第38話 ライン帝国の終焉

 シグルドから齎された報告は、皆を震撼させる物だった。戦争を起こしていた北の小国が、突如として戦争を終わらせ連合を結成した後、エルラフィア王国へと進軍を開始した。既に国境を突破され、隣接する幾つかの領地は連携し抵抗を試みた。しかし、奮闘虚しく多くの都市を蹂躙される。北の小国連合軍は、現在も王都へ向け進行中だと言う。


「ペスカ様。現在、ルクスフィア卿とメイザー卿を中心に、各領地から軍を集結させて抵抗を行っておりますが、圧倒的に戦力が足りません。如何せんロメリア教残党騒動で、どの領地も割ける兵力が無いのが現状です。王都はドラゴンの襲来が続いており、近衛と王都守備隊で何とか凌いでおります。王都軍も割ける兵力が有りません」


 シグルドが青い顔をしながら、捲し立てる。いつも冷静なシグルドが、焦っているのだ。当たり前だろう、幾つもの難問が立て続けに沸いて来るのだから。しかも、守るべき国には自分がいないとなれば、不安にも駆られるだろう。心強い仲間がいたとしてもだ。


 これはマジシャンが使う、視線誘導に引っかかったの同じであろう。

 国内で起きる数々の難問、そこに最大の脅威と成り得る帝国の異変が起きる。自然と焦点は、帝国へと向けられる。そして背後を突く様に、次の手を仕掛けて来たのだ。厄介極まりない。

 最大の脅威と思っていた帝国の異変が、ようやく鎮静の兆しを見せている。その矢先となれば、溜息すら出て来ない。


「良くここまで、色々仕掛けて来るもんだね」

「エルラフィア王国を、徹底的に滅ぼすつもりなのか? ペスカ、早く戻ろう!」

「待ってお兄ちゃん。先ずは、ライン帝国の状況確認だよ。ライン帝国が安全と決まった訳じゃないでしょ。このまま帰って、ライン帝国に後ろから攻められたら、エルラフィアは終わるよ」

「冬也。確かに、ペスカ様の仰る通りだ。それにエルラフィア王国とライン帝国の両方が倒れたら、ラフィスフィア大陸全土に戦乱が広がる可能性が有る」


 動じる冬也を落ち着かせる為に吐いたシグルドの言葉は、自分にも言い聞かせた言葉なのだろう。そしてペスカは、皆に指示を出し始めた。


「シルビア、メルフィー、セムス、各隊を何時でも出発出来る様に準備させといて」

「かしこまりました」


 ペスカの指示にシグルドが問いかける。


「帝国に援軍の交渉は宜しいのですか?」

「内乱でボロボロになった帝国に兵を出せって? 私達が戻った方が戦力になるよ。シグルドは王都に連絡。マルス所長に繋ぐ様に手配して」

「承知しました」


 シグルドがトラックに駆けて行くと、冬也がペスカに話しかけた。


「良いのかペスカ? お前の事だから、何か考えが有るんだと思うけど」

「取り敢えず、直ぐに戻れる準備をするよ。お兄ちゃんも手伝ってね」

「おう! 何でもやるぞ!」


 冬也の返事にペスカは笑みを浮かべる。王都との連絡が繋がり、ペスカとマルスが魔工通信で打ち合わせを行う。打ち合わせが済むと、ペスカは待機してた場所のすぐ近く、無人の平野に向かい冬也を連れて歩き出した。

 そしてペスカは冬也に向かい合うと、静かに話しかける。


「これからお兄ちゃんは、私をぎゅーってしてね」

「こんな時に何言ってんだよ!」

「誤解だよお兄ちゃん。転移用のゲートを開くから、私にマナを注ぐ様にぎゅーってするの」

「それじゃあ、抱き着かなくても良いんじゃねぇか?」

「駄目だよ。ぎゅーってしないと私のやる気、ゴホン! マナがちゃんと伝わらないでしょ」


 冬也は首を傾げながらも、ペスカを後ろから抱きしめて、マナを注ぐ事に集中する。ペスカは満面の笑みを浮かべて呪文を唱えた。


「大地母神フィアーナよ、御身の力を我に貸し与えたまえ。時空をつなぐ扉を御身の膝元に。ゲート開放!」

 

 ペスカの詠唱に合わせて、無人の平野が光を帯びる。そして魔法陣が浮き上がって来る。半径十メートルはある巨大な魔法陣は、淡い神秘的な光を灯していた。


「成功したよ。ありがとう、お兄ちゃん」

「なあ、抱き着く必要あったのか?」

「当たり前じゃない。私のマナは温存しておきたかったし、お兄ちゃんは馬鹿容量のマナが有るんだから、少しくらい減っても問題ないでしょ。それに頑張ったご褒美くらい、くれても良いじゃない。何でもするって言ったくせにさ、ばか」


 冬也が釈然としない様子でペスカに問うが、ペスカは頬を赤く染めながら冬也に言い返す。ペスカの言葉は終わりに近づく毎に声が小さくなり、最後の方は冬也の耳に届かなかった。


 転移と言っても、双方に扉がなければ、どこに飛ばされるかわからない。ペスカは気を取り直して、シグルドに王都の様子を確認させる。魔工通信で、王都でもゲートが開いた事は、直ぐに確認出来た。


「王都側のゲートは、マルス所長が上手くやってくれた様ですね」

「流石所長だね。まぁ所長は、暫くは立つ事もやっとだろうけど」

「ところでペスカ様。このゲートとは、どの位の時間持つのでしょう?」

「魔法の効果って事? それなら、お兄ちゃんのマナを利用したから、半日、いや一日は余裕だと思うよ。詳しいゲートの使用方法は、シルビアに聞いて。あの子は空間魔法に詳しいからね」


 カルーア領軍を含めた遠征隊が出立準備を始め、俄かに騒がしくなる。そんな時、帝国兵が一人駆け寄って来る。

 

「陛下がお呼びになっておいでです。至急王宮へお越し下さい」


 どの国でも通常ならば、国王やそれに類する者への謁見許可は、かなりの時間がかかる。ただ緊急事態故か、帝国側が招いてくれた。帝国の内情を確認するまたとない機会に、ペスカとシグルドは目を合わせて頷いた。


「城へは私とお兄ちゃん、シグルドで行く。シルビアは戦車、セムスはトラックで待機。メルフィーはカルーア領軍を率いて待機。いざとなったら、ゲートを潜って自力で帰りなさい」

「お待ちください、ペスカ様。それは」

「駄目だよ、シルビア。ゲートはあなたの専門なんだから。任せたよ」

「しかし、ペスカ様」

「そうです、ペスカ様」

「言う事を聞きなさい! あなた達は、エルラフィアの戦力。王国の為に力を尽くしなさい」

「かしこまりました」


 シルビアは、嫌な予感がしていた。このままペスカに会えなくなるのではないかと。だから主命に背いても、ペスカを止めようとした。

 セムスやメルフィーも同様である。このまま、すんなりと事が終わるとは考えられない。帝国にはまだ何かが有る。そんな予感がしていた。


 だがペスカの答えは、国を守れ、であった。


 跪き頭を下げる三人に、ペスカは笑顔で答える。大丈夫、安心しろと、その笑顔は言っている。ならば自分達に与えられた役目を果たそう。そして三人は、出発の準備を進めた。


 そしてペスカを含めた三人は、兵士の案内で王宮へと向かう。

 外出禁止令が出ていたのだろう、帝都は人々の行き交いが少なく閑散としていた。忙しなく走り回るのは兵士だけ。そして残されているのは、戦争の爪痕である。

 所々に崩れた城壁。そして城壁近くで倒れ、二度と起き上がる事の無い兵士。慌ただしく兵が行き交いしたのだろう、かつて街を彩っていた花々は、踏み荒らされていた。


 帝都の人々は、どんな思いで避難をしていただろう。恐怖に打ち震えていたに違いない。戦争時の破壊音は、強烈に心を侵食する。内乱が治まり、外出禁止令が解除されても、直ぐにいつもの生活へ戻るのは、難しいだろう。

 多くの兵が死に、生き残った兵も致命傷に近く、医療棟らしき施設は混雑を極めている。帝国全土で、家族を失い悲しむ者が出るはずなのだ。

 帝国に住む者達が笑顔を浮かべる日は、来るのだろうか。どれ位の時間、辛い思いをすれば気持ちは安らかになるのか。そんな事すら考えさせられる。

 ただ、それが戦争なのだ。望んだ事では無くても、それが戦争の末路なのだ。


 帝都は虚しさを湛えている。ただ、真の悪意は音を立てずに、侵食を続けている。それはペスカにすら、気が付かない。神の御業であった。


 王宮に辿り着き、直ぐに謁見室に案内される。そして謁見室の前では、ペスカに待機を告げた将軍とトールが揃って、ペスカ達を待っていた。


「お待ちしていましたペスカ殿。さあこちらへ」


 将軍の後にトール続き、ペスカ達は謁見室に入る。謁見室には皇帝だけで無く、皇后を始め年若い皇女や皇太子までもが、顔を揃えている。そして数多くの大臣が、壇下に整列していた。

 

 謁見室の中央まで歩みを進めると、将軍とトールは跪き頭を下げる。続くペスカ達も、同様に頭を下げる。そして直ぐに皇帝から声がかかった。


「皆、面をあげよ。其方が伝説の英雄、ペスカ・メイザー殿か。此度の援軍痛み入る」

「勿体ないお言葉でございます」

「伝説の英雄を見たいと皆が詰め掛けた。許して欲しい」


 ペスカが恭しく頭を下げる。続いて、皇帝から将軍やトールに声がかかる。


「ドーマン・クレイ将軍、及びトール・ワイブ大佐の両名、此度の奮迅、誠に大儀であった」


 皇帝の言葉に、謁見室内が安堵と喜びが混ざった様な雰囲気に包まれる。


「此度は戦勝の宴とはいかぬ。せめて褒美を与えよう。トール・ワイブ大佐、前へ」

 

 トールは首を傾げながら将軍を見やる。

 当たり前だ、内乱を治めたのはペスカであり、自分達はそれに協力しただけなのだ。褒美を貰う訳にはいくまい。それにどれだけの兵が苦しんでいるのか、知らないはずがあるまい。褒美なら、戦いの中で死んでいった者、著しい傷を負い生死を彷徨っている者達に与えるべきだろう。これは、誰もが望まぬ戦いだったのだから。


 自分は褒美を貰うべきではない。仮に自分がそれに値したとしても、将軍を差し置いて、自分が先というのは余りに不自然だ。しかし将軍は、トールの意図を察したのか、皇帝への配慮か、先に行けと首を縦に振る。

 そしてトールは、疑問を感じながらも玉座の近くへと進んだ。


「近こう寄れ。それでは褒美が渡せぬ」


 トールが皇帝が座る壇上前まで近づくと、皇帝は壇上から降りて来る。皇帝はトールを立たせると、満面の笑みを浮かべてトールに近づく。大佐という立場では、皇帝の顔を見る事自体が稀である。トールは緊張した面持ちで直立する。

 ゆっくりとトールの目の前まで近づいた時、皇帝の手刀がトールの身体を刺し貫いた。


「がっ、へ、陛下、な何を....」 


 口から血を吐きながら、必死で呟くトール。


「トール!」

「陛下! 何をなさる!」


 ペスカを始め、謁見室に居た全員が驚愕する。

 直ぐに顔を青ざめさせた将軍が、皇帝を止めようと慌てて駆け寄った。将軍が近くまで迫ると、皇帝はトールの体から手刀を抜いて振り上げる。勢いをつけて手刀を振り下ろし、将軍の首を刎ね飛ばした。


 謁見室は騒めき、真っ青な顔で震えた大臣達が皇帝に詰め寄ろうとする。皇族達は怯えて謁見室から逃げようと動き出す。

 しかし全員が、一瞬の間に首を落とされる。謁見室の床は、真っ赤な血で染められた。


 シグルドは驚きの余り、呼吸をするのも忘れている。冬也は怒りに満ち溢れ、ペスカに抑えつけられていた。


「満足? 楽しい? 人で遊んで楽しいの? ねぇ、邪神ロメリア様」


 シグルドが、目を大きくしペスカを見つめると、皇帝が高笑いを始めた。


「ア~ハッハハ! 楽しいよ。せっかく君が遊びに来てくれたんだ。サービスしないとね」

「てめぇが邪神か! 何て事しやがる!」

「あれぇ? それは怒っているのかい? それならさぁ、もっと怒ってくれないと、全然楽しくないよ」

「お兄ちゃん、挑発に乗っちゃ駄目だよ」

「あぁ、大丈夫だ。お前のおかげで、もう冷静だ」


 邪神は、顔を歪めてペスカ達に言い放つ。


「楽しませておくれよ! さぁ! そっちの子供の方が、遊びがいが有りそうだね!」


 邪神が目線を向けると、シグルドは体を震わせながら剣を抜いた。


「良いね。その怒り、その怯え、堪らないよ! せっかくだからもう一つサービスで教えてあげよう。ここに集めたのは、ライン帝国の皇族一同と国の重鎮全員だよ!」


 シグルドの顔が更に青く染まる、しかしペスカは動じずに、邪神に問いかけた。


「皇帝陛下は、どうしたの?」

「勿論殺したさ。随分と抵抗されたけどね。流石、賢帝と言われるだけあって、なかなか手ごわかったよ」


 皇帝の体から光が溢れ、皇帝の体を四方へ飛び散らせる。光が溢れた中には、大きな翼を背に生やした少年の姿があった。


「ライン帝国の終焉だ。さぁ遊ぼう!」


 長い帝国の歴史に幕が下りる。それは、邪悪な神の手によって行われた。

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