第36話 内乱勃発

 領都外の一角に固まり、野営をした帝国軍を含むペスカ達遠征軍。翌朝ペスカは、食事もそこそこに全軍を集合させる。そして全軍に待機の指示を出し、冬也を連れて戦車に乗り込んだ。

 

「ペスカ。お前、何をするつもりなんだ?」

「お兄ちゃん。私が何も対策せずに、のこのこ帝国にやって来たと思うの? 秘密兵器はまだ有るんだよ」

「思わないけど、説明をしろよ」


 冬也の言葉に、ペスカは戦車内の荷物を取り出す。取り出した荷物は、大砲の弾丸だった。


「領都を破壊するつもりかよ!」

「違うよ。これで領都を救うんだよ! いいからお兄ちゃんは、魔攻砲の尾栓を開けて弾を込めて」

「難しい事言うなよ。兄ちゃんにも解る様に教えてくれよ」

「も~。魔攻砲のマナを充填してる筒部分があるでしょ。そこスライド出来るから。開けたら弾を込めて閉める。わかった?」


 少し早口になるペスカに対し、冬也は多少もたつきながら弾丸を込めて、発射準備を整える。


「お兄ちゃん。領都を突き抜ける様に真っ直ぐ飛ばしてね」

「本当に大丈夫か? 領都を吹き飛ばさないか?」

「可愛い妹を信じなよ! ほら行くよ! よ~い、発射!」


 轟音と共に、魔攻砲から発射された弾丸は、真っ直ぐ領都へと飛ぶ。領都に届くと同時に飛び散り光りを放つ。光は大きな円状に領都中を包んだ。暫くすると、硝子を割った様な大きな音が領都から聞こえ始める。円状に包み込んだ光が崩れ始め、光は領都へ降り注ぐ。光は領都中を輝かせた。

 起こった現象を目の当たりにした、トール隊、カルーア領軍の両方に、どよめきに似た歓声が起こる。ペスカは冬也に向かい、笑顔でポーズを決めた。

 

「成功したね、多分」

「何かすげ~ぞ! ぶわって光ってキラキラって落ちて! 何だよあれ!」

「拡散型マナキャンセラーだよ。邪神ロメリアが仕掛けた空間結界の解除と、住民の精神汚染解除を同時に狙ったの」

「すげ~な、お前天才だよ。やったな!」

「そう思うなら、ペスカちゃんの可愛いお口にチュッてして!」

「するか馬鹿! 何か色々台無しだよ!」


 ガックリと肩を落とす冬也。そして不満気な表情のペスカはトールに命じ、帝国軍を領都の調査に向かわせる。シルビアとメルフィーには、それぞれ帝都外の調査を命じた。

 小一時間程で、帝国軍が戻って来る。トールは驚きと嬉しさが半々の様な表情を浮かべていた。


「ペスカ殿、住民達が次々と動き出しました! 皆、意識がはっきりとしており、大きな怪我をしている様子も有りません」


 少し肩を震わせながら、トールはペスカに報告する。そしてペスカは、領都の状況の変化を問いただした。


「それで、何か新しい情報は出てきた?」

「全ての住民に聞けた訳では有りません。ただ皆が一様に、一週間以上の記憶を失くしている様です」

「あなた達と同じね。領軍の行方は?」

「知っている者は見つかりませんでした」


 ペスカは、少し考え込む様に腕を組む。そこに冬也が問いかけた。


「どうするペスカ? このまま全員で帝都に向かう予定だったろ?」

「う~ん。こんなに上手く行くと思わなかったからね。トール、あなたの部下を五十人位、領都の警備に置いて行こうか」


 トールはペスカの言葉に強く頷き、走って部下達の下へ向かう。トールに続き、シルビアとメルフィーがペスカに報告へ来る。

 

「ペスカ様、帝都へ続く街道に、大軍が通った様な跡が、うっすらと残っておりました」

「ペスカ様、他の街に続く街道には、大軍が通った形跡は見当りませんでした」

 

 報告を聞き終えたペスカにシグルドが問いかける。


「どう思われますか、ペスカ様?」

「帝都に進軍中なのは間違い無いだろうね。領軍を追って帝都へ向かおう。シグルド、王都への報告よろしく」


 領都に僅かの兵を残したペスカ一行は、アサルトライフルとロケットランチャーの操作説明をトール隊に指導した後、領都で兵站の補給を行う。そしてペスカは、トール隊とカルーア領軍を、アサルトライフル班とロケットランチャー班にそれぞれ分けて四班に再編成した。

 そしてシグルドを指揮官として任命し、帝国兵である二班の指揮を、そのままトールに預ける。カルーア領軍のアサルトライフル班はシルビア、ロケットランチャー班はメルフィーに指揮をさせる事に決めた。


 ペスカ一行はトール隊を先頭に、戦車、トラック、カルーア領軍の隊列で、領軍を追い街道を進む。途中の村々の住民は、規模が少ないが幸いだったのか、精神汚染を免れていた。話を聞くと領軍は民兵を集めつつ、帝都へ向かい進軍した事が判明した。領主が強引に男達を連れて行ったと話す村人達は、怯える様に震えていた。


 三日程で領境を仕切る関門に到着したが、門は開け放たれ見張りの兵が見当たらない。ペスカの指示で、トール隊が門の中を確認すると、兵士の死体が散乱している状態だった。

 門の中は荒れ果て、戦闘の形跡を示していた。

 

「トール、あなた達と違う紋章を付けた死体が多い様に見えるけど、帝国軍?」


 トールが歯軋りをしながら、ペスカに応える。


「ペスカ殿、この関門を守備していた帝国軍で間違い有りません」

「くそ、悪い予感ってのは、何で当たるんだよ」

「そうだね、お兄ちゃん。トール、兵士を埋葬してあげて。念の為に火葬でね」


 ペスカの命令に、トールが質問を返す。


「ペスカ殿、ただ埋めるのでは駄目なのですか?」

「遺体を操られて、色々されるのは面倒だしね。一応の予防策だよ」


 遺体の埋葬を終え暫く進むと、街道沿いに荷馬車が倒れ、血塗れの商人が複数倒れているのを見つける。トール隊に確認に向かわせるが、商人達は既に事切れていた。馬は逃げ荷馬車内は荒らされていた。

 その光景に、冬也は吐き捨てる様に言い放った。


「山賊って事じゃねぇよな。これがこの世界の戦争かよ!」

「民間人を襲う軍はいないよ、冬也」


 冬也を落ち着かせるように、シグルドは答える。シグルドが敢えて言った言葉の意味を理解し、冬也は内なる怒りを抑えた。好き好んで、自らが守るべき者を殺める兵は、いないのだ。そう、これは邪神の企みなのだ。

 

 遺体は手早くトール隊により火葬され、進軍を再開させる。襲われる荷馬車は一台では無かった。帝国に近づく程、襲われる民間人の数は増えていく。誰もが逃げる所を、後ろから襲われた様に倒れていた。トール隊を始めカルーア領軍も、固い表情で押し黙っていた。

 民間人の遺体を見つめ、冬也は拳を強く握りしめ呟いた。

 

「糞野郎。自分達が何してるのか判ってやがんのか」

「お兄ちゃん、落ち着いて。それじゃ、ロメリアの思う壺だよ」

「でもよ、糞!」


 ペスカは、先の邪神戦を思い返し、冷静であろうと努めていた。また、冬也が怒りを露わにしているからこそ、冷静であらねばと思えたのかもしれない。憤りも悔しさも全てを呑み込んで、ペスカは無言で冬也の頭を引き寄せ、自らの胸で優しく抱きしめる。そして冬也は、黙ったままペスカに身を預ける。ペスカの温かな体温が、ささくれ立った冬也の心を、優しく癒していく。

 冬也が落着いて来た頃を見計らい、ペスカがやや厳しい口調で話しかける。


「お兄ちゃん。多分この先はもっと酷いよ。慣れろとは言わない。怒りに流されないで」

「そうだな。ありがとう、ペスカ」


 ペスカの言葉は、自分にもかけた言葉なのであろう。それを理解した冬也は、ペスカの頭を優しく一撫ですると戦車に戻る。冬也に続いて戦車に乗り込もうとするペスカに、トールが声をかけた。


「あの先に見える小高い丘を越えると帝都です」


 ペスカは冬也に戦車の運転を任せ、ハッチから体を半分出し、周囲の状況を確認しつつ進軍する。

 少し進むと、爆発音や金属がぶつかる音が聞こえて来る。その音は丘に近づく度にはっきりと聞こえる様になった。慌てて駆けだそうとするトール隊に、ペスカは隊列を崩さぬ様に指示をする。

 丘を登り切った先は、広大な平野になっており、高い城壁に囲まれた帝都が見える。そして数千にも及ぶ軍隊が、帝都を囲み攻撃をしていた。


「トール、領軍ってあんなに多いの?」

「恐らくあれは、辺境領全ての軍が、攻めているのだと思います」


 魔法を使って城門の破壊を試みている部隊がいる一方で、弓や投石で帝都内に攻撃を仕掛ける部隊いる。他には、はしごを立て掛け、侵入を試みる部隊も見受けられる。帝都は完全に包囲され、侵攻を受けていた。対する帝都軍は、城壁の上から弓や魔法で対抗し、攻勢を凌いでいた。

 

 攻撃は止む事が無く続いている。魔法に当り両足を失っても、這いずる様に帝都へ攻撃を仕掛ける兵がいる。はしごから落とされ血を流しても、再び這い上がって来る兵がいる。魔法は途切れる事無く放ち続けられ、城門は破られようとしていた。


 辺境領都の軍が大挙して帝都へ侵攻した。その事実に目の当たりにし、トール隊に緊張が走る。焦燥に駆り立てられる様に、帝都に向かう者が出始める。

 皆の動揺を鎮めようと、ペスカは一喝した。

 

「落ち着け! 諸君らは何をしにここに来た。彼らも諸君らが守るべき、帝国民では無いのか? 冷静になれ!」


 ペスカの言葉に冷静を取り戻すトール隊。続いてペスカの指示が響き渡る。


「皆武器を構えよ! ロケットランチャー班は先陣、続いてアサルトライフル班が進め! トラックは後方支援。良いか! 皆隊列を崩すな」


 ペスカの命令で全軍が隊列を整える。内乱鎮圧を掛けたペスカ達の戦いが始まった。

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