第37話 内乱鎮圧戦

 操られて争う事がどれだけ悲惨で、どれだけ悲しい事であろう。

 足がもげれば、両手を使い前進をさせられる。どれだけ血をながしても、痛みすら感じる事はない。マナが尽きても、強制的に魔法を使わされる。肉体が半壊しても、攻撃の手を止める事は出来ない。粉微塵になるまで戦わされる様は、地獄の亡者すら生ぬるく感じるだろう。


 戦場には狂気が宿る。だが誇りを持ち、国の為、民の為に戦うならば、倒れたとて悔いは残るまい。操られた兵達は狂気以前に、意志も闘志も感じさせない。ただ人を殺す道具、戦い続ける機械、それに何の意味が有り、何を得られるのだろう。

 果て無き悪夢は、ただ一柱の愉悦のみによって続けられる。未来もなく、救いもない。命の尊厳は失われ、全てが塵芥に変わるまで、終わる事は無い。


 ☆ ☆ ☆


 既に一刻の猶予も無かった。死兵より非道な凄惨から、兵達を救う為には迅速な行動が必要だった。ペスカは声を荒げて、号令をかける。


「各隊前進!」


 ペスカの号令と共に、帝都を囲む領軍に向かい前進する。ペスカは戦車から半分ほど体を出し、指示を出し続けた。

 

「トール隊ロケットランチャー班、構え! 城門の領軍に向けて、撃て!」


 一斉にロケット弾が約五十発が発射され、城門を攻撃していた領軍に降り注ぐ。弾頭が兵士に当たる寸前に光を放つ。光は連鎖する様に周囲を取り囲み始め、城門を攻撃していた領軍を包み込む。光が消えると、攻撃をしていた領軍は一斉に倒れていた。


「トール隊ロケットランチャー班は次弾装填急げ! メルフィー隊、右城壁に取り着いている奴らを狙え! てー!」


 城門から右寄りの方角で、城壁をよじ登ろうとしている領軍に向かい、約五十発のロケット弾が発射される。再び着弾と同時に光が連鎖し広がり、領軍を包む。光が消えると、兵達は崩れ落ちる様に倒れていた。

 背後からの攻撃に気付いたのか、城壁に向かい投擲を続けていた領軍が振り返り、ペスカ達に向かい前進してくる。


「トール隊アサルトライフル班、前へ。引き付けてから.....。今! てー!」


 アサルトライフル班がロケットランチャー班の前方に進み、構えて狙いを定める。剣を抜き前進して来る領軍に向かい、ペスカの合図でライフル弾の雨が降る。そして領軍は次々と崩れ落ちていった。


「全軍、右へ前進!」


 ペスカの号令で、倒れる領軍を迂回し、右方に前進する。ペスカ達の動きに引き付けられた様に、別の領軍が帝都から向かって来る。

 

「シルビア隊前へ! しっかり引き付けろ!」


 向かってきた部隊は、遠方から魔法を多用して攻撃してくる。だが射程が遠すぎる為、放たれた魔法はシルビア隊に届かず消えうせる。牽制にしては陳腐な攻撃に、意図は無いのだろう。充分に引き付けて、シルビア隊がライフルの一斉射撃を行う。領軍は、瞬く間に全員倒れ伏した。


 ペスカは一度、帝都の城壁に目を向ける。帝都城壁では、帝国軍の兵士が右往左往している。突然始まった謎の攻撃により、領軍が倒れ始めたのだ。混乱しているのは、見て取れる。


「トール! 伝令を城門に送って。話が通じる様なら、こちらの状況を教えてあげて」

「了解しました。ペスカ殿」


 トールは急ぎ、城門へ伝令の兵を数人走らせる。それと同時にシグルドから、声がかかる。


「ペスカ様、領軍が左右から向かってきています」


 ペスカが確認すると、城門を中心に左側から一つ、その反対側から三つの領軍が向かって来ていた。


「お兄ちゃん。城門側から向かって来る領軍に魔攻砲を向けて! 弾丸を込めたら良く狙って」

「弾丸装填良し! 発射準備良し!」

「よし、てー!」


 戦車の砲門から発射された弾丸は、大きく弧を描き城門の右側から向かって来る領軍に着弾し光を放つ。


「次弾装填完了。発射準備完了!」

「よし、てー!」


 続く二射目も、見事に着弾し光を放つ。最初の光と交じり合い、連鎖の様に広がり、三つの領軍を包んでいく。バタバタと倒れていく兵達を見れば、効果が充分なのは瞭然であろう。

 続いてペスカは、トール隊に指示を送る。狙うのは城門の左側から向かってくる領軍である。

 

「ナイス、お兄ちゃん。 トール隊ロケットランチャー班! 目標、右の領軍! てー!」


 ペスカの号令で、ロケット弾が発射される。ロケット弾が放った光は領軍を包み、兵達を救っていった。

 この時点で、城門周辺には攻撃を加える領軍の姿がいなくなる。帝都防衛側戦力にとっては、最大のチャンスが訪れた。ただ、帝国の防衛側が、邪神の洗脳を受けていなければの話しではあるが。


「ペスカ様、ご覧ください。帝国軍が城門から出て来ました」


 シグルドの言葉で、ペスカは再び城門へ視線を向ける。城門が開き、大隊が出撃して来るのが見える。帝国の大隊はペスカ側に向かわず、倒れている領軍の安否確認を行っている様だった。


「どうやら、帝都の軍は精神汚染を受けていない様ですね」

「そうだね。倒れた領軍の治療は、帝国軍に任せよう。トール、辺境領が全て攻めて来てるとしたら、後どの位残ってる」

「ペスカ殿、残りの領軍は二つです。辺境領は十。これまで、八つの領軍を殲滅しました」

「わかった。トールは帝国軍に合流して、周囲の警戒に当たって」

「了解しました。恐らく残りは城門の真裏を攻撃していると思われます。ご注意を!」


 トールはペスカに一言告げて、部隊を率い走り去る。そしてペスカは、残りの部隊に声をかけた。


「残りを素早く鎮圧するぞ! 周囲の警戒を怠るな! 前進!」


 戦車を中心に、右にシルビア率いるアサルトライフル部隊、左にメルフィー率いるロケットランチャー部隊を展開させ、後方にトラック配備し進軍を再開させる。城壁を中心に回り込むと、二つの領軍が城壁に攻撃を続けていた。ペスカ側には、気が付いていないどころか、気にも留めていないのだろう。そのまま領軍に気付かれない様、背後へと回り込む。


「メルフィー隊、構えながらこのまま前進。射程範囲に入ったら撃て! シルビア隊、いつでも撃てるように準備しておけ!」


 後方から近づきロケットランチャーの射程に入ると、メルフィー隊のロケット弾が一斉発射される。着弾したロケット弾は、二部隊を包み込む様に大きく広がる。光が消えた時には、兵士は全員倒れていた。

 ペスカは大きく息を吐く。しかし、まだまだ安堵をするには早い。ペスカは皆を鼓舞する様に、声を荒げた。


「皆、注意を怠るな! このまま城壁を一周しながら城門へ戻るぞ! 周囲を警戒! 何か有れば直ぐに報告せよ!」


 城壁を一周し城門へ戻るペスカ達。だが途中で報告以外の軍隊とは、遭遇する事が無かった。城門へ戻ると帝国大隊が、領軍の治療や移送を忙しなく行っていた。戦車が戻って来るのを見つけたトールが駆け寄って来る。


「ペスカ殿、ご無事でしたか」

「裏に二つの領軍がいたよ。そっちの治療も頼む様に伝えてね」

「了解しました。しかし、帝国が精神汚染に受けておらず、助かりました」

「そうだね。それで状況は?」

「帝国、辺境領共に被害は甚大。特に辺境領からは、死者が多数出ております。要因はマナの欠乏による死亡。それと、著しく肉体を損傷させている者は、精神汚染が解除された瞬間に命を落とした様です」


 ペスカは少し目を伏せた後、質問を続ける。


「精神汚染の状況は?」

「全て治まっております。それだけに、傷に苦しんでいる者は多く。今は重傷者から優先し治療に当たっています」


 ペスカがトールから報告を受けていると、城門方面から近づいて来る男がいた。男は大声を張り上げながら、こちらへ近づいてくる。


「トール大佐! 今まで何をやっていたのだ!」


 声をかけられたトールは振り向くと、腕を胸の前で交差して姿勢を正した。


「将軍閣下、この様な事態になるまで、駆け付けられなかった事、不徳の致す所であります」

「いや、それは今回の活躍に免じて不問にしよう。良くこの窮地に駆け付けた。所でそちらの御仁は?」

「かの英雄ペスカ様、その生まれ変わりでございます」

「なんと! それであの未知の兵器か!」

「我等も彼女達の部隊に救われました」

「ペスカ殿。此度の支援、誠にかたじけない。改めて陛下からもお礼が有るだろう」


 将軍がペスカに頭を下げる。ただペスカは、少し面倒そうに手をひらひらと振っていた。


「其方らのおかげで、辺境領の兵達は全て鎮圧された。ペスカ殿達は、暫くここで休まれよ。後に使いを寄こす」


 将軍はペスカ達に待機を告げると、トールを連れて去って行く。将軍の言葉に、ペスカ達は安心した様に緊張を緩める。そしてペスカは全軍へ、休憩する様に指示を出す。これまでの連戦で、疲れて果てていたカルーア領軍は一斉に座り込んだ。

 

 続いてペスカはここまでの情報を整理し、王都へ報告する様にシグルドに指示をする。


「ペスカ、これで終わったのか?」

「まだ何か起こりそうな気はするけど.....。シルビア、帝都に変な気配は有る?」

「今の所は感じません。帝都に入らないと、詳しくは感知出来ませんが」


 ペスカは軽く息を吐き頭を掻き上げると、メルフィー達に向かって指示を出した。


「セムス、メルフィー。疲れてる所悪いけど、兵達全員に糧食を渡す様に伝えて。それとあなた達も休みなさい」


 セムス達は兵を動かし糧食を配り始める。しかし王都に報告をしていたシグルドが、慌てて駆け寄って来る。常に冷静なシグルドにしては、珍しく顔を青ざめさせていた。

 

「ペスカ様、大変です。北で戦争をしていた小国が戦争を集結。そのまま合流し、エルラフィア王国に侵攻を開始しました」


 一同にどよめきが起こる。エルラフィア王国を取り巻く状況は、悪化の一途を辿っていた。

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