩み、その日は早退した。以降は部屋に引き籠っていた。

 

 部屋にあるTVを点けると、脳力者が起こす事件の報道が絶え間なく続いている。空はほとんど食事もとらず、部屋の電気も点けず布団を被って過ごしていた。

 しかし今朝は、たまたまカーテンを開けた。そして外を眺めると、仲良く歩くペスカ達の姿を見つけた。空は一目散に家を飛び出し、二人を追いかけた。


「大変だったね空ちゃん。心配かけたのね。大丈夫よ」


 説明し終わりペスカから声を掛けられると、空は堰を斬った様に大声で泣き始める。泣き続ける空をペスカが支え、一先ず落ち着こうと神社の先に有る、公園へ向かって歩き始めた。


「お兄ちゃん。空ちゃんの話しどう思う?」

「ん~。なんと言うかSF? 空ちゃんが制服じゃ無い理由は何となく解った」

「お兄ちゃんに聞いた私が馬鹿だったよ」


 ペスカは空の説明を聞いても理解が出来ない。今朝から抱えていた違和感は増すばかりだった。神社に向かって歩みを進め、住宅街を抜け森に差し掛かった時、ペスカと冬也は呼ばれた様な気がした。


「お兄ちゃん呼んだ?」

「いや、空ちゃんじゃないか?」


 空は、ペスカに支えられ泣き続けている。二人は首を傾げるも、空を慰めながら歩き続けた。

 森を抜けて、神社に差し掛かる。その時二人は、何故か神社に向う必要を感じて、神社の鳥居をくぐる。

 神社の鳥居を抜け境内に入ると、ペスカと冬也は外とは違う静謐な空気を感じた。空は静謐な空気に触れ、涙を止め圧倒された様にたたずんだ。

 尚も、ペスカ達を呼ぶ声は続く。それは拝殿からでは無く、本殿から聞こえる様な気がした。


「何だろ? 神様が呼んでたりするのかな?」

「ペスカちゃん。戻ろうよ。何か怖いよ」


 好奇心で奥へ進もうとするペスカを、空は怯えながら引き留める。


「何だか行かないと駄目な気がするんだよな~。空ちゃん。何かあったら俺が守ってやるから安心しろ」

 

 冬也は空を安心させる様に優しく語り掛けると、ペスカと共に空の手を引いて、本殿に向かい歩き始める。


 拝殿を迂回すると本殿が直ぐに見える。三人が本殿に近づくと異変が起こった。本殿の中が輝き出す。そして本殿から、光の塊が飛び出した。光の塊は、大きさを増していく。それと共に、空気は痛い程に張り詰める。唐突に空は気を失い、倒れかける所を冬也が支えた。


「大丈夫? 空ちゃん、しっかり!」


 ペスカが声を掛け、空の意識を取り戻そうとする。そして本殿から飛び出た光の塊は、段々と人の形を成して行く。

 冬也は、ペスカと空を庇う様に、人間を模した光の塊と相対する。ペスカの呼びかけに答えて空は意識を取り戻すが、顔を青ざめさせて震えていた。


「其方らだな、奴を連れてきたのは。以前の女神は害を成さぬ存在故見逃したが、今回は見逃す訳にはいかぬ。其方らが責任を持って処分せよ」

「あんた誰だよ。俺の可愛い妹とその友達を、怯えさせんじゃねぇよ」


 冬也の言葉に反応し、人間を模した塊から光が強く溢れる。光を浴びて、再び空は気を失う。ペスカは意識を保ち、空を支えていた。冬也は二人を守る様に両手を大きく広げ、光の塊を睨み付けている。

 

「混血だけあって、我が神威に耐えうるか。そこの娘もそこそこの力を持っている様だな」


 冬也はペスカ達を少し見やると、光の塊に近づきながら言い放つ。


「誰だって聞いてんだよ! こっちは、ムカつく野郎に散々ボコられて、イライラしてんだ。ぶっ飛ばすぞコラ!」

「お兄ちゃん、落ち着いて。駄目だよ、神様に喧嘩売ったら。多分あれここの土地神様だよ」


 光の塊は顔をしかめて呟く。


「そっちの小娘は少し話がわかる者の様だな。確かに我はここの土地神だ」


 冬也はペスカの言葉で少し立ち止まるも、土地神を睨み続けている。


「その土地神が何の用だよ。いいか少しでも動いてみろ、ズタボロに引き裂いて消滅させてやるぞ」

「お兄ちゃん、神様を脅さないで。土地神様は、取りあえず神威を解いて。空ちゃんが倒れちゃってるでしょ」


 土地神は冬也の威圧に少し怯えた様子で、神威を収めた。


「なんと言う子供だ、神を脅すとは.....。まあ良い。其方らが連れて来た異界の神に、我らは大層迷惑しておる。これは、其方らの責任だ。其方らの力で解決せよ」

「土地神様って、何言ってんの? 理解できるお兄ちゃん?」

「さっぱりわかんねぇ。そもそも、異界の神だか何だか知らねぇけど、神様の事なら、神様同士で決着つけろよ! 人間に押し付けんじゃねぇよ!」


 土地神は表情は、更に険しくなる。しかし、ゆっくりと息を吐く様にし、落ち着きを取り戻すと、冬也に問いかけた。


「そこの混血。先ほど言葉を思い出してみよ。其方はいったい、いつ誰にやられた?」

 

 冬也は首を傾げる。記憶に無いのだ、答えられるはずがない。


「いや、そんな気がしただけだよ。悪かった」


 頭を下げる冬也に向けて、土地神は言葉を続けた。


「どうやら記憶に齟齬が有る様だな。これでは埒が明かぬ。少し待て」


 土地神が手を叩くと、先ほどの強い光では無く、柔らかな光が冬也とペスカを包む。しかし光が収まっても、土地神の表情は険しいままであった。


「随分と強い力で改変された様だな。我が力でも及ばぬ。仕方ない、我も力を貸してやろう。困った事があれば、我が社を訪れると良い」


 そう言い残すと、土地神は光と共に消える。ペスカと冬也は、顔を見合わせた。


「結局あのおっさん、何が言いたかったんだ?」

「わかんないけど、神様をおっさん呼ばわりは駄目だよ」

「でも、俺達の知らない所で何かが起きてて、それに俺達が巻き込まれてるって事は理解したぞ」

「おぉう。いつに無くお兄ちゃんが冴えてる」


 ペスカと冬也の抱える違和感は、消えるどころか膨れ上がる。空が語った自分達の失踪。土地神が語った異界の神。漠然とした不安が、二人を包んでいた。

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